いったい、どう表現したらいいだろう。
ライスシャワーと一緒に舞う、色とりどりの花びら。
そして、抜けるような青い空と……手入れされている一面の青々とした緑。
身内だけとはいえ、パーティーを開くには十分な参列者がつどってくれて、バージンロードの両隣からたくさんの拍手と笑顔が主役のふたりへ向けられた。
エスコートされて現れた美月さんは、バージンロードがあるとわかった瞬間足を止めて今にも泣きそうな顔を見せた。
社長さんが慌てたけれど、お父さんが迎えに行くことはできず、でも……代わりにね、大きな声で呼んだの。
「美月、おいで」
と、たったひとこと彼女の名前を。
笑顔とともに両手を開いたのを見て、美月さんは涙を拭って笑顔になった。
エスコートされながら一歩ずつ近づく姿は、とてもきれいで。
太陽に照らされた色打掛は、金糸がきらきら輝いて本当に美しかった。
美月さんがお父さんと手を繋いだ瞬間、どこからともなく拍手が沸いて、それはそれはにぎやかな式になったの。
ここにいる誰もが、笑顔で。幸せそうで。
……なのに私は、ほんの少しだけ泣きそうになった。
誰にも気付かれなかったとは思うけれど、なんていうのかな……。
なんだか、まるでお父さんの式じゃなくて、自分が送り出す相手の結婚式のような。
いうなれば、“お母さん”みたいな気持ちになったの。
……なんて、お父さんに言ったら笑われるに決まってるけれど。
でも、ちょっぴりほっとしたのもある。
ああ、もうこれで大丈夫だ、って。
どうしてこの年になってそんなことを思うのかなって気もするけれど、でも、やっぱり嬉しいし……安心したからかな。
きっと、こんなことを言ったら、たーくんに怒られちゃうんだろうけれどね。
「……いい式だな」
「うん。とっても」
すぐ隣に座っているたーくんが、こちらへ顔を近づけた。
耳元で聞こえる声が嬉しくて、でもやっぱり不思議な気持ちもして。
まじまじ目を合わせると、いつものように『なんだよ』と眉を寄せ、それがやっぱりああ本当なんだなと少しだけ嬉しい。
魔法の言葉のような神父様の音読は、とても心地よくて。
結婚式へ参列するのが初めてではないけれど、でも、これまで参列したどの式とも違う。
思い入れも違うし、雰囲気もまるで違う。
そして何より、いくつもの色が重なって言葉じゃ表現できないような美しさがあった。
きれい。美しい。すばらしい。すてき。
シンプルな言葉でしか表せないものの、胸はいっぱいで感情がたかぶって……やっぱり泣きそうになったのを、たーくんには気づかれていたみたい。
指輪の交換と宣誓書へのサインのとき、私の代わりにカメラを手にしてくれた。
……でも、不思議だったのは、お父さんと美月さんだけじゃなくて、私まで撮られたこと。
ハンカチを目元へ当てている、それこそ情けないような表情だからやめてほしかったのに、彼は『いい記念だろ』と笑った。
「……もう。ケーキを食べるところは撮らなくてもいいでしょう?」
「しあわせそうな顔してンぞ」
「だって……おいしいよ?」
「知ってる」
フォークですくったケーキを食べようとした瞬間レンズを向けられ、思わず眉が寄った。
もう。こういう写真は残してくれなくていいのに。
というか、私じゃなくて周りの景色やお父さんたちを撮ってほしいんだよ?
ついさっきも口にしたけれど、たーくんは『カメラマンに権利あンだろ』と笑って肩をすくめただけ。
「……うまい」
「ね。場所によって味が少し違うの」
「へぇ。どうりで。さっき俺が食ったのは、チョコだったぞ」
「考えてくれたパティシエさん、すごいね」
食べようとしたケーキを差し出すと、それはそれはおいしそうに食べてくれた。
その顔を見ることができて、とっても嬉しい……ああ、もしかしたらこういう気持ちなのかな。
できることなら、私だってたーくんの写真を撮っておきたい。
……あとで交替してってお願いしたら、聞いてくれるかな。
ちょうど、お父さんたちがお祝いの花束を受け取っているところへカメラを構えたのを見ながら、そんなことが浮かんだ。
式は終わり、今はもう会食へ移り始めた。
といっても立食形式のガーデンパーティーだから、本当にみんな過ごし方はそれぞれ。
小さな子たちは、飾られていたバルーンを手に芝生を駆けているし、あちこちへ設けられているベンチやソファへ腰を下ろしながらグラスをかたむけている人も、多くいた。
今日の主役でもあるお父さんと美月さんは、着物からお色直し。
シルバーのタキシードと真っ白いウェディングドレスをまとっている様は、きらきらと眩しいくらいだった。
「え? あっ」
「うわ、でか!」
スカートの裾を引かれて振り返ると、そこにはシベリアンハスキーがいた。
今日のためにか燕尾服を模した服を着て、首輪の代わりに真っ赤な蝶ネクタイを結んでいる。
「ユキも来てくれたの?」
「ユキ?」
「うん。この子の名前。お父さんがつけたんだよ」
「へぇ」
しゃがんで首元を撫でると、目を閉じて舌を出した。
彼は、お父さんの友達の大切な家族。
先月4日ほど預かることになって、一緒の時間を過ごしたのは記憶にまだ新しい。
犬も猫も飼ったことがなかったからこそ、とっても楽しい時間だった。
“ユキ”と名づけた由来は、子犬のときに全身真っ白だったから。
グレーが混じった、いかにも大人になった今とは全然違う姿。
「すげぇ。もふもふ」
「かわいいでしょう?」
「日本語ペラペラっすね」
「元々、横浜にいたからね」
たーくんがしゃがんでユキを撫でると、飼い主でもあるシェインさんがにっこり笑った。
歳はお父さんより少し上だけれど、休みの日にはふたりでよく出かけていくんだよね。
そういえば、日本へ行く前の週は、ふたりで酔いつぶれて家に帰ってきたんだっけ。
あのとき、彼のスマフォには奥様から何度も着信があって、代わりに出たあと……証拠じゃないけれど、ソファでぐったり眠っているふたりを撮影したのは覚えている。
お父さんとシェインさんの付き合いは、お父さんが仕事を始めてからだからもう15年以上になる。
今回、日本へ戻ることになったと聞いて彼はとても残念がったけれど、でも『それなら僕も横浜に戻ればいいのかな』と半分冗談のように言っていたから……もしかしたら、またあっちでもふたりの姿を見ることになるかもしれない。
「ふふ。くすぐったいよ」
「ユキは本当にルナが好きなんだよ」
「ありがとう、ユキ。私も大好き」
首筋を舐められ、くすぐったさから笑みが漏れる。
でも、シェインさんは私ではなくたーくんを見ると、どこか悪戯っぽく笑った。
「妬いちゃう?」
「え。いや、まさか」
「いいの? ユキはライバルだと思ってるよ?」
「え? ……俺?」
「リードを持っているときから、ずっとルナのほうへ行こうとしていてね。君が隣にいるのをおもしろくないみたいで、ずいぶん止めるのに力がいったよ」
肩をすくめたシェインさんを見て、たーくんは口を結ぶとユキへ向き直った。
「…………」
「…………」
「……よし。お前賢いな」
もふもふと両手でユキを撫でたあと、たーくんが何も言わずに前足へ手のひらを差し出した。
すると、ユキも何も言わずに前足を乗せ、“お手”のポーズを見せたのだ。
「友好関係結んどきます」
「はは。それはいいね」
シェインさんがおかしそうに笑い、たーくんは改めてユキを両手で撫でた。
わしわし、とそれはそれは力強い様子だったけれど、どうやらまんざらでもないみたい。
すぐここへ伏せると、ユキはほんの少しだけお腹を見せるように寝ころんだ。
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