「…………」
 昨日から、丸1日経った現在。
 ……にもかかわらず、恭介さんへどう伝えればいいか悩んだまま答えは出ていない。
 いや……どう言えっつーんだよ。
 おかげで、昨日は仕事中もそれどころじゃなくてすげぇ困ったぜ。
 葉月からは『私が言おうか?』とも言われたし、いやそうだけどそうじゃないって話で。
 お前はお前として父親には言っておいて然るべきじゃねぇかと思うが、問題は俺だろ。
 あー。
 なんて伝えればいい。
 つか、さすがにメッセージアプリで送るのは嫌なんだけど。
 かといって電話で言える自信もなく……つか、即レスポンスは死あるのみじゃん。
 となると……メールしかねぇな。
「…………」
 部屋のパソコンに向かったまま、かちかちと点滅を繰り返すバーを見つめる。
 こうして打ち始めてから、小一時間。
 ……というのはいくらなんでも言いすぎだが、軽く10分は経ってる。
 まさかコレほどまでに頭を使うとは思わなかった。
 いや、むしろメールを出す前からこんなに重たいとは……。
「…………」
 恭介さんは、俺と葉月のことをまだ知らない……んだよな?
 女将は、『美月さんに聞いた』と言っていた。
 が、特に葉月が何か言ったわけではなく、彼女の推測の範疇。
 とはいえ、わかるんだろうよ。まぁそりゃあな、アイツが俺を見てどんな顔してるかなんて、俺だってわかってんだから。
 美月さんは……恭介さんには言ってない、はず。
 でなければ、これほど平穏な日々は訪れていない。
 はー。
 いくらため息をついてみたところで、何かが変わるわけもなく。
 勝手にキーボードが動いてメールが作成されるでもない。
「……やるしかねぇんだよな」
 いや、わかってるけど。
 とりあえず、送信先が彼のパソコンアドレスなのを再度確認し、キーボードへ両手を置く。
 拝啓 叔父貴さま。
 こんなふうに個人的なメールを送ることになるとは、正直思わなかった。
 あえてパソコンに宛てたのは、スマフォだと直接的すぎて悩ましいからってだけ。
 こっちを選ばせてもらったことは、勝手ながら許してもらいたいと思う。
 流浪葉から、まるっと1週間が経ったけど、葉月は変わりなく過ごしてる。
 時々、恭介さんや美月さんから送られてきたメッセージや写真を見せてくれながら、楽しそうに話してはいるし、あのときの時間がいいものだったんだとは思うよ。
 大学の手続きも済んでるし、家でうまい飯は作ってくれてて、それはお袋も親父も感謝してる。
 昨日も俺の朝飯を準備してくれたし、ほぼほぼ毎日のように葉月が朝俺を起こしに部屋までくることもあって、スヌーズをかけなくて済む……って、これは書いたらマズい気がする。
 事実ではあるが、伝えなくていい事実もある。
 そりゃ、わかってるけどな?
 そもそも、なんのつもりでメール書いてんだ、って話だし。
 現状をストレートに恭介さんへ話す必要は絶対。
 だが、ものには順序がある。
「はー……キツい」
 さっきから、ずっとこうだ。
 書いては悩み、書いては頭に違うことが浮かび、一向に進まない。
 本当に書かなきゃいけないことは単純で、短い文字列なのにな。

 葉月に告られて、付き合うことになった。

 ただそれだけ。
 ……さすがに、『キスまで済んだ』とは言えない。
 言えるはずがない。
 そこは、恭介さんは知らなくていいこと。
 大事に大事に大事に誰からも守り抜いてきた愛娘が、突然彼氏が云々だけでなく、キスまで済ませたと知ってみろ。
 比喩でなく俺の首が飛ぶんじゃねぇか。
 じいちゃんちの道場で、日本刀を手にそれはそれはきれいな線で巻き藁を断ち切った昔の恭介さんが浮かび、ぞくりと背中が震えた。
「…………」
 葉月がこっちに来ることが決まったとき。
 恭介さんには、とにかく『葉月を守ってくれ』と頼まれた。
 守るってのは当然男関係然り……もしかしたら、郷中美和関連のもあったのかもな。
 ヘタなヤツに絡まれないように。
 妙な輩を近づけないように。
 特に恭介さんは、そのことをひたすら心配していて。
 日本の若い男はよっぽどダメだと思っているらしく、なぜか否定的な感情しか抱いていない。
 だから、俺は目付役として抜擢されたワケだ。
 ……まぁ、抜擢ってほどでもねーけどな。
 なんつったって、葉月のそばにいても手を出さずかつ、恭介さんへの忠義心のようなモノを持ち合わせている人間なんて、俺くらいなモンだろ。
 合理的かつ、手っ取りばやかったんだろうな。
 恭介さんなら、間違いなくそう言うはずだ。
「…………」
 本来は手を出しちゃマズい相手だったんだろうよ、そりゃあな。
 けど、しょうがねぇじゃん。
 好きになるってのがどういうことか、理解したんだから。
 ついでにうっかりキスをし、べたべた触るまでになったってだけ。
「……はー」
 両手を頭の後ろに組んでから、椅子を軋ませて背にもたれる。
 思ってることをそのまま字にしてくれたら、どれだけラクか。
 ……いや、むしろそのほうが危ねぇか。
 思ってることつらつら書かれたら、うっかり恭介さんのせいにしかねない。
 『俺に預けた恭介さんも悪いんだぜ?』なんて書いたりしたら、ドアを蹴破られそうだ。
「はー……書くか」
 せめて1週間くらいは、恭介さんがなんらかのトラブルでメールチェックできませんように。
 つか、いっそこのアドレスがあっちに置いてきてあるパソコンでありますように。
 そんな想いを1文字1文字にひたすら込めながら、簡単に顛末を並べていく。
 ……大人になったな、俺も。
 いわゆる腹をくくった状態ってコレか、とある意味理解もしたけどな。

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