「孝之、荷物届いてるわよ」
「……あ?」
 わざわざお袋が、部屋まで荷物を持ってきた。
 それは、両手で持てる大きさの箱で。
 英語で書かれた伝票からして開ける前に送り主がわかり、眉が寄った。
「……そうじゃねぇだろ」
 お前が帰ってくるのが先じゃねーのかよ。
 ついそんなことを言ってしまいそうになって、ため息を漏らす。
 だいたいコレはなんだ。
 そもそも、もうすぐ帰ってくンだろ?
 なのに、なんでわざわざこんなことを。
 納得できない違和感が少しだけあって、バリバリと無造作に包装を破りながらも、何も言うことはできなかった。
「……なんだコレ」
 ご丁寧に梱包材に包まれた箱を開くと、中からは黒い箱が出てきた。
 黒い包装紙に、赤いリボンというある意味『いかにも』なソレ。
 そこには、一筆箋とともに葉月の字が確かにあった。

 『ごめんね』

 と、そうひとことだけ。
「…………」
 どういう意味の謝罪なのか。
 いろんなもんに当てはまりそうな文字を見た瞬間、箱の蓋を戻していた。
 俺に言わせてもらえば『そうじゃねーだろ』と、たったそれしか出てこない。
 なんで謝る、とか。
 どういうつもりで送ってきた、とか。
 言いたいことは山ほどあるが、それはすべてアイツ本人に向けるモノ。
 決して、この荷物へ向けるモノじゃない。
「…………」
 俺が欲しいのはチョコじゃない。
 手紙でもない。
 ……なのに。
「はー……ったく」
 放るように机へ置いた途端、身体中が嫌な気分でいっぱいになる。
 こんなふうにしかアイツの気持ちを受け取ってやれない、不甲斐ない自分自身へのものでな。
「………………」
 舌打ちした瞬間、ふ、と目が開いた。
 なんともいえない気分での、起床。
 ……いや。
 うたた寝からの解放、か?
 それとも……ってあー、冬の時間じゃわかんねぇんだよ。
 電気もテレビもつけっぱなしで寝たものの、外は未だに真っ暗で何時だかよくわからない。
 テレビには見慣れない通販番組が流れていて、余計今が何時かあやふやになる。
「…………」
 4時半。
 思った以上にがっつり寝ていたらしく、中途半端な時間に起きたことを恨めしく思った。
 寒いは寒いが、いつかぶったのかちゃんと毛布を……って。
「っ……」
 毛布をかぶっていた。
 自分でしたのか、それとも……と、考える前に立ち上がる。
 まさに早朝。
 昨日自分が空港へ着いたときと大差ない時間で、頭が少しだけ混乱する。
 反射的、と言ってもいいかもしれない。
 自分の身に起きていた事実を目の当たりにした途端、身体が動こうとした。
 もしかして。
 そんな、思いきり期待に満ちた超が付くほど個人的な感情から。
「……ッ」
 かけられていた毛布を払い落とし、すぐ隣の部屋を見る――が、開け放たれたままのドアは真っ暗なままだった。
 葉月がこの家で過ごしていたとき、アイツは寝ているとき以外ドアを開けていた。
 ということは……ということ、だ。
 耳を澄ましても階下に物音はなく、階段から光が漏れてもいない。
 シンと静まり返った我が家は、まぎれもなく平日の早朝だと告げている。
 奇跡でも意外な展開でもなく、いつもと同じ……いや、昨日と同じような朝を告げるだけ。
 期待した。ああ、ガラにもなくな。
 いつもそうだった。
 アイツは、俺がこうして寝ていると必ずといっていいほど布団をかけてくれた。
 それは、自分の部屋だけでなく、リビングや和室など、とにかくどこでもそうだった。
 だから期待したんだよ。
 単純なもので、俺に毛布をかけたのはきっとアイツが帰ってきたからだと勝手に期待して。
「…………」
 後ろ手に閉めたドアの音がこの時期の冷たい空気に響いて、無性に腹立たしい。
 絶対、だと思ったんだけどな。
 部屋に来て、あんなことをするのはアイツしかいない、と。
 ……だが、現実は真逆のところにあって。
 アイツの存在なんてあるはずないのに。
 当然だ。甘くないのが現実。
 思い描くように物事が動くはずがない。
 誰よりも1番わかってたはずなのに、どうして『かもしれない』を『そうだ』と決め付けたのか。
「……いい加減、懲りろよ」
 自嘲気味な言葉。
 だが今は、それこそが正解。
 アイツはいない。
 当分こっちに戻ってこない。
 ……いや、戻ってこれないって言ったほうが正しいか。
 なんせアイツはまだ、自分のやることが多く残っているんだから。

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