9月14日
2020.09.14
今日はなんの日? シリーズにもはやなりつつある。
「なんかあるのか?」
「ううん、違うの。夕方、雨が降りそうだったのに……いつの間にか、晴れたんだなって」
三日月が、低い位置に出ていた。
同じように空を見上げた彼は、どこか感心するように『よく気づいたな』と笑う。
月を見るのが、小さいころから好きだった。
幼かったのは覚えているけれど、思い出せるあのころの自分は何歳なんだろう。保育園から帰ると服に着替えて、夕食の手伝いというか……お箸とお茶碗を並べるのが、そういえばあのころの自分の仕事だった。
小さいころに住んでいたのはここではなく、少し離れた街にある平屋のお家。
長い廊下は中庭に面していて、そこからよくぽっかりと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
太陽とは違い、直接見ても眩しくない光。昔は月の光がとても明るいと感じたのに、住宅街だからか今では少しだけ穏やかさを感じる。
「明日もきっとお天気だね」
「どうだかな。台風のシーズンでもあるし、ここンところしょっちゅう夜中に雨降るじゃん。まぁ、日中は平気だろうけど」
「そんなによく、雨降ってるの?」
「ああ。……ま、気づかず寝れるのもある意味才能かもな」
肩をすくめた彼は、ふわりと頭に触れるとすぐそこのソファへ腰かける。
テレビは日曜の夜特有のバラエティが流れていて、数人の芸能人がおかしそうに笑っていた。
「明日、午後から暇だつってたよな」
「うん。3時限目が休校になったって、連絡があったよ」
いつもはその時間、国文学の講義が入っているけれど、教授の急な都合によると先ほどスマフォへ連絡が入った。
そのことを夕食のときに話したんだけれど、こんなふうに聞いてくるということは、何かしらの意図があるように思う……というより、どうしたって期待するよね。
だって、明日は私の誕生日なんだから。
「もし上がれそうなら、午後から半休取る」
「え……本当?」
「もともと早上がりの予定だったから、多分平気だと思うけどな。ちょっと付き合えよ。どうせなら、メシ食いがてら出ようぜ」
彼の仕事は、まさに私の普段のテリトリー内であり、過ごす校舎とは目と鼻の先。
講義中でも、つい図書館を眺めてしまっていて、我ながらこんなに注意力が散漫なんだと笑うしかない。
「それって……誕生日だから?」
「まぁな。期待しとけ。美味いって評判のイングリッシュガーデンランチ、って触れ込みらしいし」
よくわかんねぇけど。
両手を頭の後ろで組んだ彼が、ぽつりと付け足した言葉がまさに“らしく“て。
彼も花を見てきっといろいろ思ってはいる人だろうけれど、わざわざ感想を口にすることはよほどでないとしない。
今朝も、うちの庭に咲いている黄色いバラと白いコスモスを玄関へ飾ったら、ちらりと視線こそ向けたものの、聞こえたのは花を愛でる言葉ではなかった。
『お前、ほんとマメだな』
ネクタイを結びながら笑ってくれたのは嬉しくて、ああもしかして私がここに花を飾るのは、彼のこの顔を見たくてなのかなと気づいてしまった。
「……ふふ。嬉しい」
ソファへ腰を下ろし、ほんの少しだけ彼へ肩を寄せる。
エアコンではなく、今は窓からの風。
だけど、9月を過ぎたころから明らかに風は変わって、ときおり吹き込んでくるのは十分に涼しいと感じるものだった。
「ほら、ずっと工事してたモールの改修が終わっただろ? ちょうど見たいモンあったんだよ」
「買い物だったら、今日でもよかったのに」
「いや、今日行ったらすげぇ混むじゃん。人でパンパンとかヤじゃね?」
欲しいものがあるならとは思ったものの、彼の言い分ももっともで。
ましてや明日、時間が取れるとわかっていたなら、確かに動くはずはないもんね。
「どうせならゆっくり見たい」
「何を見るの?」
「そりゃ、買うモンなんて決まって——」
本屋さんか服屋さんかと逡巡したものの、ふいに聞こえたテレビの音声に意識が引っ張られた。
でも、それは私だけじゃなくて。
さっきまで聞こえていた笑い声ではなく、どこか感嘆にも似たようなもので余計そちらが気になったのかもしれない。
「…………」
「……いや、ちょ……違う。あのな、俺がそういうタイプじゃねぇのは知ってンだろ」
「それはそう、なんだけど……えっと……」
「いや、だから! つかンな反応すんな!」
まじまじと彼を見たまま、自分でも頬が熱くなったのはわかったから、きっと十分顔に出ていたんだろう。
でも、だって……だってね?
こんなふうに聞いたのは初めてだったけれど、あまりにもタイミングがばっちりというか。
つい、余計にインプットされてしまったようで、なんともいえない気恥ずかしさからか、思わず唇を噛むと視線が落ちた。
「っ……」
「期待したなら買ってやってもいいけど?」
「ち、がっ……もう。そんな顔しないで」
さっきとは違い、私の顎をとらえた彼はすぐここで悪戯っぽく笑った。
もう。本当に、瞬間的に態度が変わる人なんだから。
そういうところ、さすがだなと思いながらもほんの少しだけずるいようにさえ感じる。
「しょうがねぇじゃん。そういう日なんだろ? 明日は」
「でも私、そんなの初めて聞いて……」
「俺も今知った。でもま、ちょうどいいじゃん。誕生日だし、なんなら毎年買ってやるよ」
「っ……もう」
意図的に笑われ、頬がより熱くなる。
9月14日は、『メンズ・バレンタインデー』。
そんなふうに言われているのも今日知ったけれど、それがどういう日なのかが問題で。
テレビに映っている芸能人がおもむろに紹介を始めたけれど、次の瞬間目に入ったのはビビッドな色合いの女性用下着だった。
「ま、どうせなら俺が勝手に見繕うより、一緒に選んだほうがいいか。だろ?」
「……だから、もう……どこまで本気なのかわからないでしょう?」
「がっつり本気に受け取っていいぞ。つか、俺が普段から否定しねぇのお前が一番よくわかってんじゃん」
だから困るのに。
きっと、彼のことだから明日出かけたら間違いなくお店に足を向けるだろう。
普段、自分がどんなふうに下着を選んでいたか思い出せない。
というか、あの手のお店に彼と一緒に行くのは正直私は抵抗があって。
だって、その……意識するじゃない。どうしたって。
水着じゃないからこそ、服を脱がなければ目に入らない種類のものなんだから。
「ま、期待しとけ」
「っ……」
一緒にご飯を食べに行けることも、出かけられることも嬉しいけれど、なんだか少しだけどきどきして苦しい。
だけど、さらりと髪を撫でた彼に今朝よりもよほど近い距離で笑われ、もうそれ以上は何も言えずただただ誤魔化すように笑うしかなかった。
てことで、9月14日はメンズバレンタインだそうですよ!
下着プレゼントするんだって。
どうやってサイズ測るの……?それとも、聞き出して買うの?
対面で下着買うってなかなかなハードルの高さだよね。
その様をこっそり見てたいわw
「なんかあるのか?」
「ううん、違うの。夕方、雨が降りそうだったのに……いつの間にか、晴れたんだなって」
三日月が、低い位置に出ていた。
同じように空を見上げた彼は、どこか感心するように『よく気づいたな』と笑う。
月を見るのが、小さいころから好きだった。
幼かったのは覚えているけれど、思い出せるあのころの自分は何歳なんだろう。保育園から帰ると服に着替えて、夕食の手伝いというか……お箸とお茶碗を並べるのが、そういえばあのころの自分の仕事だった。
小さいころに住んでいたのはここではなく、少し離れた街にある平屋のお家。
長い廊下は中庭に面していて、そこからよくぽっかりと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
太陽とは違い、直接見ても眩しくない光。昔は月の光がとても明るいと感じたのに、住宅街だからか今では少しだけ穏やかさを感じる。
「明日もきっとお天気だね」
「どうだかな。台風のシーズンでもあるし、ここンところしょっちゅう夜中に雨降るじゃん。まぁ、日中は平気だろうけど」
「そんなによく、雨降ってるの?」
「ああ。……ま、気づかず寝れるのもある意味才能かもな」
肩をすくめた彼は、ふわりと頭に触れるとすぐそこのソファへ腰かける。
テレビは日曜の夜特有のバラエティが流れていて、数人の芸能人がおかしそうに笑っていた。
「明日、午後から暇だつってたよな」
「うん。3時限目が休校になったって、連絡があったよ」
いつもはその時間、国文学の講義が入っているけれど、教授の急な都合によると先ほどスマフォへ連絡が入った。
そのことを夕食のときに話したんだけれど、こんなふうに聞いてくるということは、何かしらの意図があるように思う……というより、どうしたって期待するよね。
だって、明日は私の誕生日なんだから。
「もし上がれそうなら、午後から半休取る」
「え……本当?」
「もともと早上がりの予定だったから、多分平気だと思うけどな。ちょっと付き合えよ。どうせなら、メシ食いがてら出ようぜ」
彼の仕事は、まさに私の普段のテリトリー内であり、過ごす校舎とは目と鼻の先。
講義中でも、つい図書館を眺めてしまっていて、我ながらこんなに注意力が散漫なんだと笑うしかない。
「それって……誕生日だから?」
「まぁな。期待しとけ。美味いって評判のイングリッシュガーデンランチ、って触れ込みらしいし」
よくわかんねぇけど。
両手を頭の後ろで組んだ彼が、ぽつりと付け足した言葉がまさに“らしく“て。
彼も花を見てきっといろいろ思ってはいる人だろうけれど、わざわざ感想を口にすることはよほどでないとしない。
今朝も、うちの庭に咲いている黄色いバラと白いコスモスを玄関へ飾ったら、ちらりと視線こそ向けたものの、聞こえたのは花を愛でる言葉ではなかった。
『お前、ほんとマメだな』
ネクタイを結びながら笑ってくれたのは嬉しくて、ああもしかして私がここに花を飾るのは、彼のこの顔を見たくてなのかなと気づいてしまった。
「……ふふ。嬉しい」
ソファへ腰を下ろし、ほんの少しだけ彼へ肩を寄せる。
エアコンではなく、今は窓からの風。
だけど、9月を過ぎたころから明らかに風は変わって、ときおり吹き込んでくるのは十分に涼しいと感じるものだった。
「ほら、ずっと工事してたモールの改修が終わっただろ? ちょうど見たいモンあったんだよ」
「買い物だったら、今日でもよかったのに」
「いや、今日行ったらすげぇ混むじゃん。人でパンパンとかヤじゃね?」
欲しいものがあるならとは思ったものの、彼の言い分ももっともで。
ましてや明日、時間が取れるとわかっていたなら、確かに動くはずはないもんね。
「どうせならゆっくり見たい」
「何を見るの?」
「そりゃ、買うモンなんて決まって——」
本屋さんか服屋さんかと逡巡したものの、ふいに聞こえたテレビの音声に意識が引っ張られた。
でも、それは私だけじゃなくて。
さっきまで聞こえていた笑い声ではなく、どこか感嘆にも似たようなもので余計そちらが気になったのかもしれない。
「…………」
「……いや、ちょ……違う。あのな、俺がそういうタイプじゃねぇのは知ってンだろ」
「それはそう、なんだけど……えっと……」
「いや、だから! つかンな反応すんな!」
まじまじと彼を見たまま、自分でも頬が熱くなったのはわかったから、きっと十分顔に出ていたんだろう。
でも、だって……だってね?
こんなふうに聞いたのは初めてだったけれど、あまりにもタイミングがばっちりというか。
つい、余計にインプットされてしまったようで、なんともいえない気恥ずかしさからか、思わず唇を噛むと視線が落ちた。
「っ……」
「期待したなら買ってやってもいいけど?」
「ち、がっ……もう。そんな顔しないで」
さっきとは違い、私の顎をとらえた彼はすぐここで悪戯っぽく笑った。
もう。本当に、瞬間的に態度が変わる人なんだから。
そういうところ、さすがだなと思いながらもほんの少しだけずるいようにさえ感じる。
「しょうがねぇじゃん。そういう日なんだろ? 明日は」
「でも私、そんなの初めて聞いて……」
「俺も今知った。でもま、ちょうどいいじゃん。誕生日だし、なんなら毎年買ってやるよ」
「っ……もう」
意図的に笑われ、頬がより熱くなる。
9月14日は、『メンズ・バレンタインデー』。
そんなふうに言われているのも今日知ったけれど、それがどういう日なのかが問題で。
テレビに映っている芸能人がおもむろに紹介を始めたけれど、次の瞬間目に入ったのはビビッドな色合いの女性用下着だった。
「ま、どうせなら俺が勝手に見繕うより、一緒に選んだほうがいいか。だろ?」
「……だから、もう……どこまで本気なのかわからないでしょう?」
「がっつり本気に受け取っていいぞ。つか、俺が普段から否定しねぇのお前が一番よくわかってんじゃん」
だから困るのに。
きっと、彼のことだから明日出かけたら間違いなくお店に足を向けるだろう。
普段、自分がどんなふうに下着を選んでいたか思い出せない。
というか、あの手のお店に彼と一緒に行くのは正直私は抵抗があって。
だって、その……意識するじゃない。どうしたって。
水着じゃないからこそ、服を脱がなければ目に入らない種類のものなんだから。
「ま、期待しとけ」
「っ……」
一緒にご飯を食べに行けることも、出かけられることも嬉しいけれど、なんだか少しだけどきどきして苦しい。
だけど、さらりと髪を撫でた彼に今朝よりもよほど近い距離で笑われ、もうそれ以上は何も言えずただただ誤魔化すように笑うしかなかった。
てことで、9月14日はメンズバレンタインだそうですよ!
下着プレゼントするんだって。
どうやってサイズ測るの……?それとも、聞き出して買うの?
対面で下着買うってなかなかなハードルの高さだよね。
その様をこっそり見てたいわw