「…………」
ふと目を開けると、さっきまでと同じく部屋は暗かった。
時間は……さすがにわかんねぇな。
だが、すでに葉月はすぐここへ横になってるから、22時は過ぎてるんだろう。
……あー、寝た。
肩のあたりが鈍く傷み、恐らくは妙な姿勢で寝てたんだろうとわかる。
大きく伸びをすると、久しぶりに腕が上がって肩甲骨の間もじんわり伸びた。
「…………」
ちょっと待った。腕が上がるなんて、ありえねぇじゃん。
暗くはあるが、自分の身体の感じは十分わかる。
……犬じゃ、ない。
「っ……」
腕と膝が曲がる。手が伸びる。
指が……動く。
確かめるように顔へ触れると、いつもと同じ肌の感じだった。
まじか。え、なんで?
いつ戻った?
つか……ここ、まだ夢か?
ベッドは明らかに葉月のもので、カーテンこそ引かれているが家のものとは違う。
ついでにいえば……服はなし。
あー、これ今恭介さんに見つかったら、確実に殺されるヤツじゃん。
仕方なくタオルケットをたぐりよせ、一応の処置はしておく。
「…………」
にしても、なんで今このタイミングで人に戻った?
あたりにはユキの姿はなく、すやすや眠っている葉月しかいない。
……てことは、だ。
これまでと違って、“俺”が手を出してもいいってわけ?
「……ん……」
姿勢よく眠っている葉月の頬へ触れると、寝返りをうつように反応した。
起きそうにはないが、まぁ……いいか。別に。
今日は、初日に着ていたパジャマと同じワンピースタイプ。
胸元にあしらわれているリボンを解き、上からふたつほどボタンを外す。
もはや見慣れたナイトブラの上から確かめるように触れると、くすぐったそうに身をよじる。
「…………っ……」
おもしれぇな、お前。
すぐ隣へ横になりながら触れるも、息遣いこそ変わったがまだ起きない。
……だが、ユキのときずっとまとわりつくように香っていた匂いはほのかにする。
感じ方は違うが、同じだととらえていいだろう。
首筋へ唇を寄せると、胸の触れ方が変わってかわずかに声を漏らした。
「ん…………っ!」
ぐいっと胸元を押されてすぐ、驚いた顔してる葉月とばっちり目が合った。
叫ばなかったのは、相手が俺だからか。
だとしたら、首の皮繋がったから礼を言ってもいい。
「え……えっ! たーくん……!?」
「久しぶりだな。あー……しゃべンのも久しぶりだ」
「え……?」
「なんでもない」
ユキでいた間、結局ほえることはまずしなかった。
いろいろツッコミたいことも聞きたいこともあったが、犬語にしかならないのならと敬遠したせい。
久しぶりに聞いた自分の声は、いつもより高い気がする。
「どうしてここに、っ…………もう! どうしてそんな格好……!」
「あーまぁ俺にもよくわかんねぇんだけど。とりあえず、見えねぇから我慢しろ」
上半身裸と気づいてすぐ慌てたように視線を逸らしたが、戸惑ってるようなものの本気で嫌がってそうではない。
……お前、もうちょっと危機感持ったほうがいいぞ。
言っちゃナンだが、寝てる最中にいるわけないヤツがベッドにいたら、もっと驚くだろ?
俺だからつって、今のように一緒に住んでるわけでもなく、それこそありえない状態。
見えないように身体ごとあっちを向きながらも、がっつり背中はガードゼロで『いいのか?』と思いもした。
「っ……」
「……お前にちょっと聞きてぇんだけど」
ぺたり、と背中から抱きしめると、ちょうどよく耳たぶへ唇が当たった。
ささやいた途端身体が強張るも、拒否的じゃないことを願うばかり。
脇腹を通って胸の前で組まれている手を包むと、戸惑いがちに反応した。
「ユキにヤられて、気持ちよかったか?」
「……え……?」
「恭介さん知らねぇだろ? 腕じゃないトコも舐められたこと」
「ッ……」
小さく喉が鳴ったのはわかった。
きっと今顔を見たら、思ったとおりの反応だろうな。
葉月にとっては、最大の秘密。
急に現れたこともありえないが、俺がそれを知ってることはもっとありえないはずだ。
「っ……」
「比べてみるか?」
「……たーく、ん……」
「俺とアイツ、どっちが気持ちいいか」
顎に触れながらこっちを向かせると、ちょうどよく組み敷く体制になった。
目を丸くし、確かめるようにまっすぐ見つめる。
鼻先がつく距離。
すぐここで笑い、問うように訊ねると、こくりと喉を動かしたものの葉月は緩く首を振った。
「たーくん……どうして……? 私、こんな……」
「こんな? お前が願ったんじゃねぇの?」
「え……?」
「ユキにされてたこと、一度でも俺にされたいと思わなかったか?」
髪を耳へかけてやると、明らかに反応を見せた。
……お前、ホントわかりやすいな。
いや、こういうときは素直って褒めたらいいか?
あまりの反応につい笑うと、逆に葉月は困ったように唇を噛んだ。
「ああ、そういやユキがしなかったことふたつあるな」
「え……?」
その仕草で、思い出した。
顎に指をかけすぐここで笑うと、葉月はまっすぐに俺を見たまま戸惑ったようにまばたく。
「っ……」
ひとつは、これ。
唇を舐めることも、キスすることもしなかった。
傷つけるような気がして、敢えてしなかったってのが正しい。
舐めることはできても、吸うことはできない。
それこそ、キスは人同士の特権だろ。
「……は……、ぁ」
「もうひとつは、あとで教えてやるよ」
シたくても、できなかったこと。
持ち物も何もない今の状態でヤるのはナンだが、夢ならいいだろ。
……たとえアレがなくても問題ねぇんだから。
「私……でも、こんな……っ」
「どうせ夢なんだから、楽しめば?」
「……夢……?」
「お前が欲しがった夢だ」
戸惑ったように首を振るが、目の前で笑うと葉月はまたまばたいた。
そう。すべては夢に違いない。
じゃなきゃ俺が人に戻るわけないし……いや、そもそもユキになるはずがなかった。
だからきっと、さっきまでは“俺”が願った夢。
だが、こうなった今は葉月がそう願って変えたんだろう。
「俺とこうしたいって、お前が願った結果だ」
「っ……」
すぐここで笑い、改めて口づける。
まぁぶっちゃけ、誰が願った結果かなんてどうでもいいんだよ。
……やっと、デキるんだから。
夢とはいえ、したくてもできなくて随分ストレスは溜まった。
目の前で存分に喘がれたら、当然反応する。
それでも……と寸止めさながらで夜を越しての、今。
歯止めがかかるワケがない。
「……ん……」
「比べものになんねぇぞ、きっと。……人が使えるのは、舌だけじゃねぇからな」
言いながらパジャマのボタンを外すと、葉月は眉尻を下げながらも唇を結んだ。
不服じゃねぇよな、当然。
……お前の気持ちは、十分知ってる。
そして、俺たち以外の誰も知らない夜を何度も過ごしたこともな。
肩に触れながらパジャマを滑らせると、灯りはなくとも十分肌の質感は見え、小さく喉が鳴った。
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