「……意外と片付いてるもんだな」
 片付けと称して出てきたまではよかったが、ガレージはほとんどいらないものも置いていなかった。
 それもそうか。
 今年は葉月が年末にいたこともあり、洗車したときにきっちり片付けたんだったな。
 不要になったバイクのオイルもそうなら、前の車のチェーンもそう。
 シャッターを開けたところで目に付く不用品はなく、結局降りてはきたが戻ることになった。
 ……がしかし、それも体裁は悪い。
 あーどーすっかな。
 外階段を上がりながら、次の手を考えはするが……まぁ出ないよな。
 玄関を開ければすぐにバレるし、かといって外も……。
「…………」
 庭だな。
 つってもま、あそこ何があるってわけじゃねーけど。
 今朝、葉月がほうきを片付けた物置には、そういやずっと弄ってないブツがいろいろつっこんであるはず。
 まさに開かずの扉。
 いにしえの何かが出てきそうな予感はする。
 ……そっちやるか。
 玄関を右に曲がり、すぐそこの扉を開ける……と、思った通りごちゃごちゃした感じに扉を閉めたくなった。
 が、これもまぁ機会なんだろ。
 しょうがねぇから、やるか。
 手始めに、つい最近引っ張り出したものの手入れせずしまい込んだ釣り道具一式を手に、ぐるりと庭へ回ることにした。
「…………」
 天気がいいことと、風が弱いこともあって意外と暑い。
 庭へ置きっぱなしだったキャンプ用の折り畳みチェアを開き、座ったままの作業。
 あー……錆びる前でよかったぜ。
 この間の日曜、やっさんと壮士と伊豆へ釣りに出かけた。
 車を出してくれたのは俺ではなく、やっさん。
 やっぱ、デカい車はガンガン荷物も詰めるしラクだな。
 帰りは当然店で飲みになったが、駅まで送ってもらっての夜はかなり快適だった。
 真水で洗いはしたが、記憶がそのへん定かではなく。
 ……でもま、きっちりやることはやったらしい。
 うろ覚えなあたり、相当飲んだのは確か。
 そういや葉月は翌日やたら『寒くなかった?』と聞いてきたが、理由を聞いたら真夜中に散々竿を洗うと聞かなかったらしい。
 ……全然覚えてねぇけど。
 あー、最近楽しい飲みはダメだな。
 しんどいヤツはセーブするんだが、無自覚で飲めるヤツはマズい。
 ……ま、いっか。
 しばらくは飲む予定もねぇしな。
「っ……」
 リールを巻き直し、ついでに数だけ増えたルアーの整理を……と思いきや、背後からデカい音が響いた。
 恐らくは、ボウルか何かをぶちまけたらしい音。
 ……何してんだアイツ。
 勝手口はすぐそこで、見ようと思えば当然見れるが……果たして。
「……あ」
「…………」
 薄く勝手口のドアを開けたら、すぐそこへしゃがんでいた葉月と目が合った。
 と同時に、案の定床に散らばってるボウルの数々が目に入る。
「何してんだお前」
「たーくん……そこにいたの?」
 かがんだまま、まばたきをしている葉月に眉を寄せると、俺の質問にはまったく答えず、意外そうな顔をした。
 ……悪かったな。
 つーか、ここにいちゃわりーのかよ。
 何も答えずドアを閉め……ようとしたところで今度はリビングのほうから祐恭が姿を現し、結局見つかるハメになった。
「大丈……あ」
「ンだよ」
 『あ』って、お前まで言うか。
 ……なんだろうな、この腹立たしさ。
 たった1文字なのに、すげぇ腹立つ。
 まるで、こんなトコにいちゃ悪いみてぇじゃん。
「……いましたね」
「だから言ったでしょ? スーパー、だって」
「っ……!」
 俺じゃなく祐恭を見た葉月が、次の瞬間小さく噴き出した。
 くすくす笑いながら、怪訝そうな俺を見て首を振る。
「……ンだよ。スーパーって」
「別に?」
 眉を寄せて祐恭を見るものの、肩をすくめてただ首を振るだけ。
 お前、何吹き込んだ。
 明らかに違う態度を見せられれば、そんなモン誰だってわかる。
 ……余計なことしやがって。
 つーか、ウチにずかずか上がり込んでおいて、ンだその態度。
 瞳を細めたまま舌打ちするも、葉月はそれ以上何も言いそうになかった。

「……はァ? クッキー作りに来たって……お前が?」
「そう言われると思ったから、黙ってたんだよ」
「いや、逆だろ。わざわざ隠してねぇでとっとと言えよ」
 こたつに入ってみかんを剥きながら、当然眉が寄る。
 半分に割ったみかんをほお張り、続けて残りもひとくち。
 すると、さっきのコーヒーを温めなおした葉月は、祐恭の前に紅茶のカップを置いてから俺の隣に膝をついた。
「羽織は、とっても喜ぶと思いますよ」
「そうかな?」
「ええ。私だったら、とても嬉しいです」
 にっこり笑ってうなずいた横顔を見ていたら、俺に気付いた葉月と目が合った。
 が、葉月はただ不思議そうに首をかしげるだけ。
 ……わかってねぇな。っとに。
 どこからどう聞いても『あてつけ』的なコメントだけに、俺にどう反応しろっつんだ。お前。
「つか、自分ちで作れよ。レシピなんていくらでもあんだろ?」
「そういう問題じゃないんだよ。俺は普段料理しないし、いくら手順踏んでたって失敗したら元も子もないだろ? だから、葉月ちゃんに頼んだんじゃないか。……馬鹿なの? お前」
「はァ? 失礼だぞお前」
 イチイチ『馬鹿』と付け加えて眉を寄せるコイツが、ものすごく腹立たしい。
 どうしてもお前、俺に喧嘩売りたいみたいだな。
 別にいいけどよ。そりゃな。
 葉月が止めさえしなけりゃ、いくらでも買ってやる。
「で? 終わったのか?」
「あとは焼けるのを待つだけ。……だよね?」
「はい」
 目の前で繰り広げられる会話に眉が上がり、また祐恭にイチイチ言われるところだった。
 さっきから漂っているバターの甘い匂いは、いかにも『菓子焼いてます』の主張。
 ……匂いだけはうまそうだけどな。まあ。
 つっても、祐恭が作ったってよりかは多少手伝った位のモンだろうから、味は平気なんだろうけど。
 ま、だから葉月を選んだんだろうが。
「…………」
 コーヒーを飲みながらカレンダーを見ると、ちょうど間もなくホワイトデーが待ち構えていた。
 すべては、アイツのため。
 ……おめでてーヤツらだな。
 ってあー、そういや野上さんのお返し忘れてた。
 つか、もろもろ全部な。
 あとでお袋に催促しとこ。
 俺の腹が痛まないように。
「焼けたらお前にも、ひとつ味見させてやってもいいけど」
「いらねぇよ。腹壊したらどうする」
「……もう。失礼だよ? たーくんてば」
「はいはい」
 つか、なんで葉月がつっこむんだよ。
 祐恭が言うならまだしも、お前に言われる筋合いはないっつの。
 眉を寄せて湯のみを両手で包んでいる葉月を見ると、反対側に座った祐恭がなぜか楽しそうに笑うのが見えた。
 ……クソ。
 お前のほうが、よっぽど失礼だっつの。
 ものすごく性格の悪そうな顔が見えないように頬杖を付いて視線をずらすと、意味ありげな目配せを葉月にしたのが目に入る。
 だから。それが気に食わねーっつってんだろ。
「……………」
 やっぱりコイツを葉月のそばに置くのは、百害しかねぇなと改めて思った。

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