「………」
 俺って、もしかしなくてもお人よしなのかもしれない。
 いや、『かもしれない』じゃなくて、絶対。
「……あふ」
 優人から受け取ったディスクを確認し始めて数分経つ現在、デカい欠伸とともに涙が滲む。
 ……なんだコレ。
 すげーつまんねぇ。
 仏像だの寺院だの、ついでに四季の代名詞みてーな数々の風景。
 それらがいかにも『眠くなーれ』と暗示かけていそうな音楽と一緒に流れ続けていて、さすがの俺もそれ以上は見る気が起きなかった。
 まさかとは思ったが、ホントにこのテのブツとはね。
 存外すぎて、逆に驚く。
 ま、これなら部屋に置いといても害はねぇか。
 再生時間、3分弱。
 十分満喫したから終了。
「あー……肩こった」
 ディスクをケースへ収め、パソコンを付けっぱなしにして鞄から本を取り出す。
 ずっと予約待ちで、本日ようやく手元に回ってきた新刊の新書。
 脳に関するうんちくとマネジメントをからめたものらしいが、話題沸騰とあるから一応読んでおこうとは思っていた。
 本当は、書架へ卸す前に借りる予定だったんだが、野上さんにうっかり見つかり公私混同と言われたので、当たり前だが順番待ちをすることになった。
 久しぶりに3週間も待ったぜ。
「洗濯物、置いておくね」
「サンキュ」
 開けっ放しになっているドアをわざわざノックしてから、葉月が姿を見せた。
 手には、きちんと畳まれた服。
 相変わらず、ヘタなクリーニング屋よりもサービスがいい。
「……なぁに? これ」
「あ?」
 ベッドへもたれながら、本を開いたとき。
 葉月が例のディスクを見つけたらしく、不思議そうな声をあげた。
 ……ま、気になるよな。
 『東方見聞録』なんて書かれてりゃ。
「優人がくれた。見てもいいぞ」
「……へぇ」
 むしろ、どうぞ好きなだけ。
 葉月が椅子を引いたのを見ながら、自分は本へ視線を落とす。
 ひょっとしたら、お前は好きかもな。
 いかにも日本そのもので、建物なんかの紹介もあって、クラシックとも違う静かな曲つき。
 あー……お前ならラストまで見れる気がしてきた。
 そしたら、一応感想ってことであらすじ聞かせてほしい。
「わ……きれいだね」
「あ? ……あぁ。京都だろ」
 CMでよく耳にする、『そうだ、京都へ行こう』のテーマソングと同時に始まる映像は、俺もさっき見た。
 ひらひらと舞う、巨木の桜。
 それが緑の葉になり、そして紅葉へと移り変わる。
 確かにそれは悪くない。
 ……でもな。
 正直、仏像や寺院のウンチクは俺には必要じゃない。
「…………」
「…………」
 ただただ、DVDの音だけが部屋へ満ちる。
 抑揚のないナレーションを聞きつつも、目線は当然本から移動することはない。
 だが、葉月は眠くなるどころか逆に興味津々そうで、横顔は楽しそうに見えた。
 お前、真面目だな。
 それこそ教育番組で流れていそうな映像なのに……って、あーそういやこないだ、お袋と自然がどうのっつードキュメンタリーも見てたな。
 好きなのか、こういうの。
 俺にはない面だけに、改めて『真面目なやつ』と褒めておく。
「……あ。これ、舞妓さんだよね?」
「あ? ……あぁ、そーだな」
 ちらりと見ると、まさしく舞妓が歩いているシーンが見えた。
 ……あー、ちょうどそのへんな。
 俺が見るのをやめたとこ。
「いいなぁ……きれいだね」
「そーだな」
「……もう。たーくん、さっきから生返事だよ?」
「それ、さっき見てやめたんだよ。つまんなくね?」
「そうかな? とってもきれいな景色で、この舞妓さんも――」

「っ……あぁあっ……もう堪忍して……ぇ」
「いいねぇ。やっぱり、女は西に限るぜ。へっへぇ」
「あーれぇー」

 ――途端、いきなり場面が切り替わった。
「ッ!!」
「……え……」
 これまでとは一変した、音声。
 弾かれるように画面を見ると、モザイクのかかった裸姿の男女が突然表れていた。
「消せ!!」
「え、えっ!? わ、やっ……」
 瞬間的に頭が下した命令を口にしたものの、葉月は慌てたように画面を……ってああお前そういや意外と不器用だったな。
 マウスが宙に浮いていて、それじゃ消えねぇだろと内心つっこみを入れる。
 てんてこまい。
 まさに、その字を身体で表した瞬間を見た気がする。
「…………」
「…………」
 電源を落とすよりもてっとり早いため、ディスクを取り出すボタンを弾く。
 たちまち音は消え、映像も終了。
 しんとした……どころか、少しだけ耳に痛い静寂が訪れはしたが、数秒前と違いすぎて妙な雰囲気が漂っている。
「……たーくん……」
「違う。俺じゃなくて優人だつったろ!」
「…………」
「っち……そういう顔すんな。俺も被害者だぞ! つか、俺はあんなシーンまで見なかったし」
 ぎぎ、とまるで鈍い音を立てるかのように振り返ると、葉月は非難めいたまなざしを向けた。
 冷ややかな、軽蔑にも似た眼差しは訝しげで、それこそ『犯人』扱いそのもの。
 俺だってまさか、こんなシロモノとは思わなかったからこそ、正当な理由はまくしたてておく。
 つか、最初に言っといてよかったぜ。
 やっぱ、事実はあらかじめ述べておくのに限るな。
「……どうして?」
「いや、俺に言われても。優人に言……わなくていい。ややこしくなるからお前は黙ってろ」
 葉月が優人へ直接聞いたりした日には、にんまり笑って『葉月ちゃんにはもっとおすすめがあるよ』とかヌかしそうだ。
 アイツ、葉月へあることないこと吹き込みそうだからな。
 個人的なメッセージのやり取りなんぞさせてたまるか!
 それこそ、優人は前科がある以上、葉月へ近づけさせるわけにはいかない。
「たーくんに聞いてみたいなと思ってたの」
「っ……ンだよ」
 表情を変えないどころか、むしろ訝しげな色を濃くした葉月が目の前に座った。
 その目は俺を非難しているように思えて、ぶっちゃけだいぶ居心地が悪い。

「好きになることに違いってあるのかな?」

「……は?」
「えっと……ね? 小さいころは、好きな人が自分を好きになってくれたら十分だって思わなかった?」
 本当にすぐここ。
 ご丁寧にフローリングへ正座した葉月は、両手を膝へ置くと真剣なまなざしで俺を見つめた。
「好きになることの次に、手を繋ぎたいとか……デートしたいとか、そういう欲が生まれるけれど、それって少し大きくなってからのことでしょう?」
「あー……まあ、そうか?」
「私も小さいころからたーくんのことが好きだったけれど、きっと当時は、たーくんが私を好きになってくれるだけで十分だったんだと思うの」
「……ふぅん」
 真面目な顔して何を言い出すかと思えば……お前おもしろいな。
 しかも、内容はがっつり告白そのもの。
 ……へぇ。お前ンなふうに思ってたの?
 顔には出さないものの本を閉じて、十分聞く気にはなった。

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