「ん……」
 寝返りを打つと、きらりと眩しい光がまぶたに当たった。
 ……朝。
 朝?
 いつものクセで枕元を探るけれど……スマフォの感触はない。
 代わりに、柔らかなものに手が触れて、うっすら目が開く。
「っ……え……!」
 シーツともお布団とも違う感触だと思いきや、すぐここにたーくんが目を閉じていた。
 え、と……え? どうして?
 だって昨日、お父さん言ったでしょう?
 私と寝かせない、って。
「っ……」
 思わず身体を起こすと、たーくんも昨日と同じワイシャツにスラックスのままの格好。
 ということは……もしかしたら、彼もまた途中で寝てしまったのかもしれない。
 ……びっくりした。
 いくらキングサイズのベッドだとはいえ、一緒に寝たことは事実。
「…………」
 眠っているところも、寝起きもどちらも見たことはあるけれど、気持ちとしては少しだけ違うかな。
 覚えていないとはいえ、一緒に眠っていた今。
 それこそ、特別な感じがして自分でもどきどきしている。
 ……何があったわけではないけれどね。
 部屋を見回してみても、ふたりの姿はない。
 ということは、隣の部屋で過ごしているんだろうな。
「…………」
 シャワーを浴びておきたい。
 でも……今動いたら、起こしちゃう?
 とはいえ、昨日もしっかり日焼け止めを塗っていたし、さらっとした気候とはいえ汗はかいている。
 それに、たーくんも昨日浴びてないみたいだし、順番だもんね。
 起こしてしまわないようにそっとベッドを抜け、バスタオルとローブを手に洗面所へ。
 ここのホテルは独立タイプのバスとシャワーが設けられていて、カーテンではなくガラスで仕切られていた。
 私にとっては、少しだけ背の高いシャワーだけど……うまく使えるといいな。
 むしろ、たーくんにとっては少し低いかもしれない。
 可もなく不可もなくって、難しいんだなぁ。
 こんなところで思うことじゃないんだろうけれど、ふとそんなことを考えてしまった自分が相変わらずで少しだけおかしかった。

「…………」
 少し熱めのシャワーを浴びるのが気持ちいい。
 そして、こんなふうに朝のからりとした空気に当たることも、同じく。
 バスローブをまとい、タオルでしっかりと髪のしずくを取る。
 鏡に映る、自分の姿。
 ……確かに子どもっぽいかな。
 昨日の夜、彼に言われたセリフが頭に浮かんで、小さく苦笑が浮かんだ。
 たーくんにはほど遠いだろうけれど、でも、こんな私を……選んでくれたことは、とても誇りに思う。
 お化粧したら、少しは変わるんだよね?
 式のあと、たーくんが言ってくれた言葉は予想以上に嬉しかった。
「っえ……!」
「し」
 鏡を見たままでいたら、突然背後にたーくんが姿を見せた。
 扉がないオープンな洗面所だからこそ、まさに突然。
 人さし指を唇に当て、制するように私へ手のひらを向ける。
「……どうしたの?」
 小さな声でたずねるものの、彼は首を振ってさらに一歩こちらへ入って来た。
 でも、意識しているのは背中のほう。
 耳を澄ますと、お父さんとお母さんが話しているのが聞こえた。
「…………」
 ぽつり、と髪からしずくが腕へ落ちた。
 ……ねぇ、待って。
 だって私、まだバスローブしか着てないのに……!
「っ……ぁ」
 視線を落として気づかれたのか、ふいに彼が頬へ触れた。
 当然のようにその腕にも髪からしずくが落ち、ぽつぽつと濡れていく。
 ……もう。そんな顔しないで。
 あえて私の視線と顎をとらえるようにしながら、たーくんは『へぇ』とつぶやいた。
「濡れてるってのも、非日常的でそそるな」
「っん……!」
 瞬間的に目の前がかげり、唇が塞がれる。
 舐めるように舌が唇をなぞり、口内を割るように這う。
 朝から、こんなふうにキスされたら……困るでしょう?
 それに、すぐそこにはふたりがいるんだよ?
 ……声が、出ちゃうじゃない。
 いつしかバスローブのあわせを握りしめていたものの、思った以上に力はこもっていた。
「は……ぁ」
「ンな顔すんな。やめねぇぞ」
 ぺろりと唇を舐めた彼が、すぐここで笑う。
 ああ、どうしてこんなに扇情的な顔をするんだろう。
 たーくんは、いつもそう。
 私なんかよりよっぽど色香があって、大人で。
 余裕があるように見えるから、困ってしまう。
「……えろい」
「っ……もう。だから……」
 頬に触れた髪を耳へかけてくれながら、たーくんが視線を落とした。
 きちんと合わせられてないからこそ、見えちゃうでしょう?
 明らかに視線が胸元へ向かったのがわかって、どうすればいいか本当に困るの。
「濃くしてやろうか?」
「……何を?」
「お前、同じこと先週も言ったぞ」
 声を潜めてのやり取りは秘密めいていて、もう本当にどきどきして苦しい。
 瞳を細めたたーくんは、顔を寄せると首筋へ唇を当てた。
「っ……」
 目を閉じると身体が強張った。
 ちゅ、と濡れた音がすぐここで響いて、情けなく声が漏れそうになる。
 でもね、目を閉じているからよりはっきりと少し遠いはずのお父さんの声が聞こえるの。
 ああ、ねぇ待って。
 ベッドに私たちがいないこと、気づかれてるでしょう?
 足音がこちらへ来ている気がする。
 どうしよう。
 こんなところを見られたら、叱られるだけでは済まないはずだ。
「ふ……ねぇ、だめ……」
「……そろそろ時間切れか。あとは適当にごまかしとけ」
「え? っ……え!?」
「任せた」
「たーくっ……もう!」
 ちゅ、と音を立てて唇を離した彼は、ちらりと後ろを見やるとシャツへ手をかけた。
 そのままボタンを外し、私が……ここにいるのに、まったく躊躇なく脱ぎ始める。
「ねぇ待って! ちょっ……!」
 思わず声が上がったものの、彼は入って来たときと同じように唇へ人さし指を当てるだけだった。
 もう……もうっ!
 肌が見えたら、どきどきするでしょう?
 当たり前のように上半身を見せたままベルトに手をかけたのを見て、さすがに洗面所を飛び出していた。
「…………」
 髪、乾かしたいのになぁ。
 でも、浴室はガラス張りだもん。見えちゃう……じゃない。
 そうなったら困るのは私。
 ……はぁ。
 朝から、なんて慌ただしい時間なんだろう。
 朝食の時間にはまだ早そうだけど、とりあえず今はあそこにいるであろうお父さんたちへどうあいさつをするべきか考えるのが先らしかった。

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