「…………」
 0時10分。
 何度寝返りをうったかわからないが、さすがに時間が気になってスマフォに手を伸ばす。
 ……寝れねぇって。
 誰に向ければいいのかわからない文句が浮かび、ため息が漏れる。
 なんか飲むか。
 仕方なくベッドから起き、ドアへ。
 階下はまだ明かりがついていて、どうやらお袋たちは起きてるらしい。
 つってもま、リビングにいるかどうかは知らねぇけど。
 どっちかは風呂に入ってるらしく、水の音は響いていた。
「っ……」
 小さな音だった。
 背後で聞こえた物音で振り返ると、意外にも葉月がドアから顔を覗かせていて。
 俺だとわかってか、少しほっとしたような顔を見せる。
「珍しい。まだ起きてたのか?」
「喉が渇いちゃって」
「……ふぅん」
 0時を回っていることから、とっくに寝たもんだとばかり思っていたが、もしかして……お前も同じクチか。
 だとしたら好都合。
 いや、絶好の機会と言うべきか。
「え? たーくん?」
 すぐ隣まできたのをいいことに、肩をつかんで……回れ右。
 真っ暗な自室へ押すと、きょとんとした顔で振り返りつつも、俺が後ろ手でドアを閉めようとしたところでようやく気づいたらしい。
 ……遅いっつの。
「たーくん……っ」
「お前も期待したろ?」
「え……?」
「俺にしてほしいことのひとつとして、多少なりとも想像しなかったか?」
 明かりはないが、暗さに目が慣れていることもあって距離が近づけば十分表情は見える。
 普段とは違い、ささやきでのやりとりはかえってそれっぽさを際立たせる。
「っ……」
「寝かしてやる」
「……た、く……待って、私……」
「これも縁だろ。付き合え」
 頬に手を当て、顔を寄せる。
 が、及び腰のせいか葉月は後ずさり、そのおかげでベッドまで結果的にたどり着く。
 気づくの遅いつーか、藪蛇ってわかったろ?
 俺のテリトリー内で、お前が自由にできるわけねぇんだから。
「ねえ……そんな」
「嫌ならしない」
「っ……もう。その質問は優しくないよ?」
 すとん、とベッドへ座った葉月の肩を押し、組み敷くように上から見下ろすと、俺に手を伸ばしながら葉月が笑った。
 じゃあどう言えば『優しい』に部類されンだよ。
 シたくて連れ込んだのに、ンな気のきいたセリフなんて出ねぇぞ。
「どきどきするでしょう?」
「期待してるからだろ?」
「それは……」
「それは?」
「……もう。たーくん」
 言葉尻をとらえ、くすくす笑う葉月……ではなくボタンへ手を伸ばす。
 声を潜めてるってことは、十分承知してる証拠。
 勝手にそうとらえ、できることならとっとと進めたい。
 ……ってのが俺の素直な気持ちなんだろうよ。
 誰彼に邪魔ばかりされた“今日”は仕舞だ。
「んっ……!」
「どう言えば、お前が俺を構うかわかった」
「……え……?」
 隙間から手のひらを忍ばせ、胸そのものへダイレクトに触れる。
 柔らかくて、指先で撫でるだけで十分反応するソコ。
 服の上からでも十分声は漏らすだろうが、無意識のうちに余裕がないと理解してたのかもしれない。
「いわゆる構ってほしがるヤツは大人だろうとなんだろうと一定数いるけどな、そういうのとは別で。案外つまんねぇってのもわかった。俺のすぐそばにいるクセに、ほかの男を気遣われンのが腹立つってのが」
「っ……」
「前も言ったけど、逆で考えろって。俺がお前といるとき、絵里ちゃんや羽織ばっか構ったらどう思う?」
 ボタンを外し肩を撫でると、暗いながらも素肌の白さは十分わかる。
 両肩をむき出しにして顔を寄せ、反応を確認。
 だが、まばたいた葉月は頬を緩めた。
「優しいなって思うけれど」
「……そうじゃねぇ」
 舌打ちで否定するも、葉月はくすくす笑うだけ。
 俺が言いたいのはそこじゃない。
 だが、指先で頬へ触れた葉月は、まるで大切な何かでも確かめるかのようにまじまじ見つめた。
「私を大切にしてくれるのは十分わかってるから」
「……あのな」
「でも、そうだよね。たーくんは、いつも私のことを優先してくれるから……私が気づかなかっただけかもしれない」
 わずかに表情を変え、『ごめんね』と続ける。
 別に謝ってほしくて言ったわけじゃないが、理解したなら十分だ。
「もしもそうされたら、きっと寂しく思うんだろうね」
「ま、ねぇけどな」
 肩をすくめ、パジャマをさらに胸元まではだけさせる。
 途端、慌てたように手を当てたが、ンなことされたところで止まれるわけがない。
 手に入らないと思ったものが、巡り巡って今ここにあるんだから。
「……ふふ。だから、優しいんだよ?」
「そりゃよかったな」
 どう答えればいいか悩むが、自分で納得してるならまぁいいか。
 口づける瞬間小さく笑うと、わかったらしい葉月も表情を緩めた。
「ん……ん、んっ……」
 意識してか、いつもより押さえられているような声の雰囲気が、余計に秘密めいて聞こえる。
 ふっくらした胸元を撫でるように手のひらを這わせ、主張し始める先端を弾くと、背中を震わせた。
 背中だけじゃない、か。
 ある意味全身で反応を見せるから、どこもかしこも手を伸ばしたくなる。
 敏感てのもあるだろうが、それとはまた違うんだろうな。
「ふ……ぁ」
 濡れた音とともに唇を離し、首筋へ寄ると甘い香りがした。
 あえて“丹念に”とも取れるよう唇を落とすと、声とともに反応を見せるのがきっと楽しいんだろうよ。
 焦らすわけではなく、確かめたい気持ちもあるのかもな。
 違う触り方をしたらどんな反応するのか、おもしろくて。
「っ……ん、ぁ……」
 鎖骨から胸へ舌を這わせ、先端を含んだ途端声が変わる。
 息遣いが荒い。
 無意識だろうがTシャツをつかんだ手の感触が伝わり、今どう感じてるかまるっとわかる。
 1時間強の間、どんなこと考えてた。
 俺とこうすること、微塵も考えなかったとは言えねぇんだろ?
 言葉で確かめる必要はなく、反応から十分わかる。
 俺は期待した。お前は?
 そう返したとき、葉月は口ごもったが、詰め寄ってたら答えただろうな。
 コイツは律儀で真面目で、自分の気持ちをストレートに口に出すから。
「は……やらけ」
「……んっ……たーく、ん」
 両手で胸を寄せ、揉みしだく。
 自分にはない柔らかな部分かつ、がっつり反応する部分。
 パジャマを腹まで脱がせ、そのまま下腹部へ手を伸ばすと、身体の下で葉月が小さく笑った。
「もう……どうして裸なの?」
「そりゃ、シてんだから当然だろ」
「……恥ずかしい」
「俺しか見てねぇじゃん」
「それが恥ずかしいんでしょう?」
 くすくす笑いながらTシャツへ触れられ、細い指先の感触にぞくりとする。
 くすぐったいのとは違う。
 それこそ、確かめるかのように触れられ、自身は当然反応した。
「っ……」
「いいぜ? 脱いでやっても」
「ぅ……そういうわけじゃ……」
「じゃあどういうわけだよ」
 腰を押しつけてから耳たぶを舐めると、くすぐったそうに身をよじる。
 胸をすくうように手のひらを這わせ、つんと上を向いた先を含むと柔らかく形を変えて、伴うように声が変わった。
「は……ぁ、あっ……んぁ……」
「……は」
「んんっ……たーく……んっ」
 えろい。
 ワントーン上がるのもそうだが、喉を締めるように漏れる声が、いかにもで。
 普段、ンな要素皆無だからってのは当然あるだろうな。
 コイツがこんな反応することも、されるがままに身体を預けることも、ほかのヤツらは想像もしなくていい。
「ん……ふ」
 片手で頬を包み、そのまま口づける。
 素直に従うどころか欲しがるように唇を開き、十分に舌を絡める。
 ときおり漏れる苦しげな吐息が、やけに女らしくて。
 ……初めてだな。
 部屋で女を抱くのも……欲しがるのも。
 セックスはある意味欲望と互いの利害の一致の果てでしかなかった。
 相手が変われば意味も大きく変わる、か。
「っ……ふ……」
 舌を絡め取り、味わうようにキスを続ける。
 ……不覚にも、わかった気がする。
 祐恭が言ってることが、少しだけな。
 確かに、切なげに名前を呼ばれて求められるのも、まぁ……そう悪いモンじゃない。
「ッ……ん……!」
 身体を押して唇を離そうとした葉月の顎を捉え、そのまま口づけを続ける。
 片手あれば十分。
 コイツと違って、十分足りる。
「は……ぁふ、っ……ん……! んんっ……!」
 不服上等。
 どうせ、この口を離せばさっきの続きみたいな文句のひとつふたつ出るのは想像つくから、あえてやめない。
 パジャマと一緒に下着を太ももまでおろし、閉じた足を無理矢理こじ開けて腕を入れる。
 拒むんじゃなくて、期待しろよ。
 あいにく俺は十分どころか、ガラにもなくがっつりそうなればいいと期待したんだから。

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