「……はー。疲れた」
今日も今日とて、朝からがっつり働いた。
自室としてあてがわれている客室へ戻り、敷きっぱなしの布団へダイブ。
やばい。寝れる。
ついさっき、女将に19時には夕飯だから来いと言われたが、今目を閉じたらうっかり朝までコースな気もした。
女将と別れたあと、手早く食えるざるうどんを注文したら、おまけで天ぷらまで付けてくれた。
いや、美味いな。やっぱここのまかない。
学食とは明らかにレベルが違い、毎日通っても飽きないかもしれない……とは多少思う。
さっさと済ませて向かったのは、駅前にある町立図書館。
カードはないが流浪葉で使いたい旨を伝えると、確認を取った上で貸し出し手続きをしてくれた。
そんだけの信頼があるって時点で、やっぱあの宿すげぇんだなと感じる。
結局、借りたのは2冊の大型絵本。
紙芝居はさすがに木枠がなく、今回はやめておいた。
代わりに、宿にあった大き目の絵本を選び、それを以って3冊で30分程度の読み聞かせ会を企画。
時間帯は悩んだが、自分で振り返ってみたとき一番もてあましてるのは、チェックインから夕食までのいわゆる夕方の時間帯かと思ったため、17時スタートで女将へは打診した。
子連れの家族がチェックインする際には簗瀬さんが作ってくれたチラシを渡してくれ、30分に一度館内放送も入れてくれたこともあり、時間前にはそこそこの人数が集まった。
今回はキッズスペースの宣伝を兼ねてということもあったが、できれば多くの人の目についたほうがより宣伝になるんじゃないかという意見が出て、急遽場所を変更。
出迎え時に茶を提供していた赤い毛氈の場所を設えてくれたこともあり、子連れじゃない夫婦層や年配層など、幅広い人が集まってくれたことは予想外だった。
が、それは俺だけじゃなくスタッフのほうも感じたようで、女将や美月さんはもちろん、葉月やほかのスタッフの姿もあり、予想以上に大々的な催しになった。
やっつけ感は当然あったし、ターゲットが子ども向けのイベントだったことで反感もあったようだが、実際に動いて反応があったことは考慮されたらしく、終わったあと簗瀬さんを始めとした数人のスタッフに声をかけられた。
……ま、そのときまた簗瀬さんに言われたけどな。
『で、次はいつやるの?』と。
さすがに即答できなかったが、にこにこしながらかけられた圧は、間違いなく女将と同種のモノだった。
「あー……打ち込んどかねーとな」
うっかり寝そうになったところで、身体を起こす。
無理言って、女将へパソコン一式借りてきた以上、やっとかねぇとマズい気はしてる。
本の背表紙はスマフォで撮影済みのため、あとは単なる作業。
なら……夜でもいいか。
曲でも流しながらやれるなら、それはそれで暇つぶしにもなるしな。
となると、今はひとつ。
「……寝よ」
タイマーをかけ、30分仮眠を選ぶ。
昨日今日が目まぐるしすぎて、頭を整理するためにもそっちを優先させた。
「……っ」
チャイムの音で目が開いたものの、予想以上に身体が重かった。
あー……ねむ。
放っていたスマフォを見ると、すでに19時10分。
どうやら無意識でアラームを止めたらしく、スヌーズが動いている。
「…………」
そこまで腹は減ってない。
が、女将のことだから晩酌は付き合ってほしいんだろうよ、きっと。
恭介さんが今日何時に帰ってくるかは聞かなかったが、いたらまぁ俺は飲まなくていいだろ。
今日はまだ、やりたいことがある。
「あー……はいはい」
ふたたび鳴らされたチャイムでドアに向かい、サンダルではなく靴を履く。
まぁ、本宅までならサンダルでも許されそうだけどな。
恭介さんに見つかったらどやされそうだし、安全なほうを選ぶぜ。
「っ……」
「たーくん、もしかして眠ってた?」
「……寝てた」
ドアを開けると、葉月がいた。
まだ着物姿のままで、どこか心配そうな顔をする。
「はー……眠い」
大き目の欠伸をしてから、葉月の頭に手を置く。
が、表情は晴れない。
いや、別にお前のせいじゃねーから。
伸びをすると少しだけ肩が痛んだが、これはこれで目が覚めそうな気もした。
「読み聞かせ、どうだった?」
話題を変えることで、この空気感も変わるような気がした。
エレベーターまで足を向けながら葉月を見ると、何か言いかけたようだったが、笑みを見せる。
「たーくん、小さい子の相手するの上手なんだね」
「そーか?」
「ふふ。元気のいい男の子、すっかり懐いてたじゃない」
「あー、あの子な。おもしろかった」
読み聞かせを始める前から声が大きくて親が注意してる子だったが、読み始めてもやはり『知ってる!』とか『このあとアレが出て来るんだよね!』とかネタバレしそうになり、また注意されるという悪循環を作り出していた。
そこで、敢えて最前列へ座らせ、『し』と唇へ指を当ててみたところ、意外そうな顔をしたもののそのあとは大人しくなった。
とはいえ、有名な絵本だけあって周りの大人に読んでもらった子は多いだろうと踏み、最初に『知ってる人』と手を挙げさせてみたら意外にも半分程度を割ったが、その子たちへあえて『お願い』の形で頼んでみたところ、やはり同じように静かになった。
「たーくん、とっても優しい顔してたよ」
「いつだって優しいだろ。失礼だぞ」
「最後まで内緒って言ったとき、みんなちゃんと返事してて偉かったね」
「だな」
ネタバレしたくなる気持ちもわかるし、つい口に出てしまうのもわかる。
が、最初に約束事として頼んでおけば、子どもたちは素直に聞いてくれるもんなんだよな。
わざとじゃない。ただ、知らないだけ。
だからこそ、教えてやる必要は当然ある。
「2冊目に読んでくれた本ね、私も大好きなんだよ」
「へぇ。恭介さん読んでくれたか?」
エレベーターに乗り込み、1階を目指す。
先に乗り込んでいた親子連れは、『ごはんおいしかったね』と満足そうに笑っていた。
「うん。私と似てるって、お父さんに言われたことあるよ」
「……似てる?」
「少しずつしか食べられないところとか……すぐお腹が痛くなっちゃうところとかが」
「あー」
しかけ絵本でもあり、絵本としてはかなり有名なもの。
外国特有の鮮やかな色使いは、子どもも大人もファンは多い。
「確かに、似てるかもな」
俺と違って、一度にたくさん食べることはない葉月。
だが、種類はそこそこ食べれる……って、まさにアレと同じじゃん。
意外な言葉で笑うと、葉月もくすぐったそうに笑った。
「そういや、野上さんが言ってたぞ。お前が言ってた絵本、入荷したって」
「あ……本当に買ってくれたの? いいのかな……」
「まぁ別に、蔵書にしとくし。それに、小学校へ実習に行く連中が読み聞かせの練習もさせられるし、絵本はいくつあっても困らねーだろ」
「そうなの?」
「ああ。……お前も実習行くなら、何冊か練習しといて損ねぇぞ」
俺でさえ、小学校の実習に行ったときはやらされた。
朝の時間に日替わりで読まされたが、小学生でもおとなしく聞くもんなんだなとある意味感心した。
まぁ、その辺はちゃんとわきまえてるってことなんだろうけど。
そういや、中学の実習のときには俺はしなかったがいわゆる保護者の図書ボランティアが、同じように朝読みしてたな。
あれは正直意外だったぜ。
今の子どもってのは、みんな素直なんだな。
「あの作者さんの絵がね、私好きなの」
「あー……わかる気がする」
「ふふ。タッチが柔らかくて、でも色鮮やかで。お父さんが買ってくれた本、今も持ってるよ」
外国の絵本はどれも色合いがビビットだが、あの絵本の作者はたしかに葉月が好きそうだなとは納得した。
そういや、この間のぬいぐるみもあんな感じじゃん。
なるほどね。好きなものってのは、ある種同じライン上にあるのかもな。
「少しだけ、懐かしいなって思ったの」
「何を?」
「小さいころ、私に本を読んで聞かせてくれたでしょう? あのころのこと、思い出しちゃった」
何度となく通った、本宅への裏道に出る施錠扉。
葉月は美月さんから預かってきたらしく、鍵を取り出すと差し込んだ。
「あの時間は……私にとって、特別だったから」
「……ふぅん」
そうは言いながらもあまりに嬉しそうに笑われ、内心どきりとする。
葉月が本を好きになったきっかけの一端に、俺が影響しているとすればそれは嬉しいもので。
今よりも、もっとずっと平坦な読み方でしかなかったはずなのに、それでも『読んで!』と嬉しそうに本を持ってくる姿は、当時それなりに嬉しかった。
「え?」
「……別に」
「なあに?」
「なんでもない」
頭に手を置いたとき、うっかり口にしそうになったことを飲み込む。
外はすでに暗いが、外灯があるおかげで表情は見えるのがなんだな。
「今度はお前も読んでみ?」
「んー……たーくんのほうが、みんな喜ぶよ?」
「なんでだよ」
くすくす笑って首を横に振られ、眉を寄せる。
だが、葉月は俺を見つめたまま、いつものように少しだけ首をかしげた。
「また、たーくんの読み聞かせを聞けるなんて思わなかったから……私は嬉しかった」
「っ……」
「だから、ね? 機会があったら、また読んでほしいの」
どストレートに願われ、さすがに閉口せざるをえない。
つーかお前、いつも思うけどそれ反則じゃねーか?
ンな嬉しそうに言われたら、困る。
つーか……。
「え?」
「別に」
「もう。さっきから、そればかりじゃない?」
「気のせい」
手を取り、顔を見ないまま足早に本宅の玄関を目指す。
俺と違って、ストレートに気持ちを口に出しすぎだ。
おかげで……俺が思ってもないこと、しそうになるだろ。
まったく自覚ないのもある意味罪だな、とは責任転嫁ながらもつい思った。
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