「……つか、目立ちすぎだお前」
「え?」
今日は、羽織の学校の卒業式。
日本の高校はまったく知らないから、少しだけ行ってみたくて無理を承知でお願いしたら、羽織はふたつ返事で喜んでくれた。
伯父さんは残念ながら自分の学校の卒業式へ出なきゃいけなくて、もともとは伯母さんだけの出席だったそう。
きっと羽織は残念だっただろうけれど、『でも葉月が来てくれるなら十分』と笑ってくれた。
……ふふ。実は、それだけじゃなかったの。
もしかしたら、たーくんは最初から出てくれる予定だったんじゃないかな。
あらかじめ今日はお休みを取っていたから、羽織に内緒で伯母さんと行くつもりだったのかもしれない。
「えっと、どこか変?」
「いや、そーじゃなくて」
今はもう体育館に入場していて、保護者席の一番前に座っている。
卒業式って、こんなふうにやるんだ。
椅子の並び方も、ステージの装飾も何もかもが違っていて、とても新鮮でなんだかどきどきする。
今日、伯母さんは朝早くから並んでこの席を確保してくれた。
ふふ。たーくんの卒業式のときも、同じようにしたんだって。
たーくんは『暇の極みだな』なんてひどいことを言っていたけれど、まさに愛情たっぷりだからだと思う。
「なんで着物なんだよ」
「だって……日本の正装でしょう?」
「そりゃそうだけど」
「まさか、貸してもらえると思わなかったから、今度きれいにして返しに行ってくるね」
「いや、行くなら連れてってやるっつの」
この間湯河原で卒業式の話をしたら、おばあちゃんもお母さんも揃って着物を見立ててくれた。
最近というか……湯河原へ行くと、よくいろいろな服や着物を着させてもらえるんだけれど、それがまるで昔遊んでいた着せ替え人形遊びのようで、なんだか少しだけおかしくなる。
とてもきれいな着物だったり、お母さんが買ったものの結局着ないで取っておいた服だったりと、様々。
でも……嫌じゃないの。もちろん。
3人で笑って過ごせる時間は、やっぱり楽しくて柔らかくて……大好きだから。
もっと早くこうなっていたら、違ったのかなとは思う。
でも、今だからきっとこの形になれたんだと納得してもいるけれどね。
「…………」
すでに在校生は入場していて、見慣れた制服を着ている子たちばかり。
もしも。
もしも私がこちらにいて、羽織や絵里ちゃんと同じあの制服を着て……この学校に通っていたら、今日が卒業式なんだね。
どんなふうに高校生活を送っていたんだろう。
カリキュラムや方針に違いはあるだろうけれど、友達と笑ってランチを食べたり、休み時間に他愛ない話で盛り上がったりするのは、共通なんだろうな。
「……あ?」
「ううん。なんでもない」
もし私がずっと日本で暮らしていたら、たーくんとの“今”はないかもしれない。
小さいころからずっと従妹で、お父さんと過ごしてきて……当たり前に卒業して、もし4月から大学へ通えるようになったとしても、違う人生を歩んでいた可能性は大きい。
だから……今があることが、一番なの。
私の過去のすべての選択の積み重ねが、今。
“たら”や“れば”や……もしもは、想像するだけで十分。
「どきどきするね」
「なんで」
「んー、なんでかな。私が卒業するわけじゃないのにね」
普段と同じスーツ姿だけど、たーくんは真っ白いワイシャツに柄のネクタイを合わせている。
上着も、濃いグレー。
白と黒のコントラストがいつもより目立つ気がするし、何より……ふふ。
とてもじゃないけれど、ついさっきまで寝癖がついていたとは思えないほど、髪も服装もきちんとしている。
「なんだよ」
「ううん。かっこいいなと思って」
「……あ、そ」
まじまじ見てから、つい笑みが漏れた。
でも、たーくんは舌打ちこそしなかったけれど、足を組むと首筋に手を置いた。
かと思えば、左隣……ううん、椅子をひとつ空けた隣へ視線を向ける。
「おい」
「あら、何?」
「何じゃねぇよ」
誰も座っていないのは、何か理由があるのかもしれない。
でも、物も何も置かれてないから……別にないんだよね?
なぜか、この席を取っておいてくれた伯母さんは、たーくんのふたつ隣に座っている。
真ん中には、誰も座ってない椅子。
そこに手をつき、たーくんは伯母さんへひそひそと声をかける。
「なんでわざわざ席空けンだよ」
「いいじゃない。そのほうが、ワケアリの両親っぽく見えるわよ」
「馬鹿か。見えなくていいんだっつの」
ち、と舌打ちしたたーくんを見て、伯母さんはにやりと意味ありげに笑った。
でも、それはほんの一瞬。
伯母さんは私を見て『ルナちゃん、あとで写真撮りましょ』と言ってくれたものの、くすくす笑うと正面へ向き直った。
「もうすぐ、始まるみたいだね」
「……早く終われ」
「もう。たーくん」
つか、お前ももう少しお袋につっこめよ。
腕を組んでそう続けられたものの、どう言えばいいか悩んで苦笑に留める。
写真撮影の注意事項や、スマートフォンの電源について。
マナーの説明を始めた先生方を見ていたら、職員席に見知った顔が見えた。
「たーくん」
「なんだ」
「ほら」
「…………」
瀬尋先生と、菊池先生。
ふたりともきちんとした礼装姿で着席しているけれど、菊池先生は式次第を立てて持ちながらまるで内緒話のように話しかけている。
なんだか、新鮮な気持ち。
だけどたーくんは、まったく何も反応せずに腕を組んだままため息をついた。
「…………」
その姿は、やっぱりお父さんにも似ていて。
……言わないけれどね。
だって、お父さんはお父さんで、たーくんはたーくんだもん。
似てはいるけれど、全然違う人。
私にとって彼は、触れることも触れられることもどちらも許された相手。
「……羽織、泣いちゃうかな」
「アイツよりお前が泣くんじゃねぇの?」
「…………かもしれない」
「やっぱり」
悪戯っぽく笑われて逡巡してはみたけれど、そうかもしれないなと思えた。
これまでの1ヶ月近く、ずっと見てきた子。
悩んで、だけど精一杯努力して、本当に日々をがんばって過ごしてきたんだもん。
……今日は節目だね。
『卒業生入場』のアナウンスが響きわたり、拍手しながら早くもほんの少しだけ瞳が潤みそうになった。
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