「…………」
 わかんねぇ。
 つーか、すっかり忘れてたぜ。
 そういや、パスコード失敗するとロック時間発生するんだったな。
「……はー」
 すっかり充電が100%になった恭介さんのスマフォを見ながら、盛大にため息が漏れる。
 結局、ふたりの生年月日でもそれらをもじったものでもなく、心当たりある数字はすべて試したが失敗に終わった。
 となると、もはや完全に彼が自分のみで覚えている数字なんだろうな。
 あー。わかんねぇ。つか無理じゃん。
 スマフォの解除まで、あと50分。
 この間で恭介さんに帰宅されたら、即アウト。
 俺が弄くってたのがバレ、なぜやったかを説明しなきゃならず、結果的にダブルでキレられる未来しかない。
「……やべぇ」
 どうすっかな。
 ここで帰宅されたらアウト。
 となると、もいっこの方法を発動するしかない。
 今日、恭介さんは暇だと言った。
 帰宅後新たな用事がなければ、彼は当然スマフォを回収して帰るしかない。
 だったら、新しい用事を作ればいいだけじゃん。
 俺ができることは、ひとつ。
 リスクはかなりデカいが、彼とともに行動しておけばいくらでも時間は引き延ばせる。
 俺の腕次第、ってな。
「……あ、もしもし。わり、今いいか?」
 スマフォから学生時代の友人を探し、通話開始。
 今の時間は確実に仕事だろうが、個人携帯で連絡が取れたからこそ、運は俺にあるとみた。
「いや、実はさちょっとだけ頼みがあンだよ」
 湯河原のとき、恭介さんは言った。
 新しい車を買う予定だ、と。
 だったら、どうせ暇なんだし今日行けばよくね?
 勝手な都合と解釈ながらも、使えるもんは使うぜ。そりゃな。
「っし……!」
 来店予約を取りつけ完了したことで、改めて笑みが浮かぶ。
 勝機はまだこっちにあるな。
 ロック解除までだいぶ時間はあるが、これならいつ帰ってこられても慌てずに済む。
 さっきまでとはまったく違い、ああそろそろコーヒーでも飲むかって気になる程度にはメンタルが回復していた。

「おかえり。早かったな」
 3人が帰宅したのは、それから30分ほど経ったときのこと。
 葉月も羽織も服屋の紙袋を手にしており、恭介さんは……多分本屋だな。
 知ったロゴの袋が、やたら分厚く膨らんでいる。
「……なんだ?」
 パタパタと羽織が2階へ駆けていき、いつもと違う様子に眉は寄った。
 が、同じく葉月が心配そうに見ており、目が合うと小さくため息をつく。
「それが……実は瀬尋先生に会ったの」
「祐恭に?」
 思ってもなかった言葉だったが……あー、なるほどね。
 恭介さんになんか言われたか。
 ま、たまにはいいんじゃねーの。
 いくら両親が元そういう関係だつっても、現職の教師が教え子に手ぇ出してんだし。
 ましてや、今はセンター後とはいえ試験中。
 これで、ちったぁ羽織も気合入れなおしたほうがいいんじゃねーか。
「お父さん、瀬尋先生にとっても失礼なこと言ったんだよ」
「まぁ、しょーがねーんじゃねーの? 自業自得」
「……もう。何もそんな言い方しなくても……」
「いや、祐恭だってそのへんのリスクわかったうえで、やることやってんだろうし。文句は言えねぇだろ」
 そりゃ、多少は気の毒だと思うけどな?
 あの恭介さんにバレたってことが。
 でもま、彼だからよかったようなモノ。
 学校に通告されないだけ、マシだと思わなきゃダメだろ。
 なんせ、お互い承知の上で懲戒免職免れないようなことしてんだから。
「……けど、まさかあんなことになるなんて思わなくて……」
「んで、部屋に引きこもってるってワケが」
「きっと、電話してるんじゃないかな? ……可哀想なことしちゃった」
 しゅん、と肩を下げて心底からそう思っている葉月を見つつも、まぁこればっかりはしょうがねぇな。
 たまには、真正面から反対される気持ちを味わったほうがいいと思うぜ。
 どんだけ日常恵まれてるか、知るためにもな。
「別に、お前が気に病むことじゃねぇじゃん」
「……でも……」
「つか、祐恭は恵まれすぎなんだよ。親父らにも何ひとつ反対されなかったし。……ほら、言うだろ? 障害は多いほうがイイって。たまにはいい薬だ」
 羽織と祐恭はまぁほっといても平気だろうが、俺の場合はそうもいかない。
 恭介さんのスマフォの解除まで、まだある。
 今彼に渡すわけにもいかないし、シロモノを見せるわけにもいかない以上、次の作戦を実行すべくリビングへ足を向ける。
 が、ソファへ座った恭介さんが先に口を開いた。
「孝之。充電済んだか?」
「っ……」
 そりゃそうだ。当然だろ。
 彼がここにきた理由は、充電のためなんだから。
「それが、もうちょっと掛かりそうなんだよ」
「別に、フル充電じゃなくてもいいぞ?」
「いやー、ほら、バッテリー消耗してるじゃん? そういうときは、あんま中途半端にしないほうがいいって聞いたことある」
「……そうか。なら、もう少し待たせてもらおう」
 それっぽい言い訳を口にすると、恭介さんがすんなり信じてくれた。
 いや、そりゃな? 今のセリフが100%嘘だとは思わない。
 寿命があるシロモノだし、使い切ってから充電ってのが一番持つってのも聞いたことはあるし。
 だが、今の場合は……な。
 大事なミッションのためなら、どんなモンでも使うしこじつけてやるぜ。
「そういや恭介さん、このあと暇ならちょっと出かけねぇ?」
「なんだ。今日は随分構ってほしがるな」
「いや、そういうんじゃねぇけど。ほら、車見に行くつってたじゃん? 俺さ、知り合いにディーラー勤めしてるヤツいるんだよ。どうせなら、いろんな車種見て決めたほうがよくね?」
 言われてみれば、確かに。
 この歳になってからは、さすがに恭介さんと『どっか行こう』と言わなくなった。
 自分で運転もできるし、趣味もある。
 あとはまぁ、恭介さん自身忙しいだろうなってのもあるが……鋭いな。
 午前中は葉月と羽織に相手をさせ、午後は俺がじきじきに。
 まぁ、どう考えたってはりきりすぎだとは思うぜ。
 不審がられても無理はない……が、今だけはうんと言ってもらいたい。
 そもそも、恭介さんにとってそんなに悪い話じゃないはずだしな。
「そのディーラーってのは、どこにある?」
「藤沢」
「隣か……まぁ、いい。それじゃ、あとで行くとしよう」
「あとって……!」
「コーヒーくらい飲ませてくれ」
「あ……あー、いや全然。了解」
 苦笑した恭介さんへ慌てて手を振り、内心胸をなでおろす。
 あとってなんだよ、何時だよ! と思ったのがモロバレらしいが、まぁ大事には至らなかったし結果オーライってとこだな。
「葉月。コーヒーかお茶もらえるか?」
「ん、ちょっと待ってね」
 ソファへ背を預けた恭介さんを見つつ、キッチンへ移動。
 大丈夫だ。問題ない。
 悪いことなんて、何も起きない。
 充電はとっくに終えてるが、彼の手に渡るのはここを完全に離れるときがベスト。
 どうやらバスでここまできたらしいし、帰りは送っていく……いや、車内は危険だな。
 それこそ、逃げ道が断たれる。
 となると、申し訳ないけど恭介さんが家を離れるのと同じタイミングで、俺も避難ってのがベストか。
 よし。
 腕を組んだままこのあとの流れをシミュレートすると、どうやらラストが声に出たらしく、目が合った葉月が少しだけ不思議そうな顔をしていた。

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