「どんなのがいいとか、あるか?」
「んー……スーツはどうやって選んだらいいか、よくわからなくて」
普段、スーツもそうならワイシャツも買うことが多いこの店。
メンズのほうが種類は多いが、当然レディースもある。
この時期ってことも関係してるのか、いつもよりずっと混雑していた。
入学式までは、あと2週間と少し。
既製品ならもちろん今日で間に合うが、オーダーってなるとギリギリかもな。
「……わ。かわいい」
店に入ってすぐのところにかかっていた白いブラウスに、葉月が手を伸ばした。
胸元に装飾が施されている、シフォン素材のもの。
あー……好きそう。
まじまじ見つめる横顔は、楽しそうだと思えた。
「そういう手もあるな」
「え?」
「そっち選んでから、合う柄でスーツ選べばいいんじゃね?」
白ならどんな柄とも合うだろうし、これ1枚で着てもおかしくないデザイン。
7分丈だし、それこそ初夏手前くらいまでなら平気だろ。
「何かお探しですか?」
当然のように店員が寄ってきて、俺ではなく葉月へ声をかけた。
背丈が変わらないこともあってか、彼女が着ているスーツを葉月がまじまじと見つめる。
それを見て把握したようで、『よろしければこちらにもありますよ』と店の奥へ案内した。
「わ……いろんなのがあるんですね」
「今でしたら、試着室も開いてますので、好きなものを合わせてみてくださいね」
紺、グレー、黒だけでなく白や明るい色まで。
……ああ、入学式ってそういや保護者もスーツか。
葉月とは異なる年代の面々が同じように見定めていて、そういやお袋も似たスーツ着てたなと一瞬思った。
「試してきていい?」
「あ? ああ。つか、はえーな」
とんとんと腕に触れた葉月は、俺の言葉に苦笑を浮かべた。
手にしているのは、濃いグレーのスーツ。
近くで見ると細くストライプが走っていて、一瞬デジャヴを感じる。
……あの柄、どっかで見たな。
ぱっと出ないが、記憶にはある。
クセのようなもので腕を組むと、店員に案内されて葉月は試着室へと消えて行った。
週末とあってか人の出は多く、シーズンものでスーツを見に来たらしい親子やカップルが多い。
せっかくだし、ワイシャツ買って帰るか。
タイムセールの掛け声とともに店頭へ出されたワゴンを見ながら、ふとそんなことを思った。
「たーくん」
「あ?」
意識がそっちへ向いていたこともあり、小さく呼ばれて振り返ると、カーテンを両手で押さえたまま葉月が顔だけを覗かせていた。
「どうだ?」
「えっと……」
口ごもるような言い方が気にはなったが、片手でカーテンを開け……たところで、納得。
「あー……」
「……どうかな?」
「えろい」
「っ……もう、たーくん!」
一般的なスーツそのもの。
タイトスカートと上着のセットだが、ボタンの留められている上着が明らかにきつそうだった。
……胸が目立つ。
さっき手にしていたブラウスはゆとりがありそうだが、上着がダメだろ。それ。
腕や肩周りは問題ないだろうが、一点だけ。
どうしたってそこへ目が行く。
「お前、背がないのにソレとか、バランスよくねぇな」
「もう。そう言わないで」
困ったように上着のボタンを外すが、そうやって着るわけにはいかないのがスーツ。
ほどなくして店員も確認に来たが、改めて葉月がボタンを留めたところで、『少しサイズが小さいですかね』と眉を寄せた。
「…………」
「…………」
「……なんか、こないだの思い出すな」
「この間って?」
「お前がネクタイ解けなかったとき」
ワンサイズ上の上着を店員が持ってきてくれ、ボタンを留めても胸元に十分なゆとりはできたものの、袖が伸びたことでアンバランスさは目立つ。
ついこの間、俺の上着を羽織らせたあのときが蘇って、小さく笑いが漏れた。
「もう。たーくん」
「悪い」
ひらひら手を振り、葉月だけでなくどこか困ったような顔をした店員へ向き直る。
既製品がアウトなら、残りの選択肢はひとつ。
そもそも、最初からそれにすりゃよかったんだよな。
普段、俺だっていつもそうやって買ってるんだから。
「今日のオーダーで、4月に間に合います?」
「大丈夫です。明日までのご注文分は、間に合いますので」
タブレットを開いた店員が、こくこくうなずいた。
なら、それだな。
葉月に向き直ると、どこか意外そうな顔を見せたが、恭介さんなら最初からこっちを選んでた気がしなくもない。
大学の入学式に備えて俺がスーツを仕立てることにしたとき、彼にはすすめられたからな。
「オーダーって……スーツを?」
「既製品じゃお前のサイズ難しいだろ。好きな柄も布も選べるし、いいんじゃねーか」
昔とは違い、セミオーダー式がかなり広まった。
実際、値段もかなり手ごろになっていて、それこそ既製品を買うのと大差はないほど。
元々物持ちがいいんだから、どうせなら数年きっちり着られるものにしといたほうが外れもねぇだろ。
「そんなふうに買うこともできるんだね」
「サイズだけ測ってもらえ」
「ん。ありがとう」
それはそれは感心したように笑った葉月に、店員が改めて声をかけた。
好みの布や柄の組み合わせをタブレットでやるらしいが、その前に採寸をしたいとのこと。
そりゃそうか。
ジャケットの上着を脱いだところで断ってから店員が一緒に入り、カーテンが閉められる。
……しかし、アイツ着る服考えねぇとなかなかアウトだな。
普段、ぴったりした服を着ないせいか気づかなかったが、あんな格好してたらそれこそ恭介さんにどやされる。間違いなく。
「……気をつけよ」
両手を組んで俺の前に仁王立ちする姿がふいに思い浮かび、違う意味で自戒のセリフが漏れた。
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