「思ったより混んでたな」
「みんな、すてきな場所をよく知ってるんだね」
時間をかけてぐるりと一周回った園内は、そんなに広くなかったけれどいろいろな花が咲いていた。
ピンクの椿や真っ白い木蓮もあわせてライトアップされていて、本当にすてきな場所だと思う。
桜以外の通りは人が少なくて、それもよかったかな。
いろいろな種類の花の名前を口にしたら、たーくんは感心したように笑ってくれてそれも嬉しかった。
「…………」
でも、少しだけどきどきはおさまらない。
きっと私だけなんだろうな。
エンジンをかけた彼の横顔はまったくそんな雰囲気はなく、両手を足の上で重ねたままわずかに視線が落ちた。
だって、自分じゃない……ううん。
全然知らない人同士の“そういうこと”に触れるなんて、日常ではありえないでしょう?
だから、驚いたのももちろんだけど、どうしていいかわからなくて正直困った。
たーくんが一緒じゃなかったら、あの場から動けなくなっていたかもしれない。
「…………」
人通りがなかった東屋よりも少し先のあたりで、囁き声が聞こえた。
くすくすと笑うものや、何を話しているかはわからないけれど、人の声と把握できるものが。
でも、周りを見てもベンチはなく、どこから聞こえているか最初はわからなかった。
だって……まさか、紛れるように立ち入っているなんて思わないでしょう?
方向がわかってすぐ、音が変わって。
“声”ではないものが聞こえ、慌てて顔をそむけたけれど、たーくんはそんな私を見ておもしろそうに笑っただけだった。
……もう。
知ってたなら教えてくれてもいいのに。
『灯りも人もねぇからうってつけなんだろ』と肩をすくめられるも、どう言っていいかわからなかった。
「……え?」
公園を出てすぐ、海沿いの通りをたーくんが左へ曲がった。
方向が違う。
家は右折だし、何か買い物をするにしてもそちらで間に合うはず。
「どこか行くの?」
「デートなんだろ?」
「それは……うん」
ギアが上がり、スピードも比例して変わる。
ちらりと一瞬合った視線はいつもと同じに見えたけれど、口調は違っていて。
からかっているわけではないだろうけれど、楽しんでいるときのものに近い。
たーくんには、アテがあるんだろう。
私は知らない場所かな。
もっとも、すてきなお店で夕食をとることも、さっきみたいに夜桜を見に連れてきてもらえるとも、そもそも最初から予想外。
……嬉しい。
一緒に出かけられることもそうだけど、連れてきてくれる背景に『喜ぶだろう』と思ってくれている彼の気持ちを十分に感じられることが、とても。
この時間にもかかわらず、道はそれなりに車が多い。
曜日も関係あるのかな。
通りに面しているお店にもたくさんの車が停まっていて、それぞれの時間を過ごしているんだろう。
防風林がすぐここにあることもあり、さっきまで見えていた月は見えない。
こんなふうに夜お出かけすることがそもそも少ないのも、どこへ向かっているか知らないのも影響してか、今どこを走っているのか検討がつかなくなり始めていた。
「……え?」
バイパスを右折して、すぐ。
もう一度右に曲がり、見える景色が明らかに変わった。
……どこだろう。
どうやら建物内に駐車場があるらしく、外の景色は見えない。
無機質なコンクリートの駐車場には、ほかと同じくそれなりに車が停まっていた。
「着いた」
「え……あ、うん」
入り口らしきところは見えないけれど、肩を叩いてうながされた。
ほかに音がないせいか、ドアを閉めた音がやけに響いて聞こえる。
……入り口は、あそこ?
ちょうど駐車場の中央に上へと繋がる階段が見え、フロントへ回るとさっきと同じようにたーくんが手を取った。
「期限あったの忘れてたから、ちょうどよかったな」
お財布を取り出した彼が、何かを確認するように見てからポケットに戻した。
階段は薄暗いというより、あえてこの照明を使っているようにも思える。
響く靴音は、ふたりぶん。
螺旋のように作られている階段の壁には、まるで西洋のお城のようにろうそくを模した照明器具が使われていた。
「お店?」
「まぁ、間違いじゃねぇけど、そういうんじゃねぇな。ま、すぐわか……あー、お前は知らねぇかも」
「そうなの?」
階段をのぼりきった先は、少し広い場所だった。
けれど、お店というより……ホテル、かな。
壁にはいくつもベッドメインの部屋が映っていて、たーくんはひとつを選ぶと印字された紙を手に私の手を引いた。
「ここって……」
どこなの。
そう続けようと思ったものの、エレベーター内に張られている文言や販売品の写真が目に入り、言葉につまった。
ここ、って。
「っ……ま、待って」
「ンだよ。平気だからこい」
「そういうことじゃっ……」
これまできたことはないし、きっと『行く』選択肢に自分が上げることはまずない場所。
いつだったか、絵里ちゃんに聞いたことがあった気はするけれど、ここがそうだなんて思いもしなかった。
だってここって……デート、なの?
もちろん、そういう意味では大人同士の行くところではあるだろうけれど、でも、だって……もう。
エレベーターを降りてすぐのドアを引いた彼が、先に私を通した。
いつもと同じ顔だし、特に何か言いたげではない。
けれど、靴を脱がず振り返ったら、しっかりとドアを閉めたあとで小さく笑った。
「っ……」
「ンな顔すんな。期待してんのはわかるけど」
「ち、が……」
頬に触れてすぐ顔が近づき、慌てて身体を押す。
もう。どうしてここなの?
最後の最後に想像もしなかったところへ連れてこられ、どう反応したらいいのかわからないじゃない。
当たり前のように靴を脱いで上がると、たーくんはそのまま部屋のドアを開けた。
中は……普通のホテルみたい。
ううん、さっき表示されていたまさに天蓋つきのベッドがすぐそこにあって、普通とは少し違うように思う。
シックな色合いの壁に、真っ白いソファ。
大きな液晶のテレビが壁にそなえつけられていて、壁際にある水槽には熱帯魚も……泳いでいる。
「…………」
なんだかすごい。
流浪葉とはまるで違う雰囲気で、同じホテルとはいえいろんな種類があるんだなとある意味おもしろかった。
「お前初めてだろ?」
「たーくんは違うの?」
「ここは来たことねぇな」
「…………」
そっか。
『ここは』ということは、ほかは知ってるんだろう。
もちろんそれは……ひとりで来たわけじゃないんだろうな。
……そして、菊池先生や瀬尋先生のように友達と来る場所ではないこともわかる。
直接的ではないけれど、でも、意味は同じ。
今、こうして来れたのは嬉しいような恥ずかしいような気持ちだけど、でも……そうだよね。
ああ、そうか。
デートって、そういうことなんだよね。
たーくんがこれまで、いろんな人とお付き合いしてきたことも知っているし、身体を重ねたことも当然あったんだろう。
ということは、今日連れていってくれたルートは、過去の誰かと同じ……なんだよね。
比べる必要はないし、思う意味もないのに、ふとそんなことを考えた自分が少しだけ情けなくも思う。
……そうじゃないのにね。
たーくんは、私だから連れて行ってくれたのに。
結果としてたまたまここに着いたけれど、この流れが彼にとっての当たり前でもないのに。
デートだって、きっと毎回形は違うんじゃないかな。
これまでを垣間見たこともないから、想像するだけ。
しなくてもいいのにひとりでに“これまで”を思ってしまい、そんな自分も嫌だなと思った。
「え?」
「ちょっと座れ」
ぼんやりとベッドを見たままでいたからか、ソファに越しかけたままのたーくんに手を引かれた。
家にあるソファよりも小さくて、背が伸びるタイプのもの。
バラエティ番組を映すテレビをつけたまま、たーくんは縁に腕を乗せた。
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