今週は本当に長くて。いろいろなことがありすぎて。
 葉月のことだけでなく、優人やアキまで出てきたことで密度濃すぎだろと思いはした。
 アキと葉月が喋っているのを見たときは、単純にあのクソ寒い時間帯にもかかわらず、葉月が薄着だったのがわかっておもしろくないのが先に立った。
 オーストラリアから戻ってきたばかりってわけでもないのに、いい加減こっちの季節に慣れろ、と。
 確実に風邪引くレベルにもかかわらず、まったく気にせず話しているのがイラっともした。
 かと思えば突然アキが妙なことを口走り、単純に面倒くせぇとも思った。
 こちとら1週間以上我慢してて、キスはおろか抱きしめてすらねぇっつーのに、目の前でべたべた触りやがって。
 誰のモンだと思ってんだ、と瞬間的に思ったが、それは多少“らしくねぇ”なと同時にヤバさも実感した。
 かと思えば今度は葉月がおかしなことを言い、わけがわからず。
 優人の次はアキに妙なことを吹き込まれ、どちらの言い分もまるっと信じる葉月に対しても、お人よし以上のモンでおもしろくなかった。
 人がよすぎで、馬鹿正直で。
 今になってみれば、俺の言葉よりもアイツらを優先されたのが単純に腹立ったんだろう。
 リビングにマグがふたつあったのがわかり、アキと上がりこんで話していたのもおもしろくなかった。
 どいつもこいつもが、俺のいないところで葉月に手を出してることが、そもそもな。
 俺があんだけ我慢してる中、どういうつもりなんだ、と。
 単純におもしろくなかったし、イラついた。
 そもそも、なんで葉月なんだと。
 俺が選んだからか? ほかに理由があるのか?
 どいつもこいつもが人の女で遊んでんじゃねぇよ。
 家まで来て、俺のいないときにとか……っとにふざけんな、と思った。
 ヤったわけじゃないが、気分的には同義。
 アキのときは、ついでに言うなら腹も減ってたってのはある。
 ……ま、葉月がいつも以上にアキの肩を持ったのもおもしろくなかったんだけど。
 俺の部屋まできてまくしたてやがって。
 アイツの顔見りゃ何考えてるか、どう思ってるかはなんとなくわかったが、それでも止まれなかった。
 悪いことしたとは思ってるが、やったことで変わったのも当然あって。

 こんなにたくさんの人から、私を選んでくれたんだね。

 アルバムを見ながらそんなことを言われ、ガラにもなくどきりとした。
 言葉も、表情も。
 心底嬉しそうに噛みしめながら言われた言葉は、どれもこれもダイレクトに響いた。
 半日既読スルーをした優人が俺に送ってきたのは、葉月との会話データ。
 当然、こいつは知らないだろう。
 あのとき優人が録音していたことも、そして俺へ送ってきたことも。
 それこそ盗聴と同義だからこそ、気持ちはよくない。
 が、当然どんな話がされたかの興味はあって、一度だけ再生はした。
 よくもまぁあんなペラペラと思ってもねぇこと言えるモンだと優人に呆れ、すべてをことごとく信じているように対応する葉月にも同じくため息は漏れた。
 それでも、都度出てくる俺への思いや、アイツが知っているかどうかあやふやな“俺”の話を聞いてもなお、葉月が揺るがなかったことは素直に感心もした。

 私には、どうしても彼じゃなきゃだめなんです。

 直接見てはいないが、きっと葉月はさっきと同じような意志の強い顔で優人に言ったんだろうな。
 どんな気持ちで、どんな想いで。
 馳せることはできても、きっと同じにはならない。
 それでも、あれだけ直接的に揺さぶられても、動かなかった。流れなかった。
 コイツ、こんなに強かったんだなと改めて感心するほどに意志の強さがそこにはあった。
「ん、……っ」
 腕を引き寄せるようにして腕の中へ収め、そのまま口づける。
 柔らかい唇が、キスで濡れて。
 わずかに離れる際聞こえる音が、いかにも“らしさ”があって自身は反応する。
 初めてキスをしたとき、こいつはどう思ったんだろうな。
 俺は“したい”と望んで手を伸ばしたが、葉月はなんの気なしに窓から覗いた程度だったんだろう。
 あれから1ヶ月で、葉月は変わった。
 なんも知らなかったくせに、今日こうして自ら足を運ぶまでに育った。
 ……育ったつっていいのか悩むけどな。
 反応もよければ、“欲しい”と自分で思えるほどになったのは、俺にとっては単におもしろいと思う対象。
 この先、どんだけコイツが変わるか見てみたい気持ちは、それなりに強い。
「ん……たーくん、電気消してくれる?」
「なんで?」
「っ……だって、恥ずかしいでしょう?」
「そうか? 俺はどっちでもいいけど」
 むしろ、反応も肌もそれこそ“全部”が見えるほうが、楽しくね?
 とは思うが、葉月は唇を噛むとまっすぐ目を見たまま『消してほしい』と口にした。
 まぁいいけど。
「あ……」
 パチリと音を立てて部屋の明かりが消えたところで、膝を折らせて布団へ倒す。
 さっきここで寝ころんでたときは、数分後にこんなことになるとは想像もしなかった。
 ああ、ホント。世の中ってすげぇ面白いよ。
 数分先の未来は、誰にも描けない。
「……っ……」
 腕を伝って肩に触れ、そこから鎖骨までのラインを辿る。
 それだけで、華奢だとわかる身体。
 頭ではわかってたんだ。
 見た目からも、なんとなくならわかるから。
 ……だが、実際に触れてみてなお、よくわかる。
 俺とは作りも何もかもが違う、葉月の感触が。
「……ぁ……、んっ……」
 首筋に唇を這わせながら、片手で浴衣の帯へ……あー、別に脱がす必要ねぇのか。
「んっ……!」
 針路変更。
 浴衣のあわせから手のひらを滑らせ、だが……あのときとは違って背中のホックに手を伸ばす。
 わずかに漏れる吐息でも十分、葉月の反応はわかる。
 声も、息遣いも、すぐここにあって。
 ましてやこの場所なら、俺が鍵を開けない限りまず誰かに邪魔されることのない場所。
 ……たとえ今後チャイムが鳴ろうと、出ねぇからな。
 恭介さんに扉ぶち破られない限りは、寝たふりを決め込む。
 コイツは、全部わかっててここにきただけでなく、期待もして……そして美月さんも説得してきた。
 どういう言葉で説明されたかは知らないが、葉月は葉月でかなり勇気がいっただろう。
 それでもこうして今、俺のところへ来ることを選んだ以上、コイツに応えてやるのは当然の筋で。
 ……という名目上の理由はいくらでも作れるが、単純に嬉しかった。
 俺と同じ気持ちでいてくれたことも、俺にこうしてほしいと願ってくれたことも。
「っ……! 恥ずかしい……」
「まだ外しただけだろ」
「けど……っ……」
「……いーから」
「っ……!」
 ホックを外したところで、腕を抜き……あー、やっぱ浴衣も脱がすか。
 肩を露わにするも腕で止まったのが、少しだけおもしろくなかった。
「ぁ……あ、あっ……!」
 耳たぶを舐め、首筋から鎖骨へのラインを辿る。
 帯はきつく結ばれておらず、すんなりと解けた……ことと、葉月が身体をずらしたことであっさり抜き取ることはできた。
 ……期待してた、ね。
 なるほど、どうりで。
「ぁ、んっ……」
「は……やらけ」
「た、く……っ……んんっ」
 あのとき以来の感触に、小さく喉が動く。
 片手では溢れる胸の感触を楽しみながら、指の腹で先を弄るとたちまち声が変わった。
 声が甘い。
 一瞬、頭のどこかが麻痺しかけ、もっと、とガラにもなく本能からの欲が漏れる。
「ぁ……、やっ……恥ずかしいよ」
「いや、これからもっと恥ずかしいことすんだろ」
「っ……」
 浴衣は便利だな。
 あわせを開くと当たり前のように下半身までむき出しになり、暗くても肌の質感は十分わかる。
 今日は月明かりもなく、室内は暗い。
 しとしとと雨の音が少しだけ耳に届き、これはこれで悪くない夜だと思い直した。
「っ……だ、め……」
「何が」
「だって……! そこ……ッ……ん!!」
 まるで助けを求めるかのように囁いた意味は、わかる。
 だが、コレが『する』ってこと。
 たとえすべては知らずとも、コイツだって持っているであろう知識。
「……ぁ、あっ……」
 舌先で頂を舐め、そのまま口内に含む。
 途端、声が艶がかった。
「ん……ぁ……だめっ……たーく……」
「…………」
 両手が髪に触れ、いかにも今の葉月の状態を表すかのように指が動く。
 戸惑い、迷い。
 ときおり握られる指の感触が少しくすぐったくもあって……それでも、たまにはイイかとも思えて。
「ぅ……ん、んっ……ぁ……や……」
 いつもよりずっと高い声が耳について、余計焦らすように舐めあげる。
 ……もしかしたら、初めてかもしれない。
 女を弄ってて、楽しいと思えたのは。
「今週、マジできつかった」
「え……?」
 ちゅ、と音を立てて唇を離し、敢えて顔を覗き込む。
 すると、薄っすら開いた瞳がまばたいた。
「お前がそばに来ると、ぞわぞわして。何回押し倒そうとしたかわかンねーぞ」
「っ……」
 触れてないのに、肌がぴりぴりした。
 あんなふうになるのかと自分でも驚いたし、まぁある意味勉強にもなったぜ。
 ……だから、これからは迷わずお前を連れ込むことにする。
 どうしても家でできないのであれば、場所はいくらでもあるんだから。
「それで……たーくん、触ってくれなかったの……?」
 普段とは逆。
 いつも俺がするようにとはまた違い、葉月は指先だけで俺の頬へ触れた。
 くすぐったさのほうが先に立ち、だが……今のセリフはなかなかオツだな。
「へぇ。触ってほしかったのか」
「……そ、れは……」
「それは?」
 指先をつかみ、唇へ運ぶ。
 束ねてから口づけ、舌を這わせると思ったとおりいい反応を見せた。
「ぁ、それ……ん、くすぐった……」
「そういう声じゃねぇな。十分ヤられてる声だぞ」
「だって……もう、身体が……へんなの。たーくんが触ってくれると……もう、どこも全部、ぞくぞくする」
 ゆるゆると首を振られ、普段よりよっぽど戸惑っているような声に口角が上がった。
 あのときよりも、もっと反応はいい。
 向こうの家で一度イかせはしたが、戸惑いのほうがよっぽど大きかっただろう。
 でも、今は“欲しがって”るように思えなくもない。
 ……えろいやつ。
 知れば知るほど吸収して違う方向へ向かうのは、コイツの賢さなのかもな。
「……たーくんに、触ってほしかった……よ?」
「っ……」
「え、と……こんなふうに、じゃないけれど……いつもみたいにしてほしかったの」
 もしかしたら、喉が鳴ったのがわかったのかもしれない。
 どこか慌てたように訂正したが、らしからぬ答えに胸の奥はうずいた。
 ……ああ、なるほど。
 感情ってのは、知れば知るほど厄介なんだな。
「んっ……!」
 髪を撫でてから口づけ、唇を割る。
 欲しいと思った、以上。
 どうしてもコイツが欲しくて、反応も声も何もかもをのがしたくなくて。
「は……ふ、んんっ……」
「……は」
 一度離れるも、再度角度を変えて口づける。
 苦しいだろうよ、そりゃあな。
 それでも、どうしても欲しかった。
 ……こんなふうに思うようになるとはな。
 これまでまさに抑圧されてきた結果なのか知らないが、わずかに離れていることさえ面白くないようにどこかで感じるまでになった。

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