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「ちょっと、孝之! あんたいつ結婚したのよ!」「してねーよ」
 「じゃあ彼女!? やだぁ、すっごいかわいい子連れてきてもう……お姉ちゃん泣いて喜んでるでしょ」
 「9割合ってる」
 多分な。
 レジへ箱とついでにすぐそこにあった別の日本酒を合わせて置くと、叔母は嬉々としながら……って手ぇ動かしてくんねぇ?
 にこにこしながら葉月へあいさつをし、握手まで求めていた。
 「ごめんなさいねー。うちの旦那、今仕込みしてて手が離せないのよ。いらっしゃい、孝之の叔母の美江です」
 「初めまして。瀬那葉月です」
 「っ……やっぱりお嫁ちゃん!?」
 「違うつってんじゃん」
 葉月が頭を下げた瞬間、くわっとものすごい勢いで見られたので一応否定。
 そりゃま、そーなるだろうよ。
 だが、もはや今さら葉月との関係を説明するのはやや……めんどくせぇんだよな。
 以前は同じ苗字でも従妹で納得してもらえたが、今はもう従妹ながらも従妹じゃない相手。
 イチから説明するのは面倒だし、今後はもう割愛でいいか。
 「あれ、孝之にーちゃん。と、葉月……ちゃん?」
 「なんで疑問形なんだよ」
 「う、だってさ、その、こないだぶりっていうか」
 「こんにちは。名前を憶えていてくれて、とっても嬉しい」
 「え! えへへ。こっちこそ、いらっしゃいませ」
 エプロンを手にやってきたのは、叔父ではなく義弘。
 お前の言うとおり、まさに正月ぶり。
 ……そう。
 今日はお前に会うために、ここへ来たってのも実はある。
 「ヨシ。あンときは悪かったな」
 「え? 何が?」
 「正月、せっかく来たのに大して相手もしなくて」
 あのとき、葉月とはこういう関係じゃなかった。
 が、あれがあったおかげで……今に至ってはいる。
 あンときのセリフは、今思い返してみてもやっぱり痛いけどな。
 ちなみに、葉月を静かにキレさせたあと、一応謝罪も込めてリビングには顔を出した。
 そこではお袋がヨシにココアを入れながら話を聞いていたが、本人は手持無沙汰状態。
 そのとき葉月はいなかったので、最近スマフォを買ってもらったヨシにおすすめのアプリのいくつかと、最近入れたというゲームの話で盛り上げてはおいた。
 「ちょっとヨシ、孝之にーちゃんが彼女連れてきたのよー」
 「え?」
 きょとんとした顔のヨシへ、叔母が満面の笑みを向けた。
 ヨシはあのとき、直接葉月から聞いているせいか、俺と葉月とを見比べてから首を振る。
 そうだよな、だってあンとき“彼女”つって俺に否定されたんだから。
 お前がしたことは正解だ。
 ただし、1ヶ月前なら。
 「でも……えっと」
 葉月が苦笑したのをわかってか、ヨシは困った顔をしたものの……葉月と目が合うとうっすら顔を赤くした。
 お前、当時の俺よかよっぽど素直だな。
 ……ああなるほど。
 そういや、お前にソッチのこと全然吹きこんでねぇや。
 やっぱ人って周りの環境に大きく影響されンだな。
 「かわいいだろ?」
 「うぇ!? う……兄ちゃんまでやめてよ」
 「でも、お前は手ぇ出せねーぞ」
 「え?」
 
 「今はもう俺のだから、諦めろ」
 
 さすがにふたりも身内がいる前で葉月を触るわけにいかず、ヨシへ笑うだけに済ませる。
 が、ヨシはヨシで目を丸くしながら顔を赤くするわ、隣にいる叔母は叔母できゃーきゃー言い出すわで、言ったあとで当たり前のように後悔はした。
 当然、葉月の反応は見ない。
 ここでそっち見たら、どういう会になんだよ。馬鹿か。
 「今度また、遊びに来いよ。レベルだいぶ上がったろ?」
 「レベ……あー、うん。でも、うまくデッキ組めないんだよ。何回ガチャ引いても、SSレア出ないし」
 「だから、デイリーボーナスの話したろ。課金したって出ねぇモンは出ねぇんだから、毎日コツコツやっとけ」
 自分用の酒はむきだしで受け取り、箱のほうだけ小さな紙袋へ入れてもらう。
 レシートはいらないというか、いつも受け取らないこともあって、叔母は当たり前のようにお釣りだけ俺へ渡した。
 買うモン買ったし、言うことも言った。
 これ以上ここにとどまる理由はない。
 「ちょっと孝之ーお盆にはちゃんと顔出しなさいよ?」
 「考えとく」
 にやにやしたままの叔母へ手を振り、紙袋を持とうとしたら先に葉月が手を伸ばした。
 一瞬目が合い、いつものように笑われて……それが少しだけくすぐったく思う。
 あー。なんかやらかした感がすげぇ。
 今日はヨシへ謝罪に来たはずだったのに、こんなことになるとはな。
 「にーちゃん、またね。てか、ありがとうございましたー」
 「へぇ、いっちょ前にらしく聞こえンぞ」
 「またね、義弘君」
 「ぅ、ありがとうございますっ」
 自動ドアをくぐりながら振り返ると、ヨシが顔を赤くしていた。
 アイツほんと純情だな。
 ひとりっ子だし、どうせならもーちっと同性の先輩として吹き込んでやるか。
 叔母にキレられない程度には。
 「つか、お前さ。年下のやつにやたら優しくねぇ?」
 「え?」
 運転席へ座りながら、ふと思ったことを口にしてみる。
 正月のときも思ったが、今も同じく。
 なんかこう、俺に対するモンとは明らかに違って、より雰囲気が柔らかいように思った。
 「実は、自分より年下のヤツが好きとかか?」
 そういや、コイツがどういう性癖かさっぱり知らねぇな。
 羽織は昔から年上が好きだったらしいが、葉月がどうかは知らない。
 羽織とそういう話してるのも聞いたことねぇし。
 だがしかし、妙な余裕があるというか、俺でさえ年下に感じない色気がときどきあるなと思うんだから、葉月より下のヤツにとっては、リスキーなんじゃねぇの。雰囲気がそもそも。
 「んー、これまで年下の子を好きになることはなかったけれど」
 「まぁ、10代だしな。もちっと成長したら、年下の男をもてあそぶいかがわしいお姉さんに見えなくもねぇけど」
 「……たーくん」
 「冗談」
 半分程度は。
 見た目の問題なんだから、しょうがねぇじゃん。
 よくあるだろ? そういう雑誌とかアニメとか。
 弄りたい男がいるのと同じように、弄られたい男も一定数いるだろうしな。
 ま、何も知らない今のコイツじゃ無理だろうけど。
 「さて、と」
 エンジンをかけ、一路湯河原方面へ戻るべく幹線道路へ戻る。
 さっきまではぽつぽつとした小降りだったが、少しだけ粒の大きさを増した。
 「……ンだよ」
 もう、といつものように言い出すかと思えば、葉月が小さく笑った気がして。
 ギアを変えつつ一応聞いてみると、気のせいではなく葉月は笑うと首を振った。
 「たーくん、ちゃんと義弘君に謝ってたでしょう? 偉かったね」
 「…………」
 「え?」
 「俺は小さい子か何かか。あ?」
 「そういうつもりじゃないんだけど……いけなかった?」
 ちらりと見た途端にっこり笑われるも、口がへの字に曲がる。
 なんだよ、偉いって。
 その言い方じゃ、完全にお前の立ち位置が上じゃん。
 「お正月のときもたーくん、ちゃんと義弘君と話してあげてたでしょう? 優しいなぁって……とっても嬉しかったんだよ」
 「なんでお前が喜ぶんだよ」
 つか、気づいてたとはな。
 結局あのあと、ヨシが帰るまで葉月はリビングに姿を見せなかった。
 お袋も席を立ち、スマフォやらヨシが持ってきたポータブルゲーム機やらで時間をつぶしたのは俺。
 まぁ楽しかったけどな。
 それこそ、スマフォを持つようになってから……つーか高校卒業してからは、いわゆるゲーム端末をほぼ弄ることもなくなっていたから。
 「だって、嬉しかったの」
 「何が」
 「やっぱりたーくんは優しくて……口ではいろんなことを言っても、私が昔から知ってるそのままの人なんだなぁって」
 きっと、あのときを思い返してはいるんだろう。
 葉月は、珍しく俺がヨシをほったらかしたことに突っかかってきて、なんであそこまで代弁するのかと若干腹立たしくもあった。
 ヨシが嫌いなわけじゃなくて、葉月がアイツの肩を持つことがなんとなく納得できなくて。
 ……それを嫉妬っつわねーで、なんつーんだよ。馬鹿か。
 俺は勝手に勘違いしてたが、葉月はヨシの立場に立ったわけじゃなく、俺がらしくないから折れなかったんだろうな。
 葉月は、いろんな人間を構ってきた“俺”を知っていた。
 なのに、ヨシには同じ顔を見せなかったから、“らしくない”ことがもしかしたら嫌だったのかもしれない。
 「たーくんが、あんなふうに言ってくれるなんて、思わなかった」
 「っ……」
 「ふふ……嬉しい」
 くすぐったいというよりも、ばつが悪い。
 舌打ちすることもできず、前を見たまま運転に集中。
 ……きっと、思ってるような顔はしてるだろうよ。
 ひどく嬉しそうで、心底柔らかく笑って。
 「っ……」
 「ありがとう」
 「……別に」
 すぐそこの信号が黄色に変わったのを見てシフトチェンジすると、ギアをローへ落としきった瞬間、葉月がそっと左手に触れた。
 がらにもなく、びくりと反応したのがダッセぇ気はしてるけど、まさかンなことしてくると思わなかったんだよ。
 しょーがねーじゃん。
 「…………」
 指の感触も、温かさも、柔らかさも。
 ただ手が触れただけなのに、ぞくりと身体に伝わる。
 どうやらどころか、やっぱだいぶキてんだな。
 ずっとそうだったが、昨日の夜がそもそものデカい引き金にはなったらしく、ため息が漏れると同時にクセのようなもので右手は首を撫でていた。
 
 
       
 
 
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