「……なんだか、どきどきするね」
「なんで?」
「だって……制服を着るなんて思わなかったから」
 絵里ちゃんに借りた服を着たときよりも、今のほうがずっとどきどきしているのはどうしてだろう。
 もうとっくに卒業した、高校の制服。
 丈が短いのもあり、助手席へ深く座るといつもより足が見えてしまってそれも少し恥ずかしい。
 学校のロゴも入ってはいるけれど、このあたりの制服とは作りがまるで違っているからか、食事のために入ったお店ではさっきよりもずっと見られている気はした。
「ふふ。たーくんと、こんなふうにデートできるなんて思わなかった」
「ただのデートならいくらでもしてやるっつの。だから制服着ンな。わかったな?」
「さすがにもう、着る機会ないんじゃないかな」
 運転席へ戻った彼に指をさされて忠告を受け、苦笑が浮かぶ。
 夕食で連れて行ってくれたお店は、こじんまりとしたスペイン料理のお店だった。
 おつまみ代わりのタパス盛り合わせやアヒージョ、本格的なパエリア。
 魚介がどれもこれもぷりっとしていて歯ごたえよく、とってもおいしかった。
 たーくんって、本当にいろんなお店を知ってるのね。
 外国人のオーナーさんとは顔見知りというわけでもなさそうだったのに、あれこれ楽しそうに話しているのが見れて、相変わらず人に好かれるんだなと感心もした。
「んじゃ、次な」
「え? 帰らない……の?」
「飯食って終わりでいいのか?」
 それは……正直言えば、残念な気持ち。
 だけど、まさかこんなふうに夜のデートをしてもらえるなんて思わなくて、いいのかなって気持ちもあるの。
 明日はお休みだけど、お仕事をしてきているでしょう?
 そんな疲れた状況なのに一緒に出かけてもらえて、いいのかなって。
「ンな遅くなんねーから、もう少し付き合え」
「あ……ううん。とっても嬉しい。……いいの? たーくん」
「たまにはな」
 肩をすくめた彼は、私を迎えに来たときとは違ってどこか楽しそうだった。
 食事をしながら『ワイン飲めねぇのは残念』と言っていたけれど、表情は緩い。
 ……楽しんでくれてるなら、私ももちろん嬉しい。
 だって、私はこんな機会をもらえたことがとても嬉しくて、ずっと顔が戻らないんだから。
「ここって……」
「夜、連れてきたことなかったな」
 ほどなくして駐車されたのは、前にきたときとはまったく違う時間帯だけど、覚えのある場所。
 ……そう。
 11月の試験のときにたーくんが連れてきてくれた、あの海沿いの公園だ。
「わぁ……!」
 外に出てすぐ、ライトアップされている桜が目に入った。
 テレビでも開花が伝えられていて、近所でも低木の桜を見る機会はあった。
 ……きれい。
 濃い色の桜もいくつか見え、白いライトに照らされている満開の桜は、今にも降ってきそうなほどだった。
「……あ……」
「結構人いるな」
 手を取った彼に導かれるまま、遊歩道に向かう。
 あのときと同じ、道。
 クレープ屋さんはないけれど、つぼみをいくつもつけた薔薇の木が並んでいて、もうあと少しで咲きそうだなと思う。
 ……あのときと同じなのに、全然違う。
 11月にここへきたときも、たーくんは同じように手を取って歩いてくれた。
 私はとてもどきどきしたし、驚いたし……だけど、たーくんにしてみれば、小さいころのクセみたいなものだったんだろう。
 迷子にならないように手を引いてくれるのと、同じこと。
 でも……今は、ほら。
 繋ぎ方も違えば、距離も違う。
「あ?」
「ううん。……ふふ。嬉しい」
「そりゃよかったよ」
 並んですぐ腕が触れ、指を絡めるように握り直すことも許されている。
 ……しあわせ。
 たった数カ月なのにこれだけ大きな変化が訪れることを、あのときの私も……そしてたーくんも、知らなかった。
「きれいだね」
「この時期ならではだな」
 池を囲むようにぐるりと桜が植えられていて、私たちと同じように手を繋いで見ている人や、写真を撮っている人などたくさん。
 金曜の夜というのも、きっと影響しているんだろう。
 たーくんと同じスーツ姿の人が多く、だけど……私のように制服を着ている相手を伴っている人は誰もいなかった。
 ……そうだよね。だって、高校生だってわかっちゃうもん。
 高校生同士ならまったく問題ないだろうけれど、相手が社会人となると周りからの印象はがらりと変わるはず。
 このあたりの制服ではないし、ぱっと見て判断されないとはいえ、やっぱりよくないんじゃないかなとは思う。
「どうした?」
「え、と……ごめんね。制服でデートしてみたいなんて私が言ったから……」
「は?」
 歩く速さは変えなかったのに、ふいにたーくんが振り返った。
 そういうところ、素直にすごいなと思う。
 だけど、眉を寄せた私を見ても、たーくんは呆れたように笑うだけだった。
「別によくね? どこの学校かバレねぇだろ」
「でも……」
「したかったんだろ?」
「……うん」
「こんな機会二度とねぇぞ。桜も、もって今週か……まぁ来週は厳しいだろうな。今しかねぇんだから、楽しんどけ」
 けろりと笑った彼もまた、ライトアップされた桜を見つめた。
 確かに、ふたりでお花見ができるなんて思わなかった。
 そして……夜のデートも。
 ……そうだね。どうしようじゃなくて、今をありがたいと迎えなきゃバチが当たってしまう。
「ありがとう、たーくん」
 手を繋いでくれている腕にもう片手で触れると、より距離が縮まって一層嬉しい気持ちになった。
「……にしても、この写真。なんでお前撮らせたンだよ」
「え?」
 あのときと同じ、東屋のそばへきたとき。
 きれいなピンクの桜と光のコントラストがきれいでスマフォを取り出したら、たーくんがため息をついた。
「……あ」
 向けられた画面には、先ほど鷹塚先生と撮った写真があった。
 あのとき、『トリミングした』と言っていたけれど、映っているのはほとんど私だけ。
 ……そういうこと?
 冬女の制服を着た自分の姿を客観的に見て、なんだか少し恥ずかしい気はした。
「まさか、鷹塚先生が『撮ろう』って言うと思わなくて。いけなかった?」
「弱みを握らせンなよ。悪用されたらどうする」
「もう。鷹塚先生はそういうことしないんじゃないかな」
 きっとたーくんもわかってはいるだろうけれど、どこか納得いかない表情ではある。
 小さな音とともにスマフォへおさまった、桜。
 すっかり日は落ち、背景は黒。
 だからこそ、より桜が映えて見える。
「え?」
「どうせならこっちで撮っとけ」
 あのときと同じ。
 鷹塚先生がそうしたようにスマフォを内向きに構え、腕を伸ばす。
「っ……」
 だけど、距離感はまるで違って。
 肩どころか身体が引き寄せられ、寄り添うよりもまるで抱きしめられているような形になる。
「……たーくん」
「いや、お前反応違いすぎだろ。ンで壮士には笑顔なのに困った顔すんだよ」
「だって……近いんだもん」
「あのな」
 どこかおもしろくなさそうにつぶやかれ、慌てて謝罪を口にするものの頬が熱い。
 ……もう。
 本当に、ときどき驚くようなことをする人なんだから。
「せっかくだから、もう1枚。だめかな?」
 スマフォをしまった彼に代わり、今度は私が腕を伸ばす。
 けれど、ああやっぱり足りないというか……この感じ、難しいのね。
 うまく画面に納まらず、中途半端な形になってしまう。
「……あ……」
「笑えよ?」
「ん。ありがとう」
 代わりにスマフォを手にした彼が、すぐここで笑った。
 もう。本当に、さっきと全然違うんだから。
 もう少しだけたーくんへ近づきたくて身体を寄せると、ほぼ同じ高さで笑顔が揃ったことが、思った以上にとても嬉しかった。

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