「……は?」
「なんだその顔」
危うく煙草が口から落ちかけ、慌てて手を――。
「あっち!!」
「……馬鹿だなー、お前」
じゅ、と小さな音が聞こえた。しっかり。
小さく落ちた灰が手の甲に当たって、情けなくも涙が浮かぶ。
「で? それがどうしたんだよ」
「ふぅん」
「なんだよ。何か言われたのか?」
「……別に」
「なんだそれ」
訝しげな顔をした祐恭を一瞥してから、視線は再び手の甲へ。
……く。
重症にならなくて、ホント助かった。
「ほら。祐恭の番だぞ」
「あ? ああ」
真治に突かれて、祐恭が再びテーブルへ視線を戻す。
……なんだ、それ。
と思ったものの、祐恭の話を聞いてわずかだが自分がほっとしているのに気付いた。
なぜか、はわからないが。
「…………」
変なヤツ。
祐恭の話を聞いた今、さっきまでの棘々した感じがなくなって、妙にすっきりしていた。
……ヤバい。
なんか、ものすごく落ち着かねーんだけど。
ぼーっと手牌を眺めながら煙を深く吸い、軽く息を止める。
……あー……。
「お前だよ」
「あ? わーってるよ」
祐恭を一瞥してから再び手牌を見つめ、1番端にあった牌を切る。
すると、今度は優人が小さく笑って『ロン』と呟いた。
「うわ、俺か」
「……ふ。お前はすでに死んでいる」
「くっそ……!」
せっかくいいところまで来ていただけに、ものすごく悔しい。
……あーあ。
1度掴んだ運があっさりと離れていくような気がして、重苦しいため息とともに煙が漏れた。
ちくしょう。
「ほら、点棒よこせよ」
「わーってるよ。……くそ」
放るように優人へ投げ、牌を混ぜにかかる。
そのときふと目に入った腕時計を見ると、いつの間にやら夕方へと差しかかっているのに気付いた。
相変わらず、こうして部屋に篭っていると微妙に時間の概念が薄れて困る。
……まぁ、いいけど。
山を積んだところで優人がサイコロを振り、再び開始と相成った。
「……あー、頭痛ぇ」
次に部屋から出たときは、すでに日が沈んだあとだった。
電気も付けずに、よくやるよ。
って、俺もそのひとりだけど。
「ん?」
階段の明かりがついてそっちを見ると、すぐに葉月が上がってきた。
――が、途端に眉を寄せる。
「なんだよ」
「……煙草の匂い、すごいよ?」
「そうか?」
「たーくんはわからないに決まってるでしょう? 一緒に吸ってるんだから」
服を嗅いでみるものの、気になるはずもなく。
……まぁ、それもそうだけど。
「あのサンドイッチ、羽織が作ったんだってな」
「え? そうだよ」
「……初めっから、そう言やいいのに」
「どうして?」
きょとんとした顔を見せ、軽く首をかしげる。
……なんで……。
…………。
なんでだ……?
「……いや別に」
「なぁに?」
「さあ?」
「……もう。どうしたの?」
自分で言っておいてワケがわかってないんだから、どーしよーもない。
肩をすくめると、葉月も同じように小さく笑った。
「メシ、うまかったぞ。ごっそさん」
「よかった。でも、羽織も一緒に作ったんだから、羽織にも言ってあげてね?」
「そのうちな」
にっこりとまんざらでもない笑みを見せた葉月を見たら、若干力が抜けた。
いや、いい意味でだぞ?
リラックスっつーか、なんつーか。
……まぁいいや。
「夕飯はどうするの?」
「あ? ……あー、そうだな」
そう言われても正直ピンと来ないし、まだ腹は減ってない状況。
だが、時間も時間だし、葉月たちは食える状態だろう。
つーか、さすがに夕飯まで作らせるワケにいかねーし。
「……ん?」
「そろそろ帰るな」
「なんだよ。引き上げんの早くね?」
薄くドアが開いたかと思いきや、祐恭が苦笑を浮かべた。
まぁ、引き止めたところでコイツが首を縦に振るワケねーのはわかってるけど。
「……しかしま、これまでさんざん遊び歩いてたヤツがこうも変わるとはね」
壁にもたれて笑うと、足を止めた祐恭が何やら意味深な顔を見せた。
「その言葉、そっくりそのままお前に返すぞ」
「……な……っ」
指をさされ、思わず瞳が丸くなる。
だが、祐恭はニヤっと笑みを浮かべただけで、それ以上何も言おうとしなかった。
「なんだよ。俺は別に――」
「じゃ、葉月ちゃん。正月早々から大変だろうけど、コイツのことよろしくね」
「大丈夫です」
「何がだ!」
くすくす笑いながらうなずいた葉月を軽く睨むが、こいつも祐恭と同じく意味深な顔をするだけ。
……ンだよ、どいつもこいつも。
まるで、何も知らないのは俺だけみてーじゃねぇか。
俺に対するのとまったく違って楽しそうにやり取りをする葉月を見ながら、なんとも言えないため息が漏れた。
――で、結局。
祐恭が帰ったことで面子が揃わなくなり、優人と真治も早々に帰って行った。
いつもならば夜中まで騒がしい我が家が、子どもも寝ない時間にあっさり静かになるなど考えられない。
……つーか、若干手持ち無沙汰。
両親は親戚の家へ出かけてしまっているために、またもや……。
「お茶飲む?」
「あ? ああ」
こうして、葉月とふたりきり。
これが結構、困るんだよな。……今の俺にとっては。
コタツに入って腕時計を見ると、聞こえるはずのない針の音が聞こえるような気がしてくるあたり、相当参っていることが自分でもよくわかった。
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