「……お前、わざとやってるだろう」
昨日よりも少し早い夕食時。
すっかり定着した自分の席に座ったまま、恭介さんではなく葉月へ視線を向ける。
目の前には昨日と同じ真っ白い皿が置かれてはいるが、そこはきれいなまま。
なぜなら今日は、ローストビーフなこともあり、カットされたものを直接受け取って食しているからだ。
「葉月。ユキのことはいいから、自分がまず食べなさい」
「でも、どうせ手を洗うことになるから、先に食べさせてあげたほうがいいかなと思って」
「これじゃ、お前はメイドだぞ。主人が誰か覚えさせたほうがいい」
「主人はお父さんだって、ユキもちゃんとわかってるよ。ね?」
さすがに恭介さんの前でうなずくわけにいかず、葉月を見たままにしておく。
コイツは、わかってる。
“俺”がふたりのやりとりがっつり聞いて、理解していることを。
「まったく。甘やかしすぎだ」
ことの発端は、単なる味見だった。
ローストビーフの端を俺によこした葉月は、当然手づかみで。
そのときはこんなふうに席へついてなかったが、皿へ取り分けられたのを見たまま動かずにいたら、葉月は察知したらしく苦笑した。
散歩のとき、手ずからチーズをもらったことを恭介さんは知らない。
彼の前で葉月がやるかどうかは賭けだったが、何も言わず“お座り”したまま葉月を見つめたら、小さくちぎったものを手のひらへ乗せた。
瞬間、俺の勝ちは決定。
あのときよりも、敢えて舐めとるようにすると、くすぐったそうに一瞬指が動いた。
ま、それを見て恭介さんがおもしろくないのは当然だろうよ。
散々舐めるなと忠告した相手が、目の前で愛娘からじきじきに食わせてもらってんだから。
「ユキ。お前は自分で食べられるだろう?」
「…………」
「……その顔はなんだ。文句か? 俺に」
「もう。お父さん」
「葉月は黙ってなさい」
「あ、もういいの? お水飲む?」
今んとこいい。
椅子から飛び降り、葉月に向かってだけ小さく首を振ると、小さく笑ってから同じように立ち上がった。
恭介さんをあまり焚きつけると、厄介なことになりそうだしな。
先は長いし、こんなもんにしとくか。
「…………」
リビングのソファへ飛び乗り、ついたままだったテレビを眺める。
当然、英語一色。
いわゆるニュース画面が映っていて、昨日と同じアナウンサーがニュースを読んでいた。
「まったく。アイツ、全部わかってやってるだろう。葉月を下に見てるぞ」
「そんなことないったら。甘えてるだけでしょう?」
「いや。あれはそういうんじゃない。……アイツ、犬の皮をかぶったヒトじゃないのか?」
「っ……」
知らぬぞんぜぬを当然貫きはするが、鋭い指摘で無意識に振っていた尻尾が止まった。
……バレたら殺されるな。マジで。
中身が人間でしたもマズいが、俺でしたはもっとマズい。
ちらりと首だけでダイニングを振り返ると、席へ戻った葉月は改めて箸を手にしていた。
「ユキ。お前はいい加減、下で寝ればいいだろう」
「…………」
「今日は諦めろ。無理だぞ」
風呂上り、葉月は昨日とは違いきっちりズボンタイプのパジャマを身に着けた。
……だけでなく、普段と同じ22時前に姿を消したと思いきや、階上から『おやすみなさい』の声をかけた。
目が合った瞬間苦笑したものの、すでに遅く。
小さく音を立ててドアは閉まり、意外そうな顔をした恭介さんは……俺を見てどこか訝しげに眉を寄せると『お前何かしたのか?』とまた絶対零度の声でつぶやいた。
「……まったく。お前も頑固だな」
葉月のドアのまん前。
ぴったり閉ざされたドアを勝手に開けるわけにもいかず、stay状態で20分。
始めのうちは恭介さんも『フラれたお前が悪い』とか『諦めて戻れ』とか言っていたが、いよいよ自分が寝るときになってもここにいるのを見てか、ため息をついて頭を撫でた。
「葉月。ユキがずっとここで待ってるぞ」
葉月と同じく3回ドアをノックすると、ほどなくしてうっすら扉が開いた。
どうやらまだ起きていたらしく、昨日とは違い部屋の明かりがついている。
「ここにいられたら、夜中にコイツを踏んで俺が階段から落ちそうだ」
「でも……」
「一緒に寝てやれ。明後日にはもうシェインのところへ戻るんだから」
こういうところ、恭介さんも優しいよな。
つーか多分、彼も動物が好きなんだろう。
しゃがんだまま撫でてくれる手つきは、がっつり“痒いところに手が届く”手馴れ感があった。
「あっ!」
「何かあったら追い出していい」
「……もう。さすがにそんなことはしないよ?」
「じゃあ、枕にして寝ていいぞ」
「ふふ。シェインさんに叱られそうだね」
「いや、アイツはよくユキにもたれてテレビ見てるからな。シェインの体重で平気なら、葉月ならなんてことないだろう」
ドアの隙間に身体をねじこむと、ドアは押さえられてなかったこともありすんなり入れた。
ベッドの上には昨日読んでいた本が置かれていて、乗るとほのかに葉月の匂いがする。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
軽く手を振った恭介さんを見送り、葉月はドアを閉め……たものの、ベッドにいる俺を見て何か言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ねえ、ユキ。あのね? 昼間も話したけれど……今日はあんなことしないでくれる?」
ベッドの端へ腰を下ろした葉月は、丸くなった俺の頭を撫でると顔を覗きこんだ。
ちょうどそのとき、角度的に胸元が見え、ああこういう角度もヤバくねぇかと勝手に思う。
「っ……ユキ」
反射みたいなもんだな。
ぺろりと鎖骨を舐めると、慌てたように身体を離す。
だから、その顔は無理なんだって。
困っているような、だけど本気で嫌がっているわけじゃないような表情。
ふとももを押さえるように足を乗せると、こくりと喉を動かして瞳を揺らす。
「っ……ユ、キ……!」
恭介さんはいない。
“おやすみ”を言った以上勝手に入ってくる可能性は低く、葉月が声をあげなければまずバレないだろう。
パジャマが違うつっても、俺の器用さ知ってンだろ?
ドアだって開けようと思えばできたが、敢えてしなかっただけ。
自由に指が動かないものの、大概のモンはどうとでもなる。
「……ぁ、やあっ……」
体重だけでいえば、今の俺のほうが軽いだろう。
それでも、重心のかけ方さえわかれば十分逆転できる。
俺と違って、本気では抵抗しないからこそ、肩口を押さえてボタンを外すと、すぐに胸元は露わになった。
「っ……ん、ユキっ……!」
照明ではなくベッドサイドのライトで照らされた肌は、いつもより柔らかく見える。
昨日と同じタイプのブラをずらすと、胸の先はすでに反応していた。
……欲しかったくせに。
口が利けたら、果たしてそう言ったかどうか。
ぺろりと舐めあげ往復すると、濡れた音があたりにも響く。
「ん、んっ……は、やぁ……っ」
口元へ当てていた手が、首輪をつかんだ。
それでも、恭介さんとは違い“躾”のためのチカラさえも入れないってことは、迎合にも取れる行為。
鼻先をつっこんで反対の胸も舐めると、抜けるような甘い声が耳へ届く。
「んっ……ユキ、そこはだめったら……!」
前足でズボンを引っかけると、慌てたように葉月は両手で押さえた。
のが、おもしろくない。
仕方なく一度離れ、押さえていた手首を舐めると、くすぐったそうに指が動いた。
「っ……もう、あなたどうしてそんなに器用なの?」
小さく笑われた気がしなくもないが、力が緩んだ隙にズボンを下ろすと、慌てたように足を閉じる。
だから、そうやって我慢すればするほど舐められるってわかんねぇの?
……それとも、アレか。
実はもっといろいろ舐めてほしいとか?
「ねえユキ、あのね? 私、こんなことしてくれなくたって、あなたのこと好きだよ?」
「…………」
「だから……これ以上しないで」
お願いだから。
ささやくように懇願され、ぺろりと鼻先を舐める。
言葉と表情は合致しているが、こっちの気持ちとはイコールではなく。
ついでにいえば、この格好もな。
足を閉じていても半脱がされ状態で下着はがっつり見えており、ついでにさっき舐めあげた胸元はほどよく見えている。
えっろい。
我ながら、いいカッコさせてんじゃんとある意味褒めてやりたい気分だ。
「っ……ユ、キ」
太ももの内側を伝うように舐め、下着のふちをなぞる。
慌ててソコを隠すように手のひらを当てたが、もうだいぶ息が上がっている状態。
構わず指先を舐めると、小さく声を漏らした。
「ん、あ、ぁっ……ユキ……や、だっ」
本当に?
……そういやお前、俺とシてるとき一度もンなセリフ吐かなかったな。
覚えてないだけか、単なる記憶の相違かはわかんねぇけど。
でも、本気で拒否しねぇと逃げらんねーぞ。
昨日と同じく、ソコに近づけば近づくほど甘い香りは強くなり、下着の端から舌を割り込ませると、たちまち声が変わった。
「ひゃ、ぁあっ……ユキだめっ……そ、こ……やぁ」
身体ごとひくんと反応した葉月は、思わず上げた自分の声を抑えるように両手を当てた。
おかげで目の前は開け、十分ヤれる状態。
まさに犬歯でひっかけるように下着を下ろせば、とろりと蜜が光る。
「ん、んんっ……ふ、ぁ……ぁんっ」
くぐもって聞こえる声が、一層情事の熱量を帯びる。
恭介さんはさっき、もう寝ると言っていた。
壁の厚さがどうかは知らないが、彼の寝室はすぐ隣。
舐め上げるたび、ひくひく足を震わせながら、葉月はわずかに首を振った。
「だめぇ……ユキ、も……そこ、や……ぁあ、あっ……」
「っ……」
今にも泣きそうな顔で懇願され、ぞくりと身体が震える。
ンなしどけない顔、すんなよ。
……そそられンだろ。くそ。
「んんっ、んっ! あ……ん、ぁあっ……ユキ……ユキぃ……っ」
高い声が上がり、呼吸の回数が増える。
あと少し。
蜜が絡んでぴちゃぴちゃ音が響き、切羽詰った葉月の声はより高く聞こえた。
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