「で? 珍しいな、お前が一緒に行きたいって言い出すとか」
 バス停までの、短い距離。
 普段より1本早い時間に合わせ、揃って家をあとにした。
 こんなふうに、たーくんと並んで歩くのは……本当に久しぶり。
 しかもふたりきりなんて、帰りにたまたま同じバスでもなければ、ありえなかった。
「どうしても……たーくんに、話したいことがあって」
「へぇ。珍しい。どうした?」
 ちらりと見上げると、高い位置から見下ろす彼としっかり目が合った。
 ……そう。昨日の帰り道、彼を見かけたときと同じ格好。
 でもあのとき彼の隣にいたのは、私じゃない。
 学園大附属高校の制服をきた、もっとかわいい女の子が一緒だった。
「たーくん……今、付き合ってる人いる?」
 昨日、その姿を見かけてからずっと悩んではいた。
 聞いていいものか、どうしようかと。
 でも、いつまで経っても答えは出なくて、結局自分なりのものも何も出せなかった。
 彼は間もなく卒業で。
 羽織から、進路は七ヶ瀬大学に決まったと聞いたけれど、だからこそ今動かなければ、二度と手が届かない人になってしまう気がした。
 ……ううん。きっともう、手は届かないだろうけれど。
 それでも、彼が知らない女の子と歩いているのを見たとき、予想以上にショックで。
 どうしてなんて気持ちじゃなく、だから伝えなければいけなかったのにと、強い後悔を感じた。
「なんで?」
 少しだけ、声が低い気がする。
 ……そうだよね。こんなことを急に聞いたりしたら、変だよね。
 それとも、いけないことだったかな。
 羽織に聞いても『知らない』と返された、まさにプライベートな部分だもん。
 でも……今、ううん。
 今日しなきゃ、いけない気がしたの。
 残り少ない時間、後悔しないために。
 だって昨日、私の知らない女の子がたーくんの隣を歩いているのを見て、確実に嫉妬したんだから。
「…………」
「葉月?」
 ふいに足が止まった私を、彼が振り返った。
 優しい顔。
 両手でバッグを握ったままの私を見て、『どうした?』と声をかけてくれる。
 ……その優しさがほかの人に向くのは当たり前なのに、嫌だと思ってしまった私は、きっと彼が知っている以上に心が狭い人なんだろう。

「たーくんが好きなの」

 まっすぐに目を見て伝えると、意外そうな顔をしてから……彼は少しだけおかしそうに笑った。
「何言い出すかと思えば。俺も好きだぜ、お前のこと」
「っえ……!」
「何年幼馴染やってると思ってンだよ」
 まったく予想外のセリフとともに、彼はにこやかな笑みを見せた。
 ……ああ、待って。
 同じ姿を私、小学生のころも知ってる。
 ううん、中学生のときも。
 バレンタインのとき、ふたりきりの帰り道、羽織の誕生日会でお家にお邪魔したとき。
 振り返れば過去に何度も彼へそう伝えてきたけれど、そのたびに彼は今と同じように『知ってる』と笑った。
「付き合い長いよな。それこそ、幼稚園のころからだろ? ほんと、よくもまぁ飽きずに――」
「違うの……っ」
「……葉月?」
「違うの。たーくん、聞いて?」
 きびすを返して先を歩き始めた彼の手を取ると、驚いた顔で振り返った。
 そうじゃないの。違うの。
 私が伝えたかったのは、幼馴染としての気持ちじゃない。
 昔から誰よりもそばであなたを見てきた、ひとりの女の子としての気持ちなんだから。
「幼馴染としてじゃないよ」
「は?」
「……ずっと好きだったの。小さなころから、ずっと」
 握った手が、少しだけ熱い。
 目を合わせたままゆっくり伝えると、彼はまじまじと私を見てから……眉を寄せた。
「え、なんで?」
「……え?」
「お前……だって、おま……は? ちょっと待て。ワケわかんねぇ」
 するりと手が離れ、たーくんは考え込むように腕を組んだ。
 まっすぐ私を見てはいるけれど、明らかに戸惑っていて。
 ……ああ、変わるんだ。この関係は。
 いい方向にではなく――終わってしまう形に。
「……で?」
「え?」
「お前、どうしたいわけ?」
 首筋を撫でながら、たーくんはいつもよりずっと低い声で問う。
 困っているだろうし、きっと……そう。迷惑だったんだろう。
 私を見たままだけど、彼の表情はかなり厳しいものに映る。
「幼馴染としてじゃなくて……彼女としてお付き合いしてほしい」
 まさかそんなふうに問われるとは思わず、どうしていいか自分でも悩んだ。
 自分の気持ちを伝えたら、yesかnoかだとばかり思っていたから、whyが出たことに戸惑いはした。
 でも……これが自分の素直な気持ち。
 幼馴染としてではなく、彼女としてたーくんの隣を歩けるようになりたかった。
「悪い。ちょっと……考えさせてくれ」
 そういうと、たーくんは私に向かって手のひらを向けた。

 止まれ。

 まるでそう言いたげなジェスチャーで、少しだけちくりと胸が痛む。
 ……ああ、変えてしまった。
 もう戻れない。
 でも……後悔はしてないでしょう?
 だって、変えたいと臨んで、伝えることに決めたのは私。
 昨日の夕方、たーくんが全然知らない女の子と歩いているのを見て、どうしても伝えたいと強く思った結果がこれなんだから。
「…………」
 バスが来るまで、あと5分。
 あの角を曲がればすぐに見えるバス停まで、一緒に行っていいのかな。
 数歩先を行く彼の背中を見ながら、あとを追うように歩く。
 ……どう答えたらよかったのかな。

 『どうしたいわけ?』

 具体的なことを聞かれたものの、きっと彼の望む答えではなかったんだろう。
 ……彼の答えはもらえないだろうな。
 振り返ることなくたーくんが先に角を曲がったのを見ながら、小さくため息が漏れた。

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