「おかえりなさい」
「っ……」
 少しだけ日が伸びたとはいえ、冬の時間。
 薄暗さのほうが勝るこの時間帯に、珍しく葉月は自宅前の外階段にいたらしく、車を停めてガレージから出たらすぐそこで会った。
 想像してなかったってのもあったが、近い距離で思わず一歩下がる。
 ……のを、葉月は表情こそ変えなかったが気づいたようで、あえて自分から離れたようにも見えた。
「何してんだ? こんなとこで」
「伯母さんが植えてくれたビオラのお手入れ。花がらを摘んであげると、またきれいに咲いてくれるの」
「……へぇ」
 花がら摘みなんて行為を、うちの親がしていたところを見たことはないっつーか記憶にない。
 そもそも、あんま花がどうのってやってるとこ知らないんだよな。
 だから、俺の中では花の世話をするのは葉月がかなり印象強い。
 小さな花でもせっせと世話をし、それこそ花束をもらった日にはとても嬉しそうに笑う。
「終わったんだろ? 家入れ。お前は薄着過ぎだ」
「ん。そうだね」
 先に階段を上がったものの、葉月はすぐについてこなかった。
 花壇へ手を伸ばしているのもあったが……そうじゃない気がする。
 あえて距離をとっている、に見えなくない。
 ……こういうのがあるから、俺がさっさとけじめつけなきゃなんねぇんだよな。
 手も出したし口も出した。
 だから――次も、欲しがるのは目に見えてる。
 だったらその前に順序を踏む必要は当然あることもわかってる、がタイミングっつーか、なんか……間違いなく、単に逃げてるだけなんだろうな。
 だせぇ。
 どう言えばいいのかわからないとか、それこそ子どもよりタチ悪いのもわかってる。
 が、ムダに年を経た。
 ついでに、あれから日数もな。
 そのせいで……ってまあ、さっきから全部やらねぇ言い訳しかしてねぇから、さらにだせぇんだけど。
「っあ……」
「冷てぇぞ。風邪引く」
 手を伸ばして葉月の腕を取り、引くようにして階段を上がる。
 カーディガン越しの柔らかい感触にガラにもなくどきりとしたが、だからこそとっととやることやれよな、とも改めて思った。

「…………」
 好きだといえばいいのか。
 それとも、お前って俺のことどう思ってんの? と聞けばいいのか。
 ……だせぇ。
 どっちにしても、カッコわる。
 あー。
 こんなことになるなら、キスしたあの日とっとと言っておくんだった。
 ……とはいえ、なんて?
 キスした理由を伝えればいいのか、それとも俺の気持ちをまず言えばいいのか。
 離れてどう思ったかなのか、恭介さんに言われてどう思ったかを言えばいいのか……ってだからあーもー。
「……はー」
 夕食後、早々に部屋へ引き上げ、借りてきたはいいがさっぱり頭に入らない文庫を枕元へ置く。
 日常の中へ、非日常をぶちこむのは難しい。
 となると、やっぱ非日常を設定したほうがよっぽどラクはラクなんだろうな。
 ……出かけるか。ふたりで。
 どこがいいか、なんてアテはさっぱりないが、とりあえず近場でもいいから事足りる場所をスマフォで調べる。
 がしかし、アイツが行きたい場所ってどこだ……?
 つーか、どういうトコへ行けば事足りる?
 食事、娯楽、買い物。
 どれに焦点を当てればいいか……ってあーもー。
「わかんねぇ」
 そもそも、俺は何をしたいのか。
 いや、それはわかってんだよ。
 気持ちを……気持ちっつーか、俺が今、アイツをどう思ってるかを伝えたい、だけ。
 そのとき、今の葉月が俺へ抱いている気持ちってやつも聞くことになるのかどうかは、わからない。
 が、アイツ真面目だからな……もう一度言ってくれるような気もする。
 ……好きな人、か。
 先日、散々湯河原で聞いた葉月の言葉と、そしてそのときの表情とが目に浮かび、ベッドへ横になったまま小さくため息が漏れた。

「たーくん、起きて? もう7時半だよ?」
「っ……」
 カーテンを引かなかったせいか、寝返りを打った瞬間眩しい光が直接当たって眉が寄る。
 7時半。
 てことは着替えて、とっととメシ食って出ないと……って時間だが、今日は例外。
「……休み」
「え?」
「今日は、前に出た土曜の代休」
 うっすら目を開けると、葉月が驚いた顔をしたのはわかった。
 あー……そういや昨日、お前に伝えなかったな。
 てことは間違いなく、俺のぶんの朝食はとうに用意されてるんだろう。
「……っ……背中痛ぇ」
「昨日、変な格好で寝てたからじゃないかな? 本も抱えてたよ」
「まじで」
 伸びをして身体を起こすと、ちょうど肩甲骨の辺りが傷んだ。
 本抱えてって……あー、ひょっとしてあのまま寝落ちたのか。
 ちょっと横になる程度のつもりだったのに、この時間とはな。
 どうりで、定刻どおりにもかかわらずすげぇ寝た気分なはずだ。
「ごめんね、休みなのに起こして」
「いや、いい。……どうせ、もうじき起きるつもりだった」
 鳴る予定だったスマフォのアラームを解除し、申し訳なさそうな顔の葉月へ……当たり前に伸ばそうとした手を握る。
 言葉が先だろ。
 だからっつって、寝起きと同時に言うのは違うとも思うからこそ、口を結ぶ。
「今日、なんか予定あるか?」
「え? ううん、特にはないけど……」
「んじゃ、1日付き合え。出かける」
 ドアまで歩いていったところで振り返ると、意外そうな顔をした葉月が、次の瞬間嬉しそうに笑った。
 昨日の夕方とは、違う表情に少しだけ安堵する。
 ……こういう顔見てぇんだろ。
 だったらどうすりゃいいかは、はっきりしてる。
「どこへ行くの?」
「まぁいろいろな」
 と答えたところで、結局昨日の夜正解までは辿り着けなかったから、ぶっちゃけ明確になってない。
 が、すぐ後ろを着いてきた葉月を振り返ると、たとえどんな場所でも喜んでくれるような気もする……って、それは俺のわがままなんだろうけどよ。
 思った以上に近い距離だったが、後ずさることもなく『楽しみ』と笑ったのを見て、ああやっぱ俺が動くのが正解なんだよなと改めて感じた。

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