「おかげさまで、読み聞かせは毎週恒例になってねー。スタッフもだいぶ板についてきたよ」
「それはよかったです。簗瀬さんの指導の賜物ですね」
「ははは。言うねぇ」
 簗瀬さんに会うのも数週間ぶりだが、まったく違和感なく俺へにこやかな笑みをくれた。
 会ってすぐに『待ってたよ』と女将が言ってたとおりに反応され、内心とてもありがたい気分だ。
 キッズルームを見せてもらったが、どうやら作るのが好きなスタッフも多いらしく、葉月がしつらえたとき以上に画用紙や折り紙で様々な掲示物が増え、壁いっぱいにあしらわれていた。
 こうなるだけで、視覚的にかなりにぎやかに感じる。
 事実、前回俺が手をつけ始めたときとは違い、親子連れが数多く過ごしていた。
「スタッフからも好評でね。子どもが子どもらしくいられる場所があると、関わる側も安心するみたいだよ」
「へぇ。そうなんすか?」
「うん。ここで発散できるぶん、ほかのスペースではおとなしくなれるっていうのかな。これまでは、食事処で飽きちゃって泣いたり叱られたりって子も結構いたんだけど、ここを充実させて、チェックインのときに案内するようになってからはそういう姿が館内で少なくなったからね」
 なるほど。
 そういう相乗効果があるなら、よりこの場所が生きてくるだろう。
 ま、大人みたいにふるまえっつったって無茶な話で。
 子どもは子どもでいいんだから、求めるのは酷だよな。
「で? 今日何読む?」
「はい?」
「え? 読まないの? てっきり、孝之君が来てくれるっていうからみんなには『レジェンドの読み聞かせが見られるよ』って触れ回っちゃったんだけど」
「マジすか」
 つか、レジェンドって。
 全然そんなつもりもなければ、タチでもない。
 それに、言うほど仕事でも読み聞かせをやってきたわけじゃない。
 が、簗瀬さんは俺の性格をすでに理解し始めているらしく、『困ったなぁ』『僕言っちゃったのになぁ』とちらちら俺を見ながらつぶやいた。
「読む本、決まってるんすか?」
「お、もちろん。せっかく湯河原へ来てもらったんだからってことでさ、1冊は地元にまつわる昔話を読むことにしたんだよ。でね? その話を図書館にしたらさー、なんとまあ昔から地元にいる人たちが、お手製の紙芝居作ってくれたわけ! すごいでしょ? 見る? 見たいよね?」
「まじすか? すっげぇ。え、それ見たい」
「やっぱり! いやー孝之君ならそう言ってくれると思ったわー」
 きらきらした目で見られ、お世辞ではなくふたつ返事でうなずくと、簗瀬さんはやたら嬉しそうな顔でキッズスペース奥にある棚へと案内してくれた。
「っうわ……すげ。こんなに?」
「そうなんだよ。すごいでしょ? 子どもたちが喜ぶならって言ってくれてね、元々幼稚園や保育園の先生だったり、公民館とかで本の貸出をしてる人たちなんかがさ、嬉々として始めてくれて」
「あー、なるほど。好きな人って結構いるんすね」
「そうなんだよ。今までは小学校とかで読み聞かせしてたらしいんだけど、湯河原も子どもが減っちゃってねー。地元に伝わる話を伝えていきたいって気持ちが強い人たちばかりだからさ、今みんなすごいよ? めっちゃ元気。サークルみたいに集まって、ほぼほぼ平日活動してくれてるんだから」
 彼が見せてくれた紙芝居は、ひとつふたつではなく、すでに6話分ほど作られていた。
 しかも、あのときはなかった読み聞かせ用の木枠だけでなく、拍子木まである。
 すっげぇ。
 ホントに紙芝居屋そのものじゃん。
 やりたいって気持ちが大きな原動力になるのは、子どもだけじゃないうえに年齢は関係ないらしいとよくわかった。
「それもこれも、孝之君の発案のおかげだね」
「いや……自分は、それこそホントにただの思いつきだったんで。こんだけいろんなところに飛び火して活性化したのは、簗瀬さんやスタッフの人たちのおかげですって」
 素直にそう感じるし、事実、あれから毎日のように手を入れてくれた常勤の人々の力だと思う。
 俺なんて、あれからさっぱり姿を見せてないし、手も出してない。
 最初の一歩を好き勝手に始めただけ。
 それでも……もちろん、誇らしくはある。
 本を通して広がった輪が、よりもっといい方向へいこうとしているんだから。
「みんな言ってるよ。レジェンドだって」
「はは。リングネームみたいじゃないすか」
「よくない? この響き。今日、孝之君がくることをサークルの人たちも楽しみにしてくれてるんだよ」
「え、そうなんすか?」
「うん。自分たちの作った紙芝居が演じられるところ、見てみたいんだって。ね? だめかな? せっかくだからさ、ひとつだけでいいから読んでくれない?」
「ンなこと言われたら、断れるわけないじゃないすか」
「だよね。孝之君ならそう言ってくれるだろうなーってのも知ってた」
 あははと笑った彼に、つられる形で盛大に噴き出す。
 この人ほんと、策士だな。
 でも、こういう人がいるから、いろんな人が新しい発想をして、自ら作り上げる気持ちになるんだろう。
 監督者の素質って、大事だと思うぜ。
「何時からですか? 練習しときます」
「お、さっすがー。開く時間ねーいろいろ検討したんだけど、やっぱり17時スタートがいちばん人集まるんだわ。てことで、その時間に。ここを整備したから場所も変えようかと思ったんだけど、大人で聞きたい人もいるみたいなんだ。だから、ずっとロビーでやってるよ」
 なるほどね。
 確かに、読み聞かせに興味があっても小さな子どもがいなければ、キッズスペースには足を向けにくいかもしれない。
 その点、ロビーなら声さえ聞こえれば遠くにいても“何してるか”はわかる。
 それこそ、コーヒー飲みながらでも、スマフォ弄りながらでも、その場にさえいられれば参加したことになるんだよな。
 何も、主役の子どもたちのように、きらきらした目で一生懸命本を見つめてなくたって、十分なんだから。
「それじゃ、頼むよレジェンド」
「はは。がんばります」
 あのときの発案が生きていることも嬉しかったし、選択したことが正しかったことも嬉しい。
 お手製とはいえ、十分売り物になりそうなレベルで作画されている紙芝居を手にすると、当然のように笑みが浮かんだ。
「それにしても、ほんと今日来てくれて助かったよー。雪だからキャンセルになるかなって、ちょっと心配してたんだ」
「……雪?」
「うん」
「いや……降ってないっすよ?」
 練習するにしてもさすがに今ここでやったらネタバレになるため、カバーで包んで一旦本宅まで借りることにしたものの、ほっとした顔で言われたひとことに、当然眉が寄る。
「そうなんだよ。予報だと午前中から雪マーク付いてたでしょ? だからさー、降らなくてよかったーって安心した」
「え……天気予報、雪なんて言ってました?」
「あれ、見てないの? 今週ずっとテレビで言ってたじゃん。爆弾低気圧が下りてくるから、不要不急の外出は控えましょうって」
「げ、マジすか?」
 全然知らなかった情報すぎて、素で驚く。
 いや……いやいや、聞いてねぇんすけど。
 雪って。まじで?
 思わずスマフォを出し、確かめ……うわほんとだ。
 よりによって神奈川県全域に、がっつり雪だるまのマークがついていた。
「っ……」
「ありゃ。降ってるね」
 反射的にすぐそこの窓へ視線を移すと、さっきまでの雨が小さな雪へ変わっていた。
 いや……まじすか。
 この程度ならまず積もらないだろうが、今後が少し不安ではある。
 湯河原は、冬瀬よりも暖かい。
 なのに雪がちらついてるってことは……ひょっとして地元はもっと降ってんじゃねぇの。
 まだ昼前なのに、この暗さ。
 ひょっとしてが、あるかもしれない。
「まぁ、大丈夫でしょ。きっと積もらないよ」
「そうっすね」
 窓へついた雪はすべて水に変わっていて、まだどこにも積もってはいない。
 葉月は気づいてんのかな。
 きっと本宅や流浪葉のあの中庭へ雪が積もったら、かなり壮観だろうとは思う。
 日本庭園に雪は、まさに見事なマッチングだろうからな。
 年末帰国したとき、ほんの少しの雪ではしゃいだアイツは、雪だとわかったら喜ぶんじゃねぇか。
「…………」
 あのときとは違い、俺の中で葉月はすっかり大きく変化した相手。
 月見酒は風流だろうが……ってだから、今日は帰るんだって。
 温泉旅館にいるせいか、どうも考えが緩むらしい。
 紙芝居を持ち直し、改めて考えを今へ戻すべく首を振っていた。

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