「じゃあ、今は?」
「え?」
「今はお前、俺が好きになったからもう満足か?」
 片腕をベッドへ乗せ、平然とした顔で続けてみる。
 が、葉月はいつものように瞬くと、珍しく視線を外した。
 ……そういう顔も悪くないぞ。
 それこそ、昨日と同じく“俺のこと”を考えてるであろう顔。
 普段全然興味なさそうで、全っ然なびかねぇからな。
 そーやってわかりやすく俺に集中してるってのは、見ててなかなかおもしろい。
 ……いい気分だ。正直な。
 普段平然としているぶん、わかりやすいのもそうだが……“俺”に意識を向けてるってのが悪くない。
「私はね? こんなふうに……たーくんに触れるだけで十分っていうか……特別な気持ちになるの」
 嬉しそうに笑うと、葉月が俺の手を握った。
 かと思えば、そっと指を絡める。
 一連の動作は、それこそ普段と同じ。
 だが、俺がまじまじ見ているとわかってか、葉月は少しだけはにかんで笑う。
「でも、男の人は違う……んだよね? そばにいたり、手を握っていたり……これだけじゃ足りないんでしょう?」
「……は?」
「だから、えっと……さっきみたいなのが必要っていうか……」
 困ったような顔で見られ、逆に口が開く。
 必要っつーか……まぁ、なくてもいいんだけど。
 でも、そういう知識なんだろうな。コイツにとっては。
 少なくとも、恭介さんがうっかりバレるような方法をとるとは考えられない。
 てことは、やっぱコイツはいわゆる友達との会話の中でそういう知識を得てきたんだだろう。
「私にとってはね、たーくんのそばにいられることが特別で……手を繋いだり、キスをもらえたりしたらとても嬉しくて。小さいころは、キスなんて想像もしなかったから選択肢には出てこなかったけれど、今は違うでしょう? たーくんが教えてくれたから……やっぱり、してもらえたら嬉しい」
「…………」
 ごくり。
 縋るのとは違う、おずおずと合わされた視線。
 言葉ひとつひとつを大切そうに口にされた揚げ句のその表情とか……お前、確信犯か?
 ドアは開いたままだが、羽織は風呂らしく2階にいない。
 てことは……今なら、多少声が漏れても平気ってことだろうが……しかし。
 さすがに、最後まではできねぇだろうな。
 となると結局見える未来は、消化不良で。
 ……それでも。
 こんな顔されたら、もう少し先は見たい。
 それが、“今”付き合うってことだろ。
「っ……」
「別に、アレがなきゃダメってわけでも絶対必要ってのでもねぇけど……結局、ただ触るだけじゃ満足できなくなるんだよ」
「……そうなの?」
「今、お前も言ったろ? 手を繋げたら、キスしてほしいんじゃねぇの?」
「っ……」
 こくり、と喉が動いたのはわかった。
 どうせなら、もうちょっとこっちこいよ。
 繋いだ手を引き、対面ではなくすぐ横へ移動させる。
 すると、嬉しそうというよりは少しだけ緊張したように、唇を噛んだ。
「……ぁ……」
「そういう声な。それ聞いたら、欲が出る」
「欲……って?」
「好きな相手なんだぞ? 手を出したいし、キスだけじゃなくて……もっと先まで欲しくなる」
 少しだけ。
 どうせ途中で引き上げるなら手を出さないほうがマシだと、今週はずっと考えてきた。
 葉月に手を伸ばすのをやめ、遠ざけ、朝から晩まで仕事に打ち込む。
 ……かわいそうな俺。
 まさか、欲求不満をこんなときに味わうとはな。
 それでもどうやら羽織はまだ上がってこないらしいから、機会としてはちょうどいいってことか。
 どっちがいい。
 ここでやめるのと、寸断されてもヤれるとこまでヤるのと。
 目の前には、明らかに意識して……“欲しそうな”顔の葉月がいる。
 ……考えるまでもねぇか。
 頬に手を伸ばすどころか、引き寄せるように身体が動いたんだから。
「っ……ん」
 久しぶりの感触に、ぞくりと背中が粟立つ。
 耳に届く声が甘くて、それこそ久しぶりの感じに息が漏れる。
 舌で唇をなぞり、口内を割る。
 躊躇いがちなキスだが、ほかに音がない部屋だからこそ、妙に濡れた音が耳について聞こえた。
「……ぁ……」
 首筋に手のひらを滑らせ、伝うように肩を撫でる。
 襟ぐりの開いたセーターを俺の前で着ると、こう活用されるってのは知ってたほうがいいぞ。
「待っ、て……」
「……ンだよ」
 セーターの裾からもう片手を入れようとしたら、慌てたように俺の胸元へ手を当てた。
 頬が赤い。
 つか、耳までな。
 おずおずと視線が合うものの、葉月は唇を合わせるとゆるく首を振る。
「だって……ねぇ、たーくん……そんな顔されたら、困る……」
「お前、こないだもソレ言ってたな。どんな顔だよ」
「だからその…………あ」
「あ?」
 ふいに漏れた声は、まるで何かに気づいたようなものだった。
 今の今とは違うまなざしが向けられ、逆に眉が寄る。
「欲しいって……こういうこと?」
「は?」
「え、と……ほら。向こうの家で、たーくんに言ったでしょう? その……欲しがってるみたいに見える、って」
 向こうの家という響きで、記憶を辿ってはみる。
 ……欲しそうな顔。
 葉月にンなこと言われたことが……ああ、あったな。確かに。
 1週間と少し前。
 葉月がこちらへ持ち帰ったベッドの上で、コイツの服を脱がせたときに。
「お前はわかってたんだろ? 俺が何を欲しがってるか」
「っ……」
「じゃなきゃ、悩んでたベッドこっちに持って帰ってこねぇよな?」
 目の前で笑い、耳元へ口づける。
 息をふきかけたわけじゃないが、葉月は首をすくめるとふるふる振った。
 そのたびに甘い香りがして、口角が上がる。
「だって……あれは……」
「初めてだろ? イったの」
「っ……もう……たーくん、言い方……」
「身をもってわかったろ? イかされたらどうなるのかも……そのあと俺が、どうしたがったかも」
 唇を噛んだのを見て笑い、ぺろりと耳たぶを舐める。
 くすぐったそうではあるが、明らかに息遣いは荒い。
 期待してるクセに。
 ……ああ、もしかして“そのとき”を心配してもいるのか?
 ドアが開いたままのせいで、いつ羽織が上がってくるんだろう、ってな。
「んっ……!」
「……あー……やらけぇ」
「た、く……っぁ……」
「お前ひょっとして胸弱い?」
「や……ぁ、そんな……し、らな……」
 首筋へ唇を寄せながら、逃げられないように腕を回して片手をセーターの内へ。
 ブラをずらして胸に直接触れると、先端をかすめた途端ひくりと身体を震わせた。
 声が変わる。より、甘く高くなる。
「……は」
 見られてもよくね?
 胸を揉みしだきながら鎖骨のラインを舐め、セーターをもう少し上までたくしあげる。
 そういや、前回手を出したときも明るい場所でだったな。
 あのときと違い今日は蛍光灯の下だが葉月の肌は十分映えて見え、目に入った胸の先は桃にも似た色を帯びていた。
「ん、ぁ……っ」
 ちゅ、と音を立てて胸を含み、舌で転がす。
 崩れてしまわないようにか葉月は俺のシャツをつかんだまま、必死に声を抑えようとしているようにも見えた。
 ……それがおもしろくない。
「んっ! や、ぁ……だめ……っ」
「余裕だなお前」
「た、く……ぁ、あっ……ね……声、出ちゃ……っ」
「出していい。つか聞かせろって」
「んんっ!」
 余裕があるわけじゃないだろうに、葉月はふるふる首を振ると熱っぽいまなざしのまま俺を見つめた。
 そういう顔しといて言うセリフじゃねぇだろ。
「っ……!」
「どんだけ我慢してンと思ってんだよ」
「ぁ……た、く……」
「好きだから、キスだけでも触るだけでも満足できねぇんだよこっちは。……襲ってもいいなら話は別だけどな」
 ぐいっと腰を当て、顎をつかむ。
 瞳が揺れたのも、こくりと喉が動いたのも目には入った。
 それでもコレが本音。
 AV見てヌくだけが男だと思ったら、大間違いだぞお前。
 アレは、こうやって手が伸ばせる場所に対象がいないときのモンだっていう前提をそもそもわかってない。
「んっ……!」
「わかったんだろ? 俺が何を欲しがってるか」
「は……、ぁ、まっ……」
「……お前の声も欲しいしけどな。もっと欲しいのは何ってわかった?」
 ぺろりと反対の胸を舐めると、シャツを握った手が震えた。
 が、さらに舌を這わせようとしたところで……慌てたように、葉月がセーターを裾まで戻した。
「…………」
「だ、だって……」
 あーおもしろくねぇ。
 視界が“普通”に染まり、舌打ちが出たが葉月が動じないのも腹立たしく思う。
「ンだよ」
「ぅ……ねぇ、羽織が……」
「ドア閉めればいいか?」
「もう……そうじゃなくてっ……」
 耳を澄ますと、ドライヤーの音が響いてはいるが、それでもまだ時間はあるはず。
 だが、真っ赤な顔のまま荒く肩を上下させている葉月は、上目遣いで俺を見ると『ごめんね』と先に謝りやがった。
「んじゃ、お前のベッドで続きしようぜ。そしたらお前、一生覚えてンだろ」
「っ……」
「いつならいい。羽織が寝たらか? アイツ、どうせ今日も夜更かしすんだろ? なら、逆に4時にでも襲いにいきゃいいんだな?」
 思った以上にリミットが早くて、予想以上にイライラしていた。
 葉月のせいじゃないだろうし、わかってて手を出した自分のせいじゃ……ないよな。
 何が悪い。どうしたらいい。
 環境変えれば、結末も変わるか?
 誰にも邪魔されず、好きなだけ……それこそ何に躊躇せず手を伸ばせるのはじゃあ、いつ、どこだ。
「……たーくん……」
 困ったような顔をされ、ため息が漏れる。
 あーあ。こんなのってアリか? ねぇだろ?
 せめてもう少し先まで味わっておきたかったのに、先っちょどころか全然物足りないまま。
 ……くっそ。
 なんで金曜なのに、羽織もお袋も親父も当たり前に家にいるんだよ。
 これまでは、どいつもこいつもいなかったくせに。
「すげぇストレス」
 散々我慢して、手も口も出さなかったのに。
 期待したし、若干タガがはずれかかったせいではある。
 が、自分のせいにはしたくない。当然な。
 もちろん……葉月のせいでもねぇけど。
「っ! ん、ん……ふ……っ」
 仏頂面のまま両手で葉月を引き寄せ、深く口づける。
 こうしたら当然自身が反応するし、シたくなる。
 が、申し訳なさそうな……つーか泣きそうな顔されたらつい手が伸びたんだよ。
 かわいそうな俺。
 ああ、こういうときに黙って車乗せて連れ込めばいいのか。
 優人からもらったチケット、多分そのうち使うハメになるな。
 アイツはわかっててよこしたはず。
 転がされてる気がして釈然としないが、背に腹は変えられない。
「んっ……」
「……は……」
 ちゅ、と音を立てて唇を離し、短く息を吸う。
 惚けた顔の葉月を見……だがしかし、イライラは収まらず。
 いや、お前のせいじゃねぇけど。
 …………あーくっそ。
 目の前で濡れた唇を結んだのを見て、当然自身が反応した。

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