「いやー、まじ助かった」
「……だからって、なんで一緒にメシ食うんだよ。おかしくね?」
「おかしくねーじゃん。むしろ、タイミングよかったろ? 俺が先に並んでてやったみてぇなモンじゃん」
 いつもと同じショッピングモール……のレストランフロア。
 覗くだけ覗いてみたら、カツ屋の前で壮士に会った。
 ……正確には、壮士プラス高校生5人とな。
 ずらりと制服を着込んだ連中に囲まれていて、顔はいかにも“先生”だった。
 が、聞こえてきた会話は『先生おごってよー』という冗談にも近いが半分本気めいたセリフで。
 大変だなと遠巻きに見ていたところ、がっつり目が合った瞬間『おせーよ待ってたぞ』と呼ばれてしまい、逃げるのが一歩遅れた。
 おかげで、普段まぁ食うことのないメンツで席をともにするハメになったわけだ。
「つか、葉月ちゃんこの店でよかった? どうせなら別のとこでもよかったんだけど」
「大丈夫です。入ったこともなかったので、ご一緒できて嬉しいです」
「っはー……かっわ。めっちゃかわいい。何この子。お前、ほんとなんなの? 腹立つ」
「ンだそのセリフ。お前のほうがよっぽど腹立つぞ」
 にっこり笑った葉月を見た瞬間、壮士は盛大なため息をついて俺に舌打ちした。
 あーやだやだ。
 ンな顔、さっきの教え子には一切見せねぇくせに。
 どうせなら、この店に保護者とかいねーかな。
 鷹塚先生の、裏の顔見ちゃったわ的な吹聴でも広まればいいのに。
「お待たせしました。ロースかつ定食おふたつですね」
 対面に座る壮士にまじないをかけていたところで、先ほど頼んだものが運ばれてきた。
 この店にきたら、ロースかつ一択。
 葉月にオーダーを聞かれてそう答えたら、壮士とハモって当然顔に出た。
 ……なんでそこまで似るかね。
 けらけらと盛大に吹き出され、ただでさえよくない機嫌が落ちるっつーの。
 …………。
 しかし、意外とうらないって当たるモンなのか。
 こんなことなら家に引きこもってればよかったとも思うが、家にいたらいたで唐突な来客があり、結局嫌な目には遭う。
 だったらまだ出たほうが無難だと思ったが、どうやら今週末は基本動いちゃだめらしいともわかった。
「……うわ。牡蠣フライじゃん」
「身体にいいんだよ?」
「そんなことで食うモン決めねぇし」
 葉月の前に運ばれてきたのは、ヒレかつと牡蠣フライのミニ定食。
 全体的に量が少なめなところ、店員へお願いしてさらに飯粒の量を減らしてもらっていたから余計少なく見える。
「なんだ。お前、牡蠣食えねぇの?」
「食える」
「は?」
「けどなんか……フライって、ぐちゃってすんじゃん。あの食感がアウト」
 別に牡蠣が嫌いなわけでも食べられないわけでもない。
 この間葉月が家で出してきたとき一応話はしたが、嫌なのは味でも見た目でもなく、食感。
 具だくさんのタルタルソースをがっつり乗せ、食感をごまかせば食べられる。
 ま、そこまでして食う理由はないから、基本牡蠣フライだけは避けていた。
 生牡蠣も蒸し牡蠣も食うけどな。
 フライは遠慮させてもらう。
「この間、牡蠣フライ作ったとき嫌そうな顔してたもんね」
「しょうがねぇだろ。なんか……あー、無理。かつ食お」
 くすくす笑われ、あのときの食感が戻った気がしてぞわりとした。
 かりかりの衣と柔らかい中身の組み合わせで許せるのは、クリームコロッケくらいだな。
 あれはうまいから許す。
「お前、めんどくせーな」
「はァ? 失礼だぞ」
「いや、失礼なのはお前だろ。出されたモン文句言わず食えよ」
「食ったっつの」
「あーやだやだ。かわいい嫁さんの手料理にケチつけるとかなんなの? バチ当たれ」
「うるせぇ」
 なんで対面で文句言われなきゃなんねぇんだよ。
 せっかく揚げたてのカツがあるのに、食欲失せるからやめろ。
 つか、普段なんでもねぇくせに、なんでコト葉月になるとどいつもこいつも口うるさくなんだよ。
 あー腹立つ。
「葉月ちゃん、コイツ甘やかせなくていいから。嫌になったらいつでも俺ンとこ来ていいよ」
「ふふ。ありがとうございます」
「いや、そこはきっちり断れよ。馬鹿か!」
「あーいけないんだ。DV認定」
「お前も黙って食えって!」
 くすくす笑ったままの葉月に、壮士はまるで内緒話でもするかのようにこそこそと何かを伝えた。
 瞬間、目を丸くした葉月におかしそうに笑われ、当然イラっとする。
 つかお前もお前だ。
 なんで壮士だの祐恭だのに、そーやってほいほい操られンだよ。
 もちっと自覚しろ。
「いいから食えって。買い物すんだろ」
「へぇ。葉月ちゃん何買うの?」
「スーツを見にきたんです」
「……っち。情報漏らすな」
 躊躇なく情報を開示していく葉月に舌打ちすると、壮士はまたやいのやいの言い出した。
 コイツ、絶対遊んでるだろ。腹立つ。
 だが、ひとつ不思議なのはこんだけ喋ってるのに飯が十分減ってること。
 器用だな。
 まぁもしかしたら、普段の……それこそ給食とかか。
 そういうので培ったなんかかもしんねーけど。
「いいね。俺も付き合おうか」
「ンでだよ。食ったらとっとと帰れ」
「いやー今日暇だし。本屋行くくらいだから」
「じゃ本屋行って帰れよ」
「……っく。お前、っとにおもしれーな」
「はァ?」
 壮士を見ずにカツへ箸を伸ばしていたら、たちまちおかしそうに笑われた。
 くっそ腹立つ。
 つか、人に箸を向けるな。馬鹿かお前!
 葉月に対しても何か吹き込んでおり、当然眉は寄る。
「あーおっかし。妬くなって。さすがに取ったりしねぇから」
「はァ? 誰が妬いてンだよ。頭だいじょぶか?」
「葉月ちゃん、知ってた? コイツ見た目に反して相当嫉妬深いぜ」
「違うつってんだろ!」
 あーイライラする。
 つか、お前もとっとと食えって。だから。
 くすくす笑いながら俺と壮士とを見比べている葉月を視線だけで促すも、目が合うとさらに笑われ居心地はかなり悪い。
 ……あーやっぱ家にいたほうがよかったか。
 つぼに入ったソースに手を伸ばすも、割と大き目のため息が漏れた。

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