「しかしまー、アンタってこんなにがんばる子だったのね」
「それは、だって……どうしても受かりたいもん」
「そりゃね。でも、高校受験のときも同じこと言ってたけど、あのときの倍……3倍くらい勉強してない?」
「……してる」
 ふたりが通った高校は、市内の女子校。
 制服がとってもかわいらしくて、ステキだなと思った。
 私が通ったシニアスクールの制服は、ワンピースタイプ。
 夏と冬で色は違ったけれど、タイプはさほど変わらなかったから、ふたりの高校の制服はいかにも“女子高生”に見えて、少しだけ憧れる。
「ま、あんまし根詰めても疲れるだけよ。頭って一番エネルギー消費するらしいから、ここらで休憩しましょ」
「わぁ! おいしそう!」
「ふっふー。うちの近くにできたケーキ屋さん、今日はポイント3倍デーなの」
「とってもきれいね。絵里ちゃん、ありがとう」
「どーいたまして! ふたりが期待以上に反応してくれて、すっごい嬉しい」
 テーブルに置かれたいかにも“ケーキ屋さんの箱”を彼女が開くと、まるで宝石みたいにきらきらしているフルーツとチョコレートが乗ったケーキが現れた。
 種類はすべて違うから……ふふ。羽織、悩むよね。
 モンブランには渋皮ごと煮詰められた栗が乗っていて、いちごがふんだんにあしらわれているショートケーキとチョコレートケーキはどちらもつややかに光を反射している。
 ついさっき、数学の文章題を解いているときよりももしかしたら、羽織は眉に皺を寄せているかもしれない。
「絵里ちゃん、紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「葉月ちゃんのおすすめは?」
「フレーバーティーもいいけれど、こんなにおいしそうなケーキだから香りが邪魔しないダージリンかな」
「やだ、すてきなこと言ってくれるじゃない。じゃあそれで!」
 キッチンへ向かうと、彼女はいい音で指を鳴らした。
 笑顔とともにウィンクされ、本当にすてきな子だと思う。
 言葉も感情もストレートに表現できるって、すごいことだよね。
 まだ短い時間しか過ごせてはないけれど、羽織とはタイプが違うからこそお互いに強く惹かれあってるんだろうなと思う。
「決まった?」
「うー……どれもおいしそう……」
「また買ってきてあげるってば」
「えぇ!? ううん、そういうわけにいかないもん。……あ、でもさ、試験終わったあとにがんばったご褒美としてなら2つ食べてもいいよね?」
「2つって……今日食べなかったやつ?」
「うん」
「あのね。この3種類しか売ってないわけじゃないのよ? アンタ、その勢いじゃえらい数買わなきゃいけなくなるから覚悟しなさい」
「えぇ!? それは……うぅ、それじゃあみんなに手伝ってもらう」
 テーブル越しにやり取りされているふたりの会話が、こちらまで十分に伝わってくる。
 羽織、本当にかわいいなぁ。
 でもその案なら、文句を言いながらも乗ってくれる人がひとりいるんじゃないかな。
 大学の二次試験は、今週末。
 本当にあと数日だからこそ、羽織が心配になるのもわかるし、モチベーションをあげるためにも“終わったらやりたいこと”を明確にするのはいいかもしれないね。
「おまちどうさま」
「わ、かわいいカップ」
「ふふ。趣味で集めてたんだけれど、持って帰ってきたの。どれがいい?」
 淹れた茶葉もそうなら、カップもそう。
 向こうでの生活の中、少しずつ集めた食器。
 今回、本当の意味で“さよなら”するため、お土産のぶんとは別に自分用としてかなりの茶葉を買い込んできた。
 ほかの紅茶も好きだけれど、長年親しんだ味はやっぱり大切なんだよね。
 ホームシックではないけれど、香りをかぐだけであちらの景色が浮かぶ。
 ……私の生きた時間、だから。
 誕生日プレゼントにと買ってもらったこのティーポットとは、もう何年も一緒に付き合っている。
「うー……じゃあこれっ! これにする!」
「やっぱりね。アンタならそれにすると思った」
「えぇ!? じゃあ……こっち?」
「いや、なんで変えるのよ。食べたいの食べたらいいでしょ」
「だって……」
「ふふ。ひとくちシェアする?」
「え!? いいの!?」
「あらやだ、葉月ちゃん甘やかさなくてよくない? 目の前で『おいしー』って見せびらかしながら食べよーよ」
「うぅ、絵里ぃ」
「冗談。それでいいなら、さんぶんこしましょ。どうせなら同じ体験したいじゃない」
 いたずらっぽく笑った絵里ちゃんが、羽織の頬をつついた。
 たちまち唇を尖らせたけれど、ふたりともとっても仲がいいのね。
 最終的に、絵里ちゃんはずいぶんと羽織へ譲歩してくれた。
「葉月ちゃんどっちがいい?」
「先に選んでいいの?」
「もっちろん。どーぞ」
 頬杖をついた絵里ちゃんが、手のひらでケーキを示した。
 羽織は両手でそっとショートケーキをお皿へ移し、嬉しそうにスマフォを構えている。
 本当に嬉しそうな顔するんだよね。
 羽織だけじゃなくて……たーくんも。
 だからつい、食べさせてあげたくなるんだけど……これってひょっとしたら、子ども扱いになっちゃうのかな。
「それじゃあ……チョコレートをもらってもいい?」
「はーい。どうぞ」
 私が食べたいのももちろんだけど、ふと一瞬、彼の顔が浮かんだ。
 たーくんが知ってるケーキ屋さんかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 でも、彼にどちらを食べさせてあげたいかなと思ったら、つい先日食べたばかりなのにチョコレートケーキを選んでいた。
 手作りとは違う、テンパリングされた光沢のあるチョコレートをまとっているケーキ。
 あしらわれているラズベリーがきらりと輝いて、本物の宝石みたいに感じた。

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