「……っはー……。苦しかった」
「お疲れさま」
「まったくだ」
 ワイシャツのボタンを3つまで外して、たーくんがベッドに腰掛けた。
 脱いだジャケットだけでなくネクタイもすぐそこのソファへ置かれていて、拾うように手を伸ばす。
 パーティーはつい先ほど終わり、お父さんと美月さんは着替えのために更衣室へ向かった。
 ここは、パーティー会場に併設されているホテルの一室。
 ここ自体が少し高台にあるから、大きな窓からは海が見える。
 ちなみに、ホテルの後ろの斜面にはワイン用のブドウ畑が広がっていて、このホテルオリジナルのワイナリーがあるらしい。
 今日の式で振る舞われたシャンパンも、ワインも、すべてここのもの。
 たーくんは『甘めだな』と言っていたけれど、ひとくちだけもらった私には、正直よくわからなかった。
「ねぇ、たーくん。今日ここに来ること、いつから知ってたの?」
 少なくとも彼と土曜日に湯河原で会ったときは、この話をしていなかった。
 ううん、そもそも私がオーストラリアへ戻ることも知らなかったんだもん、だから不思議でしかないの。
 お父さんから何か聞いていたのかな。
 でも、それならそれで教えてくれたら、私はきっととても嬉しかったのに……なんて、ほんの少しだけわがままな欲が顔を出す。
「これ。もらったんだよ」
「え?」
 身体を起こしてすぐそこに置いたままだったバッグを手にすると、少しだけ皺の寄った封筒をこちらに差し出した。
 ……見たことは、ある……ような気がする。
 ううん、確かに知ってる。
 だってこれ、今日の参列者へ送ることにした結婚式の招待状だから。
「招待状……たーくん、受け取ってたの……?」
「……ンな歓迎されてる名前だったら、どんだけよかったか」
「え? 違うの?」
「ああ」
 封筒を受け取りながら彼を見ると、途端に嫌そうな顔を見せた。
 つくのは、深いため息。
 招待状、じゃないの……?
「……わ」
「せめて、ハレの日くらい手加減してくれてもいいんじゃねーの」
 ぺら、と彼が目の前で招待状をひっくり返した途端、嫌でも太い赤字が目に入った。
 宛名のすぐ下。
 そこには、『召喚状』と手書きの文字が付け足されている。
「もう……お父さんたら」
「その中に、飛行機のチケットも同封されてた。最初はワケわかんなかったし、なにごとかと思ったぜ」
「ごめんね、たーくん」
「別にお前が謝ることじゃねーだろ? それにまぁ……楽しかったしな」
 ベッドへ肘枕をついて、たーくんが笑った。
 日本とオーストラリアの時差は1時間。
 だけど、メルボルン空港までは10時間ほどかかる。
 ほぼ半日かかる距離を移動してくれたことはもちろんだけど、まさに記念の日にそばにいてくれたことはとても嬉しいし、感謝しかない。
「いい式だったな」
「うん。ふたりとも、とってもすてきだったね」
 天気がよくて本当によかった。
 もし雨だったときは、オープンテラスでのパーティーに変更だったんだけれど、無事とどこおりなくすべて終えることができてほっとしている。
 たーくんのすぐ隣へ腰を下ろし、いつもとは反対に顔を覗き込む格好。
 まとめていない髪がひと房落ちたのを見て、彼が指先を伸ばす。
「恭介さんたち、明日からどっか行くのか?」
「ううん。美月さんと、今週はずっと家で過ごしていたの。旅行はまた別の機会に行くって言ってたよ」
「ふぅん」
 美月さんは『こうしてオーストラリアで過ごせるだけで十分よ』と笑っていたけれど、でも、そういうものじゃない気がして。
 半分ほど納得しかけていたお父さんへ、私から改めて伝えておいた。
 ふたりきりで過ごす時間は、やっぱり大切だと思う。
 家族として3人で過ごせるのはとても嬉しいし楽しいけれど、でも、それだけじゃないはず。
 大好きな人と、ふたりだけで過ごせることって特別だと思うから。
「あ?」
「ううん、なんでもない」
「お前はそればっかだな」
 たったわずかな時間とはいえ、こうしてたーくんとふたりきりで過ごせている今、ほんの少しだけどきどきしてもいるし……やっぱり嬉しいの。
 きっと、こんなふうに思っているのは私だけなんだろうけれど……でもね。
 この広いお部屋に置かれているキングサイズのベッドはひとつだけで、入った瞬間どきどきした。
 もしかしなくても、ふたりでひとつを想定されているんだなぁと思ったら、なんともいえない気持ちになったの。
 すぐそこに広がるテラスのそばにはジャグジーが備え付けられていて、景色しかないここで入ったらきっと気持ちいいんだろうなとは思ったけれど……いくら水着をつけてとはいえ、彼の前で入る自分を想像したらやっぱり恥ずかしくて。
 そっちを見れなくなったことは、気づかれてないだろうけれど。
「え?」
「そーやって化粧してンと、俺とタメくらいに見えるもんだな」
「っ……」
「えろい」
「もう……!」
 髪を弄っていた彼が、指先で頬に触れた。
 辿るように顎へ這わされ、ただただ感触にどきりとするばかり。
「っ……」
「どうした?」
「……たー、くん……」
 こくりと喉が動き、視線が落ちそうになる。
 瞬間的に、彼が表情を変えた。
 ……きっと、たーくんも気づいてないんだろうな。
 キスをする直前に見せる、あの顔。
 すごく艶やかで、男の人なのにとってもきれいで。
 色香漂う眼差しに身体が震えることを、私以外の人は誰も知らないでほしいと強く思う。
 引き寄せるように手のひらが動き、両手をベッドへついたまま身体を支える。
 何度となく口づけられたけれど、当然慣れることはない。
 どきどきして、苦しい。
 音がない場所だからか、自分の鼓動がやけに大きく聞こえてそれが少し不思議な感じだった。

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