藤沢の国道沿いに建つ、デカいディーラー。
 黒を基調とされた建物のせいか、威圧感はハンパない。
 つか、まぁ間違っても俺ひとりじゃこねぇとこだな。
 それこそ流浪葉と同じ匂いが漂っているように思う。
「どこへ連れてかれるのかと思えば、こことはな」
「あー、ごめん。言わなかった」
「まぁいいさ。ここも、来てみたいと思っていた」
 そういえば、行き先を告げずに運転してたぜ。
 右折すべくウィンカーを出した瞬間、どこかで見張ってでもいたのか誘導にサービスマンが姿を現し、往来の車をストップしてくれた。
 いや、ハンパねぇな。
 入るときからこれとか、どんだけだよ。
 まさに、扱いがVIP待遇そのもので、ますますひとりじゃこねぇなと思った。
「なかなか似合ってるぞ」
「え?」
「この車。よく手入れされてる」
「そりゃどうも」
 購入以来、傷はもちろんできるだけ汚れないようにとキレイには乗ってきた。
 前の車のときもそうだったが、それ以上に洗ってることは自覚してる。
 艶のある黒。
 あー、やっぱいいよな。
 我ながら満足するレベルだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 専用駐車場へ通されたのもそうなら、出迎えで数人現れたのも初。
 きちんとしたダブルスーツを着こんでおり、金のネームプレートがきらりと光る。
 はー……どう考えても、冷やかしで来る場所じゃねぇな。
 恭介さんならそれこそ似合ってるけどさ、俺には不相応。
 友人が就職した縁で一度来てみたいとは思っていたが当然機会などなく、これが初の訪問となった。
「初めまして。本日担当させていただきます、及川と申します」
「ありがとう。こちらこそ、よろしく」
 店舗入り口へ入ると、すぐにひとりの店員が名刺とともに出迎えた。
 お前、そういうちゃんとしたスーツ着てきっちりした髪型してると、そこそこに見えるな。
 普段とは違って『ちゃんと』してる友人に、小さく噴きそうになった。
「どうぞ、こちらへ」
 それこそ、ちょっとしたホテルのロビーと同じような造りの中、当たり前に展示されている様々な車種。
 色も違えば形も違い、それこそパンフレットそのものだなと改めて感じる。
 つか、こんだけデカい車が並んでるのに全然圧迫感を感じないあたり、さすがだぜ。
 それこそ、空間的なものと配置の角度とっていろいろあんだろうよ。
 そのあたり、恭介さんも気にはなるらしく、席へ案内されたあとも興味深げに内装へ視線を向けていた。
「どのような車種をお求めでしょうか?」
「まだ決めかねているところがあってね、少し見せてもらってもいいかな」
「もちろんです。どうぞ、ドアを開けてご覧ください」
 単なる椅子ではなく、革張りのソファ席へ案内とか、さすがすぎて何も言えねぇ。
 が、恭介さんは座らず車へ視線を向けると、笑顔で断ってからそちらへ足を向けた。
「……瀬那、あの人どういう知り合い?」
「言ったろ。叔父だって」
「若くないか?」
「いや、若いって。俺とひとまわりしか違わねぇもん」
 隣に立った及川が、ひそひそと話しかける。
 まぁわかるぜ。どういう人間なのかってのくらいはな。
 人間見た目が9割。
 セールスでいろんな人間見てるなら、格好どうのよりも口調や雰囲気でいろんなことはわかるだろうし。
 すぐそこに展示されているセダンのドアを開いた姿は、ああまさしく様になってんなと素直に思う。
「孝之」
「っ……何?」
「お前、買うならどれがいい?」
「え、俺?」
 内装をちらりと覗いた彼は、その隣にあるSUV車へ移動。
 乗車人数は同じだが……って、高ぇな。
 さすが。
 俺の車とは字面まさしく、ケタが違う。
「どれって言われても……さすがに今の俺じゃ買えねぇけど」
「誰が買ってくれと言った。好みを聞いてる」
 いや、そりゃそうだろうけどさ。
 苦笑されるも眉は寄り、ずらりと並んだラインナップを見てはみる。
 白、黒、シルバーに青……そして赤やオレンジ。
 へぇ、こんな色もあるのか。
 てっきり、もっとシンプルな色ばかりだと思ってたから、正直意外だった。
「もし、あの車を買う前にここへ来ていたら、どれを選んだ?」
「……そうだな」
 アレを買ったのは、今年……いや3月だから去年か。
 1年社会人を経たあと新車で買おうとは思っていたが、ちょうど決算期ということもあり、思った以上に値引いてもらえたのとまさかの下取りまで発生したことで即答した。
 元は、親父が懇意にしていたセールスマンだったが、おかげで色もつけてもらうことができ、素直に助かった。
 まぁ、もしもだぞ?
 もし、あの車を買う前にこうして恭介さんとここへ来ていたとしたら、俺ならどれを選ぶだろう。
 4ドアのセダンか、それともスポーツタイプか。
 はたまたSUVか……ね。
 どれもこれも明るい照明の下とあってか、太陽光で見るのとはまた違いきらびやかに見えた。
「俺なら2ドアか……SUVなら、あれがいいなとは思うよ」
「なぜだ?」
「いや、ラインがきれいじゃん。まさに流線型っつーか」
 言いながらそちらへ足を向ける。
 2台隣の、真っ黒いSUV。
 フロントから運転席にかけてなだらかなラインが作られており、きれいだと素直に思う。
 見た目重視だろ、当然。
 内装ももちろん大事だとは思うが、もともと車はカオで選んできた。
 フロントに立ち改めて眺めると、どこもかしこもなだらかなラインを描いていて、あーやっぱ高い車だけあってキレイだなと思う。
「え?」
「お前とは本当に趣味が合うよ」
「まじで」
「よほど俺に似たんだな」
 いつもと違って、恭介さんはどこか穏やかに笑った。
 その顔は、いつも葉月へ見せているようなものと似ていて、ほんの少しだけ嬉しくもなる。
 昔から、いつだって俺のお手本だった人。
 『同じだな』と言われることが、小学生だった俺にとって特別なものだった。
「そういえば恭介さん、向こうではなんの車乗ってたわけ?」
「オーストラリアにも国産車があるのを知ってるか?」
「国産って……現地の?」
「ああ。向こうにも日本車は割と走っていたが、俺はずっとそのブランドを乗ってたよ」
 恭介さんにとっては“国産”だろうが、俺にとっては“外国産”そのもの。
 車ではなく、さっき案内されたソファ席へ戻った彼は、及川に『あの車のパンフレットをもらえるかな』とにこやかに声をかけた。
「……っと、そういえばスマフォは家だったな」
「え?」
「ちょっと貸してくれ」
 ジャケットのポケットを探った彼が、思い出したように俺を見た。
 あー……あー、はい。そっすよ。
 恭介さんのスマフォは今ごろ、無事に充電も終わり、そんでもってもう一度アタックできる状態にはなってるだろう。
 自分のスマフォのロックを外して渡すと、検索サイトへ英語で打ち始めた。
 つか、当たり前かもしんねーけど、なんかこう、すげぇな。
 スマートすぎて、そりゃカッコいいぜと改めて感じる。
「これだ」
「うわ、すっげぇ……え、2シーターじゃん」
「ああ。仕事ではほとんど車を使わなくて済むからな。俺が乗るのは、葉月の送迎と買い物程度だ」
「そうなの?」
「あっちでは、基本親の送迎ありきなんだ。まぁ、近ければ徒歩で通ってる子がいないこともなかったが、葉月が通った高校は保護者同伴が多かったな」
 差し出された画面にあったのは、フロントのグリルがなかなかに厳つい2ドアのスポーツカー。
 そういや、写真で見たことなかったな。
 もしかしなくても葉月のスマフォには入ってるだろうから、帰ったら見せてもらうか。
「これの白に乗っていた」
「へぇ。マニュアル?」
「もちろん。楽しいだろ」
 それはそれは楽しげに笑われ、ギャップでつい噴きだす。
 俺にとって彼は相当大人で、とてもじゃないが並べない人で。
 でも、そういう顔を見ると俺もこんなふうになれるのかな、と淡い期待も抱ける。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
 及川が、分厚いパンフレットとともにこれまた高級そうなカップを手に戻ってきた。
 インスタントではなさそうなコーヒーは、少しだけ縁が赤く見える。
「こちらの車種でしたら、試乗車も本日空きがございます」
「それはいい。どうせなら運転させてもらおうか」
「かしこまりました。あ、どうぞ。冷めないうちに召し上がってください。車だけ、準備してまいります」
「ありがとう」
 上客とふんでか、及川は明らかにほくほくした顔でフロントへ戻っていった。
 まぁそうだろうな。
 試乗を断らないってことは、それなりに見込みありって思っていいんじゃね。
 そもそも、恭介さんは買うつもりで見ている。
 ってまぁ、さすがに今日この店だけで即答するとは思わねぇけど。

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