「今回はちゃんと、荷物持っていったんだな」
美月さんと別れ、駐車場までの短い道。
外灯と街の明かりのおかげで十分明るいが、段差があるせいでスーツケースを運ぶには葉月ひとりじゃキツかっただろうなとは思う。
サイズも大きければ、思ったよりもずっと重たい。
が、これが本来の量じゃねぇの。
11月のときに葉月が持ってきたバッグは、とてもじゃないが帰国者とは思えなかった。
「どちらかというとね、向こうにあるものを持って帰ってきた感じなの」
「これか?」
「うん。だから、行くときよりもずっと重たくなっちゃった。今回、本もたくさん持って帰ってきたから……重たいでしょう?」
「そりゃ重いけど、お前よかよっぽど持てるっつの」
車のトランクをあけて積み込むと、葉月が小さく『ごめんね』と口にした。
いや、別に。
つか……なるほどね。
あっちの荷物を持って帰ってくるなら、確かにこれが一番てっとり早いだろう。
この時期必要でない物は送ればいいだろうが、確実な手段ではあるし。
運転席へ回りながらルーフ越しに目が合う……ものの、ドアを開けたところで気づいた。
今のままじゃ、葉月は座れないってことに。
「悪い、ちょっと待ってろ」
「え? ……わ、珍しいね。たーくんがここに物を載せてるなんて。いつもきれいにしてるのに」
「あー……まぁちょっとな」
さすがに理由をストレートに言えるはずがなく、濁したまま荷物は後部座席へ。
いつもと同じように腰からシートへ乗り込んだ葉月は、俺がまじまじ見ているのに気づいてか、少しだけ首をかしげた。
「ありがとう」
「いや……別に」
そういう意味で見てたわけじゃない。
当たり前にシートベルトへ手を伸ばし、小さな音とともにはめる。
俺にとって、ここに葉月が座ることが“当たり前”になったのはごく最近。
なのに……なるほどな。
しっくりくるって思うのは、俺の気持ちの影響ってのがやたら大きいらしい。
「んじゃ、帰るか」
「ん。お願いします」
これからしばらくは、『帰る』が適切になるんだな。
エンジンをかけるとパネルの青が目についたが、明かりがないはずの葉月のほうへより視線は向いた。
「あらまーーこんなにたくさん! ルナちゃん、本当にありがとうねー」
「どんなものがいいか悩んだので、お口にあえば嬉しいです」
外階段はさすがにスーツケースを引くわけに行かず、まさに持ち上げ。
重たいってのはまさにそれで、葉月じゃ途中でギブアップだったんじゃねぇの。
俺とてさすがに途中で一度階段へ下ろしたほど。
だが、リビングで荷解きがされて理由が発覚。
葉月の荷物というよりも、よっぽど土産のほうが多かった。
さすがにワインは美月さんが持って帰ったものを預かってきたらしいが、だからっつってお前……何しに帰ったんだよ。
本もかなり出てきたし、あのとき部屋にあったぬいぐるみもそこそこ。
だが、今お袋へ渡したものは、それこそ十分すぎる量だった。
「ワニのジャーキーって……うまいのか?」
「んー。好みによるかな? 私は普段、ジャーキーをそんなに食べないから、よくわからないの」
お袋は、俺に頼んでいたカンガルーだけでなくワニのジャーキーまで手渡されたことを、それはそれは喜んでいた。
はー。どっちが年上だかわかんねぇな。
あのホテルのワインにジャーキー、そしてチョコレート。
いろんな店で見かけることのあるクッキーのオーストラリア限定味だったり、ナッツだったり……紅茶だったり。
「お前……自分のもの買ってねぇだろ」
「え? だって、お土産だから……私は別にいらないよ?」
「いや、そうだけどそうじゃなくて」
つか、どんだけ金遣ってんだよ。
もちろん、葉月が出したとは考えにくいものの、あの両親の見えざるチカラであり財布がうかがえる気はした。
「あ。羽織にも買ってきたから、あとで……」
「わかったから、とりあえずお前は休め。飯食いながら話聞く」
「たーくん、ご飯食べてないの? ごめんね、お腹空いたでしょう? 今……」
「いやいやいや。自分でやれるしやるから、座ってろ。なんか飲むなら、持ってきてやるから」
つか、どんだけ忙しないんだよお前は。
立ち上がろうとしたのを物理的に肩を押さえて阻止し、代わりにキッチンへ。
すぐさまお袋が葉月へ話を振ったから、あとを追ってはこなかった。
そこだけは空気読んだなと認めてやる。
今日の晩飯は……ってまたカレーか。
まぁ、ウチあるあるだな。
今日はチーズと卵がプラスされて、カレードリアへリメイクされてはいたからまだ許す。
中学ンときなんて、2日連続当たり前にカレーだったことあるからな。
夜も朝も食ってさらにまた次の日の晩飯がカレーって、どんだけだよと口論になったのは覚えている。
嫌いじゃない。が、そういう問題じゃない。
あのへんからじゃねーか。
俺が本格的に自分で食いたいモンを作るようになったのって。
「お前は食べたのか?」
「うん。機内でおやつも出たから、今日はもういいかな」
温めたグラタン皿と葉月用のマグを手にこたつへ向かうと、テーブルには何枚もの写真があった。
結婚式のときに撮ったものや、どうやら葉月がスマフォで撮影したらしい景色や建物など。
そのうちの何枚かに自分も写っており、あの数日間がかなり昔のようにも感じた。
「あ。伯父さん、すてきなメッセージをありがとうございました」
「ん? ああ、いや。こっちこそ、いい写真をありがとう」
すぐそこへ座っていた親父へ、葉月がぺこりと頭を下げた。
まさに満面の笑み。
葉月の手には、スカイメッセージだけを写したものと、大勢の人たちが空を見上げる様子、そして恭介さんと美月さんが空をバックに写っているそれぞれの写真がある。
「とってもステキですね」
「はは。若いころは、そういうこともいろいろ考えてたんだろうな」
「んもールナちゃん聞く? 実はねー私、このメッセージもらったことあるのよー」
「わぁ……やっぱり伯母さんに送られてたんですね。すてき」
「げ」
「何よ。文句?」
「いや別に。単に、うわって思っただけ」
両手を合わせてそれはそれは『もっと聞きたい』みたいに目をきらきらさせた葉月の隣で、うっかり本音が漏れた。
つか、そーゆーひけらかしこそ、子どもの前でやらねぇんじゃねーの?
必要か? そのノロケ話。
俺は絶対やなんだけど。
今ここで葉月が俺とのことをひけらかし始めたら、絶対途中で遮るっつの。
「ちょっとアンタ。何よ今のは。え? アンタもねぇ、ちょっとはそういう気遣いってのをルナちゃんにしなきゃいけないのよ? わかってる?」
「別によくね? つか俺のことはいいじゃん」
「ったく。そんなんじゃ、ルナちゃんに飽きられてポイされても知らないわよ」
「はァ? お前にンなこと言われる筋合いない」
「ちょっと! 誰がお前ですって!? 馬鹿なのアンタ!!」
「人が飯食ってンときにする話じゃねーだろ!」
スプーンが皿へ突き刺さる勢いになり、デカい音が響いた。
が、お袋はそれはそれは俺と似たような口調でさらにまくしたて、揚げ句の果てには『ルナちゃんはアンタに向いてない』と言い出す始末。
あーそーかよ。つかお前に言われたくねぇけどな1ミリたりとも!
大体、それ全部決めンの葉月だしお前に関係ねぇんだから!
「……帰ってきてすぐ騒々しくなったな。落ち着かないだろう?」
「ふふ。でも、ふたりのやり取り見てると、帰ってきたんだぁって嬉しいですよ」
だから俺は気づかなかった。
俺とお袋が言い合いしてるすぐ横で、親父と葉月が苦笑まじりにやり取りしていたことはさっぱり。
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