羽織の場合
2022.04.01
「実はお話ししたいことがあります」
今朝から様子がおかしいなとは思っていたが、彼女があえてソファではなく床に正座したのはつい先ほど。
今日は朝から冷えると言っていたキャスターの言葉は正しく、温かい紅茶を手に戻ってきたら、それはそれは真剣な顔つきで俺の前に座った。
「話?」
「あの……あのですね」
ええととか、あの、とか。
言いあぐねる様子が見え、すでに1分は経っているかもしれない。
どうやらよほど言いにくい何かがあるらしいが、彼女は膝上に置いた指先を眺め――たものの、意を決したように俺をまっすぐに見つめた。
「私ほんとは……祐恭さんのこと、好きじゃないんです」
「…………」
「…………」
「ぅ……て言ったらどうしま」
「どうもしないけど?」
カップに口づけたまま見つめたのが、もしかしなくても多少の圧力にはなったんだろうか。
小さく息をのんだあと、取り繕ったかのように言葉を続けたのを見て、もう少しで吹き出すところだった。
「え、え? どうもしないって……ええ? なんでですか?」
「なんでって、俺が聞きたいけど。なんで急にそんなこと言い出すの?」
「ぅ、いやあの、だって……というかその、あのですね」
「うん」
「本当は私が、祐恭さんのこと好きじゃないって言ったら、あの、どうします……?」
「どうもしないけど」
堂々巡りとはまさにこれ。
心なしか紅茶が少しぬるくなった気がしないでもないが、目の前の彼女は「えぇ?」と言いながら困ったように眉を寄せたので、ひとまずカップをテーブルへ置く。
なんだこの子は。
相変わらず、どこで何を吹き込まれたのか知らないが、本当に興味を惹かれる反応をくるくると繰り返すものだな。
俺の彼女って、こんなにかわいいイキモノだってことは知ってたけど。当然。
「へえ。じゃあ何?俺のこと、好きじゃないんだ」
「ぅ」
「ちっとも?」
「……」
「これっぽっちも?」
「……」
どうやら、言葉で反応するのはやめたらしく、こくりとうなずきを繰り返す。
これ、ひたすら「うん」って言うを繰り返してたら、反射でどんなものでも「うん」ってするんじゃないか。
こくこくうなずく彼女を見たまま、改めて笑いそうになった。
「ふぅん。昨日、あんなに俺にキスされてたくせに?」
「っ……」
「あんな顔して、俺のこと散々好――」
「う、祐恭さんっ!!」
「何?」
「だ、だからあの、あのですねっ。それとこれは別」
「別じゃないでしょ? というか、好きでもない男にあんな顔するなんて、それこそ羽織のほうがよほどいけない子だと思うけど」
「うぅ……だからあの、それは」
昨日というか、正確には今日のこと。
それはそれはかわらしい顔で、かわいらしい声で、散々俺のことをねだったくせに、10時間も経ってない今になって『あれは嘘なんです』と言うこと自体が、無理じゃないかと思うけどもまあ……誰かっていうか、どっちに吹き込まれたのかなとは思う。
そもそも彼女は、俺がこうして見通してるってこと、わかってそうだけど。
でも、約束は反故にできない子なんだよね。それは知ってる。
だからほら、今だってこんなに一生懸命なんだから。
「まあいいや。とりあえずじゃあ、今日はそういうことにしとくよ」
「えぇ? あっ! 祐恭さんっ!」
「ほら。どうせ、午前中もあと2時間で終わるから」
「っ……」
肩をすくめてみせると、一瞬彼女が体を震わせた。
もちろん。わかってますよ? 当然。
目を合わせたままにっこり笑うと、みるみる眉尻を下げ、困ったように俺を見上げる。
うん、かわいいね。
でも、だからって許してあげるとは言ってない。
「言っておくけど、俺に嘘ついたらどうなるかわかっててやったんだよね?」
ちょいちょいと彼女を目の前まで呼び、鼻先がつくかつかないかの距離でささやく。
たちまち表情が変わったけれど、あえて気づかないふりをしておくことにした。
今朝から様子がおかしいなとは思っていたが、彼女があえてソファではなく床に正座したのはつい先ほど。
今日は朝から冷えると言っていたキャスターの言葉は正しく、温かい紅茶を手に戻ってきたら、それはそれは真剣な顔つきで俺の前に座った。
「話?」
「あの……あのですね」
ええととか、あの、とか。
言いあぐねる様子が見え、すでに1分は経っているかもしれない。
どうやらよほど言いにくい何かがあるらしいが、彼女は膝上に置いた指先を眺め――たものの、意を決したように俺をまっすぐに見つめた。
「私ほんとは……祐恭さんのこと、好きじゃないんです」
「…………」
「…………」
「ぅ……て言ったらどうしま」
「どうもしないけど?」
カップに口づけたまま見つめたのが、もしかしなくても多少の圧力にはなったんだろうか。
小さく息をのんだあと、取り繕ったかのように言葉を続けたのを見て、もう少しで吹き出すところだった。
「え、え? どうもしないって……ええ? なんでですか?」
「なんでって、俺が聞きたいけど。なんで急にそんなこと言い出すの?」
「ぅ、いやあの、だって……というかその、あのですね」
「うん」
「本当は私が、祐恭さんのこと好きじゃないって言ったら、あの、どうします……?」
「どうもしないけど」
堂々巡りとはまさにこれ。
心なしか紅茶が少しぬるくなった気がしないでもないが、目の前の彼女は「えぇ?」と言いながら困ったように眉を寄せたので、ひとまずカップをテーブルへ置く。
なんだこの子は。
相変わらず、どこで何を吹き込まれたのか知らないが、本当に興味を惹かれる反応をくるくると繰り返すものだな。
俺の彼女って、こんなにかわいいイキモノだってことは知ってたけど。当然。
「へえ。じゃあ何?俺のこと、好きじゃないんだ」
「ぅ」
「ちっとも?」
「……」
「これっぽっちも?」
「……」
どうやら、言葉で反応するのはやめたらしく、こくりとうなずきを繰り返す。
これ、ひたすら「うん」って言うを繰り返してたら、反射でどんなものでも「うん」ってするんじゃないか。
こくこくうなずく彼女を見たまま、改めて笑いそうになった。
「ふぅん。昨日、あんなに俺にキスされてたくせに?」
「っ……」
「あんな顔して、俺のこと散々好――」
「う、祐恭さんっ!!」
「何?」
「だ、だからあの、あのですねっ。それとこれは別」
「別じゃないでしょ? というか、好きでもない男にあんな顔するなんて、それこそ羽織のほうがよほどいけない子だと思うけど」
「うぅ……だからあの、それは」
昨日というか、正確には今日のこと。
それはそれはかわらしい顔で、かわいらしい声で、散々俺のことをねだったくせに、10時間も経ってない今になって『あれは嘘なんです』と言うこと自体が、無理じゃないかと思うけどもまあ……誰かっていうか、どっちに吹き込まれたのかなとは思う。
そもそも彼女は、俺がこうして見通してるってこと、わかってそうだけど。
でも、約束は反故にできない子なんだよね。それは知ってる。
だからほら、今だってこんなに一生懸命なんだから。
「まあいいや。とりあえずじゃあ、今日はそういうことにしとくよ」
「えぇ? あっ! 祐恭さんっ!」
「ほら。どうせ、午前中もあと2時間で終わるから」
「っ……」
肩をすくめてみせると、一瞬彼女が体を震わせた。
もちろん。わかってますよ? 当然。
目を合わせたままにっこり笑うと、みるみる眉尻を下げ、困ったように俺を見上げる。
うん、かわいいね。
でも、だからって許してあげるとは言ってない。
「言っておくけど、俺に嘘ついたらどうなるかわかっててやったんだよね?」
ちょいちょいと彼女を目の前まで呼び、鼻先がつくかつかないかの距離でささやく。
たちまち表情が変わったけれど、あえて気づかないふりをしておくことにした。
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