「初めて会ったときから、アキさんがたーくんを好きなことは気づいてました」
「てことは……あの飲み会のときかしら? あのときが初めましてよね?」
「はい」
 今からはもう数ヶ月前になる。
 昨日菊池先生とも話したけれど、まさに“たまたま”たーくんが私をみなさんへ会わせてくれたことで、巡りあった。
「なのに……ずっと、知らないふりをしたんです」
「あら。それなら私もそうよ」
「え?」
「あなたが孝之を好きだってわかってて、あえてあんな話したんだもの」
「っ……」
「だから、そこはおあいこでしょ?」
 アキさんは笑みを崩さなかった。
 でも、ふたつ私には想いがある。
 というのは――彼女が私へ話してくれたのは、2回あるから。
 1回目はあの飲み会の夜。
 そして2回目は、直接彼女の気持ちを聞いたあの年末のとき。
 ……だけど、それが理由じゃない。
 同じ人を好きになったのに、私は彼女と違う大きな点がある。
「でも……フェアじゃない気がしたんです」
「フェア?」
「アキさんが、私のように従妹ならよかったと話したことを聞きました。アキさんの言うとおり、私は小さいころから彼のそばにいて、ある意味シードみたいなものがあって。一定ラインの条件が整っているからこそ、初めましてから関係を築く努力は必要じゃなかった」
 私は、自分で彼との関係を結んだのではなく、“そういうもの”としてずっと過ごしていた。
 従妹だから大切にする。
 従妹だからかわいがる。
 必ず冠につく言葉は、ある意味義務のようなものでもあって、たーくんは最初からずっと私に優しくしてくれていた。
「でも、アキさんは違うでしょう? 幼馴染とはいえ、彼と関係を作りながらここまできたのに。なのに、急に現れた私が毎日そばにいられるようになって、家族じゃなければ共有できない家の中での時間を共有できていて……それってなんだか、フェアじゃないような気がしたんです」
 まっすぐに彼女を見つめるも、アキさんは穏やかな笑みのまま。
 彼女はずっとそう。
 こうして私が話していることを知っているかのように、そして……まるで懺悔めいた言い訳を罰せずに聞いてくれるかのように、ただただ穏やかにまばたく。
 ああ、私とは違うの。本当に。
 大人で、きちんとわかっていて。
 子どもじみた、ただの言い分を遮らず聞いてくれているような気がして、本当に敵わない人だと思った。
「……アキさんが彼に好きだと言ったあの日よりも少し前に、私も想いを伝えていたんです」
「え……年末よりも前に? 葉月ちゃんが?」
「はい。でも、答えはずっと欲しかったものとは違って、ただひとこと『知ってる』と言われました。『従妹だからな』と続けられて、だからこそ私はそういう対象ではないと改めて知りました」
 そこで初めて、彼女が目を丸くした。
 これまで、いつだって見れなかった驚いたような顔。
 ゆっくりまばたくと『へぇ』とマグに手を伸ばす。
「その日のあともずっと態度も何も変わらなくて、変えるためにどうしたらいいんだろうって考えました。離れたらいいのか、それとももう一度伝えたらいいのか……何かを試したらいいのか。でも、いろいろ考えても結局、あまりにも毎日が同じように過ぎてしまって、自分でもどうしたらいいかわからなかったんです」
 1月のあのころ。
 たーくんに『俺が好きなんじゃないのか』と問われたのに、あまりにも図星過ぎて咄嗟に言い返せなかった。
 だけどそのまま認めても何も変わらない気がして、強がるほかなくて。
 でもあれは、間違いだったんだと思う。
 そのせいでたーくんは家を出ることにして、体調を崩して。
 お父さんから連絡をもらったとき、自分のせいだと強く感じた。
「1月の半ばくらいから……彼とは、いとこ同士じゃない関係に変わりました」
「あら。よかったわね」
「本当はもっと早く伝えなければいけなかったのに、こんなに遅くなってしまって。……でも今日お会いできたのは、めぐり合わせだと思います。そして……アキさんが時間を作ってくださったのも、すべて」
「…………」
「一方的なお話ばかりで、ごめんなさい。でも、ずっとアキさんにはお話したいと思っていました」
 にっこり笑った彼女は、頬杖をつくと小さなため息を見せた。
 まるで、困った言い訳を続ける子どもに対する“先生”みたいな顔で。
「付き合うことになったんです。アキさんじゃなくて私が選ばれちゃって、ごめんなさい」
「え?」
「そんなふうに言われたら、キレたふりして帰ろうと思ってたの」
 肩をすくめながら、マグを両手で包む。
 でも、アキさんは表面に映る何かを見つめながら、口づけず少しだけ悪戯っぽい顔をした。
「まったく。いいのよ、私に報告なんてしてくれなくて。別にアイツとはなんでもないんだから」
「そういうわけにはいきません。だって……」
「……フェアじゃない?」
「アキさんは、私の目の前で想いを伝えたじゃないですか」
「でも何も変わらなかったでしょ?」
「それは……」
「アレで変わったのは、私と孝之じゃなくてあなたと孝之の関係。そもそも、あの時点で分があったのは葉月ちゃんのほうなのよ」
 意外なことを言われ、目が丸くなった。
 あのとき、たーくんは明らかに戸惑っていた。
 アキさんの気持ちを聞いて、彼なりにどうすればいいか悩んだように見えた。
 でも、目の前ではっきりと想いを告げたアキさんはとてもかっこよくて。
 私にはない、彼に対する強い想いがある人なんだと感じて、どこかで逃げたような気はしていた。
「小学校のときも中学のときも、想いを伝えはしたわ。きっと大学のときもしたんでしょうね。もうあまりにも言いすぎて覚えてないわ、正直。ただ、アイツが男子校へ行ったのは、無意識に私から逃げたかったのかなーって勘ぐりもしたけどね」
 そう言って、アキさんは視線をあちらへ向けた。
 これまで見せていた笑顔とは明らかに違い、どこか自嘲ぎみにも見える。
 きっと、彼女には見えているんだろう。
 これまで過ごした、たーくんとのたくさんの景色が。
「でも、アイツの答えは変わらなかった。『俺も好きだぜお前のこと。だってラクじゃん』って……馬鹿よね。私が欲しい答えからは一番縁遠いこと毎回よこして、ホントはこいつ頭よくないんだろうなって張り倒したくなったもの」
 何度も想いを伝えた。
 でも彼は、“好き”をきっと……私のあのときと同じように解釈したんだろう。
 好きに違いがあるとしたら、どんなところなんだろう。
 変わるとしたら、どのタイミングでなんだろう。
 羽織のことも、お父さんのことも、そしてアキさんのことも菊池先生のことも……たーくんのこともすき。
 でも、それじゃあみんなそれぞれへの“好き”が同じかと言われたら、違う。
 違うけれど……どんなところが?
 気持ちを言葉で表し、境を決めることは実はとても難しいのかもしれない。
「幼馴染だからって言っても、交流があるのはせいぜい中学まで。部活も違うし、クラスもわかれたし、結局アイツの周りには男女問わずいろんな人間がいて、幼馴染っていうイニシアチブは全然役に立たなかった」
 アキさんはずっと、大学まで一緒に過ごしてきた。
 たーくんを好きだから。
 過ごす時間が多いということは、自分には向けられない彼の様々な感情や行動を目にする機会はとても多かっただろう。
 そのたびに、悔しい思いをした。
 傷ついて、つらいこともあった。
 だけど彼女は、彼を“好き”なままだった。
 ……きっと、経験してきた今もなお。
 もしも逆の立場だったら、私だってきっとそうでしょう?
 たーくんが違う誰かを好きになって、特別な存在として受け入れたとしても……伝えることはなくとも、ずっと抱いてしまうものなんじゃないだろうか。
「どうしてもそばにいたくて大学まで一緒に行ったけど、やっぱりアイツは変わらなかった。私の周りの子や、全然知らない子が同じように思いを伝えたら、反応が全然違ってね。そのたびに、すっごく悔しかった」
「…………」
「私にはそんな顔しないくせに、って。なんであの子と私とで態度が違うのよ、って。同じ女なのにそういう対象に一度も見てもらえなくて、ホントに頭に来た」
 ぽつりとつぶやいた彼女は、視線を落とした。
 笑顔はない。
 当時を思い返しているような、どこかつらそうで……だけどとても真剣な表情そのもの。
 アキさんはずっと、彼のことを真剣に想い続けていたんだ。
「私のほうがずっと長くアイツといたのに。いろんなこと……それこそ、いいも悪いも全部よ? 全部アイツのこと知ってるのに、なんで私じゃないのって納得なんかできなかった」
「…………」
「あー、まぁ違うけど違わないっていうか。葉月ちゃんにだけ言ってるんじゃないから、そういう顔しないで」
「でも、そう思うのは当然じゃないですか。……特別だったんですよね? ううん、今もなお。違いますか?」
 いつの間にか、私も彼女と似た顔をしてしまっていたのかもしれない。
 ふと目が合った瞬間、苦笑を浮かべて首を振る。
 だけど、ずっと考えていたことを伝えたものの、アキさんから返事はなかった。
「好きです付き合ってくださいって切り出されたときのアイツ、なんて言うか知ってる?」
「え?」
「納得いかなくてね。優人に聞いたことあるのよ。私」
 身近な人の名前で目を丸くすると、アキさんは髪を耳へかけた。
 きらりとダイヤのピアスが光り、印象づく。
 大人そのもの。
 表情がとてもきれいで、つややかな唇が何かを思い出すように笑った。
「なんで? って言うのよ」
「え……」
「アイツほんと馬鹿でしょ? 相手に理由言わせて、まぁアイツなりに納得できたら次に『で、どうしたいわけ?』って」
 想像もしなかったセリフで、目が丸くなる。
 そんなふうに言うところは……イメージできない。
 でも、それは私に情報が足りないから。
 事実か異なるかも判断できないほど、たーくんに関する情報を持ち合わせていない。
 昨日の夜、お父さんについて質問したときとは逆。
 私の知らない彼の話を聞きながら、本当かどうかよりも、『そんな面もあるんだ』とある意味情報を無意識のうちに塗り替えるようにアキさんの話へ聞き入っていた。

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