「瀬那様、お待ちしておりました」
「わざわざ迎えにきてくれて、ありがとう。助かったよ」
「いつでも参りますので、遠慮なくおっしゃってください」
藤沢駅から少し離れた海岸沿いにある大きな店舗まで、わざわざ社員の方が迎えにきてくれた。
『お父さんが来る』と聞いて、てっきり車でくるんだと思ったら電車だというから少し驚いた。
でも……そうだよね。
車をこちらへ持ってきてはいない。
普段、仕事には電車で行っていたし、湯河原の家にはお母さんの車があったから、特に不便さは感じなかったんだろう。
迎えにきてくれた方は、たーくんの同級生だと聞いて、それもまた驚いたけれどね。
本当に、繋がりが広い人なんだから。
「瀬那ぁ……お前、ほんと安心したよ」
「何が」
「いや前回さ、ひとりで来られたときにお前のこと聞いたら少し言いよどんでたから、てっきり消されたんだとばかり」
ぼそぼそとしたやり取りは、お父さんから離れたところで行われていたけれど、どういうことなのかわからず首をかしげるしかなかった。
……何があったんだろう?
お父さんとたーくんが車を見に行ったのはもちろん知っているけれど、そういえばあの日は帰ってきたときすでに雰囲気がまるで違ったんだよね。
もしかしなくても、何かあったんだろう。
……それにしても、まさかよその人がいるところでもお父さんが何かするなんて……もう。
普段からはまったく想像つかないんだから。
「まぁ、似たような目に遭ってた」
「まじかよ。まぁでも元気そうでよかった。抹消されてたら、それこそ夢見悪いじゃん」
駅まで迎えにきてくれた彼は、たーくんの姿を見た瞬間安堵したように肩を叩いていたのが気になったけれど、背景があったらしい。
『よかった』を連呼しながら、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「どうぞ、こちらのラウンジでお待ちください。のちほど、改めてお車のご説明にあがります」
「ありがとう」
入り口から入ると、たくさんのスタッフの方がにこやかに出迎えてくださった。
まるでコンシェルジュのようにきちんと制服を着こなしている女性の方が、『お待ちしておりました』とお店の奥へ案内してくれる。
けれど、そこに入ってすぐ改めて驚いたんだよね。
だって、ラウンジというよりも、独立したお店かのような空間が広がっていたんだから。
シックな色合いの壁には、車の模型や写真、メーカーのオリジナルグッズなどが飾られていて、反対側にはバーさながらのドリンクコーナーがしつらえられていた。
専用のスタッフの方もいて、席へ案内されると同時にメニューを開いての説明を受け、一瞬自分が車屋さんにきたのか食事に来たのかわからなくなるような雰囲気だった。
「……すごいね」
「っとにな。噂には聞いてたけど、うっかり踏み入れらんねぇ」
真っ白いソファはとても座り心地がよくて、流浪葉のロビーにも似た印象を受ける。
観葉植物でそれぞれブースが仕切られており、もう1組別のご家族も同じように対応されているのは雰囲気でわかった。
「何がいい?」
「私は、ハーブティーにしようかな。たーくんは?」
「……コーヒーもすげぇ種類あンな。せっかくだから、今日のスペシャルで」
「じゃあ俺もそれをもらおう。美月はどうする?」
「私は、あたたかい紅茶を」
「かしこまりました」
ギャルソンタイプのエプロンを身に着けた男性は、まるでかしづくようにしてオーダーを受けるとカウンターへ戻って行った。
ほどなくして、薫り高いコーヒーの匂いが漂い始める。
「こんな経験はなかなかないな」
「俺、二度目はない気がする」
「気分よく過ごさせる意味では、大切な戦略だろう。一度経験すれば、次もほしくなる。話では、点検のたびにこの部屋へ案内されるそうだ。人は誰でも大切に扱われると気分がよくなるし、購買意欲も高まるからな。次も見越してのサービスなら、十分じゃないか?」
お父さんは、足を組むとあちらへ視線を向けた。
雰囲気をというよりも、内装や人の過ごし方を見ているんだろう。
クセのようなものなんだよね、きっと。
食事で出かけるときも、お父さんはこんなふうに見ることが多い。
職業柄、気になる部分は多いんだろう。
「お待たせいたしました」
「わあ……」
「ささやかですが、本日のドルチェ盛り合わせになります。よろしければ、お召しあがりください」
銀のトレイで飲み物を運んできてくださった彼は、フルーツやカットケーキが盛り付けられたプレートを先に置いた。
中央のミニグラスには、カカオのパーセンテージが示されたチョコレートも乗っている。
「……いい香り」
お願いしたハーブティーは、アサイーとラズベリー。
ガラスポットには鮮やかなワインレッドが見えて、頬が緩む。
「本当に特別なおもてなしね」
「流浪葉さながらだな」
私とは違うティーポットへ手を伸ばしたお母さんは、盛り付けられたお皿をしげしげと見つめた。
ああ、そうか。
お母さんはお母さんで、おもてなしが気になるのね。
そういうところ、お父さんと似ていてなんだか少しだけおかしい。
けれど、それぞれに似ている部分が見つかって、娘としてはとっても嬉しかった。
「好きに食べていいぞ」
「まじで? 恭介さん……あー、食べないタチか」
「チョコレートだけもらおうか」
カトラリーを私たちのほうへ向けたあと、お父さんはグラスに手を伸ばした。
金色の包みを開き、ダークよりも少し濃い色のチョコレートをつまむ。
それを見てお母さんも手を伸ばしたけれど、意外にもたーくんはコーヒーのカップを持ったままだった。
「たーくんは食べないの?」
「あー……まあ、そのうち」
あのあと、たーくんは簡単に朝ごはんを食べたけれど、いつもの5割程度。
お腹は空いているだろうに、これだけの甘い物を見て食べようとしないのはかえって心配になる。
でも、改めてコーヒーを含むと、お父さんを見てからカップを置いた。
「このコーヒー、うまくない?」
「さすがスペシャルだな。好みに合う」
……なるほど。
どうやら、違う意味でそちらに興味が向かなかっただけらしい。
それならよかった。
「どれがいい?」
「え? 私はフルーツだけでいいよ?」
「まぁそう言うなって。チョコもうまそうじゃん」
いつもと同じ笑顔を浮かべたのを見て、今の今との違いに笑みが浮かんだ。
チョコレートケーキにチーズケーキ、イチゴショートとプチタルト。
ひとくちサイズのケーキは、見た目もとてもきれいで楽しい。
「美月さんは?」
「私は最後でいいから、ふたりが先に選んで」
お母さんも、たーくんが甘い物を好きなことは十分知っている。
この間湯河原へ行ったときも『食べさせてあげたかったの』と、ざらめのしっかり付いたカステラ
をおやつの時間に出してくれた。
「ふふ」
いつもとは違う場所だけど、雰囲気はいつもと同じ。
真剣にどれを食べようか悩むようなたーくんを見て、お父さんもお母さんも柔らかく笑ったのが私はとても嬉しかった。
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