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 いつもは毎年、大晦日の夜に友人連中が家に来ていた。そのまま徹夜で麻雀をし、初日の出を見てから寝て、昼ごろそれぞれが帰る。
 ……だったんだが。
 今年は祐恭も羽織がいるし、ほかの連中も何かと忙しいらしい。
 そんなワケで、結局毎年恒例麻雀大会は元旦へずれ込んだ。
 ……それが、ちょっと惜しい。
 確かに、俺が延期を持ちかけた点があるのも事実だ。
 今年は葉月が家に来たから、アイツを誘って久々にじーちゃんのところへ行くつもりだったし。
 しばらく顔を見せていないから俺だけだと激しく怒られるだろうが、葉月がいるとなれば話は別。
 なんだかんだ言って、じーちゃんは羽織や葉月に甘いから、免罪符には持って来いだったんだが……まさか、こんなことになるとはな。
 「なぁに? 恐い顔して。愛想ない息子ねぇ、相変わらず」
 「……うるせぇな。いいだろ別に」
 風呂から上がってコタツに入っていたら、お袋が向かいに座った。
 つーか、座ってすぐにみかんをむき始めるな。
 さっきたらふく食ったクセに、よく入るスペースがあるなお前。
 「ねぇ、孝之」
 「なんだよ」
 「ルナちゃん、どう?」
 「どうって、何が」
 「だから、嫁に」
 「……まだンなこと言ってんのか」
 テレビを向いたままみかんを食べつつ呟かれた、先ほどの続き。
 いい加減そこから離れてもらいたいモンだな。
 リモコンを取って紅白からチャンネルを変え、あれこれ見ながらため息が漏れる。
 0時近いとあって、どれもこれもカウントダウンばかり。
 結局『ゆく年くる年』にして、両手を後ろへ付きながら身体を支えると、みかんを食べ終わったらしいお袋がこっちを向いた。
 「どう、じゃねぇよ。アイツは従妹だろ? それに、アイツにそんなつもりねぇだろが」
 「あら。アンタは否定しないのね」
 「っ……」
 さらりと言われたひとことに、目が丸くなった。
 無論、そんなつもりで吐いたワケじゃない。
 だが、言われて気付いた。
 そういえば、自分がどうのと言ってなかったことに。
 「…………」
 言ったあとも、お袋は言う前と同じ普通の顔だった。
 だから、俺にどんな反応を求めているのか微妙に汲み取れない。
 「ルナちゃん、誰かさんのこと好きみたいだけど」
 「……知るか」
 「あら。光栄に思わないの?」
 「なんで」
 悪態のまま、テーブルへ頬杖を付く。
 テレビには、この寒空の下人混みをかきわけて進む多くの連中が映っていた。
 ……どういうふうに答えてほしいんだ? こいつは。
 我が親ながら、ぽんぽんとぶつけられて答えに困る。
 「あんないい子、滅多にいないわよ? 今どき」
 「だからどうした」
 「別に? 私はただ、同性として感想を述べたまで」
 「あ、そ」
 コタツがぬくいのでここに来たのだが、さすがにいづらくなって来た。
 ……そろそろ部屋行くか。
 「っ……なんだよ」
 「もうすぐ新年なんだから、ここにいなさい」
 「はぁ? ……なんだよ、ったく」
 立ち上がろうとしたら、いきなりテーブルを叩かれた。
 つーか、俺は小学生のガキじゃねーんだぞ?
 どこにいようと別に構わねぇだろが。
 それこそ今さら、一緒に年越しておめでとーなんて言わずとも。
 「……たく」
 仕方なく座り直し、新聞を広げる。
 もうすでに1度読んだので、これといって見る記事もないが敢えて口にはしない。
 「泣かせたら怒るわよ」
 「……なんで俺に言うんだよ。だいたい、俺じゃアイツは幸せになんねーぞ」
 「最初からできないとか言ってたら、何もできないでしょ。……ま、アンタじゃルナちゃんが苦労するだけだろうけど」
 「だったら薦めるな」
 「あら、私は薦めてないわよ? アンタには、ルナちゃんはもったいないと思うもの」
 「……さっきと言ってることが違う」
 「だから、あくまで……あら」
 「お先です」
 ふいにお袋が視線を逸らし、俺の背中へ向けた。
 声色も表情も変わったので、すぐに誰だかわかる。
 「それじゃ、私も入ろうかしら」
 「あ? なんだよ。年が明けるまでいるんじゃないのか?」
 「なんで?」
 「なんでじゃねぇよ! お袋が言ったんだろ!? ここにいろって!」
 「あー。おめでとー、先に言っとくわ」
 「っ……ンだそれ」
 欠伸を噛み殺して立ち上がり、葉月と入れ替わりに出て行こうとしているお袋を見ながら、ため息が出た。
 ……相変わらず、ワケわかんねーし。
 「もうすぐだね、新年」
 「そうだな」
 小さくドアの閉まる音がしてから、葉月が隣角に座った。
 普段上げている髪もさすがに風呂へ入ったばかりだからか下ろしていて、それが妙に大人っぽく見える。
 まぁ、コイツの場合は元から大人っぽいんだけど。
 普段羽織を見ているからか、アイツとはずいぶん違う印象。
 長い癖のない髪がほどよくそこにあって、ついつい手が出そうになる。
 ……って、だから。
 「え?」
 「……別に」
 「なぁに?」
 「なんでもねぇよ」
 危うく、危ないヤツになるところだった。
 慌てて距離を図り、両手を後ろへ付く。
 ……はー。
 先ほどのお袋といい、先日の祐恭といい、聞いた言葉が今ごろになって染みてくる。
 だがまぁ、1番大きいのはやはり……夕方、自分がしてしまった最大のミス。
 アレさえなければ、今ごろこんなに苦労することもなかったのに。多分。
 「なんか、懐かしいね」
 「……あ?」
 瞳を閉じてあれこれ考えていたら、葉月の楽しそうな声が聞こえて目が開いた。
 「あー……」
 「ふふ、かわいい」
 姿勢を戻すと、懐かしそうにアルバムを開いているのが見えた。
 ウチには、葉月がここにいた2年分の写真しかないが、それでも結構な量だった。
 恭介さんが何かと撮っていたし、ウチの両親も負けじと撮っていたせいだろう。
 「なんか……いつも一緒にいたよね、たーくんと」
 「っ……」
 ものすごく柔らかい笑みを浮かべた葉月から、視線が逸らせなかった。
 『ね?』と言うように軽く首をかしげ、再び写真へ戻る。
 その顔は昔の葉月の面影があるのにやっぱり違うもので。
 ああ、コイツは俺が知らない間にずいぶんと大きくなったんだな、と実感した。
 「ままごととか、かくれんぼとか。たくさん遊んだ気がするの」
 「そうだな」
 「……本当に覚えてる?」
 「たりめーだろ? そんなに馬鹿じゃねぇぞ」
 「もう。そんなふうに言ってないよ? 私」
 くすくす笑って首を振った葉月に苦笑し、頬杖を付いてアルバムを覗く。
 見ると、確かに葉月が写っているほとんどの写真には、定番のおまけかのように俺も写っていた。
 「…………」
 写真を見ていた視線が、いつしか葉月へと向かう。
 ……泣いてほしくない、とは思う。
 それは、この写真に写ってる小さなころから。
 泣かせないためには、どうすればいい?
 昔、葉月が泣くたびに考えたことだが、結局答えが出ず幼かった俺が考えたのは『葉月をひとりにしない』だった。
 ……そのせいかもな。
 今でも、やっぱり葉月がひとりでいると不安になるのは。
 またどこかで泣いているんじゃないか、と。
 
 
       
 
 
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