「つーか、なんで沼津なんだよ」
「いーじゃん。暇だろ?」
「……なんか、最近それしか言われてねぇ気がする」
 暇じゃないはず。多分。きっと。恐らく。
 だが、カラカラと笑われると、ひょっとしてそう見えるのかと多少は反省したほうがいいのかもな。
 昨日の夜、22時過ぎ。
 壮士からメッセージが届いたと思ったら、宣言どおりホントに9時には家まで迎えに来た。
 そういうとこ、ホント見た目に反してきっちりしてるとは感心する。
 元々、2月の頭には3人で伊豆に行く話をしていたが、残念ながらやっさんは不参加となり、急遽目的地が変更。
 伊豆は別日となったが、壮士は『ドライブがてらちょっと付き合え』と言うので、暇じゃねぇけど付き合うことになったわけだ。
「あ、うまいな。これ」
「うわ、車の中で食うなよ」
「いいじゃん。地元の土産なんて殊勝な心がけじゃん。あー……こし餡うまいな」
「お前、ほんとに甘いの好きだな」
 普段はまず乗ることのない助手席。
 車種的にも、目線の高さはさほど変わらないはずなのに、見える景色が違うせいか少しだけ楽しくもある。
 ま、こうして両手を自由に使えるってのは利点だよな。
 ドリンクホルダーに置いたままのコンビニコーヒーへ手を伸ばすと、だいぶ前に買ったのにまだ少し温かかった。
 迎えにこられたとき渡された箱を開けると、彼からは若干想像つかない和菓子が入っていて。
 甘さ控えめの上品なこし餡が包まれている、羽二重餅。
 あー……うまい。
 どうせなら濃い目の緑茶が飲みたい。
「つか、この時期に実家帰るとかなんで? 年末年始、暇だったんじゃねぇの?」
「暇だったけどな。うっかり大学ンときの友達と飲んでたら、そのまま遊びいく約束して、行かなかった」
「……うわ」
「いーだろ別に。ちゃんと墓参りもしてきたっつの」
 地元は静岡と聞いている。
 つか、沼津も大概じゃね?
 それこそ、ある意味庭みてーなもんじゃん。
 ま、いいけど。
 おかげで、うまい菓子にありつけたし。
 やっさんの店で壮士が『地元にうまい和菓子がある』と話したことがあった。
 かなり酔ってたはずなのに、俺が『食いたい』と言ったのをがっつり覚えてたらしく、ガチで買ってきてくれるとかやっぱ真面目なんだろうな。
 俺と違って。
「それ、緑茶もいいけどほうじ茶も合うらしいぜ」
「へぇ」
「もともと、その店はお茶屋さんなんだよ。お茶に合う和菓子を探してたものの、作ったほうが早いってなって……ってのが経緯。……あー、うまいな。確かに」
 前方の信号が黄色になったのを見て、シフトダウンしながらこっちへ手を伸ばした。
 器用に指先だけで羽二重餅を取り、ひとくちで頬張る。
 いや、そこそこデカいけどな。これ。
 まぁ、俺も似たような食い方したけど。
「…………」
 緑茶、ね。
 濃い目って時点で、それこそ思い浮かべるのはアイツ。
 お袋が入れたものと違い、見た目も味もがっつり濃い目。
 慣れてしまえばそれが当然で、ない今だからこそ物足りなさも感じる程度にはなった。
「うまかった。ごっさん」
「え、全部食ったの?」
「いや、さすがに8個ひとりで食えねぇだろ。家帰って、茶飲みながら食うわ」
 ハンドルに手を置いたまま驚かれ、さすがに訂正しておく。
 多分、食えなくはない。
 が、この量をひとりで食ったらさすがに喉乾く。
 そういう意味での否定だったが、壮士は『あ』と口にすると俺を見て意味ありげに笑った。
「葉月ちゃんに食わせてやれよ? つか、お前用ってよりそっちで買ってきたんだし。今度会ったらかわいく笑ってお礼言ってくれたら、それで十分」
「あのな」
「なんだよ、妬くなって。いーじゃん、笑顔くらい。減るもんじゃなし」
 そういう問題じゃない。
 つか、なんでそこで葉月が出てくる。
 ついでとばかりに『ケチくさいこと言うなよ、たーくん』と言われ、当然舌打ちとともに肘を弾いておいた。
 食わせてやってもいいが、いねぇんだっつの。
 さすがに言えず、というか言ったらなんとなく面倒なことになりそうで口にはしない。
 葉月が壮士へ『一緒に出かけてあげてください』と言ったのがよっぽどツボだったらしく、今朝も迎えに来て早々に反芻された。
「にしても、やっさんいい父親じゃん。動物園だっけ? 伊豆の」
「爬虫類しかいない動物園だろ? なんか、息子がトカゲ好きらしいぞ」
「へぇ」
 伊豆に行くと家族へ話したら、1年生になる息子が『そこに行きたい』と言ったらしく、今日は家族サービスを優先となった。
 ま、当然だよな。
 俺たちみたいに暇なわけじゃなく、一緒に遊びに行きたいって言われたらそっち優先。
 やっさんは、先に約束したからと俺たちと出かけようとしたらしいが、壮士があっさり断った。
 そういうとこ、やっぱりガッコの先生だぜ。
 『俺たちはいくらでも待てるけど、子どもは待てねぇぞ』と言った顔は、それこそ担任の先生っぽかった。
「つか、お前葉月ちゃんほっといていいのかよ。いくら遊びにっつったって、お前が一緒にいてやったほうが喜ぶんじゃねぇの?」
「別によくね?」
「よかねーだろ。あんなかわいい嫁ほったらかしといて、顔なじみになった宅配便のにーちゃんに掻っ攫われても知らねーぞ」
「ンなAVじゃあるまいし、ねぇな」
 蓋を閉めた和菓子を紙袋ごと後部座席へ置き、改めてコーヒーへ手を伸ばす。
 つか、そもそも家にいねーし。
 言わねぇけど。
「あ、もしかして逆か? お前ほっとかれてる?」
「はァ?」
「葉月ちゃん、友達と温泉とかそーゆーくち?」
「実家帰ってるっつの」
「へぇ、今? お前、なんかやらかしたんじゃねぇの?」
「あのな」
 温泉ってのは合ってるが、なんでまた俺がほっとかれてるほうになんだよ。
 にやにや人が悪そうに見られ、小さく舌打ちしたせいか、うっかり漏れて後悔。
 ……あーまぁいいや。もう。
 窓枠へ頬杖をつくと、天気はいいものの遠くにちらりと見えた海は少しだけ鈍い色をしていた。
 実家、か。
 そう。実家なんだよな、あそこがアイツにとっては。
 まだ本宅でもあるオーストラリアの家は引き払っちゃいないが、それを言ったら余計ややこしくなる気がするから、そっちこそ黙っとこ。
「旅館やってんだよ。湯河原で温泉旅館」
「へぇーすっげぇ。お嬢様か」
「まぁそうなるな」
 確かに、あの規模の旅館ともなればそう言われてもうなずける。
 お嬢様。
 そう言われれば納得はできる風貌でもあるが……まぁ、そうだな。
 恭介さんのあの溺愛っぷりと、男を薙ぎ払う感じは十分な要件だろう。
「どうりで」
「何が?」
「いや、なんかさ。葉月ちゃんって、神々しい白さねぇ?」
「……は?」
 車線を変える前、サイドミラーへ視線を向けた壮士と目が合ったかと思いきや、謎な発言に口が開いた。
 なんだそれ。
 つか、若干中二病クサさがあるけど、大丈夫か?
「なんかさ、白よりも純白っつーか。神々しくて踏み込んじゃいけない感じがする」
「……なんだそれ」
「気高い感じっつーの? でも、なるほどね。お嬢って聞いて納得した」
 いや、さっぱり俺には納得できねぇけどな。
 まぁ確かに、ぱっと見声のかけにくさはあるだろうよ。
 単純に、きちんとしてるからってのが理由。
 だが……白さ、ね。
 そのへんはどこから出てくるもんなんだろうな。
「だからこそ、お前が手ぇ出しちゃいけない感じするけどな」
「失礼だぞ。よっぽど俺のほうが風格あんじゃん」
「いやねぇだろ。お前みたいなペラペラなやつが手ぇ出しちゃいけない感じしかしねぇって。だから、不思議なんだよ。なんでお前なんだろう、って」
「ち。余計なお世話だ」
「あ、怒った? ごめん、俺正直なんだわ」
「ぬかせ」
 舌打ちしてコーヒーを取り、残りわずかを飲み干す。
 見えてきたのは沼津港入り口。
 天気もいいからか車も人の数も多く、さながらイベントでもやってるように見えた。
「ま、でも葉月ちゃんにとってはお前じゃなきゃダメなんだろうな」
「…………」
「だろ? たーくん」
「うるせぇ」
 前が詰まったせいか、壮士がギアを抜いてにやにやとそれは人の悪そうな笑みを浮かべた。
 お前、ホントに小学校の先生か?
 他県とはいえ、十分教え子に会う可能性あんじゃねぇの?
「あー……腹減った」
「いや、お前十分食ったじゃん!」
「寿司は別腹」
「っとによく食えるな」
 コンビニで朝飯代わりの弁当を食ったことが、よほど印象強いらしい。
 とはいえ、すでに3時間前。
 昼時ってこともあって、視覚情報から腹は減る。
「どうせならほかで食えないネタがいい」
「んじゃ、深海魚だな。今はやりの」
「あー、それで」
 両手を挙げて軽く伸びをすると、駐車場へ左折しながら壮士が『ほんとよく食うな』と小さく笑った。

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