瑞穂の場合
2022.04.02
「はー。新採用って、なんであんなにまぶしいんだろ」
「ちょっとやだやめて。そのセリフ、すっごいおじさんみたい」
「うるせーな。どうせおじさんだよ、俺は」
「だから、やめなさいってば! それじゃ私がおばさんみたいじゃないのよ!」
「あいてっ」
ていうか、そもそも俺のは単なるひとりごとなんだから、食いついてくれなくていいのに。
職員室の俺の隣になぜか座る小枝ちゃんは、教頭の話の腰を折りまくりながら俺の腕をたたいた。
てか、保健室の先生の席って、教頭先生の真ん前にある、あそこじゃねーの?
なんでわざわざ、今日は不在の支援員さんの席に座るかね。
どうせだったら、新年度初日くらい離れてたいんだけど。
隣に来たらきたで、どうせ小言と嫌味と勝手な健康チェック始まるんだから。
「ていうか、鷹塚君はもう少しちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「聞いてるじゃん」
「聞いてないでしょ。新採用の子ばっかり見てるんじゃないわよ。あ、若い子にばっかり目が行く病気だったら、瑞穂ちゃんとは別れてもらうからね」
「ちょっと待てなんでそうなる」
「だってそうでしょ? 彼女だって相当若いのよ? なのにこんな一回りも年上の毒牙にかかった挙句にぽいされるなんて、不毛でしかないじゃない。だったら、よっぽど年が近くてイケメンでちゃんと子育てと家事に勤しむ若者のほうがいいじゃない」
「ちょっと待て。具体的に並べるな腹立つ」
てか、なんで俺が仕事以外なんもしない設定なんだよ。
これでも一人暮らしして何年経つと思ってんだ。
今朝だってきっちり、ゴミ出しも冷蔵庫の在庫チェックも済ませてきたんだぜ?
牛乳と卵と市の指定ごみ袋がないから、帰りにスーパー寄ってこーとも思ってたのに。
どう考えたって、自分の生活は自分でやってる大人じゃん。
これで子どもいたら、喜んでそっちの世話やいてるっつの。
どう考えたって、よそのお子様より我が子一番になるだろ。
「……ちょっと。にやにやしないでくれる? まだ午前中」
「してない」
「してた」
「しょうがねぇじゃん。うっかり華々しい未来想像してた」
子どもが何人いたらいいかとか、男と女どっちがいいかとか、そんなのは正直どうでもいい。
俺を好きになってくれた相手が、今も変わらずそばにいてくれて、おかげさまで俺の日々はかなり充実してる。
かつての教え子ってフィルターなしにしても、好みどまんなかストライクの彼女がいるんだぜ?
小枝ちゃんが言うように、ひとまわりも年上の俺に魅力を感じてくれてるうちが、正直華だとは思ってる。
年上の男が若い女性とくっつくのはよく聞く話だが、現実はそれだけじゃなくて。
財産も権力ももってない一般人にとっては、それこそドラマの世界でしかありえない関係なのも重々承知。
それでも、俺を選んでくれた。
だからこそ、彼女に応える義務が俺にはあると思ってる。
「もうちょっとジム通える時間欲しいんだけどなー」
「十分でしょ。てか、こないだうちの彼氏誘ったんですって? ほら、駅前の裏通りにできたフィットネス」
「あそこ安くていいぜ? 知り合いもいるし」
「ちょっと。ムキムキを求めてないんだからやめてよね」
「俺だってムキムキを考えてねぇって」
くるりとボールペンを回しながら、職員会議とはまったく関係ないやりとりを続けていたら、ふいにあたりが騒がしくなった。
あ。時間か。
今日は12時に撮影業者がきて、新年度の職員写真を撮ることになっている。
教頭先生の声掛けで、新採用と異動の面々が廊下へ消えるのを眺めながら立つと、小枝ちゃんはいかに彼氏の腹が柔らかいかがいいことを俺にといてくれようとしていた。
「あれ」
「おはようございます」
「そっか。今日は全員出勤か」
廊下に出ると、そこには瑞穂の姿があった。
ほかにも支援員の先生方もあり、撮影のこのためだけに出勤したのだとわかる。
「昨日お話したじゃないですか」
「……ごめん、聞いてたような聞いてなかったような」
ですよね、と苦笑されバツの悪さから咳払いひとつ。
昨日、異動になった同僚から置き土産としてもらったハブ酒で、瑞穂にさんざんくだをまいた気がしなくもないが、どうやらそのときに聞いたんだろう。
『春休み中に出勤する』は覚えていたが、まさか新年度初日の今日だとは思わなかった。
「朝ごはん、食べられました?」
「やっぱ、俺が作るのとは味が違うんだよな。なんでだろ。材料一緒のはずなのに、瑞穂が作ると卵がふわふわしててうまいんだよ」
「そりゃ、愛という名の隠し味が入ってるからに決まってるじゃない」
「入ってこなくていい」
「何よ失礼ね。さっきの話バラすわよ」
「脅しはやめろ」
小枝ちゃんに舌打ちしたのがバレ、背中を小突かれたがこの程度なら許容範囲。
こないだはピンセットで刺されそうになったので、物を持ってるかどうかの確認が第一だとわかっている。
「てか、どこのどいつでしたっけ? 自立した生活おくってるって豪語してたやつは」
「俺ですけど何か」
「どこが自立してんのよ。朝ごはん作ってもらってるくせに」
「いや、まじ小枝ちゃんも食ってみ? 瑞穂の作るおじや、めっちゃうまいから」
「知ってるわよ。私もこないだ、瑞穂ちゃんが泊まった朝作ってもらったもん」
「はあ? 何ひとの彼女連れ込みやがってんの? 許可取れよ」
「なんで鷹塚君の許可がいるのよ。あらやだ保護者でしたっけ? だったらお泊りさせるわけにいかないんですけど」
鼻で笑われ、舌打ちの音が掻き消える。
はーやだやだ。
相変わらずなんでこんな高笑いなんすかね。
きっと新採用の先生方が怖がるダントツナンバーワンだろうよ。知らねぇからなもう。
助けてなんかやりませんから。
「あの……壮士さん」
「ん?」
「少しだけお話があるんですけれど、いいですか?」
「おー。なに?」
小枝ちゃんがほかの先生に呼ばれたのを見てか、瑞穂がすぐ隣で囁く。
ああ、そのネックレス相変わらず似合ってんじゃん。
どうせならもっと、バリエーション増やしたいって名目で、買い物でも行こうぜ。
「もしも……壮士さんのこと、好きじゃないって言ったら……どうします?」
「え!」
「っ……」
「まじすか、葉山先生。それやばくないすか?」
「え、えっ……!」
「いや、ちょっと待った。あ、先生方は先行ってください。ちょっとだけ、情報共有しときます」
我ながら、声はよく通るといわれる。
おかげで、最前列を歩いていた数名も振り返ったが、ここで止まった教員同様、手で払う。
どうやら何かに勘づいたらしい小枝ちゃんだけは、『こんなとこでやるんじゃないわよ』と目が語ってたけどな。
情報共有。
ああ、いい言葉だぜ。
チーム学校。連携、協働。
人が増えることはすばらしい。
がしかし、同時にそれは『責任逃れ』のリスクも高まるけどな。
「あの、壮士さ……」
「で?」
「っ……」
「俺がなんだって?」
最後尾が5メートルほど離れたところで確認すると、瑞穂はこくりと喉を動かした。
「俺が? なんて? ごめん、よく聞こえなかった」
にこりともせず彼女を見ると、案の定困ったように眉を寄せた。
聞こえてますよばっちりともちろん。
だからこれは、ある意味ハラスメント認定もされるやつか。
「好きでいてくれないと困るんだけど」
「っ……」
「瑞穂がいてくれなきゃ、俺の人生終わる。つったら、圧力か? それでも事実なんだしょうがない。瑞穂が俺を選んでくれて、そばにいてくれてるから、毎日がんばれる。仕事だけじゃなくて、一番おろそかにしてた、俺自身にも注意を払うようになった。体力だけじゃ乗り切れないってわかったから、これでも食生活にはだいぶ気を遣うようになったんだぜ? なのに、瑞穂が俺を好きじゃないなら、その理由を教えてほしい」
「壮士さん……」
「改善できるところは変える。努力する。だから、できれば俺を選んでいてほしい」
すっかり人影がなくなったので、躊躇なく頬に触れる。
たちまち彼女の頬がゆるみ、まるで照れたように微笑んだ。
ああ、よかった。それだよそれ。
俺が見たいのはその顔。
それはどう考えたって、好きでもない男に触られたときの反応じゃないよな?
「もう……壮士さんは、さすがですね」
「え、何が?」
「問題解決志向、さすがです」
ああ、それよく言われるやつな。
過去は変えられない。でも、今を変えることで未来は変わる。
過去を嘆かず、今できる最善策を探ること。
でもそれは、俺じゃなくて専門職としてここにいる瑞穂が、会議でたびたび教えてくれたことじゃないか?
「壮士さん」
「ん?」
「大好きです」
「……そういうこと?」
「ふふ。そうしておいてください」
「なんだよー。まじ心臓に悪いからやめて」
さすがに距離が開いてしまったので、安心したところで小走りで体育館に向かう。
今ごろ、誰が写真用に組まれた不安定な足場の、最上段に上がるかでもめてるんじゃないか。
どうせ小枝ちゃんは『鷹塚君が乗るって言ってました』とか平気で言ってるだろうけど。
「あー、びびった。今日がエイプリルフールじゃなかったら、泣いてたわ俺」
「っ……」
「誰に吹き込まれた? てかそれ何? はやってんの?」
体育館の入り口についたところで囁くと、瑞穂は驚いたように目を丸くした。
ああ、その顔もかわいいんで安心。
とはいえ、今日は残念ながら定時まで分掌会議で帰れないんで、理由を聞くのはこの昼休みか帰ってからかな。
「俺は好きだから」
「え……」
「瑞穂が俺を嫌いになっても、俺はきっと変わらない」
前を見たままつぶやき、小枝ちゃんに『遅い』と言われたので仕方なく返事をする。
俺とは違い柔らかく呼ばれた瑞穂を見ると、いつも以上にかわいい笑顔だったので満足した。
が。
「っ……」
「ふふ」
目が合った瞬間、唇で伝わる言葉。
私もです。
そう見えたのはきっと、間違いじゃない。
「ちょっとやだやめて。そのセリフ、すっごいおじさんみたい」
「うるせーな。どうせおじさんだよ、俺は」
「だから、やめなさいってば! それじゃ私がおばさんみたいじゃないのよ!」
「あいてっ」
ていうか、そもそも俺のは単なるひとりごとなんだから、食いついてくれなくていいのに。
職員室の俺の隣になぜか座る小枝ちゃんは、教頭の話の腰を折りまくりながら俺の腕をたたいた。
てか、保健室の先生の席って、教頭先生の真ん前にある、あそこじゃねーの?
なんでわざわざ、今日は不在の支援員さんの席に座るかね。
どうせだったら、新年度初日くらい離れてたいんだけど。
隣に来たらきたで、どうせ小言と嫌味と勝手な健康チェック始まるんだから。
「ていうか、鷹塚君はもう少しちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「聞いてるじゃん」
「聞いてないでしょ。新採用の子ばっかり見てるんじゃないわよ。あ、若い子にばっかり目が行く病気だったら、瑞穂ちゃんとは別れてもらうからね」
「ちょっと待てなんでそうなる」
「だってそうでしょ? 彼女だって相当若いのよ? なのにこんな一回りも年上の毒牙にかかった挙句にぽいされるなんて、不毛でしかないじゃない。だったら、よっぽど年が近くてイケメンでちゃんと子育てと家事に勤しむ若者のほうがいいじゃない」
「ちょっと待て。具体的に並べるな腹立つ」
てか、なんで俺が仕事以外なんもしない設定なんだよ。
これでも一人暮らしして何年経つと思ってんだ。
今朝だってきっちり、ゴミ出しも冷蔵庫の在庫チェックも済ませてきたんだぜ?
牛乳と卵と市の指定ごみ袋がないから、帰りにスーパー寄ってこーとも思ってたのに。
どう考えたって、自分の生活は自分でやってる大人じゃん。
これで子どもいたら、喜んでそっちの世話やいてるっつの。
どう考えたって、よそのお子様より我が子一番になるだろ。
「……ちょっと。にやにやしないでくれる? まだ午前中」
「してない」
「してた」
「しょうがねぇじゃん。うっかり華々しい未来想像してた」
子どもが何人いたらいいかとか、男と女どっちがいいかとか、そんなのは正直どうでもいい。
俺を好きになってくれた相手が、今も変わらずそばにいてくれて、おかげさまで俺の日々はかなり充実してる。
かつての教え子ってフィルターなしにしても、好みどまんなかストライクの彼女がいるんだぜ?
小枝ちゃんが言うように、ひとまわりも年上の俺に魅力を感じてくれてるうちが、正直華だとは思ってる。
年上の男が若い女性とくっつくのはよく聞く話だが、現実はそれだけじゃなくて。
財産も権力ももってない一般人にとっては、それこそドラマの世界でしかありえない関係なのも重々承知。
それでも、俺を選んでくれた。
だからこそ、彼女に応える義務が俺にはあると思ってる。
「もうちょっとジム通える時間欲しいんだけどなー」
「十分でしょ。てか、こないだうちの彼氏誘ったんですって? ほら、駅前の裏通りにできたフィットネス」
「あそこ安くていいぜ? 知り合いもいるし」
「ちょっと。ムキムキを求めてないんだからやめてよね」
「俺だってムキムキを考えてねぇって」
くるりとボールペンを回しながら、職員会議とはまったく関係ないやりとりを続けていたら、ふいにあたりが騒がしくなった。
あ。時間か。
今日は12時に撮影業者がきて、新年度の職員写真を撮ることになっている。
教頭先生の声掛けで、新採用と異動の面々が廊下へ消えるのを眺めながら立つと、小枝ちゃんはいかに彼氏の腹が柔らかいかがいいことを俺にといてくれようとしていた。
「あれ」
「おはようございます」
「そっか。今日は全員出勤か」
廊下に出ると、そこには瑞穂の姿があった。
ほかにも支援員の先生方もあり、撮影のこのためだけに出勤したのだとわかる。
「昨日お話したじゃないですか」
「……ごめん、聞いてたような聞いてなかったような」
ですよね、と苦笑されバツの悪さから咳払いひとつ。
昨日、異動になった同僚から置き土産としてもらったハブ酒で、瑞穂にさんざんくだをまいた気がしなくもないが、どうやらそのときに聞いたんだろう。
『春休み中に出勤する』は覚えていたが、まさか新年度初日の今日だとは思わなかった。
「朝ごはん、食べられました?」
「やっぱ、俺が作るのとは味が違うんだよな。なんでだろ。材料一緒のはずなのに、瑞穂が作ると卵がふわふわしててうまいんだよ」
「そりゃ、愛という名の隠し味が入ってるからに決まってるじゃない」
「入ってこなくていい」
「何よ失礼ね。さっきの話バラすわよ」
「脅しはやめろ」
小枝ちゃんに舌打ちしたのがバレ、背中を小突かれたがこの程度なら許容範囲。
こないだはピンセットで刺されそうになったので、物を持ってるかどうかの確認が第一だとわかっている。
「てか、どこのどいつでしたっけ? 自立した生活おくってるって豪語してたやつは」
「俺ですけど何か」
「どこが自立してんのよ。朝ごはん作ってもらってるくせに」
「いや、まじ小枝ちゃんも食ってみ? 瑞穂の作るおじや、めっちゃうまいから」
「知ってるわよ。私もこないだ、瑞穂ちゃんが泊まった朝作ってもらったもん」
「はあ? 何ひとの彼女連れ込みやがってんの? 許可取れよ」
「なんで鷹塚君の許可がいるのよ。あらやだ保護者でしたっけ? だったらお泊りさせるわけにいかないんですけど」
鼻で笑われ、舌打ちの音が掻き消える。
はーやだやだ。
相変わらずなんでこんな高笑いなんすかね。
きっと新採用の先生方が怖がるダントツナンバーワンだろうよ。知らねぇからなもう。
助けてなんかやりませんから。
「あの……壮士さん」
「ん?」
「少しだけお話があるんですけれど、いいですか?」
「おー。なに?」
小枝ちゃんがほかの先生に呼ばれたのを見てか、瑞穂がすぐ隣で囁く。
ああ、そのネックレス相変わらず似合ってんじゃん。
どうせならもっと、バリエーション増やしたいって名目で、買い物でも行こうぜ。
「もしも……壮士さんのこと、好きじゃないって言ったら……どうします?」
「え!」
「っ……」
「まじすか、葉山先生。それやばくないすか?」
「え、えっ……!」
「いや、ちょっと待った。あ、先生方は先行ってください。ちょっとだけ、情報共有しときます」
我ながら、声はよく通るといわれる。
おかげで、最前列を歩いていた数名も振り返ったが、ここで止まった教員同様、手で払う。
どうやら何かに勘づいたらしい小枝ちゃんだけは、『こんなとこでやるんじゃないわよ』と目が語ってたけどな。
情報共有。
ああ、いい言葉だぜ。
チーム学校。連携、協働。
人が増えることはすばらしい。
がしかし、同時にそれは『責任逃れ』のリスクも高まるけどな。
「あの、壮士さ……」
「で?」
「っ……」
「俺がなんだって?」
最後尾が5メートルほど離れたところで確認すると、瑞穂はこくりと喉を動かした。
「俺が? なんて? ごめん、よく聞こえなかった」
にこりともせず彼女を見ると、案の定困ったように眉を寄せた。
聞こえてますよばっちりともちろん。
だからこれは、ある意味ハラスメント認定もされるやつか。
「好きでいてくれないと困るんだけど」
「っ……」
「瑞穂がいてくれなきゃ、俺の人生終わる。つったら、圧力か? それでも事実なんだしょうがない。瑞穂が俺を選んでくれて、そばにいてくれてるから、毎日がんばれる。仕事だけじゃなくて、一番おろそかにしてた、俺自身にも注意を払うようになった。体力だけじゃ乗り切れないってわかったから、これでも食生活にはだいぶ気を遣うようになったんだぜ? なのに、瑞穂が俺を好きじゃないなら、その理由を教えてほしい」
「壮士さん……」
「改善できるところは変える。努力する。だから、できれば俺を選んでいてほしい」
すっかり人影がなくなったので、躊躇なく頬に触れる。
たちまち彼女の頬がゆるみ、まるで照れたように微笑んだ。
ああ、よかった。それだよそれ。
俺が見たいのはその顔。
それはどう考えたって、好きでもない男に触られたときの反応じゃないよな?
「もう……壮士さんは、さすがですね」
「え、何が?」
「問題解決志向、さすがです」
ああ、それよく言われるやつな。
過去は変えられない。でも、今を変えることで未来は変わる。
過去を嘆かず、今できる最善策を探ること。
でもそれは、俺じゃなくて専門職としてここにいる瑞穂が、会議でたびたび教えてくれたことじゃないか?
「壮士さん」
「ん?」
「大好きです」
「……そういうこと?」
「ふふ。そうしておいてください」
「なんだよー。まじ心臓に悪いからやめて」
さすがに距離が開いてしまったので、安心したところで小走りで体育館に向かう。
今ごろ、誰が写真用に組まれた不安定な足場の、最上段に上がるかでもめてるんじゃないか。
どうせ小枝ちゃんは『鷹塚君が乗るって言ってました』とか平気で言ってるだろうけど。
「あー、びびった。今日がエイプリルフールじゃなかったら、泣いてたわ俺」
「っ……」
「誰に吹き込まれた? てかそれ何? はやってんの?」
体育館の入り口についたところで囁くと、瑞穂は驚いたように目を丸くした。
ああ、その顔もかわいいんで安心。
とはいえ、今日は残念ながら定時まで分掌会議で帰れないんで、理由を聞くのはこの昼休みか帰ってからかな。
「俺は好きだから」
「え……」
「瑞穂が俺を嫌いになっても、俺はきっと変わらない」
前を見たままつぶやき、小枝ちゃんに『遅い』と言われたので仕方なく返事をする。
俺とは違い柔らかく呼ばれた瑞穂を見ると、いつも以上にかわいい笑顔だったので満足した。
が。
「っ……」
「ふふ」
目が合った瞬間、唇で伝わる言葉。
私もです。
そう見えたのはきっと、間違いじゃない。
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