「……はー。なんでこんなトコにいなきゃなんねぇんだよ」
「もうちょっとだけ。ね?」
「つか、腹減った。アイツらほっといて食おうぜ」
明かりはついているけれど、いつもと同じではない状況。
ダイニングの椅子に座りながら、たーくんは頬杖をついた。
今ここに、夕食の支度はしていない。
キッチンに置いたままの大皿にはいろいろなおかずがあるけれど、もうちょっとだけ。
今はまだ、リビングで大切な話が繰り広げられている。
……もちろん、これからの羽織と瀬尋先生のためのことが。
「お茶でいい?」
「あのな。俺は飯食いたくて下りてきたんだっつの。何杯飲ます気だ」
「そういうわけじゃないんだけど……じゃあ、少しだけ先に食べる?」
「少し食ったら余計に腹が空くだろ。……っち。早く終われよ」
「もう。たーくん、そんなふうに言わないであげて」
「…………」
「え?」
「お前はやたら祐恭の肩を持ちすぎだ」
「……そうかな?」
「昼といい今といい、お前が気遣う相手は俺だけで十分だろ」
頬杖をついたまま言われ、まさに“らしからぬ”セリフで苦笑が浮かぶ。
今日のお昼は、こじんまりしたイタリアンのお店で、コースのランチをいただいた。
伯母さんとたーくんはお昼からワインを空けていたけれど、しっかり食べていたのに、たーくんはそのせいか15時過ぎにはお腹すいたって言ってたんだよね。
ちなみに、珍しく伯母さんはソファで少しうとうとしていたっけ。
羽織は、みんなでご飯を食べに行ったあとカラオケにも行ったみたいで、ついさっき帰宅した。
……ふふ。
本当はあと数日後に発表だった合格通知を、今日もらったんだって。
瀬尋先生がお願いしての特例だったみたいだけど、いっぺんにお祝いできることこそが特別だし、とてもステキだと思う。
だから、今日は本当の意味でお祝い。
伯母さんと一緒に支度した夕食は、お肉もお魚もたっぷりのまさにご馳走そのものだった。
「……羽織、いい返事貰えるといいね」
「どーだかな」
「もう。たーくん、どうしたの? いつもはそんなふうに言わないでしょう?」
「は。いつも言ってるっつの」
足を組んだ彼は、リビングをちらりと見るとため息をついた。
そちらでされているお話は、4月からの羽織のこと。
大学へ入学が決まった今だからこそ、瀬尋先生は伯父さんと伯母さんへお願いという形で伝えたいことを持ってきていた。
……でも、気持ちはわかるの。
だって今の私は、これからの羽織と同じ。
好きな人と朝も夜もずっと一緒にいられるなんて、特別以外の何ものでもない。
大学では会えるけれど、これからは……別の家で過ごすことになる。
それは少し寂しい気もするけれど、彼女の立場に立ったらもちろん応援したいこと。
どうか、許してもらえますように。
伯父さんと伯母さんはいつも瀬尋先生のことをとても良く話しているから、きっと大丈夫だとは思うけれど……静かなトーンで続けられている話の雰囲気が伝わって、なんとなく私まで緊張しちゃうんだよね。
「……あ」
「はー。やっとか」
これまで、はっきりと聞こえる大きさでは話していなかった。
けれど、まさに今聞こえたのは、それぞれの笑い声で。
たちまち雰囲気が変わったのがわかり、たーくんを見るとため息をついて立ち上がった。
「ルナちゃん、それじゃごはんにしましょうか」
「はい」
伯母さんがこちらへ姿を見せたのと入れ替わりに、たーくんはリビングへ向かった。
キッチンへ準備していた大皿や、お箸。小皿をトレイに重ねる。
そのとき、羽織もきてくれて、彼女のお祝いなのにすすんで手伝ってくれた。
「羽織、おめでとう」
「えへへ。ありがとう」
少しだけはにかんで笑った彼女は、とてもかわいくて。
またあとで、ゆっくり聞かせてもらいたいな。
とても嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しい気持ちになる。
「瀬尋先生、お茶でもいいですか?」
「もちろん。ありがとう」
今日、彼は車で来ているのでさすがにお酒をすすめるわけにはいかない。
伯母さんも伯父さんも泊まっていくように勧めてはいたけれど、明日はお仕事があるそうで『残念ですが』と断っていた。
「あー……腹減った」
「おまちどうさま」
足を崩してない瀬尋先生の横へ、あぐらをかいたたーくんが座りなおした。
手を伸ばすと各自のお箸を並べてくれ、よほどお腹が空いたんだなとわかる。
たーくん、たくさん食べるけれど代謝もいいのね。
お箸を持ったのは見えたけれど、先にからあげをひとつつまんだのが見え、思わず苦笑が浮かぶ。
「…………」
「……なんだよ」
「別に」
瀬尋先生がどこか呆れたように彼を見たけれど、肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。
昼間とは雰囲気が少し違って、あのときよりはよほど柔らかい。
でも、特にいつもと違う会話をするつもりはないらしい。
伯父さんと伯母さんは『改めてよろしくね』と瀬尋先生に笑ったけれど、たーくんはそれを横目で見ながらも何も言わなかった。
「ま、でもこれでひとつハッキリしたな」
「何が?」
たーくんは、伯母さんが置いていったビールの缶をひとつ取り上げると、何も言わずに封を開けた。
たちまち、キッチンにいた彼女が反応するけれど、そ知らぬ顔のまま瀬尋先生を見て口角を上げる。
「義兄には絶対服従ってのは、鉄則だろ?」
「そんなの聞いたことない」
「じゃあ今言う。お前、金輪際俺には逆らうな」
「なんでそうなるんだよ。立場的なものより、年齢のほうが優先されるだろ?」
「ンなわけねーだろ! お前は羽織とくっついたんだから、俺をもっと敬ったほうがいいぜ。悪いこと言わねぇから」
「断る」
「あーあ。俺に恩売っとかねーと、あとで痛い目見ンぞ」
「それはお前だろ」
「……はァ?」
「なんだよ」
まるで昼間の続きのような会話が始まり、さすがに眉が寄った。
どちらを止めたらいいか、なんてひとりしかいない。
羽織も気づいているようだけれど、やっぱり彼女も止めるならばたーくんを選ぶだろう。
「もう。たーくんっ」
「……っち。だからなんでお前はいつも俺を悪モンにすんだよ!」
「悪者にはしてないでしょう?」
「そう聞こえる」
「え……ごめんね。そんなつもりじゃなかったの」
「葉月ちゃんが謝ることないよ。悪いのはコイツ」
「……ンだと」
「本当のことだろ」
瀬尋先生が首を振るけれど、それがさらにおもしろくなかったのかもしれない。
たーくんは大きくため息をつくと、缶を呷ったもののそれ以上は何も言わなかった。
きっと今、違う部屋で理由を聞いても彼は何も教えてはくれないだろう。
でも……本当にどうしたんだろう。
普段と違いすぎて、首をひねるばかり。
「さー、たくさん食べてね!」
「ありがとうございます」
伯母さんが揃い、羽織も瀬尋先生の隣へ腰を下ろした。
会食そのもの。
でも、まず最初にひとりで飲み始めていたたーくんを見て、伯母さんは呆れたように彼を注意することから始めた。
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