「正直、今週キツかった」
「……え?」
「お前がいないのが当たり前じゃなかったんだよ。なんか……自分ちなのに、違うみたいで落ち着かなかった」
 これまでは、当たり前だったのにな。
 ほんと、人間ってある意味正直だと思うぜ。
 “好き”だと自覚する前はなんてことなかったのに、そう思ったときからたちまち変わる。
 物足りなくて、不都合しかなくて。
 『なんで』とつい、口にしそうなほどに。
「あーこんなふうに感じるんだな、ってある意味勉強にもなった」
 さらりと流れる髪を耳へかけてやると、少しだけくすぐったそうにした。
 首筋が見え、つい視線はそこへ。
 這わせるように手のひらを当てると、白い喉がこくりと動く。
「……こんなふう、って?」
 葉月が、俺の胸元へ手のひらを当てた。
 どこか遠慮がちな触れ方がくすぐったくて、つかむように指を絡ませる。
 細くて、小さくて。
 確かめるように指をなぞると、あわせたままの瞳を少しだけ揺らす。
「寂しかった」
 きっとほかにも言いようはあっただろうに、うっかり漏れたのはなんとも情けないセリフ。
 まさか、俺がンな言葉口にするとはな。
 張本人がそう思うんだから、葉月はよほど予想外だろうよ。
 目を丸くすると、うっすら唇を開く。
「っ……」
「私だって、そうだよ?」
 瞬間的に見せた表情は、ひどく儚げで。
 まるで泣きそうな顔にも見えて、喉が鳴る。
「たーくんがいないのが、とっても寂しかった。だから昨日会えたとき、本当に嬉しかったの」
 昨日の夕方、本宅へ出向いたとき、珍しくどころか……恐らく、初めて葉月が自分から身を寄せた。
 それまではどこか遠慮がちだったのに、心底嬉しそうに俺へ身体を寄せてきて、女将がいなかったら間違いなく……ただのキスだけじゃ終わらなかった。
 でも、今はどうだ。
 ほかに人はおらず、邪魔するものは皆無。
 部屋だって鍵は閉まっており、確実に誰も来ない場所。
 ……たとえチャイムが鳴っても、ドアを叩かれても、出なけりゃいいんだろ?
 ああ、そういや教えてなかったな。
 こういう場所でふたりきりになったら、どうなるかってことを。
「……恭介さん、帰ってこねぇの?」
「遅くなる、とは言ってたけれど……」
「女将たちは知ってンのか? お前がここにきてること」
 ささやいた声が、いつもより低かったのは自覚してる。
 頬を撫で、顎のラインを辿る――と、さっきとは違って柔らかく笑った。
「12時までに帰ってきなさい、って」
「……何?」
「美月さんが言ってくれたの。会いたいでしょう? って。お父さんが心配するから、せめてその時間には戻ってらっしゃい、って」
 まさかの申し出に、小さく笑いが漏れた。
 美月さんが後押ししたとは、意外だ。
 が、恭介さんを説得できるのは彼女くらいしかいないよなとは思うからこそ、ある意味ありがたい言葉だ。
「んじゃ、まだ叱られねぇな」
「……だから……もう少しだけ、そばにいていい?」
 まるで懇願するかのようにささやかれ、応える代わりに頬を引き寄せていた。
「っん……」
 柔らかい唇の感触が心地よくて。
 舐めるように舌を這わせると、遠慮がちな舌先に触れる。
 どこか引けた腰を背中から引き寄せ、角度を変えて口づけると、もう少し甘い声が漏れた。
「は……ん、んっ」
 短く息を吸い、もう一度。
 ほかに音がないせいか、濡れた音がやけに耳につく。
 たった4日会わなかっただけ。
 それこそ、普通に付き合ってるだけの連中なら“当たり前”の時間。
 だからこそ会えたときが嬉しくて、我慢したぶん大事にするんだろう。
 ……まさか、自分がそんな思いをするとは思わなかった。
 離れるとも思わなかったし、ある意味“当然”だった時間が変わるなど想像もしなかった。
 だからこそ、今回のことで改めて感じもした。
 ああ、コイツがそばにいないことが、こんなにもおもしろくねぇんだなと。
「ん……ぁ、たーく……っ」
 ガラスへ力なくもたれた葉月の身体を支え、耳元から首筋へ唇を寄せる。
 が、たちまちくすぐったそうに膝が折れ、困ったように赤い顔をしたのが見えた。
「っ……!」
「畳まなくて正解だな」
「ぁ……ま、っ……待って、ねぇ……」
「ハナから期待してたろ? 部屋へ来たがるとか、誘ってんじゃん」
「っ……そんな……ねぇ、違うの。そんなつもりじゃ……!」
 簡単に抱き上げ、すぐそこの布団へ運ぶ。
 下ろしてそのまま組み敷くと、眉を寄せて恥ずかしそうに首を振った。
「ウチと違って、俺しかいねぇ部屋ってわかってたろ? こんなトコでふたりきりになったら、俺がどう動くかわかってないとは言わないよな?」
「そ、れは……」
「期待したろ」
「……え、と……」
 いつもと違ってかなり歯切れが悪いが、否定しないってことは“YES”だろうな。
 俺の影が落ちてはいるが、当然表情はよく見えて。
 頬へかかった髪を指先で払うと、くすぐったそうにはしながらも、小さく笑った。
「もう……どう言ったらいいか、困るでしょう?」
「困らなくていいつったろ。……どうせすぐ、なんも考えらんなくなる」
「っ……」
 つーか、素直だなお前。
 口づける前にささやくと、一瞬目を丸くしたのが見えた。
「ん……っ、ん……」
 さっきまでとは違い、葉月の声にシーツのすれる音が加わっただけなのに、一層えろく感じる。
 いかにも“してる”感じがするからだろうな、きっと。
 身体を支えてやる必要がなくなったことで、両手が空いた。
 からこそ――できることは、増える。
「ぁ……あっ……!」
 耳もとから首筋へ唇を寄せ、胸の形を辿るように指先で撫でると、くすぐったそうに身をよじる。
 すぐここで聞こえる声は、キスのときよりもよほど鮮明で。
 ……あー、えろい。
 まさか、葉月のこんな声を聞くことになるとか思わなかったが、だからこそ……ヤバいだろ。
 歯止めってなんだ。どうやったら利く。
 わずかに息が上がるのを感じ、らしくねぇなと自分が少しおかしくもあった。
「……ぁ、んんっ……たーく……っ」
 舌を這わせれば甘い声はさらに漏れて。
 辿るように鎖骨へ口づけると、ちゅ、と濡れた音が響く。
 ……反応はいかに。
 敢えて顔が見れるように少しだけ距離を取って胸へ手を伸ばすと、指先が触れた瞬間、ひくりと肩が震えた。
「は……ぁ、あ……っ」
 切なげに眉を寄せ、閉じたまぶたが反応する。
 声が漏れてしまわないようにと自衛のつもりか、口元へ置こうとした手の甲は当然捕獲。
 一瞬目を開けたことでばっちり俺が見てるとわかってか、何か言いたげな表情がなかなか興味深くて口角が上がる。
「っ……ん!」
「……えろい」
「たーくっ……もう、そ、んな……ぁ、あっ……」
「反応いいな。……気持ちいいだろ」
「ッ……もう……困るの、本当に……っ」
「いいぞ困って。……って、こないだもおんなじセリフ言ったな」
 すくうように胸の膨らみを下から触れると、ひくひくと身体を震わせて甘い声を漏らした。
 普段の葉月からは想像もつかない、まさに姿態。
 瞳を潤ませ、しどけなく開いた唇からは嬌声が漏れ……あー、そりゃ恭介さん怒るわけだ。
 大事な娘が男に……俺に組み敷かれて、こんな顔してんだぜ。
 きっと、俺に娘が生まれたら同じように感じるのかもしれねぇな。
 順序踏んで、きちっと責任取った上でヤるならヤれ、と。
「っ……ん、恥ずかしい……」
「先に脱いでやろうか?」
「もう……そういうことじゃないの」
 カットソーをたくし上げて手のひらを這わせると、くすぐったそうに首を振った。
 普段どころか、これまで見たことのない腹部が目に入り、自分にはないくびれのラインをつい確かめるように手を伸ばす。
「っ……」
「……えろい」
「もう……たーくんっ!」
「なんだよ。素直な感想だろ」
「だって……ねぇ、そんなふうに言わないで? もう……恥ずかしくて苦しい」
 するりと半分ほど脱がせたところで、当たり前だが下着が見えた。
 レースのあしらわれた真っ白い下着が、いかにもコイツらしくてまさに素直な感想が漏れる。
 上気した頬と、ほんのり染まった肌と対比するような白。
 ……これをえろいと言わずして、どう言うよ。
 露わな姿に、当然自身は反応する。
 きっと、葉月とてわかってるだろうな。
 さっき腰を寄せたとき、ひくりと身体を震わせたから。
「ぁ……」
 レースのあしらわれている縁を指先でなぞり、カットソーをさらにたくしあげる。
 ふっくらと丸みを帯びた胸元は、いかにもな部分で。
 普段は服越しでしか見なかったが、思った以上にあるのがわかる。
 ……細いのに胸があるとか、お前反則じゃねーの。
 一度も脱がしたことがなかったゆえに、知った事実。
 自分以外のやつに見られたことは当然ないだろうから、触れられたことも然り。
 それじゃ、俺がもらってもいいよな。
 背中へ片手を伸ばしてホックを外すべく探ると、葉月が少しだけ身体をずらした。
「…………」
「……たーくん……?」
 甘く呼ばれ、当然身体は疼く。
 今はふたりきり。12時まで許されている状況で、時計を見てもまだリミットはほど遠い。
 昨日までとは違い邪魔されることもなく、きっとこの先進んだところで誰かが突然来ることもないだろう。
 が、手が止まった。
 なぜか?
 そんなの――ここが“俺に”あてがわれた部屋だから、に決まってる。
「……んっ!」
 ため息をつく代わりに、鎖骨の下……よりもう少し胸に近い位置へ唇を寄せる。
 白い肌は少し甘い香りがして、あーこのままヤれたら相当イイだろうよとはわかる。
 が……違うんだよな。
 俺が今ここにいるのも、葉月がここにいるのも。
 すべては俺を信用してくれた人がいるから、成り立ってること。
 美月さんは、葉月がずっとどんな顔をしていたのかを見ていたんだろう。
 だからこその、12時という大幅に緩い門限を設けた。
 俺に部屋があてがわれていると知ってなお、会うことを許してくれているということは、確実に“信じて”いるから。
 いくら場所があって、邪魔が入らなくて、それこそふたりきりの絶好の機会とはいえ、この先を進めて知らん顔して12時に帰すわけには、当然いかなかった。
「……ん」
 ちゅ、と音を立てて胸元から離れると、そこにはさっきまでなかった色がついた。
 葉月は知らない。
 それこそ明日、風呂に入るときになって気づくかどうかってとこか。
 ……あー、言っといたほうがいいかもな。
 せめて2,3日は、大浴場へ行くなと。
「期待して来たろ?」
 あえて真正面から表情をうかがうと、さっきとは違って柔らかく笑うとかすかにうなずいた。
 素直だなお前。
 そして……つくづく俺は真面目だなと感心する。
「期待したなら、それで十分だ。……次は、ちゃんとふたりで泊まりに来ようぜ」
「え……?」
「門限つきでこっそり会うんじゃなくて、最初から最後までずっと。堂々と正面からな」
 頬を撫で、もう一度口づける。
 名残惜しいのは当然。
 納まりが利かないのも……当然だ。
 あんだけ盛り上がったのに、すぐ収束とかねぇだろ。
 部屋へ来たいと言われたとき、がっつり期待したんだから。
「はー……このままでいたら、シたくなる」
「え?」
「なんでもない」
 ぼそりと耳元でつぶやきはしたものの、首を振る。
 いい。聞かなかったことにしろ。
 ぱちぱちとまばたいた葉月に何も言わず身体を起こすと、それはそれは乱れた様が身体の下には残っていて、またうっかり口角が上がった。
「えろい」
「ッ……もう、たーくんっ!」
 慌ててカットソーを両手で戻した葉月が、赤い顔をした。
 いい反応すんな、お前。
 ほんと、こーゆーことできる関係になるまでは知らなかったぜ。
「行くぞ」
「え? どこへ?」
「ラウンジ。行こうと思ってた」
 背中に手を回してから引き起こしてやると、意外そうな顔を見せた。
 ひとりで行っても悪くはないが、せっかく同伴相手がいるなら迷うことなく足を運ぶ。
 それに、そこそこ金を落としとかねーとな。
 恭介さんの甥とバレてる以上、それなりに貢献しないといけない気もする。
 自分で線引いた以上、ここにいたらアウト。
 あー……ほんと俺、健気じゃねぇか。
 誰にも褒めてはもらえないしンなこと期待しちゃいないが、髪を手ぐしで直す姿を見ながら、“最後”と銘打って簡単に引き寄せ、頬への口づけだけにしておいた。

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