結局、土曜の朝っぱらから……というより、別れて数時間後にはホントに全員が揃った。
自分を含め、どいつもこいつも暇なんだなとは思うが、ふたりとも夜中と大差ないテンションで『酒関係ねーじゃん』とまた笑った。
そういや、学生のころからつるんでるヤツらと違って、社会人になってからの出会いでこんだけ意気投合するってのは、稀。
同じ業界ってこともあって研修やら何やらで親しくなり、都度飲みに行く連中は何人かいるが、休日にあえて遊びに行く仲ってのはなかった。
年齢も違えば、職種も出身地も何もかもが違う。
だが、だからこそ話していて素直におもしろいと思ったし、ああこういう出会いもあるんだなと知れたことは大きかった。
「……ねむ」
今日は日曜。
ごろりと寝返りを打って枕元のスマフォを取ると、すでに12時近かった。
腹は減ったが、さすがに昨日1日中遊び倒したおかげで、買い物なんてしてない。
結局、熱海まで3人で釣りに出かけたあと、釣った魚はすべて持ち帰ってやっさんが調理してくれた。
おかげで、夜は当然のようにそのまま飲みが始まり、デジャヴのように12時過ぎに店内を片付けて帰宅。
ある意味、学生時代を彷彿とするほどの強行スケジュールだった。
明日は……よりによって祝日なのに、勤務という名目の出張。
まあいいんだけど。つか、俺も実践発表しなきゃなんねーし。
「……すげぇいい天気」
エアコンはついてないものの、日差しがさんさんと降り注いでいるからか、部屋の中はかなり暖かかった。
そこは、実家の自分の部屋と同じか。
ただし、さすがに冬とあって部屋の奥まで日差しは届いてこない。
「…………」
洗濯。
買い物も思い浮かんだが、まずはそっちが先。
ワイシャツは……そんなに何枚も持ってこなかったよな、たしか。
アイロンなんてもんはさすがになく、形状記憶うんたらってやつだったが、扱い方は正直よく知らない。
まあ、洗濯機さえ回しときゃなんとかなるだろ。
布団から出る前に大きく伸びをすると、肩のあたりが鈍く痛んだ。
「買い物めんどくせーな」
自炊ができないわけじゃないし、鍋やフライパンに炊飯器といったある程度のものは揃っているからやろうと思えばできる。
だが、ひとり分の材料をわざわざスーパーで揃え、仕事から帰って作るというのは合理的じゃない気しかしない。
そりゃ金は節約できんだろーけど、弁当買ったほうが早いし楽じゃん。
ま、単純に食器洗剤とスポンジを買わなかったってのもあるけどな。
今後もそうやらない気がするので、揃える気は今のところゼロ。
だが、腹は減った。
朝食はまあモーニングでなんとかするとしても、夕飯はな……何食お。
「…………」
テレビを流れるバラエティを見ず、スマフォで近くの店を探す。
スーパーは数件あるが、どうせなら行ったことない系列の店がいい。
ソファへ深く座ったままスマフォを操作し、これからの目的を一応定める。
洗濯機はほったらかしで平気だし、天気も悪くはならなさそう。
数時間おきの天気予報を見てから着替えを済ませ、歩いて6分の知らない名前のスーパーを第一目標にする。
そういや、普段もスーパーなんて行かねーな。
明後日からは昼も学食があるし、なんなら早めの夕飯も学食で済ませてもいい。
……そしたら買い物行かなくていいか。
いや、せっかくの休みなんだし、もーちっと辺りを見ておきたいのもある。
だが、面倒な気持ちも半分。
「…………」
疲れてはいる。当然だ、連日夜中まで騒いだんだから。
だが、それだけじゃない気持ちの変化があったことを、気づいたのに知らないふりをする。
いいんだよ。俺が選んだんだし、何より毎日楽しいじゃん。
まだ、今日で4日目。1週間さえ経っちゃいない。
『ひとり暮らしって暇じゃん』
先日の彼の言葉が頭をよぎり、出かけるべく家の鍵を置いていたシェルフの上へ手を伸ばすと、ぶつかった衝撃で音を立てて床へ落ちた。
「…………」
鍵を閉めて外階段を降り、市道を渡ってスーパー方面へ。
ここ数日の通勤で使うルートが遠くに見えたが、まったく車が動いておらず、週末らしい混雑を見せていた。
ああ、そういやここにきてから、あんま車に乗らなくなったな。
実家にいたときはほぼ車でしか移動しなかったが、歩くのも別に嫌いじゃない。
ただ、範囲内に店がなかっただけ。
あとは……ここ数週間は特に、誰かと一緒に出かけることばかりだったせい、だろう。
天気は悪くないが、風が強いからか肌寒く感じる。
心もち、乾いた空気のせいで喉が痛いようにも思う。
だが、今認めるわけにはいかない。
ンなことしたら確実に明日から支障が出る、と直感でわかってるから。
「…………」
見えてきたスーパーは、休日とあってかなりの車が停まっていた。
家族づれにペア、そして俺と同じくひとりの連中。
いろんな人間が行き交うのを見ながら、ほんの少しだけほころびが出た気がしたが、それも認めない。
別にいーじゃん、なんでも。
俺は俺だし、十分楽しんでる。
うず高く積まれた“特売”とデカデカ書かれているカップ麺のタワーを見ながら店へ入ると、ざわざわした空間で少しだけ気が紛れた。
「…………まじか」
降らないつったの、誰だよ。
30分と店内にはいなかったにもかかわらず、出てきたときには雨がパラついていた。
冬の雨は車ならなんとも思わないが、歩きとなると別。
つか、歩きで出ること自体が稀なのにまさか雨にも降られるとは。
……そういや、実家から傘持ってこなかったな。
普段、たとえ雨出勤でも駐車場と図書館が離れてないこともあり、ほとんどさすことはない。
よっぽどの土砂降りなら別だが、そこそこレベルならダッシュで済む。
だが……さすがに、こっから5分以上歩くのに傘なしってつらくねーか。
1本あってもまあ、邪魔じゃねーだろ。
結局、スーパーの隣に併設されているホームセンターまで足を向け、ビニール傘を購入。
折り畳みでもいいけど、ガチめな大雨のときは役に立たない。
実家に傘を取りに行くってのは、考え――ない。
なんで帰るんだよ。馬鹿か。
そもそも、なんのために今の状況作った。
ワンタッチで傘を開き、我が家へと足を向ける。
そのとき、親父の車と同じ車種が道を通り、つい目だけで反応した自分にもなぜか腹が立った。
「はー……さっむ」
歩いている最中に雨が本降りになり、傘をさしていたのに濡れた指先がかじかむ。
数時間前の日差しは皆無。
ってことは、いくら機密性がよくとも暖かくは……。
「……だよな」
もちろん、外と比べれば差はある。
だが、エアコンも消しておりほかに火の気もなく、そしてこの天候ゆえの薄暗い室内に、一気にテンションが落ちる。
寒さって、人をダメにすんじゃねーの。
そういや、実家にいるときはいつもこたつだったな。
ここに来てエアコンメインの生活をしているが、どうしてもそのせいで空気が乾燥し、やたら喉が乾く。
おかげで、久しぶりにペットボトルの水を買った。
水道水も普通に飲むし飲めるが、いちいち取りに行くのが面倒ってのが第一の理由。
数本買ってきたせいで重さはあったが、まあある意味筋トレみてーなもんかと、キッチンのシンクへ荷物を置いたままひとりうなずく。
「あー、腹減った……」
結局、選んだのは普段自分がよく口にするありきたりなメニューの惣菜。
ポテトサラダにメンチ、インスタントの味噌汁。
ウィンナーはボイルすりゃいーし、それこそ買い込んだ冷食もあるので問題ない。
当然だが、カップ麺含むインスタントも購入済み。
さすがに米が食いたくて買うか悩んだが、歩きなことと今後自分が日に一食のために炊飯しない気がして、レンジでチンするほうで妥協した。
ほんと、なんでも便利になったよな。
昼夜兼用でいいかとも思ったが、多分風呂入ったあとぐらいに腹が減る気がして惣菜は多めに買ってきた。
つか、コンロ使わなくてもレンジがありゃ十分生きていけるな。
電気ケトルに水を入れながらふとそんなことが浮かび、ようやく暖まってきた室内にダウンを脱ぐべく手をかける。
と同時に、洗濯機が終了を告げるメロディを鳴らした。
適当に洗剤をぶち込んだが、まあ機械はなんとかしてくれてんだろ。
ひとりとはいえ、数日分溜め込んだ洗濯物はそこそこの量になった。
乾燥まで終えてはいるが……あー、畳むのか? 俺が。
自分で洗濯して畳むとか、中学の家庭科の授業以来やってねーぞ。
って、別に畳むのは必須じゃねーのか。
そうだよな。どうせ俺ひとり。
使うのも俺なら、洗うのも俺。
なんだ。じゃあ手間省けばいいじゃん。
「うっわ」
我ながら、らしい理屈とともに扉を開けると、真っ先にしわの寄りまくったワイシャツが目に入った。
げ。まじか。
え、ワイシャツって洗っちゃダメなわけ? 違うよな?
だとしたらこの敗因はなんだ。
どこがマズかった。
まだ温かさが残る洗濯物を取り出し、カゴ……ンなもんねーし。
仕方なく、まとめてリビングまで運び、ソファへ放る。
すると、すべてのワイシャツがものすごいレベルでくしゃくしゃだった。
いや、さすがにねーだろ。
これ着てくのは、どーなんだ。
あっちへ行ってすぐ着替えるってなら話は別だが、1日中帰宅するまでのユニフォーム。
さすがに、これを着て窓口対応とかアウトだろ。
しかも明日は、通常顔を合わせない連中どころか、初対面の人間も多くいるまさに公的な場所への出張。
人ってのは、見た目が9割つってたな。
学生のころに取った心理学の授業で聞いた言葉は、割と深く残っている。
……それに、このシャツ着てったら間違いなく野上さんが食いつく。
そんで、いらんこと妄想して一部の学生連中へあらぬことを言いふらす。
「はー……」
だけじゃなく、館長たちに呼び出されるかもしんない。
洗濯物をどかし、空いたソファへ座り込む。
アイロンなんて持ってねーし、あってもできねーよ。
てことは、今からクリーニングか。
「…………」
ここから近いのがどこかなんて検索するまでもなく、さっきの店先に旗がたなびいていたのを思い出すから、イラッとしてんだよな。間違いない。
二度手間か。
最悪。
これまでは、洗濯物はカゴへ放り投げておけばきれいに畳まれた状態で部屋のベッドへ置かれていた。
それどころか、部屋に脱ぎっぱなしだったものまでもきれいに片されており、ワイシャツはアイロンがかけられ、ハンガーに下がっていた。
だが、どれもこれもそれは、俺じゃない誰かが時間を割いて仕上げたもの。
自動で勝手に仕上がってきたわけじゃない。
当たり前、では当然ないものばかり。
「…………」
あれだろ。腹減ってるから余計イライラしてんだろ。
大きなため息をついてからキッチンへ向かい、惣菜と一緒にパウチの米をレンジへ放り込んでボタンを押す。
あー、緑茶買ってくるんだった。
つい、家で長年身についた習慣からか、冬でも冷茶を飲むのが抜けておらず、唐突に緑茶が飲みたくなった。
ペットボトルゆえ、水出しの冷茶と味が違うのは百も承知。
だが今は、さほど違わない味の緑茶も売ってはいる。
「……っち!」
温めが終了した音が響き、レンジを開けて手をつっこんだところで、熱の痛みに手を引く。
……ンだよ。くそ。
あーー。イライラする。
理由はひとつじゃない。それもわかっちゃいる。
そして、どうしようもないから余計腹が立つってこともわかっているが、何にもやつ当たれないことも余計拍車をかける。
「…………」
乱暴にレンジの扉を閉め、ひと抱え持ってリビングへ。
そのとき、自分でテレビを付けたのに嫌いな芸能人が画面いっぱいに映っており、また大きめの舌打ちが出た。
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