「あー、うまかった。やっぱ、かつ食うならこの店だな」
「それな」
 意外なことに、葉月が食べ終えるのと壮士が食べ終わるのはほぼ同じだった。
 マメだよな、ほんと。
 俺と出かけたときは10分でも食い終わるとか言ってたのに、相手に合わせるとこはホント律儀でマメだと思うぜ。
 葉月もそれはわかったようで小さく礼を伝えていたが、壮士はからから笑うと『話すのが楽しくて食いそびれただけ』と手を振っていた。
「おいくら万円だっけ?」
「あー、税込みで……」
 伝票を取ろうとしたら、葉月が先に手を伸ばした。
 普段、まずしない行為だけに目が丸くなる……が、葉月が財布からこのレストラン街で使える食事券を取り出したのを見て、さらに驚いた。
「これを使わせてもらえませんか?」
「いや……いやいや。それはまた別のときに使いなよ。あー、ほら。孝之が夕食にケチつけたとき、食いにこさせるのはどう?」
 ぺらりとテーブルへ置かれた、三千円分の商品券。
 これまで葉月がその類を出したのを見なかったこともあり、意外さに眉が寄る。
「え、お前これどうした?」
「さっき、瀬尋先生にいただいたの。受け取れないって何度もお伝えしたんだけど……。たーくんからも、今後は何もいらないって伝えて? じゃないと、お手伝いできなくなっちゃうから」
 それこそ意外な人物の名に、口が開いた。
 ……てことはアレか。
 対価じゃねぇけど、置いてったってことか。
 あー……アイツらしい。
 そんでもってどうせ『たまには孝之に連れてってもらって』とかなんとか言われたんだろう。
 ……ったく。
 俺には一切ンな情報伝えないところも、らしいと思う。
 よっぽどマメじゃん。アイツのほうが。
 聞いた以上は、仕方ねぇから礼言っとくか。
「俺はいいよ。またふたりで食べにくるとき使って」
「期限もあるものなので、せっかくですから使わせてください」
 テーブルへ札と小銭を置いた壮士を見て、葉月が首を振った。
 かと思えば、ちらりと伝票を見て札だけを返す。
「こちらだけいただきますね」
「けど……」
「ふふ。一緒に食事できて、とっても楽しかったです」
 いつもと同じ口調。微笑み。
 柔らかいのに有無を言わせない雰囲気があるところは相変わらずコイツらしくて、だがきっとそれを知らない壮士にとっては意外に映ったんだろう。
 『へぇ』と口にするとそれはおかしそうに笑った。
「葉月ちゃんってさ、男前って言われることない?」
「え?」
 財布を持ったまま、壮士が表情を緩めた。
 意外そうっつか、まるでおもしろい何かを見るかのような、そんな興味ありげな顔。
 そういや、やっさんの店で初めて会ったときも、話してる途中こんな顔したっけか。
「コイツよりよっぽど男前」
「っ……」
 デジャヴかそれ。
 数時間前にもまったく同じセリフを聞いた気がして、あのときの感情が再び蘇る。
 もやもやして、なんかイラっとするアレ。
 眉を寄せたままの俺を見て、壮士は小さく吹きだした。
「お前、捨てられンぞ」
「はァ? 最悪な上にすげぇ失礼だぞお前。つかンなこと言われる筋合いない」
「しょうがねぇじゃん。うっかり素で本音出ただけだ」
「……もう。たーくん、言葉遣いよくないよ?」
「いや、つっこむトコそこじゃねぇだろ」
 まったく悪びれる様子なく肩をすくめた姿に舌打ちすると、逆に葉月が俺をたしなめた。
 目の前でコキ下ろされた俺の気持ちもちったぁ考えろ。
 ……ち。
 優人といい、祐恭といい……壮士といい。
 なんで俺の周りのヤツらに対して、葉月は俺を注意すんだよ。
 逆だろ? むしろ俺をかばってくれてもよくね?
 ……ったく。
 人のことなんだと思ってんだコイツは。
「ま、これ以上つっこむと泣かれても面倒だから、本屋行くわ」
「とっとと行けよ。暇なんだろ?」
「暇じゃねぇよ。こちとら仕事だ」
「仕事?」
「まっとうに仕事してるんで。指導書買いに行くの」
「……仕事してたのか」
「その顔腹立つ」
 敢えてぽつりと呟いてやると、さすがに壮士が舌打ちした。
 が、俺と違って顔には出さず、口角を上げたまま。
 ホント、一緒にいる人間によって態度変えるモンだな。
 疲れねぇのかと思いはするが、きっとコイツにとってはこれが当たり前なんだろう。
 ふたりで湯河原へ行ったときとは違い、ずっとくだけたままの印象。
 無意識だろうが、今は葉月が隣にいるから“これ”を続けるだけの意味があると踏んでるんだろうな。
「葉月ちゃん、ご馳走様。今度違う形でお礼するから」
「いえ、そんな。私ではなく、たーくんとまた出かけるときにお願いします」
「やーそれは難しいな。コイツめんどくさいもん」
「うるせーよ」
 からから笑った壮士が手を振り、律儀にも葉月はぺこりと頭を下げた。
 当然あいさつなんてなし。
 きびすを返す瞬間、指さされて『その顔』と笑われたが、舌打ちするにとどめる。
 ……ま、当然のように葉月はまた眉寄せたけどな。
 しょうがねぇだろ。これが俺だ。
「っあ……」
「アイツのせいで、だいぶ時間食ったな」
 左手を取り、エスカレーターへ。
 今日のメインは、ここから。
 スーツを買うつっても、既製品でいいのかそれともコイツがきっちりこだわりたいのかは、そういえば聞かなかった。
 俺の中で、スーツといえば浮かぶのは当然、恭介さんで。
 スーツ姿はそう何度も見てはいないが、彼はかなりこだわりのある人。
 きっと、普段の姿を見ている葉月ならば、見るチカラはそこそこ肥えているだろうとは思ってる。
 入学式に恭介さんたちが来るかどうかはわからないが、ぺらぺらのヤツを彼が見たら、ひとことふたこと……もしくはもっと言うだろうよ。
 ましてや俺が付き添ったと知ったら、なおさらな。
「アテは?」
「たーくんはいつも、どこで買うの?」
「ローテーション組んでも結局毎日着るし、買い替えやすいとこでしか買わねぇぞ」
 物持ちのよさも大事だろうが、消耗品に変わりはない。
 座り方にもクセがあるし、チカラがかかるポイントはきっといつも一緒。
 摩れてくるところも、そう変わらない。
「じゃあ、そこを教えてくれる?」
「言うと思った」
「え?」
「いや、なんでも」
 こっちの話だ。
 葉月は、自分の意見を口にするというよりも人に合わせる傾向があると勝手に思っていた。
 だが、実際は違うらしいと一緒にいるようになってわかった。
 人に合わせるのではなく、自分なりにメリットとデメリットをきっちり把握したうえで、ちゃんと選んでるってことが。
 自分でも調べただろうが、こうして俺にも聞くことでいろんな情報からはじき出すんだろう。
 ……マメなやつ。
 手を繋いだまま笑うと、視線が合ってすぐ葉月もどこかくすぐったそうに笑った。

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