「…………」
階段を半ばまで降りたところで、足が止まる。
てっきり、祐恭が話しているのは羽織だとばかり思っていたので、違う笑い声が聞こえてついそうなった。
葉月の、普段よりずっと楽しそうな声が聞こえて、眉が寄る。
…………俺にはあんなふうに喋らねークセに。
「……? 何してるんだ? お前」
どことなくいい気がしないままため息をつくと、ちょうど階段を上がって来た祐恭と目が合った。
「別に」
「あ、そう」
片手にグラスがあるのは、さっきコイツが言っていたからわかる。
……が。
「自分だけ、何食ってんだお前」
「いや、腹ごしらえをちょっと」
「ちょっと、じゃねーよ」
もう片手には、サンドイッチの皿があった。
どことなく嬉しそうな祐恭に眉を寄せると、行き違いになぜか意味ありげな笑みを見せた。
……なんだ、アイツ。
つーか、独りだけ食うつもりかよ。
「…………」
腕時計を見ると、すでに昼をすぎて針は13時すぎ。
そりゃ、腹も減る。
……俺も、何か食うか。
トントンとリズムよく降りてキッチンへ向かおうとリビングに入ったら、洗い物をしていたらしき葉月と目が合った。
「どうしたの?」
「掃除」
そっちへ向かいながら灰皿を軽く上げると、1度それを見て眉を寄せた。
……ンな顔すんなよ。
わかってるって。お前が言いたいことくらい。
「たーくん、お部屋では吸わないんじゃなかったの?」
「この日だけは別」
確かに俺は普段、部屋じゃ吸わなかった。
だが、それはこの麻雀大会の日から1年、ってワケで。
これが終わらないと、俺の1年は終わらないって感じだからな。
今回は年明けにずれ込んでしまったが、いつもは年末。
だから、本来俺の大掃除はこれのあとが正しい。
「片付けるから、貸してね」
「おー。よろしく」
差し出した両手のひらへ灰皿を乗せ、指先に付いた灰を水で洗う。
……お。
「ウマそ」
ガスレンジ横の大皿には、あれこれ具が違っていそうなおにぎりと、数種類の揚げ物があった。
部屋を出たときにうまそうだと感じたのは、もしかしたらコレのせいだったのかもな。
まだ、できたてっぽいし。
「っ……あ!」
「って!」
エビフライをつまもうとしたら、その手を葉月がつかんだ。
いつの間に済ませたのか、灰皿はキレイになってシンクに置かれている。
「……なんだよ」
「何、じゃないでしょう? もう。それ、みんなに作ったんだよ? ちゃんとお部屋で食べてね」
「いいだろ? ひとつくらい。どーせ食うんだから」
「そういう問題じゃないの。お行儀悪いでしょう?」
呆れるように皿を取り上げた葉月へ、眉が寄る。
言ってることとやってることが違うってのは、まさにこれ。
「ちょっと待て」
「ん?」
「なんで、祐恭はよくて俺はダメなんだよ」
「……え?」
シンクにもたれながら葉月を見ると、不思議そうにまばたきしてから軽く首をかしげた。
思い出される、先ほどのやり取り。
声しか聞こえなかったが、葉月は自分から祐恭へサンドイッチを勧めていた。
……別に、メシを食えなかったから言ってるんじゃないぞ? 俺は。
そこまで飢えてねぇし。
そうじゃなくて、だな。
俺は許されないのに祐恭は許されるっていうのが、気に食わないんだよ。
「どうして、俺とアイツとでそんなに態度が違うんだ。あ? そんなに、祐恭がいいのか?」
「たーくん……?」
「なんだよ」
「……どうしたの?」
葉月が訝しげな顔をする理由は、自分でもわかる。
確かに、ヘンなことを言ってるとは思うしな。
だが、どうしても収まらなかった……のは、祐恭へ見せていたであろう笑みも、俺にはなかったからかもしれない。
見せる態度が違うのが、素直に気に入らない。
これじゃまるで、俺よりもアイツのほうが近い存在みたいだろ。
「……怒ってるの……?」
「怒ってねーよ」
「そんなにお腹すいたの? だったら――」
「違うっつの」
皿を置いてこちらへ手を伸ばした葉月から一歩下がり、冷蔵庫を開ける。
……気分ワリ。
なんとなくイライラしてる自分が、少し大人気ないとも思う。
別に、葉月は悪くないのに。
それが自分でわかってるからこそ、余計自分に腹が立つ。
「! ……ンだよ」
「ねぇ、私何かした?」
「……別に」
「別にって顔じゃないでしょう?」
「っ……!」
ぐいっと腕を掴んで顔を見上げてくる葉月から、視線が逸らせなかった。
まっすぐに目を見られ、つい、言葉が出なくなる。
……あーもー。
「なんでもねぇよ」
「なんでもなくないじゃない。……気になるよ、そんなふうにされたら」
「っ……お、前な」
やっとのことで逸らした視線を、無理矢理合わせられた。
身体を割り込ませるかのように近づかれ、小さく喉が鳴る。
近い距離にある、葉月の真剣な顔。
以前までの俺ならば、別に深く考えることもなくあっさりかわしただろう。
それが、今ではうまくできない。
……やっぱり、心境の変化ってヤツは非常に厄介だ。
今じゃ、コイツは俺にとって『従妹』というよりも、『女』だから。
「瀬尋先生が、どうしたの?」
「だから……」
どうして、あんな楽しそうだったんだよ。
なんて言いそうになった自分を押し止め、代わりに深くため息をつく。
「……お前が――」
「孝之ー。始めるぞー!」
「っ……」
グッドタイミングか、バッドタイミングか。
こればかりはなんとも言えないが、でもまぁ、ある意味助かったのも事実。
葉月が視線を逸らした隙に皿を持って逃げるように階段へ向かうと、小さく声が聞こえた。
「ごっそさん」
「もう! まだ、ちゃんと……」
「あとで話すって!」
とっとと背を向けて、自室へと引っ込む。
……ほ。
「遅いよ、お前。……つーか、なんだ? それ」
「メシ」
「おおー! すっげぇ」
「さすがは、たーくん」
「うるせーな!」
わざとらしい優人に眉を寄せて皿を置くと、すぐにめいめいが手を出した。
……どいつもこいつも。
「つーか、お前まだ食ってんのか」
「ん? ああ。ウマいぞ」
「あーそーかよ」
相変わらずサンドイッチを食ってる祐恭を瞳を細めててから、自分も手を出す。
人の気持ちも知らないで、呑気なヤツ。
……やっぱり、葉月は俺じゃなくてコイツが好きなんじゃねーのか?
今さらだとは思うが、またそんなことが浮かんだ。
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