「よかったな、早めに届きそうで」
「うん。たーくん、ありがとう」
「俺は何もしてねーぞ」
家の車庫へ車を停め、外階段へ向かう途中。
もはやいつもの流れかのように、葉月はポストを覗いた。
会計を済ませたあとに受け取った納品予定日は、3月末。
オーダーだし、受け取るだけなら俺が仕事帰りに寄ればいいかと思い、葉月ではなく俺が受け取っておいた。
時間は16時を回っているが、今日は……羽織帰ってくんのか?
絵里ちゃんのところへ行くと言っていたが、そのあとは聞いていない。
親父とお袋は例の如く今日は朝から出かけていて、夕食もいらないと言っていた。
「夕飯の買い物、してこなかったけれどよかった?」
「腹減ってねぇしな。なんか、軽めでいい」
「そうなの?」
「昼、がっつり食ったし。それこそ、腹減ったらクッキー食えばいいだろ」
家を出る前の話を口にすると、先に階段を上がっていた葉月が振り返って笑った。
……そういう顔をすんな。
肩をすくめて段を上がり、玄関へ。
「じゃあ、コーヒー淹れるね」
「ああ」
鍵を取り出すと、隣に並んだ葉月は俺を見上げてどこか嬉しそうに笑った。
「……こんな感じ?」
「わ、羽織やっぱりセンスあるね。色合いがとってもきれい」
「そうかな? えへへ。ありがとう」
17時過ぎに帰宅した羽織は、当然ながら祐恭がウチへ来たこともその目的もまったく知らない様子だった。
ちょうど葉月が作ったクッキーを食べてたのを見て、『おいしそう』とひとつねだっただけ。
それを見て葉月はますます週明けの反応が楽しみになったらしい。
ま、どうでもいいけど。
結局夕飯はあるもので済ませ、おのおの自分の時間を過ごし始めはした……が、ふたりそろってリビングでなにやら工作を始め、21時になろうとしているにもかかわらずまだやり取りを続けていた。
「…………」
羽織の卒業式に祐恭が渡したという、薔薇の花束。
赤一色のそれを、葉月はドライフラワーにする提案をした。
いわゆる、逆さにつるすやり方ではなく、専用のシリカゲルを用いて作る方法。
それだと色褪せることなく、限りなく生花に近い形で残すことができるらしく、受け取った当日に何本かその方法で残してはどうかと伝えていた。
自分のことじゃねぇのにまぁマメだなと思うが、そういうところはきっと“らしい”んだろう。
せっせと羽織にやり方を伝え、すべて自分の手でできるように手ほどき。
今やってることとも……そして、日中祐恭へやっていたこととも重なり、ホント律儀でマメだなと感心したが、もうひとつは別の感情。
あのときも思ったが、なんでそこまで相手のために動こうとするんだかな。
解せないわけじゃないが、時間も手間もかかるやり方だけに、俺とはまるで違うなと感じる。
きっと自分がやったほうがてっとり早いだろうに、それはしない。
アイツがするのは魚を取ってやることではなく、取り方を教えうまくできるように導くほう。
結果を渡すのではなく、工程を伝えて育てていく様は、さながら教職に就く連中のようにも見えた。
……あー、もしかしなくても俺に足りなかったのはそこなんだろうよ。
教職課程を取ったにもかかわらず、司書へと大きく方向転換。
教育実習も行ったし、あれはかなり楽しかったが、家庭環境含めた根っこの部分まで支えてやろうとする先輩教師や、今ある力を最大限伸ばしてもっと高みへ導こうとする姿は、俺にはない熱意だと感じた。
「こんな感じでいいかな?」
「底にもしっかり花材が入ってるから、あとは静かにオイルを注げば大丈夫だと思うよ」
器になっているボトルは、背のあるものや丸みを帯びたものと種類は様々。
こたつの上に広げられている様は、まるでアレンジメント教室のようにも見える。
……マメだなホント。
ドライフラワーをもとに作っているのは、ハーバリウム。
羽織がもらった赤い薔薇のみが詰められている瓶もあれば、葉月が用意したらしいほかのドライフラワーが入っているものもあり、テーブルの上には5,6個ほど乗っている。
葉月が花を好きなのは知ってるし、庭や花壇が変わったこともあって、お袋や親父だけでなく、近所の面々もなんとなくは知ってるんだろうよ。
どうやら好きなのは花を用いた全般らしく、俺にはただただ『マメ』としか映らない。
好きこそものの、の典型だな。
料理もそうなら、菓子もそう。
ついでにこういう工作系も好きってことは、“つくる”ことに価値を見出してるんだろう。
俺とは違うタイプだが、だからこそ感心はする。
……感心はするが、だ。
「…………」
今日1日中、それこそ“誰か”のために動きっぱなし。
集中している羽織の隣で、小さくあくびをしたのが見えてため息が漏れた。
羽織は早めに風呂を済ませたが、葉月は服のまま。
普段、22時には眠くなるくせに、まだ自分のことすら終わってない。
……優先順位はどうしたよ。だから。
昼間口にしたことを、再度言うべきか考えはするが、まぁ言うよな。確実に。
もう一度あくびが出たのを隠すかのように、キッチンに向かった葉月のあとを追う。
「……お前、自分のこと先にやれって。だから」
「え?」
眠そうに見える。が、飲み物を手に戻ろうとしたらしいとわかり、誰宛てかわからないイラっとした感情が湧く。
思い返してみれば、こんな思いばかり。
昨日の朝の自治会長もそうなら、祐恭もそう。壮士もそう。
……最後の最後で羽織か。
どいつもこいつもを優先し、葉月は自分を後回しにした。
朝もわずかな時間だからと薄着で出たにもかかわらず、話をしたがる自治会長に合わせた。
出かける予定があったにもかかわらず、祐恭のニーズを優先した。
壮士との時間は、まぁ飯を食う自体は合致した目的だったが、葉月はあえて会話を楽しむかのような質問を繰り返し、結果的に長い時間をともにした。
で、羽織にいたっては、きっと今日でなくてもよかっただろうに、『限られた時間だから』を理由に優先させた。
肝心の“お前”の時間はどこにあんだよ。
聞けばきっと『楽しいよ』と笑うだろうが、そういう問題じゃない。
少なくとも今日、葉月が自分のために動いたのはスーツを買うためのあのときだけだった。
「っ……」
「誰かのためもいいけど、お前自身も大事にしろ」
あれこれ言っても、性格の一部とあってそう簡単に変わらないだろうが、意識すれば少しずつ変えられるはず。
少し強めに頭を撫でると、俺を見て『そうだね』と苦笑を浮かべたからそれ以上は言わないことにした。
|