「……うそ」
 何度寝返りを打っても一向に頭は冴えたままで、一度リセットもかねてお水を飲みに行こうと部屋を出た。
 さっき確かめたんだから、今はまだ2時台。
 にもかかわらず、たーくんの部屋のドアからはうっすら光が漏れていて、思わずそんな言葉が漏れた。
「…………」
 完全に閉まっていないということは、起きてる……んだろう。
 確かに、少しとはいえ彼も車で眠っていたけれど、だからってまさかこんな時間なのに?
 もしかしたら、以前見たことがあるように電気を付けたまま眠っている可能性も考えられる。
 いつだったか、本を読んだまま眠ってしまった彼を見たことはあるから。
「……え」
 そっとドアを開いてみると、たーくんはまだ椅子に座っていた。
 ヘッドフォンをしたまま、パソコンを見つめている。
 ……映画?
 銃を持って武装した兵士のような格好の男の人が、真っ暗な森の中を歩くシーンが映し出されている。
 本当はきっと、声をかけたほうがよかったんだろうけれど、こんな時間だし悩んだのはあって。
 そっと部屋に入り、彼へ近づく。
 腕を組んだまま画面を見入っていて、気づいてはいない。
「っ……」
 肩に触ろうとした瞬間、バッと勢いよく私を見た彼と真正面から目が合った。
 びっくりした。
 まさかこのタイミングで気づかれるとは思わず……だけど、私以上に目を丸くした彼は、大きくため息をつきながら椅子へもたれる。
「たーくん……まだ起きてたの?」
「それはこっちのセリフだっつの。あー……すっげぇびびった」
 ヘッドフォンを外すと、たーくんはマウスへ手を伸ばす。
 小さく聞こえていた英語が消え、この時間相応のしんとした空気が漂った。
「もう2時だよ? 明日……じゃなくて、今日お仕事だよね?」
「ラストだから、見てから寝ようと思ったんだよ。昼間がっつり寝たから、眠れなかった」
 部屋は十分暖かいけれど、気温としてはずっと下がっているはず。
 いつもと同じくたーくんは裸足のままだけど、そっと手に触れると昼間とは違って冷たかった。

「たーくん、ありがとう」

「はー……計算狂った」
「え?」
「お前がこんな時間に起きると思わなかったし、面と向かってンな早く言われるとか想定外だっつの」
 たーくんの左手を両手で包むと、上になった右手の薬指がきらりと光る。
 ああ、やっぱり予想以上。
 プラチナの白い銀も、ダイヤも、光を浴びると思った以上に輝いている。
「とっても嬉しい」
「そりゃよかったよ」
 にっこり笑うも、たーくんは視線を外して肩をすくめた。
 どこかバツが悪そうにも見えるけれど、それも彼らしさ。
 机の端にラッピングとおぼしきリボンと箱が見え、彼が私を想って選んでくれた事実を目の当たりにする。
 ……嬉しい。本当に。
 そっと感触を確かめるように指先で触れると、冷たいけれど存在感のある指輪にまた頬は緩んだ。
「でも、どうしてサイズわかったの? 話したことないでしょう?」
「お前、一度寝入ると朝まで起きねぇだろ。だから今が予想外なんだよ」
 ということは、ひょっとしたら私が眠っている間に測ってくれたのかな。
 だとしたら、本当にいつの間にそんなことがあったんだろう。
 自分では覚えてないけれど、きっとたーくんはしっかり覚えてくれているんだろうな。
 『あンときは、びくともしなかったくせに』とため息をついた。
「いつから、こうしようと思ってくれてたの?」
「お前、小さいころ指輪のカタログで遊んでたの覚えてるか?」
「……私?」
「お袋宛の通販の雑誌とかな。そういうやつの指輪切り取って、よく遊んでたじゃん」
 小さいころ、ということは一緒に暮らしていたころのことだろう。
 ……おままごとの一環、だったかな。
 うろ覚えではあるものの、確かに、伯母さんからもらった服や雑貨のカタログを見ながら、羽織とよく遊んだ。
 中でも楽しかったのは、宝石のページ。
 ネックレスや指輪がカラーで印刷されていて、それを切り取って羽織とふたりままごとのように遊んでいたような気がする。
 でも……本当に小さいときなのに。
 たーくん、そんなときのことよく覚えてくれているのね。
「だからまぁ……クリスマスとホワイトデーな」
「……嬉しい」
 きっと、たーくんは冗談めかして口にしたんだろうけれど、私にとってはこんなにすてきなプレゼントをもらえると思わなかったから、とっても嬉しくてまた笑みが浮かんだ。
 それを見て小さくため息をつかれたけれど、でも、仕方ないでしょう?
 こんな予想外が起きてくれるなんて、まさに夢みたいなんだから。
「っ……え?」
「どうせなら付き合え」
「でも……話わからないよ?」
「オチだけ見りゃ、なんとなくわかんだろ」
 手を引かれ、膝へ座らされる格好になった。
 背もたれのある椅子だけど、でも、重たいでしょう……?
 真正面ではなく、まさに“腰かける”形で斜めに座らされ、背中から回った腕の感触に一瞬どきりとした。
「怖い映画?」
「多少な」
「……たーくん、さっきすごい反応したもんね」
「ったりめーだろ。お前もいっぺん味わえ。寿命縮むぞ」
 マウスをクリックすると、ヘッドフォンではなくすぐそこのスピーカーからセリフが聞こえ始めた。
 いかにも不安を煽るような曲調に、つい視線は逸れる。
 ……だって、苦手なんだもん。
 怖い映画は特に見れない。
 感情移入というよりも、この独特の雰囲気でどきどきしすぎて。
「…………」
 すぐここにあるリボンに手を伸ばし、ちょうどお腹の辺りへ回されているたーくんの右手を取る。
 白というより、シルバーのリボン。
 お店のロゴが入っていて、知ったブランド名にどうしたって頬は緩んだ。
「……何してんだよ」
「ふふ。おそろいみたいだね」
「あのな」
 私とは違う、骨ばったいかにも男の人の指。
 右手の薬指へ巻いてからリボン結びすると、小さく舌打ちされた。
 リングではないけれど、でも、同じ場所。
 少し先と思っていたのに、手に入っただけでなくこんなふうに見ることができるなんて本当に嬉しい。
 ……たーくんも、サプライズしてくれる人なのね。
 昼間、お父さんを見たとき抱いたことを実感し、彼の手を包みながらまた笑みが漏れる。
「え?」
「お前、温かいな」
「そうかな?」
「なんか眠くなってきた」
 後ろ向きに抱きしめられ、こちらこそどきりとする。
 小さくあくびをしたのが見えて、たちまちうつるように私にもあくびが漏れた。
 感触もそうだけど、温かさもそう。
 普段とはまるで違う時間帯だけど、だからこそ特別感は強いように思う。
「……似合ってンぞ」
「選んでくれた人のおかげだね」
 すい、とすくうように右手を持ち上げた彼が、ぼそりとつぶやいた。
 きらりと光る、ティアラの指輪。
 いかにも特別な感じがして、やっぱり嬉しくて笑みが浮かんだ。

彼を含めた、彼氏達のホワイトデーの模様は、100ちゃれ『76:エプロン』で。
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