父の日その1
2020.06.21
父の日その1。
時間があったら、その2あげますー。
「瀬那先生、ペンありがとうございました」
「ああ、そうだったな。忘れていたよ」
3時限目が終わり、職員室手前の廊下を曲がったところで、ちょうど彼と出くわした。
今朝、職員会議でお借りしたボールペンは、金の矢羽がついているしっかりした重さのあるもので。
普段俺が使っている、プラスチックのものとはまるで違い、かなり書き心地はよかった。
「それ、使いやすいですね」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
重さがあるぶん、書くときに安定するのかもしれない。
角度もつけやすかったし、ペンによって字がうける影響は少なからずあるんだとわかった。
「この間の父の日、娘にもらったんだよ」
「へえ。それは嬉しいですね」
「反抗期があってもよさそうなんだが、孝之を見ていたのかなくてね。いいのか悪いのか、少し心配もある」
「お嬢さんって……今、おいくつでしたっけ?」
「今年、高校2年になったよ」
にっこり笑った彼は、受け取ったボールペンをしげしげ見つめるとどこか嬉しそうに笑った。
父の日にもらったということは、まさについ先日か。
……へえ。
高校2年生のお嬢さんがくれたとあれば、当然嬉しいだろう。
うちの父親も妹からのプレゼントは思い入れが違うらしく、そういえば先日形ばかりの父の日を渡しに行ったら、もらったというウィスキーをそれはそれは大切そうに飲んでいた。
「祐恭君は会ったことがなかったか?」
「普段、孝之としか会わないんで。高校時代にお邪魔したときは、何度かすれ違った気がするんですけれど」
孝之の家であり瀬那先生のご自宅へ伺ったのは、それこそ高校時代まで。
大学に入ってからは俺がひとり暮らしを始めたこともあり、逆にアイツが来ることが増えた。
泊める予定じゃなかったのに、酔い潰れて布団じゃないところで寝ることもザラ。
俺の家なのにアイツの私物がたまにあって、意味がわからないことも割と多かった気はする。
「かわいいお嬢さんなんでしょうね」
「はは、少し幼い気はするがね。この間も、食事に誘ったら嬉しそうについてくるもんだから、逆にいいのかと迷いもしたよ」
「いいじゃないですか。仲がいい証拠だと思いますよ」
「そうかね? 年頃だし、付き合いのある子がいるのかどうかはわからないが、いつまでも男親と当たり前のように歩くのもどうかと心配にはなるもんだよ」
苦笑を浮かべてはいるが、エピソードを話してくれる彼はとても嬉しそうだった。
かわいいんだろうな、きっと。
見た目がどうこうではなく、存在そのものが。
父親と距離を取りたがる娘の話はよく聞くが、逆は逆で微笑ましい気はするけどね。
俺にはわからないけど、でも、アリだとは思う。
娘といい関係性なのは、彼とお袋さんとの関係も影響しているだろうから。
「まぁ、今度家に来ることがあったら紹介するよ」
「そのときは、手土産用意しますね」
「はは。あの子も孝之と一緒で甘いものが好きだから、それは喜ぶな」
からから笑った彼に頭を下げ、次の担当クラスへ向かう。
今日は、先日のテスト返却と解答の説明。
椅子に座ったままではないが、気持ちとしては普段よりも穏やかな時間にはなりそうだ。
……にしても、瀬那先生のお嬢さんってことは、あの孝之の妹ってことだろ?
見た目はわからないが、なかなか現実的な子なんじゃないのか。
いやしかし、反抗期がなくて幼いとも言ってたしな……ちょっと見てみたい気はする。
「……まぁ、なかなか機会はないだろうけど」
勝手に思い描いた想像図を払うように首を振ると、改めて『ないな』とひとりごちていた。
「……えっと……なんですか?」
「いや、おいしそうに食べるなと思って」
6月の第3日曜の昼過ぎ。
手土産として一緒に選んだデザートながらも、羽織は幸せそうにスフレへスプーンを伸ばした。
今日は父の日。
瀬那先生にはこの時間からお邪魔することを伝えていたからか、お袋さんと一緒にきっちり待ってくれていた。
孝之は出かけているらしく、姿はない。
ってことは……まぁ、“父の日“だもんな。
アイツはアイツできっちり義務を果たしてるんだろう。
「そういえば、去年の父の日って何あげたの?」
「去年は、お兄ちゃんにも協力してもらって足袋と雪駄のセットにしたんです」
「へぇ。いいところに目をつけるね」
「お父さん、いろいろ持ってるからどうしようかなぁって思ったんですけれど、そういえばほつれが……ってお母さんに話してるのを聞いて。すっごく喜んでもらえたんですよ」
だろうね。
かなり嬉しそうに笑うのを見て、こっちまで笑みがうつる。
彼の使っている弓具は、かなり物がいい。
が、足袋と雪駄はそれこそ消耗品でもあるし、いくつあっても困りはしないんじゃないか。
足元って、結構見られるしね。
……俺も気をつけよう。
「一昨年は、ボールペンあげたでしょ」
「え?」
「金の矢羽がついてる、シルバーのやつ」
今、リビングには瀬那先生とお袋さんの姿はない。
お袋さんは来客対応をしていて、瀬那先生はスマフォにかかってきた電話対応のため先ほど別の部屋へ向かった。
だから、くしくもふたりきり。
少しだけ羽織へ顔を寄せると、それはそれは不思議そうにまばたいた。
「祐恭さん、どうして知ってるんですか?」
「そのボールペン、借りたことがあるんだよ。で、そのとき初めて、瀬那先生のお嬢さんが高校2年生だって知った」
「そうなんですか!?」
今からちょうど2年前。
俺たちがこうして出会う以前ながらも、間接的には触れていたんだとわかり、素直に嬉しかった。
あのときとは違い、彼女はもう大学生になっている。
月日の経つのは……というよりも、俺と個人的な繋がりができたことは、改めてすごいなと思うよ。
「想像してたより、ずっとかわいかった」
「かわいいって……何がですか?」
「父の日にボールペンをプレゼントしたり、一緒にご飯食べに行ったりしてくれる、瀬那先生のお嬢さん」
「…………」
「…………」
「っえ、私!?」
「君以外にいないだろ」
にっこり笑って褒めたつもりだったのに、羽織は目を丸くした。
あのとき想像したお嬢さんは、目の前の彼女とはまるで違う。
孝之を元にイメージしたから、目元も口元も全然。
むしろ、キツい印象を勝手に抱いたが、180度違うから本当に驚いたよ。
……こんなに素直でいい子とはね。
そりゃ、いろんな意味で心配になるわけだ。
「瀬那先生が父になるなんて、あのときは想像もしなかった」
「……祐恭さん……」
「しかもこんなにかわいい子で、想像した以上にハマるなんてね」
まだ、ふたりが戻らないのをいいことに、そっと頬へ手を伸ばす。
困ったような顔なのに、確実に喜んでくれている気はして。
結ばれた唇に、つい視線は移る。
ふとしたタイミングで、うっかりキスしそうな程度には“欲しい“相手そのもの。
2年前とはまるで違う想いを抱くことになるなんて、人生はどこでどうなるか本当にわからないものだな。
「っ……」
「続きはまたあとでね」
「もぅ……顔赤くなっちゃうじゃないですか」
「大丈夫。かわいいから」
そっと引き寄せ、触れるだけのキスをすると、すぐここで困ったように……でもやっぱり嬉しそうに笑う。
そういう顔してくれるから、もっと手を出したくなるってわかってないんだろうな。きっと。
素直で純粋なイメージは、今のほうが当時よりももっと強い。
そういう意味では、変わらないものもあるんだな。
頬へ手を当てた彼女を笑ったら、ちょうどご両親が揃ってリビングへ戻ってくるところだった。
時間があったら、その2あげますー。
「瀬那先生、ペンありがとうございました」
「ああ、そうだったな。忘れていたよ」
3時限目が終わり、職員室手前の廊下を曲がったところで、ちょうど彼と出くわした。
今朝、職員会議でお借りしたボールペンは、金の矢羽がついているしっかりした重さのあるもので。
普段俺が使っている、プラスチックのものとはまるで違い、かなり書き心地はよかった。
「それ、使いやすいですね」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
重さがあるぶん、書くときに安定するのかもしれない。
角度もつけやすかったし、ペンによって字がうける影響は少なからずあるんだとわかった。
「この間の父の日、娘にもらったんだよ」
「へえ。それは嬉しいですね」
「反抗期があってもよさそうなんだが、孝之を見ていたのかなくてね。いいのか悪いのか、少し心配もある」
「お嬢さんって……今、おいくつでしたっけ?」
「今年、高校2年になったよ」
にっこり笑った彼は、受け取ったボールペンをしげしげ見つめるとどこか嬉しそうに笑った。
父の日にもらったということは、まさについ先日か。
……へえ。
高校2年生のお嬢さんがくれたとあれば、当然嬉しいだろう。
うちの父親も妹からのプレゼントは思い入れが違うらしく、そういえば先日形ばかりの父の日を渡しに行ったら、もらったというウィスキーをそれはそれは大切そうに飲んでいた。
「祐恭君は会ったことがなかったか?」
「普段、孝之としか会わないんで。高校時代にお邪魔したときは、何度かすれ違った気がするんですけれど」
孝之の家であり瀬那先生のご自宅へ伺ったのは、それこそ高校時代まで。
大学に入ってからは俺がひとり暮らしを始めたこともあり、逆にアイツが来ることが増えた。
泊める予定じゃなかったのに、酔い潰れて布団じゃないところで寝ることもザラ。
俺の家なのにアイツの私物がたまにあって、意味がわからないことも割と多かった気はする。
「かわいいお嬢さんなんでしょうね」
「はは、少し幼い気はするがね。この間も、食事に誘ったら嬉しそうについてくるもんだから、逆にいいのかと迷いもしたよ」
「いいじゃないですか。仲がいい証拠だと思いますよ」
「そうかね? 年頃だし、付き合いのある子がいるのかどうかはわからないが、いつまでも男親と当たり前のように歩くのもどうかと心配にはなるもんだよ」
苦笑を浮かべてはいるが、エピソードを話してくれる彼はとても嬉しそうだった。
かわいいんだろうな、きっと。
見た目がどうこうではなく、存在そのものが。
父親と距離を取りたがる娘の話はよく聞くが、逆は逆で微笑ましい気はするけどね。
俺にはわからないけど、でも、アリだとは思う。
娘といい関係性なのは、彼とお袋さんとの関係も影響しているだろうから。
「まぁ、今度家に来ることがあったら紹介するよ」
「そのときは、手土産用意しますね」
「はは。あの子も孝之と一緒で甘いものが好きだから、それは喜ぶな」
からから笑った彼に頭を下げ、次の担当クラスへ向かう。
今日は、先日のテスト返却と解答の説明。
椅子に座ったままではないが、気持ちとしては普段よりも穏やかな時間にはなりそうだ。
……にしても、瀬那先生のお嬢さんってことは、あの孝之の妹ってことだろ?
見た目はわからないが、なかなか現実的な子なんじゃないのか。
いやしかし、反抗期がなくて幼いとも言ってたしな……ちょっと見てみたい気はする。
「……まぁ、なかなか機会はないだろうけど」
勝手に思い描いた想像図を払うように首を振ると、改めて『ないな』とひとりごちていた。
「……えっと……なんですか?」
「いや、おいしそうに食べるなと思って」
6月の第3日曜の昼過ぎ。
手土産として一緒に選んだデザートながらも、羽織は幸せそうにスフレへスプーンを伸ばした。
今日は父の日。
瀬那先生にはこの時間からお邪魔することを伝えていたからか、お袋さんと一緒にきっちり待ってくれていた。
孝之は出かけているらしく、姿はない。
ってことは……まぁ、“父の日“だもんな。
アイツはアイツできっちり義務を果たしてるんだろう。
「そういえば、去年の父の日って何あげたの?」
「去年は、お兄ちゃんにも協力してもらって足袋と雪駄のセットにしたんです」
「へぇ。いいところに目をつけるね」
「お父さん、いろいろ持ってるからどうしようかなぁって思ったんですけれど、そういえばほつれが……ってお母さんに話してるのを聞いて。すっごく喜んでもらえたんですよ」
だろうね。
かなり嬉しそうに笑うのを見て、こっちまで笑みがうつる。
彼の使っている弓具は、かなり物がいい。
が、足袋と雪駄はそれこそ消耗品でもあるし、いくつあっても困りはしないんじゃないか。
足元って、結構見られるしね。
……俺も気をつけよう。
「一昨年は、ボールペンあげたでしょ」
「え?」
「金の矢羽がついてる、シルバーのやつ」
今、リビングには瀬那先生とお袋さんの姿はない。
お袋さんは来客対応をしていて、瀬那先生はスマフォにかかってきた電話対応のため先ほど別の部屋へ向かった。
だから、くしくもふたりきり。
少しだけ羽織へ顔を寄せると、それはそれは不思議そうにまばたいた。
「祐恭さん、どうして知ってるんですか?」
「そのボールペン、借りたことがあるんだよ。で、そのとき初めて、瀬那先生のお嬢さんが高校2年生だって知った」
「そうなんですか!?」
今からちょうど2年前。
俺たちがこうして出会う以前ながらも、間接的には触れていたんだとわかり、素直に嬉しかった。
あのときとは違い、彼女はもう大学生になっている。
月日の経つのは……というよりも、俺と個人的な繋がりができたことは、改めてすごいなと思うよ。
「想像してたより、ずっとかわいかった」
「かわいいって……何がですか?」
「父の日にボールペンをプレゼントしたり、一緒にご飯食べに行ったりしてくれる、瀬那先生のお嬢さん」
「…………」
「…………」
「っえ、私!?」
「君以外にいないだろ」
にっこり笑って褒めたつもりだったのに、羽織は目を丸くした。
あのとき想像したお嬢さんは、目の前の彼女とはまるで違う。
孝之を元にイメージしたから、目元も口元も全然。
むしろ、キツい印象を勝手に抱いたが、180度違うから本当に驚いたよ。
……こんなに素直でいい子とはね。
そりゃ、いろんな意味で心配になるわけだ。
「瀬那先生が父になるなんて、あのときは想像もしなかった」
「……祐恭さん……」
「しかもこんなにかわいい子で、想像した以上にハマるなんてね」
まだ、ふたりが戻らないのをいいことに、そっと頬へ手を伸ばす。
困ったような顔なのに、確実に喜んでくれている気はして。
結ばれた唇に、つい視線は移る。
ふとしたタイミングで、うっかりキスしそうな程度には“欲しい“相手そのもの。
2年前とはまるで違う想いを抱くことになるなんて、人生はどこでどうなるか本当にわからないものだな。
「っ……」
「続きはまたあとでね」
「もぅ……顔赤くなっちゃうじゃないですか」
「大丈夫。かわいいから」
そっと引き寄せ、触れるだけのキスをすると、すぐここで困ったように……でもやっぱり嬉しそうに笑う。
そういう顔してくれるから、もっと手を出したくなるってわかってないんだろうな。きっと。
素直で純粋なイメージは、今のほうが当時よりももっと強い。
そういう意味では、変わらないものもあるんだな。
頬へ手を当てた彼女を笑ったら、ちょうどご両親が揃ってリビングへ戻ってくるところだった。