「……あーさむ」
「早く行こ?」
「あー、わかったわかった」
 寒風吹き荒ぶ、現在。
 気温は恐らく零度近いんじゃないだろうか。
 ……いや、体感温度だけどな。
 そんな中、なぜか南半球育ちなはずの葉月は元気だった。
 しかも、薄着で。
「お前、見てるこっちが寒い」
「え? そうかな?」
 すぐ隣に並んだ葉月へ眉を寄せると、自分の姿を確認するように首をひねった。
 だが、すぐに『そんなことないよ?』と笑う。
 車を駐車場に停めて少し歩けば、見えてくる赤い鳥居。
 石畳に沿って外灯が付けられているせいもあるが、やっぱりこれを見ると『赤』を思い浮かべる。
 今は、夜。
 元日とはいえ、夜なんだぞ?
 なのに……。
「わぁ……すごいね」
「おかしくね? なんでこんなに混んでんだよ……」
 鳥居前の階段を数段上がったところでぶち当たった、人の壁。
 おかしい。
 これは、おかしい。
 なんでこんな時間に、まだ参拝客がわんさかいるんだ。
「帰るか」
「え、このあとお祖父ちゃんのところにも行くんでしょう?」
「……めんどくさ」
「もう。たーくん!」
 ぽつりと呟いたら即、葉月に睨まれた。
 ンな顔すんなよ。
 あのあと、結局家にふたりきりでいるのがなんとなく気まずくて、出かけることにした。
 そうしたら、葉月が『初詣を兼ねて、あいさつに行こう』とか言い出すから……。
 まぁ、恐らく親父たちもここにいるだろうから、いいっちゃいいんだけど。
「……しかし、すげーな。先に、じーちゃんトコ行ってから――」
 だいぶほど遠い本殿を眺めてから隣を見ると、葉月がいなかった。
「うわ」
 毎度のことながら、いなくなりすぎだろ。
 つーか、こんだけ人が多いんだからフラフラどっか行くなよ!
 慌ててあたりを見回し、スマフォを取り出す――と、腕を引かれた。
「あ」
「よかった……もう。たーくん、どこへ行ったのかと思った」
「いや、お前だろ!」
 あ、そっか。じゃねえよ。
 笑ってから『ごめんね』と言われても、ため息しか出ない。
 背が低いこともあってか、葉月は人混みに紛れやすいんだよな。
 ある意味擬態つってもいい。
 薄暗いこの状況下じゃ、なるべくそばで並んでおきたいところ……だが、手を出していいものか。
 いや、物理的な意味で。
「…………」
 ついこの間、簡単に触れたことを謝罪したら、葉月は『違う』と言った。
 それはどんな意味の違う、だったのかは確かめてない。
 だが、触れることは好意を示すことだとも言われた以上、手を取っていいものか悩んだ。
 好意。
 それは、どのレベルのことを指す。
「……っ」
 参道の幅は変わらないのに、ふいに行列が狭まり、葉月の肩……というか腕ごと触れてきた。
 コートごしとはいえ、感触がある。
 俺の肩ほどまでの身長で、そちらを見ると髪が顎へ触れそうな距離だった。
「あっ……」
 葉月が押されでもしたらしく、ぐい、とこちらへ寄ってきた。
 寄り添う形になり、離れようとしてか片手で腕を押す。
「たーくん、ごめ……っ」
「潰されてンぞ」
 反対の肩へ腕を回すようにして内側へ空間を作ってやると、ただでさえ近い距離でか、葉月がこくりと喉を動かしたのが見えた。
「……たーくん」
「進まねーな」
 これほどの距離で顔を見ることはできず、あっちを見たままぼそりとつぶやく。
 葉月には、前にいる行列があとどれくらいか見えてないだろう。
 まだ参拝客より高い位置を見れる俺はいいが、葉月にとっては人の壁でしかないはず。
 だから、こうしたのは単にこの状況でコイツを放置したら、間違いなく人にのまれてどこへ行くかわからないからという合理的なもの。
 それ以外にはない。
「ねぇ、たーくん。私に構ってていいの?」
「は?」
「……彼女、に誤解されない?」
 葉月と目が合い、思わず口を結ぶ。
 ……だから。
「ンなモン、いねぇっつったろ」
「また別れたってこと?」
「またって言うな」
 てっきり違う言葉が返ってくると思っただけに、つい眉が寄った。
 先日口にしたこと。
 いつかつっこんで聞かれるだろうと思っていたが、まさかここで来るとは。
 ……コイツ、天然なのか策士なのか。
 後者だとしたら、相当なヤリ手だ。
「ねぇ。1番長く付き合った人ってどれくらいだった?」
「そーだな……2ヶ月……いや、1ヵ月か?」
 首筋を触りながら首をひねると、心底嫌そうな声を出した。
「なんだよ」
「それ、本当……?」
「嘘ついてどーすんだよ」
 こっちは真剣に思い出してやったってのに、ンな態度はねーだろ。
 ものすごく不機嫌そうに見られ、眉が寄る。
 ……なんだその顔。
「たーくん、いつかバチが当たるよ?」
「当たんねーよ」
「だって、たくさんの人に好きになってもらったんでしょう? なのに、そんな簡単に別れて……」
「しつこい!」
 『この話は終わり』とばかりに手を振るも、未だに何やらぶちぶちと言っていた。
 いいだろ、別に。いや、お前にとっちゃよくねぇんだろーけど。
 ある意味ビジネスみたいなもん。
 互いの利益のために成り立ってる関係でしかないんだから。
「……本当にいけない人」
 賽銭箱まであと少しというところで、ぽつりと葉月がつぶやいた。
 その声色がこれまでと違って視線を向けると、唇を噛んでから、俺に気づいたように目を合わせる。
「…………」
「なんだよ」
「………………」
「だから、なんだって」
 じいっと見たまま何も言われないのは、言葉で責められるより心地悪いってことがよくわかった。
 非難だろ、わかってるよ。
 でも、ここまで生きてきた以上、過去は変えらんねーし。
「いけない人なんだから」
「っ……」
 また非難されるんだとばかり思っていたら、ふっと笑みを浮かべられ、ガラにもなくどきりとした。
 そんな顔、初めて見た。
 責めているようで、そうでない。
 どちらかというと自嘲気味な笑みで……なのに、妙な色気があって。
 ……うわ。
 コイツ、ちょっと予想外すぎる。
「あ」
 すぐ前で参拝していた人間が動いたのを見て、足を進める。
 相変わらず、デカい賽銭箱。
 このデカさでこの賑わいとなると……結構儲かってんだろうな。
「たーくん?」
「あ?」
「お賽銭、入れないの?」
「そーだよな」
 さすがに何も入れないわけにもいかねーか。
 ポケットにつっこんだままだった小銭をまとめて取り出し、100円玉を放り込む。
 あー、わーってるよ。投げちゃダメだとかうんたらかんたらってのは。
 でも、やってしまった以上どうしようもない。
「って、おま……札?」
「お父さんにも頼まれたの。代わりに入れておいてくれ、って」
「だからって……奮発しすぎじゃね?」
「そうかな? 私にとって去年もとてもいい年だったし、今年はきっともっといい年になると思うし……お父さんも、去年はとってもいい年だったんだって。感謝してもしきれないってよく言ってたの」
 まさかのキレイな5000円札が賽銭箱へ消えたのを見て、価値観の違いかなんなのかわからないが、すげぇと素直に思った。
 は。
 葉月が頭を下げたのを見て、慌てて自分もならう。
 二拝二拍手一拝。
 神社は願いごとでなく、感謝を伝える場だと言う。
 げんに、恭介さんと葉月はそっち。
 感謝……か。
 まあそうだな。
 事故も怪我もなく1年無事に過ごせたうえに――久しぶりに会った従妹もしあわせそうだったから、俺もそれに乗っかるか。
「よし。義理は果たしたし、じーちゃんトコ行ってお年玉せしめるか」
「たーくんも、もらっちゃいけない年でしょう?」
「も、って……え、お前もらわないつもりか?」
「だって、もう今年から大学生だよ?」
「日本で言ったら、まだ高校卒業前だろ? 素直に受け取っとけ」
 じーちゃんちである本宅は、神社から少し離れた場所にある。
 そこまでは街灯もあまり多くないが、今日ばかりは賑やかそうだ。
 来た道を戻りながら笑うと、苦笑を浮かべて葉月が『しょうがないなぁ』と呟いた。

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