ゴールデンウィークらしい
2024.04.26
今週からゴールデンウィークだそうで。
ということはつまり、4月が終わるわけで。
しがつが おわる。
衝撃しかない。
1か月経つのが早すぎるというよりは、4月のすぎるのが早すぎる。
でもきっと、そう言って1年あっというまで、12月にも同じことを言ってそうな気がする。
みなさまいかがお過ごしでしたか?
私は毎日パソコンに向き合いすぎて(仕事で)、もはや肩がばきばきよ・・・
どうぞこの連休、ご自愛なさってくださいませ~
ということはつまり、4月が終わるわけで。
しがつが おわる。
衝撃しかない。
1か月経つのが早すぎるというよりは、4月のすぎるのが早すぎる。
でもきっと、そう言って1年あっというまで、12月にも同じことを言ってそうな気がする。
みなさまいかがお過ごしでしたか?
私は毎日パソコンに向き合いすぎて(仕事で)、もはや肩がばきばきよ・・・
どうぞこの連休、ご自愛なさってくださいませ~
瑞穂の場合
2022.04.02
「はー。新採用って、なんであんなにまぶしいんだろ」
「ちょっとやだやめて。そのセリフ、すっごいおじさんみたい」
「うるせーな。どうせおじさんだよ、俺は」
「だから、やめなさいってば! それじゃ私がおばさんみたいじゃないのよ!」
「あいてっ」
ていうか、そもそも俺のは単なるひとりごとなんだから、食いついてくれなくていいのに。
職員室の俺の隣になぜか座る小枝ちゃんは、教頭の話の腰を折りまくりながら俺の腕をたたいた。
てか、保健室の先生の席って、教頭先生の真ん前にある、あそこじゃねーの?
なんでわざわざ、今日は不在の支援員さんの席に座るかね。
どうせだったら、新年度初日くらい離れてたいんだけど。
隣に来たらきたで、どうせ小言と嫌味と勝手な健康チェック始まるんだから。
「ていうか、鷹塚君はもう少しちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「聞いてるじゃん」
「聞いてないでしょ。新採用の子ばっかり見てるんじゃないわよ。あ、若い子にばっかり目が行く病気だったら、瑞穂ちゃんとは別れてもらうからね」
「ちょっと待てなんでそうなる」
「だってそうでしょ? 彼女だって相当若いのよ? なのにこんな一回りも年上の毒牙にかかった挙句にぽいされるなんて、不毛でしかないじゃない。だったら、よっぽど年が近くてイケメンでちゃんと子育てと家事に勤しむ若者のほうがいいじゃない」
「ちょっと待て。具体的に並べるな腹立つ」
てか、なんで俺が仕事以外なんもしない設定なんだよ。
これでも一人暮らしして何年経つと思ってんだ。
今朝だってきっちり、ゴミ出しも冷蔵庫の在庫チェックも済ませてきたんだぜ?
牛乳と卵と市の指定ごみ袋がないから、帰りにスーパー寄ってこーとも思ってたのに。
どう考えたって、自分の生活は自分でやってる大人じゃん。
これで子どもいたら、喜んでそっちの世話やいてるっつの。
どう考えたって、よそのお子様より我が子一番になるだろ。
「……ちょっと。にやにやしないでくれる? まだ午前中」
「してない」
「してた」
「しょうがねぇじゃん。うっかり華々しい未来想像してた」
子どもが何人いたらいいかとか、男と女どっちがいいかとか、そんなのは正直どうでもいい。
俺を好きになってくれた相手が、今も変わらずそばにいてくれて、おかげさまで俺の日々はかなり充実してる。
かつての教え子ってフィルターなしにしても、好みどまんなかストライクの彼女がいるんだぜ?
小枝ちゃんが言うように、ひとまわりも年上の俺に魅力を感じてくれてるうちが、正直華だとは思ってる。
年上の男が若い女性とくっつくのはよく聞く話だが、現実はそれだけじゃなくて。
財産も権力ももってない一般人にとっては、それこそドラマの世界でしかありえない関係なのも重々承知。
それでも、俺を選んでくれた。
だからこそ、彼女に応える義務が俺にはあると思ってる。
「もうちょっとジム通える時間欲しいんだけどなー」
「十分でしょ。てか、こないだうちの彼氏誘ったんですって? ほら、駅前の裏通りにできたフィットネス」
「あそこ安くていいぜ? 知り合いもいるし」
「ちょっと。ムキムキを求めてないんだからやめてよね」
「俺だってムキムキを考えてねぇって」
くるりとボールペンを回しながら、職員会議とはまったく関係ないやりとりを続けていたら、ふいにあたりが騒がしくなった。
あ。時間か。
今日は12時に撮影業者がきて、新年度の職員写真を撮ることになっている。
教頭先生の声掛けで、新採用と異動の面々が廊下へ消えるのを眺めながら立つと、小枝ちゃんはいかに彼氏の腹が柔らかいかがいいことを俺にといてくれようとしていた。
「あれ」
「おはようございます」
「そっか。今日は全員出勤か」
廊下に出ると、そこには瑞穂の姿があった。
ほかにも支援員の先生方もあり、撮影のこのためだけに出勤したのだとわかる。
「昨日お話したじゃないですか」
「……ごめん、聞いてたような聞いてなかったような」
ですよね、と苦笑されバツの悪さから咳払いひとつ。
昨日、異動になった同僚から置き土産としてもらったハブ酒で、瑞穂にさんざんくだをまいた気がしなくもないが、どうやらそのときに聞いたんだろう。
『春休み中に出勤する』は覚えていたが、まさか新年度初日の今日だとは思わなかった。
「朝ごはん、食べられました?」
「やっぱ、俺が作るのとは味が違うんだよな。なんでだろ。材料一緒のはずなのに、瑞穂が作ると卵がふわふわしててうまいんだよ」
「そりゃ、愛という名の隠し味が入ってるからに決まってるじゃない」
「入ってこなくていい」
「何よ失礼ね。さっきの話バラすわよ」
「脅しはやめろ」
小枝ちゃんに舌打ちしたのがバレ、背中を小突かれたがこの程度なら許容範囲。
こないだはピンセットで刺されそうになったので、物を持ってるかどうかの確認が第一だとわかっている。
「てか、どこのどいつでしたっけ? 自立した生活おくってるって豪語してたやつは」
「俺ですけど何か」
「どこが自立してんのよ。朝ごはん作ってもらってるくせに」
「いや、まじ小枝ちゃんも食ってみ? 瑞穂の作るおじや、めっちゃうまいから」
「知ってるわよ。私もこないだ、瑞穂ちゃんが泊まった朝作ってもらったもん」
「はあ? 何ひとの彼女連れ込みやがってんの? 許可取れよ」
「なんで鷹塚君の許可がいるのよ。あらやだ保護者でしたっけ? だったらお泊りさせるわけにいかないんですけど」
鼻で笑われ、舌打ちの音が掻き消える。
はーやだやだ。
相変わらずなんでこんな高笑いなんすかね。
きっと新採用の先生方が怖がるダントツナンバーワンだろうよ。知らねぇからなもう。
助けてなんかやりませんから。
「あの……壮士さん」
「ん?」
「少しだけお話があるんですけれど、いいですか?」
「おー。なに?」
小枝ちゃんがほかの先生に呼ばれたのを見てか、瑞穂がすぐ隣で囁く。
ああ、そのネックレス相変わらず似合ってんじゃん。
どうせならもっと、バリエーション増やしたいって名目で、買い物でも行こうぜ。
「もしも……壮士さんのこと、好きじゃないって言ったら……どうします?」
「え!」
「っ……」
「まじすか、葉山先生。それやばくないすか?」
「え、えっ……!」
「いや、ちょっと待った。あ、先生方は先行ってください。ちょっとだけ、情報共有しときます」
我ながら、声はよく通るといわれる。
おかげで、最前列を歩いていた数名も振り返ったが、ここで止まった教員同様、手で払う。
どうやら何かに勘づいたらしい小枝ちゃんだけは、『こんなとこでやるんじゃないわよ』と目が語ってたけどな。
情報共有。
ああ、いい言葉だぜ。
チーム学校。連携、協働。
人が増えることはすばらしい。
がしかし、同時にそれは『責任逃れ』のリスクも高まるけどな。
「あの、壮士さ……」
「で?」
「っ……」
「俺がなんだって?」
最後尾が5メートルほど離れたところで確認すると、瑞穂はこくりと喉を動かした。
「俺が? なんて? ごめん、よく聞こえなかった」
にこりともせず彼女を見ると、案の定困ったように眉を寄せた。
聞こえてますよばっちりともちろん。
だからこれは、ある意味ハラスメント認定もされるやつか。
「好きでいてくれないと困るんだけど」
「っ……」
「瑞穂がいてくれなきゃ、俺の人生終わる。つったら、圧力か? それでも事実なんだしょうがない。瑞穂が俺を選んでくれて、そばにいてくれてるから、毎日がんばれる。仕事だけじゃなくて、一番おろそかにしてた、俺自身にも注意を払うようになった。体力だけじゃ乗り切れないってわかったから、これでも食生活にはだいぶ気を遣うようになったんだぜ? なのに、瑞穂が俺を好きじゃないなら、その理由を教えてほしい」
「壮士さん……」
「改善できるところは変える。努力する。だから、できれば俺を選んでいてほしい」
すっかり人影がなくなったので、躊躇なく頬に触れる。
たちまち彼女の頬がゆるみ、まるで照れたように微笑んだ。
ああ、よかった。それだよそれ。
俺が見たいのはその顔。
それはどう考えたって、好きでもない男に触られたときの反応じゃないよな?
「もう……壮士さんは、さすがですね」
「え、何が?」
「問題解決志向、さすがです」
ああ、それよく言われるやつな。
過去は変えられない。でも、今を変えることで未来は変わる。
過去を嘆かず、今できる最善策を探ること。
でもそれは、俺じゃなくて専門職としてここにいる瑞穂が、会議でたびたび教えてくれたことじゃないか?
「壮士さん」
「ん?」
「大好きです」
「……そういうこと?」
「ふふ。そうしておいてください」
「なんだよー。まじ心臓に悪いからやめて」
さすがに距離が開いてしまったので、安心したところで小走りで体育館に向かう。
今ごろ、誰が写真用に組まれた不安定な足場の、最上段に上がるかでもめてるんじゃないか。
どうせ小枝ちゃんは『鷹塚君が乗るって言ってました』とか平気で言ってるだろうけど。
「あー、びびった。今日がエイプリルフールじゃなかったら、泣いてたわ俺」
「っ……」
「誰に吹き込まれた? てかそれ何? はやってんの?」
体育館の入り口についたところで囁くと、瑞穂は驚いたように目を丸くした。
ああ、その顔もかわいいんで安心。
とはいえ、今日は残念ながら定時まで分掌会議で帰れないんで、理由を聞くのはこの昼休みか帰ってからかな。
「俺は好きだから」
「え……」
「瑞穂が俺を嫌いになっても、俺はきっと変わらない」
前を見たままつぶやき、小枝ちゃんに『遅い』と言われたので仕方なく返事をする。
俺とは違い柔らかく呼ばれた瑞穂を見ると、いつも以上にかわいい笑顔だったので満足した。
が。
「っ……」
「ふふ」
目が合った瞬間、唇で伝わる言葉。
私もです。
そう見えたのはきっと、間違いじゃない。
「ちょっとやだやめて。そのセリフ、すっごいおじさんみたい」
「うるせーな。どうせおじさんだよ、俺は」
「だから、やめなさいってば! それじゃ私がおばさんみたいじゃないのよ!」
「あいてっ」
ていうか、そもそも俺のは単なるひとりごとなんだから、食いついてくれなくていいのに。
職員室の俺の隣になぜか座る小枝ちゃんは、教頭の話の腰を折りまくりながら俺の腕をたたいた。
てか、保健室の先生の席って、教頭先生の真ん前にある、あそこじゃねーの?
なんでわざわざ、今日は不在の支援員さんの席に座るかね。
どうせだったら、新年度初日くらい離れてたいんだけど。
隣に来たらきたで、どうせ小言と嫌味と勝手な健康チェック始まるんだから。
「ていうか、鷹塚君はもう少しちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「聞いてるじゃん」
「聞いてないでしょ。新採用の子ばっかり見てるんじゃないわよ。あ、若い子にばっかり目が行く病気だったら、瑞穂ちゃんとは別れてもらうからね」
「ちょっと待てなんでそうなる」
「だってそうでしょ? 彼女だって相当若いのよ? なのにこんな一回りも年上の毒牙にかかった挙句にぽいされるなんて、不毛でしかないじゃない。だったら、よっぽど年が近くてイケメンでちゃんと子育てと家事に勤しむ若者のほうがいいじゃない」
「ちょっと待て。具体的に並べるな腹立つ」
てか、なんで俺が仕事以外なんもしない設定なんだよ。
これでも一人暮らしして何年経つと思ってんだ。
今朝だってきっちり、ゴミ出しも冷蔵庫の在庫チェックも済ませてきたんだぜ?
牛乳と卵と市の指定ごみ袋がないから、帰りにスーパー寄ってこーとも思ってたのに。
どう考えたって、自分の生活は自分でやってる大人じゃん。
これで子どもいたら、喜んでそっちの世話やいてるっつの。
どう考えたって、よそのお子様より我が子一番になるだろ。
「……ちょっと。にやにやしないでくれる? まだ午前中」
「してない」
「してた」
「しょうがねぇじゃん。うっかり華々しい未来想像してた」
子どもが何人いたらいいかとか、男と女どっちがいいかとか、そんなのは正直どうでもいい。
俺を好きになってくれた相手が、今も変わらずそばにいてくれて、おかげさまで俺の日々はかなり充実してる。
かつての教え子ってフィルターなしにしても、好みどまんなかストライクの彼女がいるんだぜ?
小枝ちゃんが言うように、ひとまわりも年上の俺に魅力を感じてくれてるうちが、正直華だとは思ってる。
年上の男が若い女性とくっつくのはよく聞く話だが、現実はそれだけじゃなくて。
財産も権力ももってない一般人にとっては、それこそドラマの世界でしかありえない関係なのも重々承知。
それでも、俺を選んでくれた。
だからこそ、彼女に応える義務が俺にはあると思ってる。
「もうちょっとジム通える時間欲しいんだけどなー」
「十分でしょ。てか、こないだうちの彼氏誘ったんですって? ほら、駅前の裏通りにできたフィットネス」
「あそこ安くていいぜ? 知り合いもいるし」
「ちょっと。ムキムキを求めてないんだからやめてよね」
「俺だってムキムキを考えてねぇって」
くるりとボールペンを回しながら、職員会議とはまったく関係ないやりとりを続けていたら、ふいにあたりが騒がしくなった。
あ。時間か。
今日は12時に撮影業者がきて、新年度の職員写真を撮ることになっている。
教頭先生の声掛けで、新採用と異動の面々が廊下へ消えるのを眺めながら立つと、小枝ちゃんはいかに彼氏の腹が柔らかいかがいいことを俺にといてくれようとしていた。
「あれ」
「おはようございます」
「そっか。今日は全員出勤か」
廊下に出ると、そこには瑞穂の姿があった。
ほかにも支援員の先生方もあり、撮影のこのためだけに出勤したのだとわかる。
「昨日お話したじゃないですか」
「……ごめん、聞いてたような聞いてなかったような」
ですよね、と苦笑されバツの悪さから咳払いひとつ。
昨日、異動になった同僚から置き土産としてもらったハブ酒で、瑞穂にさんざんくだをまいた気がしなくもないが、どうやらそのときに聞いたんだろう。
『春休み中に出勤する』は覚えていたが、まさか新年度初日の今日だとは思わなかった。
「朝ごはん、食べられました?」
「やっぱ、俺が作るのとは味が違うんだよな。なんでだろ。材料一緒のはずなのに、瑞穂が作ると卵がふわふわしててうまいんだよ」
「そりゃ、愛という名の隠し味が入ってるからに決まってるじゃない」
「入ってこなくていい」
「何よ失礼ね。さっきの話バラすわよ」
「脅しはやめろ」
小枝ちゃんに舌打ちしたのがバレ、背中を小突かれたがこの程度なら許容範囲。
こないだはピンセットで刺されそうになったので、物を持ってるかどうかの確認が第一だとわかっている。
「てか、どこのどいつでしたっけ? 自立した生活おくってるって豪語してたやつは」
「俺ですけど何か」
「どこが自立してんのよ。朝ごはん作ってもらってるくせに」
「いや、まじ小枝ちゃんも食ってみ? 瑞穂の作るおじや、めっちゃうまいから」
「知ってるわよ。私もこないだ、瑞穂ちゃんが泊まった朝作ってもらったもん」
「はあ? 何ひとの彼女連れ込みやがってんの? 許可取れよ」
「なんで鷹塚君の許可がいるのよ。あらやだ保護者でしたっけ? だったらお泊りさせるわけにいかないんですけど」
鼻で笑われ、舌打ちの音が掻き消える。
はーやだやだ。
相変わらずなんでこんな高笑いなんすかね。
きっと新採用の先生方が怖がるダントツナンバーワンだろうよ。知らねぇからなもう。
助けてなんかやりませんから。
「あの……壮士さん」
「ん?」
「少しだけお話があるんですけれど、いいですか?」
「おー。なに?」
小枝ちゃんがほかの先生に呼ばれたのを見てか、瑞穂がすぐ隣で囁く。
ああ、そのネックレス相変わらず似合ってんじゃん。
どうせならもっと、バリエーション増やしたいって名目で、買い物でも行こうぜ。
「もしも……壮士さんのこと、好きじゃないって言ったら……どうします?」
「え!」
「っ……」
「まじすか、葉山先生。それやばくないすか?」
「え、えっ……!」
「いや、ちょっと待った。あ、先生方は先行ってください。ちょっとだけ、情報共有しときます」
我ながら、声はよく通るといわれる。
おかげで、最前列を歩いていた数名も振り返ったが、ここで止まった教員同様、手で払う。
どうやら何かに勘づいたらしい小枝ちゃんだけは、『こんなとこでやるんじゃないわよ』と目が語ってたけどな。
情報共有。
ああ、いい言葉だぜ。
チーム学校。連携、協働。
人が増えることはすばらしい。
がしかし、同時にそれは『責任逃れ』のリスクも高まるけどな。
「あの、壮士さ……」
「で?」
「っ……」
「俺がなんだって?」
最後尾が5メートルほど離れたところで確認すると、瑞穂はこくりと喉を動かした。
「俺が? なんて? ごめん、よく聞こえなかった」
にこりともせず彼女を見ると、案の定困ったように眉を寄せた。
聞こえてますよばっちりともちろん。
だからこれは、ある意味ハラスメント認定もされるやつか。
「好きでいてくれないと困るんだけど」
「っ……」
「瑞穂がいてくれなきゃ、俺の人生終わる。つったら、圧力か? それでも事実なんだしょうがない。瑞穂が俺を選んでくれて、そばにいてくれてるから、毎日がんばれる。仕事だけじゃなくて、一番おろそかにしてた、俺自身にも注意を払うようになった。体力だけじゃ乗り切れないってわかったから、これでも食生活にはだいぶ気を遣うようになったんだぜ? なのに、瑞穂が俺を好きじゃないなら、その理由を教えてほしい」
「壮士さん……」
「改善できるところは変える。努力する。だから、できれば俺を選んでいてほしい」
すっかり人影がなくなったので、躊躇なく頬に触れる。
たちまち彼女の頬がゆるみ、まるで照れたように微笑んだ。
ああ、よかった。それだよそれ。
俺が見たいのはその顔。
それはどう考えたって、好きでもない男に触られたときの反応じゃないよな?
「もう……壮士さんは、さすがですね」
「え、何が?」
「問題解決志向、さすがです」
ああ、それよく言われるやつな。
過去は変えられない。でも、今を変えることで未来は変わる。
過去を嘆かず、今できる最善策を探ること。
でもそれは、俺じゃなくて専門職としてここにいる瑞穂が、会議でたびたび教えてくれたことじゃないか?
「壮士さん」
「ん?」
「大好きです」
「……そういうこと?」
「ふふ。そうしておいてください」
「なんだよー。まじ心臓に悪いからやめて」
さすがに距離が開いてしまったので、安心したところで小走りで体育館に向かう。
今ごろ、誰が写真用に組まれた不安定な足場の、最上段に上がるかでもめてるんじゃないか。
どうせ小枝ちゃんは『鷹塚君が乗るって言ってました』とか平気で言ってるだろうけど。
「あー、びびった。今日がエイプリルフールじゃなかったら、泣いてたわ俺」
「っ……」
「誰に吹き込まれた? てかそれ何? はやってんの?」
体育館の入り口についたところで囁くと、瑞穂は驚いたように目を丸くした。
ああ、その顔もかわいいんで安心。
とはいえ、今日は残念ながら定時まで分掌会議で帰れないんで、理由を聞くのはこの昼休みか帰ってからかな。
「俺は好きだから」
「え……」
「瑞穂が俺を嫌いになっても、俺はきっと変わらない」
前を見たままつぶやき、小枝ちゃんに『遅い』と言われたので仕方なく返事をする。
俺とは違い柔らかく呼ばれた瑞穂を見ると、いつも以上にかわいい笑顔だったので満足した。
が。
「っ……」
「ふふ」
目が合った瞬間、唇で伝わる言葉。
私もです。
そう見えたのはきっと、間違いじゃない。
穂澄の場合
2022.04.02
「私さぁ、里逸のこと好きじゃないんだよね」
がたがったん。
夕食のグラタン皿が、思わず手から滑り落ちる。
ここがシンクで事なきを得たが、待て。なんだその言葉は。どういう意味だ。
『今日は寒いからグラタンにしたんだー』と穂澄が笑っていたのが、ものの2分前。
今は、まるで昔に戻ったかのように、こたつの定位置へ入ったまま、午前中に仕上げたらしいジェルネイルが施された指先を眺めている。
「な……穂澄。それはどういうつもりだ」
「何よ、つもりって。そこはどういう意味って聞くところでしょ?」
この動悸は、言葉のせいじゃない。あくまでも、皿を割りそうになったほう。
俺が座っていた場所から動こうとしない穂澄を避け、仕方なく角を挟んで座ると、なぜかたちまちいやそうな顔をした。
「ちょっと。なんでそっちに座るのよ」
「こうしなければ顔が見えないだろう」
「別に見えなくてもいいでしょ」
「話をするのにそうはいかない」
不満げな穂澄はますます眉を寄せたが、『まあいいか』と何がいいのかわからないセリフを口にする。
「てわけだから、よろしくね」
「何がだ」
「しょうがないじゃん。わたしー里逸のことー好きじゃないのー」
「……何度も言わなくていい」
まるで歌をうたうかのようにくちずさまれ、精神力が削られていく。
好きじゃない。
そんなセリフをはかれたことは、あっただろうか。
穂澄に限って……いや、穂澄から言われたことが? 一度あったか。それとも二度か。
俺が意識する前からよほど俺を想ってくれていたらしい奇特な人間だけに、心当たりがなさすぎて困る。
いや、うぬぼれてるわけではなく、すべては本人の言葉によるもの。
すべてのことの発端は俺を嫌っていたからだと思っていたが、行動のすべてが気を引きたいがためと知り、内心驚いたというのに。
だがしかし、ならばなぜ俺といるのか。
一緒にいることでどんなメリットがある。
光熱費が浮く。
家賃がない。
……この2点しか浮かばないが、どうだ。
食費はすべて穂澄が負担し、家事という名の労働も彼女が担っている。
一緒にいることでメリットがあるとすれば、そのふたつじゃないのか。
いずれも金で解決できることならば、一緒でないほうが楽なはずだが、ならばなぜともにいるのか。
考えられる理由は当然ひとつ。
俺といることで、別のメリットがあるから……じゃないのか?
「はー。やだやだ。相変わらずまじめな顔しちゃって。これだから賢い人は嫌いなのよ」
「っ……どういうことだ」
「ちょっとー。まじめに取らないでくれる? 単なるおしゃべりじゃない」
「単なる、ではないだろう。これが他愛ないで済んだら困る」
「困る? えーなんでー?」
「なぜって……穂澄。何かからかってるのか?」
「べつにー?」
くすくす笑いながら、穂澄は改めて爪を撫でた。
そのクセ。
相手をからかっているか、本音でないことを言っているか、試しているかのいずれか。
今回はどれだ。
いや、むしろすべてが当てはまるのかもしれないが。
「まあしょうがないよねー。里逸じゃどうせ、なんにもわかんな――」
けらけらと笑いかけた彼女を引き寄せ、そのまま唇をふさぐ。
寸前で驚いた顔が一瞬だけ見えたが、見えなかったことにしておきたい。
「ん……、んっ」
普段、夜はほとんどテレビをつけない。
おかげで音はなく、わずかに漏れる穂澄の声だけが響く。
濡れた音。
小さな囁き。
まさに、漏れる音が愛しくて、口づけが深くなる。
「……は。――っ」
「やめちゃやだ」
「な……」
「もぉ……したくなっちゃうでしょ」
唇が離れたところで、シャツの胸元を強く引かれる。
今の行為で濡れた唇が光をまとい、まるでねだるかのように囁かれた言葉が、より色を濃くする。
「おま――」
「好きじゃないわけないじゃん。ばか」
大好きなんだから。
小さく聞こえた言葉は、現実だったかどうか定かではない。
がたがったん。
夕食のグラタン皿が、思わず手から滑り落ちる。
ここがシンクで事なきを得たが、待て。なんだその言葉は。どういう意味だ。
『今日は寒いからグラタンにしたんだー』と穂澄が笑っていたのが、ものの2分前。
今は、まるで昔に戻ったかのように、こたつの定位置へ入ったまま、午前中に仕上げたらしいジェルネイルが施された指先を眺めている。
「な……穂澄。それはどういうつもりだ」
「何よ、つもりって。そこはどういう意味って聞くところでしょ?」
この動悸は、言葉のせいじゃない。あくまでも、皿を割りそうになったほう。
俺が座っていた場所から動こうとしない穂澄を避け、仕方なく角を挟んで座ると、なぜかたちまちいやそうな顔をした。
「ちょっと。なんでそっちに座るのよ」
「こうしなければ顔が見えないだろう」
「別に見えなくてもいいでしょ」
「話をするのにそうはいかない」
不満げな穂澄はますます眉を寄せたが、『まあいいか』と何がいいのかわからないセリフを口にする。
「てわけだから、よろしくね」
「何がだ」
「しょうがないじゃん。わたしー里逸のことー好きじゃないのー」
「……何度も言わなくていい」
まるで歌をうたうかのようにくちずさまれ、精神力が削られていく。
好きじゃない。
そんなセリフをはかれたことは、あっただろうか。
穂澄に限って……いや、穂澄から言われたことが? 一度あったか。それとも二度か。
俺が意識する前からよほど俺を想ってくれていたらしい奇特な人間だけに、心当たりがなさすぎて困る。
いや、うぬぼれてるわけではなく、すべては本人の言葉によるもの。
すべてのことの発端は俺を嫌っていたからだと思っていたが、行動のすべてが気を引きたいがためと知り、内心驚いたというのに。
だがしかし、ならばなぜ俺といるのか。
一緒にいることでどんなメリットがある。
光熱費が浮く。
家賃がない。
……この2点しか浮かばないが、どうだ。
食費はすべて穂澄が負担し、家事という名の労働も彼女が担っている。
一緒にいることでメリットがあるとすれば、そのふたつじゃないのか。
いずれも金で解決できることならば、一緒でないほうが楽なはずだが、ならばなぜともにいるのか。
考えられる理由は当然ひとつ。
俺といることで、別のメリットがあるから……じゃないのか?
「はー。やだやだ。相変わらずまじめな顔しちゃって。これだから賢い人は嫌いなのよ」
「っ……どういうことだ」
「ちょっとー。まじめに取らないでくれる? 単なるおしゃべりじゃない」
「単なる、ではないだろう。これが他愛ないで済んだら困る」
「困る? えーなんでー?」
「なぜって……穂澄。何かからかってるのか?」
「べつにー?」
くすくす笑いながら、穂澄は改めて爪を撫でた。
そのクセ。
相手をからかっているか、本音でないことを言っているか、試しているかのいずれか。
今回はどれだ。
いや、むしろすべてが当てはまるのかもしれないが。
「まあしょうがないよねー。里逸じゃどうせ、なんにもわかんな――」
けらけらと笑いかけた彼女を引き寄せ、そのまま唇をふさぐ。
寸前で驚いた顔が一瞬だけ見えたが、見えなかったことにしておきたい。
「ん……、んっ」
普段、夜はほとんどテレビをつけない。
おかげで音はなく、わずかに漏れる穂澄の声だけが響く。
濡れた音。
小さな囁き。
まさに、漏れる音が愛しくて、口づけが深くなる。
「……は。――っ」
「やめちゃやだ」
「な……」
「もぉ……したくなっちゃうでしょ」
唇が離れたところで、シャツの胸元を強く引かれる。
今の行為で濡れた唇が光をまとい、まるでねだるかのように囁かれた言葉が、より色を濃くする。
「おま――」
「好きじゃないわけないじゃん。ばか」
大好きなんだから。
小さく聞こえた言葉は、現実だったかどうか定かではない。
葉月の場合
2022.04.02
「たーくん、ちょっとだけいい?」
「あ?」
職場でもある図書館にいること自体は珍しくない。
が、仕事中こんなふうに声をかけてくることは、稀。
今朝、開館と同時に別れたときとは違う、どこか切羽詰まったような顔つきに、配架の手を止める。
「どうした?」
「えっと……あのね?」
視線が動き、周囲の面々を気にしているのはわかる。
すぐそこには、学習室。
今日は予約が入っておらず、何かに使ってもないらしい。
「あ……」
「どうせならこっちのほうがいいだろ」
横をすり抜けて学習室へ向かい、鍵を開ける。
こういうとき、マスターキー預かれる身でホントよかったと思うぜ。
てか、普通はもっと上位職が持って然るべきなんだろうけど、やたら早くからいるって理由でもらえたときは、社会って意外と意外なんだなって思ったぜ。
「で?」
ガラスに囲まれた部屋ではあるが、音は十分防げる。
さっきまでと違い、若干こもったような音の響きに、ああこれも悪くないかもなと多少思った。
「……」
個室へ移動したのに、葉月はどこか浮かない顔だった。
別に見られるのがどうのってわけじゃないだろうが、じゃあ別の理由はなんだ。
中央に置かれているテーブルへ手をつくも、葉月は組み合わせた両手の指を見つめたまま、視線をあげなかった。
「……あのね?」
「ああ」
「その……」
「なんだよ」
別に苛立ってるわけじゃないが、ここまで言いあぐねるのが珍しいなと思っただけ。
普段、割となんでも物おじせず言うし……って、俺に気つかってるってことか?
誰が相手であっても遠慮せず言いたいことをストレートに言うやつなのに、まさか俺に対して遠慮とはね。
いや、もしかしてそういう状況になってることがまずいんじゃないのか?
内心、恭介さんにバレたら打ち首レベルの何かなのかと邪推すると、若干緊張はする。
っていや、別に今さら身が潔白じゃないのは周知だろ。
じゃあなんだ。今のところ借金もなければ、そっち関係でのトラブルもない。
交友関係あらわれたら、そりゃ埃の一つや二つは出てくるかもしれないが、それはそれ。
多分。おそらく。きっと。
「あのね」
まるで、心底困っているかのような顔に、思わずこくりと喉が鳴る。
「たーくんのこと……好き、じゃないって言ったら……どうする?」
「…………」
「…………」
「……は?」
切羽詰まった顔で何を言い出すかと思えば、何言い出すんだお前。
好きじゃない。俺を。お前が。
「ふーん」
「……え?」
「いや別に。どうもしねぇけど」
思わず首筋を撫で、腕を組む。
どうもしない。当然だ。
別に、お前の気持ちを聞いたところで、何が変わるでもない。
「いいの?」
「いや、いいも何も。それは俺じゃなくて、お前だろ? 好きでもねぇ男と一緒に住んでるどころか、四六時中一緒にいるんだぜ? 負担じゃねぇの?」
正確にはそこじゃない。
今日は華の金曜日。
毎週末、あほみたいに近場へ泊りに行く両親不在の今日は、食うもの食ったらしようと思ってた。
さすがにお前はわかっちゃいないだろうが、ある種の予感はしてるんだろうよ。
ある意味、ルーティンになってるんだから。
「私は、別に……ううん、負担じゃないよ?」
「あ、そう」
なら問題ねぇじゃん。
目を見たまま肩をすくめると、逆に葉月は目を丸くして俺に近づいた。
「どうして、とか……思わない?」
「別に」
「だって、好きじゃない、んだよ?」
「しょうがねぇじゃん。好きでも嫌いでもねぇってことだろ? ある意味無関心ってことなら、まあそれはそれ」
「無関心なんかじゃっ……!」
「いやお前、好きも嫌いも同じベクトルなんだぜ? 好きの反対は、無関心なんだっつの」
「っ……」
どこか慌てたような顔の葉月の額を中指で弾き、時間を確認。
ああ、ちょうどコーヒー飲むのにはうってつけだな。
どうせなら甘いモンでも食うか。
今日はまだ学食が開いてないが、購買は開いてるはず。
「たーくんっ!」
「別にお前が俺をなんとも思ってなくても、変わんねぇって。なんなら今までも、そういうヤツらしかいなかったし」
振り返れば、そうだった。
あくまで、葉月が異質。
俺が欲しいんじゃなくて、俺の感情が欲しいとぬかした。
感情ってなんだ。好きってなんだ。どういうことだ。
散々口にした言葉が、うっすらと蘇る。
恭介さんにたずねたときも、わからなかった。
人を好きになることが、自身にどんな影響を及ぼすかも。
「うわ!」
ドアの取っ手に手を伸ばしたところで、後ろから反対の手を引かれた。
思ってもなかった力加減に、思わず声が出る。
が、振り返ってなおのこと、目が丸くなった。
「おま……は? なんだよ」
「何じゃないでしょう? 私は違うよ?」
「……は?」
「そんな顔しないで」
いや、それはこっちのセリフ。
あれ、なんで俺怒られてんの?
納得いかないどころか、それこそ正論ぶちかます3秒前みたいな顔つきの葉月に、思わずごくりと喉が鳴った。
「私がたーくんを好きじゃないって、どうして信じるの?」
「は? いや、だっておま、自分で言ったんじゃん。言葉信じなきゃ、コミュニケーションが成り立たねえだろ」
「そうだけど、でも、違うでしょう?」
「何が」
「私、どうする? って聞いたの。あれは質問なんだよ?」
「…………。ああ、そう」
数分前のことながらも、一瞬何を言っているのか意味がわからなかった。
質問。なるほど。そう考えることもできるな、確かに。
だがしかし。
質問だとしたら、俺はちゃんと答えたはずだぜ。
「私は、違うの」
「何が」
「だから……もし、たーくんが私のこと、好きじゃなくても……気持ちは変わらないから」
「…………。え、そゆこと?」
「え?」
「いやなんか、回りくどくてよくわかんねぇ」
てか、俺が違ったか?
つか、なんでこんなことになってる?
いや、そもそもはコイツが悪い。
ルールってやつを知らなさすぎるだろ。
すでに15時をまわったのを腕時計で確認し、改めて葉月へ向き直る。
「お前さ」
「え?」
「嘘ついていいの、午前中だけって知ってるか?」
「……え」
真顔のまま目の前でつぶやいてやると、それはそれは消え入りそうな『え』が聞こえた。
ああ、そう。ふぅん。知らないってか。
だったら上等だ。
ルール破ってンなセリフ吐くなら、こっちだってそれなりの方法ってのがある。
「はー……」
「っあ……たーくんっ」
「仕事」
あからさまに不機嫌さをかもしだし、ため息ひとつ残して改めてドアノブをつかむ。
今日の夕飯、何つってたっけか。
ああ、そういや冷凍のカキフライがどうのつってたな。
さすがにそれを選んで出してきた日には、さすがにフリじゃなく機嫌悪くなるだろうよ。
「たーくん!」
「暇じゃねぇんだよ俺は」
ワントーン低い声で答えるものの、さっきとは違って葉月は体を割り込ませるように俺の前へ回ろうとした。
必死な顔つきは悪くない。
が、もうちょい必要なモンがあるだろ。
「続きは家帰ってからな」
「……え?」
「なんでもない」
うっかり漏れた言葉を消すように手を振ると、図書館の窓から西日が薄く差してるのが見えた。
「あ?」
職場でもある図書館にいること自体は珍しくない。
が、仕事中こんなふうに声をかけてくることは、稀。
今朝、開館と同時に別れたときとは違う、どこか切羽詰まったような顔つきに、配架の手を止める。
「どうした?」
「えっと……あのね?」
視線が動き、周囲の面々を気にしているのはわかる。
すぐそこには、学習室。
今日は予約が入っておらず、何かに使ってもないらしい。
「あ……」
「どうせならこっちのほうがいいだろ」
横をすり抜けて学習室へ向かい、鍵を開ける。
こういうとき、マスターキー預かれる身でホントよかったと思うぜ。
てか、普通はもっと上位職が持って然るべきなんだろうけど、やたら早くからいるって理由でもらえたときは、社会って意外と意外なんだなって思ったぜ。
「で?」
ガラスに囲まれた部屋ではあるが、音は十分防げる。
さっきまでと違い、若干こもったような音の響きに、ああこれも悪くないかもなと多少思った。
「……」
個室へ移動したのに、葉月はどこか浮かない顔だった。
別に見られるのがどうのってわけじゃないだろうが、じゃあ別の理由はなんだ。
中央に置かれているテーブルへ手をつくも、葉月は組み合わせた両手の指を見つめたまま、視線をあげなかった。
「……あのね?」
「ああ」
「その……」
「なんだよ」
別に苛立ってるわけじゃないが、ここまで言いあぐねるのが珍しいなと思っただけ。
普段、割となんでも物おじせず言うし……って、俺に気つかってるってことか?
誰が相手であっても遠慮せず言いたいことをストレートに言うやつなのに、まさか俺に対して遠慮とはね。
いや、もしかしてそういう状況になってることがまずいんじゃないのか?
内心、恭介さんにバレたら打ち首レベルの何かなのかと邪推すると、若干緊張はする。
っていや、別に今さら身が潔白じゃないのは周知だろ。
じゃあなんだ。今のところ借金もなければ、そっち関係でのトラブルもない。
交友関係あらわれたら、そりゃ埃の一つや二つは出てくるかもしれないが、それはそれ。
多分。おそらく。きっと。
「あのね」
まるで、心底困っているかのような顔に、思わずこくりと喉が鳴る。
「たーくんのこと……好き、じゃないって言ったら……どうする?」
「…………」
「…………」
「……は?」
切羽詰まった顔で何を言い出すかと思えば、何言い出すんだお前。
好きじゃない。俺を。お前が。
「ふーん」
「……え?」
「いや別に。どうもしねぇけど」
思わず首筋を撫で、腕を組む。
どうもしない。当然だ。
別に、お前の気持ちを聞いたところで、何が変わるでもない。
「いいの?」
「いや、いいも何も。それは俺じゃなくて、お前だろ? 好きでもねぇ男と一緒に住んでるどころか、四六時中一緒にいるんだぜ? 負担じゃねぇの?」
正確にはそこじゃない。
今日は華の金曜日。
毎週末、あほみたいに近場へ泊りに行く両親不在の今日は、食うもの食ったらしようと思ってた。
さすがにお前はわかっちゃいないだろうが、ある種の予感はしてるんだろうよ。
ある意味、ルーティンになってるんだから。
「私は、別に……ううん、負担じゃないよ?」
「あ、そう」
なら問題ねぇじゃん。
目を見たまま肩をすくめると、逆に葉月は目を丸くして俺に近づいた。
「どうして、とか……思わない?」
「別に」
「だって、好きじゃない、んだよ?」
「しょうがねぇじゃん。好きでも嫌いでもねぇってことだろ? ある意味無関心ってことなら、まあそれはそれ」
「無関心なんかじゃっ……!」
「いやお前、好きも嫌いも同じベクトルなんだぜ? 好きの反対は、無関心なんだっつの」
「っ……」
どこか慌てたような顔の葉月の額を中指で弾き、時間を確認。
ああ、ちょうどコーヒー飲むのにはうってつけだな。
どうせなら甘いモンでも食うか。
今日はまだ学食が開いてないが、購買は開いてるはず。
「たーくんっ!」
「別にお前が俺をなんとも思ってなくても、変わんねぇって。なんなら今までも、そういうヤツらしかいなかったし」
振り返れば、そうだった。
あくまで、葉月が異質。
俺が欲しいんじゃなくて、俺の感情が欲しいとぬかした。
感情ってなんだ。好きってなんだ。どういうことだ。
散々口にした言葉が、うっすらと蘇る。
恭介さんにたずねたときも、わからなかった。
人を好きになることが、自身にどんな影響を及ぼすかも。
「うわ!」
ドアの取っ手に手を伸ばしたところで、後ろから反対の手を引かれた。
思ってもなかった力加減に、思わず声が出る。
が、振り返ってなおのこと、目が丸くなった。
「おま……は? なんだよ」
「何じゃないでしょう? 私は違うよ?」
「……は?」
「そんな顔しないで」
いや、それはこっちのセリフ。
あれ、なんで俺怒られてんの?
納得いかないどころか、それこそ正論ぶちかます3秒前みたいな顔つきの葉月に、思わずごくりと喉が鳴った。
「私がたーくんを好きじゃないって、どうして信じるの?」
「は? いや、だっておま、自分で言ったんじゃん。言葉信じなきゃ、コミュニケーションが成り立たねえだろ」
「そうだけど、でも、違うでしょう?」
「何が」
「私、どうする? って聞いたの。あれは質問なんだよ?」
「…………。ああ、そう」
数分前のことながらも、一瞬何を言っているのか意味がわからなかった。
質問。なるほど。そう考えることもできるな、確かに。
だがしかし。
質問だとしたら、俺はちゃんと答えたはずだぜ。
「私は、違うの」
「何が」
「だから……もし、たーくんが私のこと、好きじゃなくても……気持ちは変わらないから」
「…………。え、そゆこと?」
「え?」
「いやなんか、回りくどくてよくわかんねぇ」
てか、俺が違ったか?
つか、なんでこんなことになってる?
いや、そもそもはコイツが悪い。
ルールってやつを知らなさすぎるだろ。
すでに15時をまわったのを腕時計で確認し、改めて葉月へ向き直る。
「お前さ」
「え?」
「嘘ついていいの、午前中だけって知ってるか?」
「……え」
真顔のまま目の前でつぶやいてやると、それはそれは消え入りそうな『え』が聞こえた。
ああ、そう。ふぅん。知らないってか。
だったら上等だ。
ルール破ってンなセリフ吐くなら、こっちだってそれなりの方法ってのがある。
「はー……」
「っあ……たーくんっ」
「仕事」
あからさまに不機嫌さをかもしだし、ため息ひとつ残して改めてドアノブをつかむ。
今日の夕飯、何つってたっけか。
ああ、そういや冷凍のカキフライがどうのつってたな。
さすがにそれを選んで出してきた日には、さすがにフリじゃなく機嫌悪くなるだろうよ。
「たーくん!」
「暇じゃねぇんだよ俺は」
ワントーン低い声で答えるものの、さっきとは違って葉月は体を割り込ませるように俺の前へ回ろうとした。
必死な顔つきは悪くない。
が、もうちょい必要なモンがあるだろ。
「続きは家帰ってからな」
「……え?」
「なんでもない」
うっかり漏れた言葉を消すように手を振ると、図書館の窓から西日が薄く差してるのが見えた。
絵里の場合
2022.04.02
「私、あんたのこと好きじゃないから」
「へー」
「……ちょっと」
「あいてっ。ちょ、おま、深爪になったらどうすんだよ!」
足の爪きり中、人の肩をたたく馬鹿がここにいた。
しかも親指だぞ、親指。巻き爪になったらどうしてくれる。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ! 人の話聞いてないでしょ、あんた!」
「聞いてるだろ。ちゃんと返事だってしてる」
「してない!」
というか、さっきまでテレビの“巨大スーパー魅力デリランキング”を見て散々行きたいってごねてなかったか?
まるでふと思い出したように言い出しやがって。
あ、いや。まるでじゃないか。
こいつの人生、すべて意図的だ。
「だからね? 私、別にあんたのこと好きじゃないんだから」
「ふーん」
「だから勘違いしないでよね!」
「あっそう」
「ちょっと!!」
「……なんだよもー。うるせーなー」
小指まできっちり切り終えたところで新聞を畳むと、それはそれは嫌そうな顔をした。
いや、別に爪切りのとき新聞使うって割と一般的じゃないか?
お前は普段ごみ箱へ直接ダイレクトインしてるが、掃除機かけるとたまに落ちてるヤツあるよ?
どうせ言っても直さないし、気づいてもないだろうから、あえて指摘しないけど。
「で?」
「だからね? 私、別に純也のこと好きでもなんでもないから」
仕方なしに体ごとそっちへ向き直ると、まるで勝ち誇ったかのように胸を反らした。
さっき、買ったばかりのTシャツにマヨネーズを垂らしたから、着替えなおしたらしい。
だったらなおのこと、そんなアホなセリフを吐く前に、手洗いしてやった俺に感謝すればいいのに。
「今日はそういう気分てことか」
「ちがーう! なんでそうなるのよ! 私そんなに単純じゃないし!」
「別に単純とは言ってないだろ。気分って言ったんだよ、気分って」
「だから違うってば!」
すでに食洗器が稼働してるおかげで、部屋の中はテレビとその音となかなかのカオス状態。
そんな中、さらに絵里のでかい声が響き渡り、ああ明日が休みで本当によかったと思った。
「大学生はいいよなぁ。授業始まるの来週からだろ? 今日なんて、ぴっちぴちの新採用見て、ああ俺も年取ったなってへこんで帰ってきたのに」
「は? なんでへこむのよ」
「いやだってほら、お前考えてみ? どの業種でもそうだろうけどさ、卒業したての新入社員はスーツがぴしっとしてんだよ。緊張してて姿勢もやたらいいし、あいさつのときは、すげぇ緊張してる顔してるし。ああいうの見るとさ、俺もそういうときあったなーって感じるわけ」
「何言ってんの? 純也だってついこないだじゃない」
「ついこないだってのは、せいぜい一昨年までだろ? 祐恭君とか孝之君とかならそうだろうけど、俺じゃねぇ」
思い出すのは今朝の講堂でのできごと。
ホール壇上の管理職隣に並ぶ、新採用と異動の先生方の紹介を見ていたら、あまりにもまぶしくて苦しくなった。
……その顔を、祐恭君にも見られたわけだけど。
ああ、そういや孝之君は今年も当然だけど新採用こないって嘆いてたな。
まああの部署で毎年新採用が増えるほうが、ある意味驚くけど。
「だからまあ、なんだ。俺が嫌ならしょうがないな。周りを見れば若いやつはいっぱいいるし、きっとお前に合うやつも大勢いるだろうよ」
「……何それ」
「は?」
「なんでそんな弱気なのよ。馬鹿じゃない?」
「……は?」
テレビがバラエティから今日のニュースへ変わったところでそっちを見ていたのに、ふいにおぞましい声が聞こえて眉が寄る。
「いや、ちょっと待て。なんでお前怒ってんの?」
「怒ってないわよ! 馬鹿じゃないのって言ってんの!」
「いや、だからそれ怒ってるやつじゃん」
「違う!」
ああそうだ。完全にキレてる状態の相手には、言葉なんて通用しないんだった。
こういうとき必要なのはクールダウンだっけ?
なかなか大学でそれやることないけど、きっと小学校じゃ必須なんだろうよ。
「へこむ理由がどこにあるの? 経験値で勝ってるでしょ? 何言ってんのよ、情けない」
「…………」
「新採用がいい? 昔振り返ったって、なんの得にもならないくせに。今が一番いいって思ってんの、知ってんだからね!」
「…………」
「だいたい、ほかの男って何よ。馬鹿じゃないの? 仮にも彼氏でしょ? 一番近くにいる女のこと引き止められないで、何言ってんのよ! 馬鹿! ばーか!!」
目の前で肩をいからせる絵里を見ていたら、笑うでも怒るでも驚くでもなく、素の感情がこぼれる。
「お前、俺のこと好きすぎじゃん」
「ち……違うわよ! 馬鹿じゃないの!!」
今日一番のデカい声が聞こえた。
「へー」
「……ちょっと」
「あいてっ。ちょ、おま、深爪になったらどうすんだよ!」
足の爪きり中、人の肩をたたく馬鹿がここにいた。
しかも親指だぞ、親指。巻き爪になったらどうしてくれる。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ! 人の話聞いてないでしょ、あんた!」
「聞いてるだろ。ちゃんと返事だってしてる」
「してない!」
というか、さっきまでテレビの“巨大スーパー魅力デリランキング”を見て散々行きたいってごねてなかったか?
まるでふと思い出したように言い出しやがって。
あ、いや。まるでじゃないか。
こいつの人生、すべて意図的だ。
「だからね? 私、別にあんたのこと好きじゃないんだから」
「ふーん」
「だから勘違いしないでよね!」
「あっそう」
「ちょっと!!」
「……なんだよもー。うるせーなー」
小指まできっちり切り終えたところで新聞を畳むと、それはそれは嫌そうな顔をした。
いや、別に爪切りのとき新聞使うって割と一般的じゃないか?
お前は普段ごみ箱へ直接ダイレクトインしてるが、掃除機かけるとたまに落ちてるヤツあるよ?
どうせ言っても直さないし、気づいてもないだろうから、あえて指摘しないけど。
「で?」
「だからね? 私、別に純也のこと好きでもなんでもないから」
仕方なしに体ごとそっちへ向き直ると、まるで勝ち誇ったかのように胸を反らした。
さっき、買ったばかりのTシャツにマヨネーズを垂らしたから、着替えなおしたらしい。
だったらなおのこと、そんなアホなセリフを吐く前に、手洗いしてやった俺に感謝すればいいのに。
「今日はそういう気分てことか」
「ちがーう! なんでそうなるのよ! 私そんなに単純じゃないし!」
「別に単純とは言ってないだろ。気分って言ったんだよ、気分って」
「だから違うってば!」
すでに食洗器が稼働してるおかげで、部屋の中はテレビとその音となかなかのカオス状態。
そんな中、さらに絵里のでかい声が響き渡り、ああ明日が休みで本当によかったと思った。
「大学生はいいよなぁ。授業始まるの来週からだろ? 今日なんて、ぴっちぴちの新採用見て、ああ俺も年取ったなってへこんで帰ってきたのに」
「は? なんでへこむのよ」
「いやだってほら、お前考えてみ? どの業種でもそうだろうけどさ、卒業したての新入社員はスーツがぴしっとしてんだよ。緊張してて姿勢もやたらいいし、あいさつのときは、すげぇ緊張してる顔してるし。ああいうの見るとさ、俺もそういうときあったなーって感じるわけ」
「何言ってんの? 純也だってついこないだじゃない」
「ついこないだってのは、せいぜい一昨年までだろ? 祐恭君とか孝之君とかならそうだろうけど、俺じゃねぇ」
思い出すのは今朝の講堂でのできごと。
ホール壇上の管理職隣に並ぶ、新採用と異動の先生方の紹介を見ていたら、あまりにもまぶしくて苦しくなった。
……その顔を、祐恭君にも見られたわけだけど。
ああ、そういや孝之君は今年も当然だけど新採用こないって嘆いてたな。
まああの部署で毎年新採用が増えるほうが、ある意味驚くけど。
「だからまあ、なんだ。俺が嫌ならしょうがないな。周りを見れば若いやつはいっぱいいるし、きっとお前に合うやつも大勢いるだろうよ」
「……何それ」
「は?」
「なんでそんな弱気なのよ。馬鹿じゃない?」
「……は?」
テレビがバラエティから今日のニュースへ変わったところでそっちを見ていたのに、ふいにおぞましい声が聞こえて眉が寄る。
「いや、ちょっと待て。なんでお前怒ってんの?」
「怒ってないわよ! 馬鹿じゃないのって言ってんの!」
「いや、だからそれ怒ってるやつじゃん」
「違う!」
ああそうだ。完全にキレてる状態の相手には、言葉なんて通用しないんだった。
こういうとき必要なのはクールダウンだっけ?
なかなか大学でそれやることないけど、きっと小学校じゃ必須なんだろうよ。
「へこむ理由がどこにあるの? 経験値で勝ってるでしょ? 何言ってんのよ、情けない」
「…………」
「新採用がいい? 昔振り返ったって、なんの得にもならないくせに。今が一番いいって思ってんの、知ってんだからね!」
「…………」
「だいたい、ほかの男って何よ。馬鹿じゃないの? 仮にも彼氏でしょ? 一番近くにいる女のこと引き止められないで、何言ってんのよ! 馬鹿! ばーか!!」
目の前で肩をいからせる絵里を見ていたら、笑うでも怒るでも驚くでもなく、素の感情がこぼれる。
「お前、俺のこと好きすぎじゃん」
「ち……違うわよ! 馬鹿じゃないの!!」
今日一番のデカい声が聞こえた。
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