「それにしても、珍しいな」
「何が」
 紅茶を飲んだ祐恭が、小さく笑ってこっちを向いた。
 その顔はいかにも悪そうで、葉月が言う『優しさ』などは微塵も感じられない。
 ……ぜってー騙されてる。
 葉月は、絶対に。
 ヘタしたら、羽織も騙されてるんじゃないのか。
「お前が、ねぇ。……ふぅん」
「だから、なんだよ」
「いや、別に。ずいぶんと葉月ちゃんを大事にしてるんだなー、って思って」
「ごほっ!?」
 したり顔で呟いた祐恭の言葉で、思わずコーヒーがえらい所へ入った。
 く……! コイツ……!
「なっ……! ばっ……ごほごほっ!!」
「あの孝之がねぇ。ふーん」
「うるせぇよ、馬鹿!」
 頬杖を付いてニタニタ笑う祐恭が、激しく憎い。
 その、なんでも知ってるって顔が、心底頭にくる。
 ちくしょう。
 お前がいったい俺の何を知ってるっつーんだ。
「葉月ちゃんのこと、そんなに大事か?」
「……ンだよ急に」
「そーゆー顔してるからさ、お前が」
「別に、そーゆーんじゃねーよ」
 残っていたコーヒーを飲み干し、そっぽを向いて視線を外す。
 すると、祐恭がおかしそうに笑った。
 ……またかよ。
 あー……すげーいづらい。
 だいたい、なんだその『そーゆー顔』って。
 どーゆー顔のことを言うんだ、っつの。
「葉月ちゃんに、好きって言われたのか?」
「……言われたっつーか、間接的に聞いたっつーか……」
「なんだそれ」
「いや、だから俺も確信は持てねぇんだよ。多分、としか」
 軽く頭を掻きながら呟くと、怪訝そうな顔をされた。
 でも、しょーがねーだろ。
 面と向かって『たーくんが、好き』とか言われたなら、いくら俺だってわかるし確信を持てる。
 だが、あんなふうにさらりと言われた日には、あの言葉が俺に向けられたモンだという自信は持てない。
 …………あ?
 ちょっと待った。
 そういやあの日……あのとき、そんなことを面と向かって言われなかったか?
「っ……!」
 くしくも、俺の誕生日。
 アイツがこっちへ来てると祐恭から聞いて、図書館内を探し回ったあのとき、そういえば……葉月は俺へストレートにそう告げなかったか。
 あのとき、俺はなんて答えた。
 直接言われたが、まさかそういう意味で言ったなんて思わず、さらりと返した程度だった気がする。
 ……もしかしなくても、アイツはあの場で傷ついたはずだ。
 俺が伝えたのは、気持ちを受け止めての言葉じゃ一切なかったんだから。
「で? 返事は?」
「……は?」
「は、じゃないだろ。告白されたんだろ? それで、お前はなんて答えたんだ?」
「いや、だから……好きって言われたわけじゃなくて……」
「でも、お前への想いはわかったんだろ?」
「……だから、それは……」
「逃げるなよ」
「っ……」
「あの子の気持ち、大事にしてやれ」
 真剣な顔で言われ、咄嗟には何も言えなかった。
 俺だってわかってるよ、お前に言われなくたって。
 でも、葉月にどう聞けばいい?

 『お前、俺のこと好きなの?』

 ……うわ。馬鹿だ。ありえねぇ。
「へぇ。悩んでるのか? お前」
「っ……!」
 頬杖を付いてニタリと笑った祐恭に、目が丸くなる。
 ……図星、っちゃ図星だ。
 だが、それは世間一般で言われているような選択肢ではなく、いかにしてアイツを傷つけないようにするか、って方向で。
「葉月のことは、確かに大事だ。アイツが幸せそうな顔してりゃ嬉しいし、ほっとする。居心地もいいし、アイツといる時間は好きだ。けどそれがイコール恋愛感情になるかっていうと違うだろ?」
「そうか?」
「そーだろ! だいたい、アイツは従妹なんだぞ? 俺にとっては、羽織と同じ妹みた……ンだよ」
 話の途中で祐恭が手のひらをこちらに向けた。
 ちょっと、待て。
 そんな雰囲気に、眉が寄る。
「たまたま従妹ってだけで、そのへんの子と変わりないだろ?」
「……そりゃそーだけど。でも、それ――」
「それともうひとつ。妹っていうのと、妹みたいな子っていうのは違う。彼女は妹なんかじゃなくて、ただ昔からお前のそばにいた女の子っていうだけだろ?」
「はァ……?」
 きっぱりと言い切った祐恭に口を開くと、やれやれと肩をすくめてから椅子にもたれた。
 ……だから。
 その、人を馬鹿にした態度はやめろ。
 性格の悪さが滲み出てるぞ、お前。
「葉月ちゃんは、お前にとって妹みたいに思えたかもしれない。でも、葉月ちゃんはお前を兄貴みたいには思えなかったってことだろ?」
「……なんでだよ」
「お前が好きだから」
 どうして、こいつはこうも言い切れるんだ。
 俺にとっては疑問でしか終わらない事柄を、どれもこれも肯定していく。
 そうされると、危うく納得してしまいそうになるから、正直厄介だ。
 俺だって、人の相談にはほいほいと答えられるほう。
 だが、いざ自分のことになると正直迷う。
 ……恋愛なんぞで悩んだ経験なんて皆無だったせいか、余計にワケがわからん。
 これまでの24年生きてきて得たマニュアルには、ないこと。
「アイツに、俺は向いてない」
「なんで?」
「……なんで、って……そりゃそうだろ? 真面目なんかじゃないし、正直、アイツを幸せにしてやれる自信がない」
 葉月の幸せは、これまで望んできた。
 だが、望むことなんて誰にでもできると言われたらおしまいだが、事実その程度だったのかもしれない。
 むしろ、葉月こそ自分の幸せよりも他人のためにと尽くすヤツで。
 俺が小さいころだってそうだったし、今もそうだ。
 そんな葉月に比べて、俺は何をしてやれる?
 口ばかりじゃないのか?
「…………」
 わかったんだよ。
 俺には、アイツを幸せにしてやれるだけの技量も資格もないってことに。

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