「……ほんとによかったのか?」
「え? どうして?」
「いや……なんか、行きたい場所とかほかにあったんじゃねーの?」
 朝食を終えて着替えたところで声をかけたものの、葉月は特にねだらなかった。
 どこでもいいことも伝えたし、なんなら車じゃなくて電車でもいいと提案もしたが、『じゃあ』と提案されたのは家のそばのショッピングモール。
 開店と同時に到着できてしまい、駐車場から入り口へ歩くものの『ほんとにこれでいいのか?』と我ながら確かめたくなった。
「アウトレットとか、水族館とか……なんかそーゆートコじゃなくていいのか?」
「えっと……たーくんは、そっちのほうがよかった?」
「いや、別に。俺は特に予定ねーし」
「じゃあ、ここで十分だよ。夕食の買い物もしたかったし……あとは、ちょっとだけ雑貨屋さんを見たかったの」
 隣に並んだ葉月は、いつもと同じように笑う。
 ……いつもと同じ、ね。
 らしくないのは俺だけ、か。
 朝食を終えたあのときも、出かけるために玄関で並んだときも、車内でふたりきりになったときも……そして、今も。
 機会はいくらでもあって、伝えようと思えばいくらでも叶ったはずなのに、結局何もできていない。
 どういえばいいのかわからない、んじゃない。
 俺が……単純に、どこかで躊躇してるだけ。
 らしくないから、じゃなくて……タイミングがわからない、ってのが正確かもな。
 雰囲気を作らなきゃいけないとか、突然言ったらおかしいかとか、いろいろ考えては時間が過ぎていく。
 ……あほくさ。
 だったらいっそ、なんでもないときに言えばいい――とも思うが、それもできない。
 意気地なし、というよりも……はー。だっさ。
 何も言わないが、恐らく葉月は待っている。
 俺がどう思っているのか。
 あの夜、どうしてキスしたのか、を。
「……あ……」
「どこの雑貨屋だ?」
 少し先を歩いていた葉月が、俺がついてこないのを不思議そうに思って立ち止まった。
 その手を取り、引くように歩き出す。
 少しだけ目を丸くしたのを横目でとらえつつ、館内へ。
 暖かい空気に触れて、ほんの少しだけ身体が緩んだような気もした。

「わ……かわいい」
 見たいと言っていた雑貨屋につくと、表に並べられていたぬいぐるみを見て、葉月が反応した。
 先日のアレ……なんつったっけな。
 葉月が湯河原へ連れて行ったぬいぐるみと、雰囲気が似ている。
 もちもちとした感触のいい、柔らかな犬のぬいぐるみ。
 思わずつかむように触ると、『あ』と声をあげた葉月が俺の手を止めた。
「もう。そんなふうにつかんだら、かわいそうでしょう?」
「つかんでくれと言わんばかりの形状じゃん」
「だからって……たーくんは力が強いんだから、そっと触ってあげて」
 葉月のものでもないだろうに、まるで『だめだよ』と言わんばかりの顔でぬいぐるみを取り上げ、棚へ戻した。
 そのとき、丁寧にバランスが整うよう両手で座りなおしているのを見て、思わず小さく吹きだす。
「お前、まめだな」
「え? んー……そうかな。でも、かわいいほうがいいでしょう?」
 ぽんぽんとぬいぐるみの頭をなで、満足そうに笑った葉月を見て、ああコイツらしいなとも思った。
「で? 何見たかったんだ? ここで」
「あ、手帳が欲しかったの。4月からの……新しい年度用の」
「んじゃ、あっちだな」
 ついでに、俺もボールペンの替えインク切れてたことを思い出した。
 文具コーナーへ行くべく、葉月の手を取ってそちらへ。
 だが、後ろ手で引いたまま目的の棚へ行くと、さっきとは違い、葉月はどこか困ったような顔をしていた。
「ねぇ……たーくん」
「あ?」
「えっと……」
 手帳はすぐここ。
 ずらりと並んでいるものの、葉月はそちらへ視線を向けない。
 向かうのは、握られている手。
 そっと離すと、何か言いたげに唇を開いてからようやく俺を見上げた。
「嫌か?」
 聞くつもりじゃなかった言葉が漏れて、自分でも『あ』とは思った。
 が、葉月は目を丸くすると……満面の笑みで首を振る。
「まさか」
「っ……」
「とっても嬉しい」
 まさに、心底からそう思ってるような表情に、小さく喉が動く。
 葉月は、いつだって本音というか率直に自分の想いを口にするんだよな。
 されたら嫌なことも、嬉しいことも。
 先日のあの湯河原でも、葉月は『ほかの人にしているのを見たら嫌だ』とストレートに口にした。
 だから……俺に対して、好意を持ってくれてるのは確か。
 いや、確かどころか直接想いを伝えられたことがあるからこそ、きっと、だろう、と思いはする。
 だからこそ、俺がどう思ってるか気になるはずなんだけどな。
 とはいえ、葉月から『私のことどう思ってるの?』なんて聞いてくる可能性は限りなく低い。
 からこそ……ってあー。だから、堂々巡りってこれか。
「たーくん?」
「あ?」
「どうしたの?」
「いや。手帳見るだろ? 俺もあっち見てくる」
「ん。わかった」
 ため息をついたところで、葉月がどこか心配そうに俺を見つめた。
 いや、そーゆーんじゃねぇから。気にすんな。
 答えの出ないものを考えこむほど、頭疲れることねぇな。
 とはいえ、どうすればいいかなんて本来なら答えはすぐ出ているはず。
 俺がどう思ってるか、なんでベタベタ触りたがるか、教えればいいだけの話。
 ……なんで触りたがるか、か。
 そうは言いながらも、湯河原へ行ったあのときとは違って、今は手を握る以外していない。
 湯河原でのあの時間は、濃くて密で。
 今アレをしたら、言葉がどうのの前に確実に身体が動く。
 ……そうじゃねぇだろ。
 葉月が欲しいのは、それじゃない。
 俺がずっと、それこそここ何年も誰に対してもしてこなかった、自分の気持ちの吐露。
 そういや、こんなふうに買い物と称して……ましてや手を繋いで出かけるなんてことは、友達連中以外としなかった。
 いや、さすがに男と手は繋がねぇけど。
 これまで付き合った彼女は、いわゆるセフレレベル。
 俺から連絡を取ることはなく、あっちから連絡があってもせいぜいメシ食う程度でヤることしかなかった。
 だから、もしかしたらわかんねぇのかもな。俺が単純に。
 デートに分類されるのかどうかわからないが、こうして共に出かけることをどう表現すればいいのか、具体的に何をすればいいのか、考えたこともなかったせいで。

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