物の価値観
2025.02.25
「最初から買うって決めてたろ?」
「それはある」
 地元で昼をとり、ここに着いたのは13時過ぎ。
 どの店もさまざまなルーツの人間でごったがえし、ハイブランド店に至っては、数万もするカットソーがもみくちゃに“置かれ”ていた。
 日本円の安さってのは、こういうとこにも出るんだなとまざまざ思ったのが、ついさっき。
 欲しかった白系のシャツを求め、あっちこっちの店を覗くも、ずらりと並ぶレジ渋滞に辟易はしていた。
 比較的空いてるのは、やっぱり海外のハイブランド店。
 そうはいっても、1枚2万を超えるカットソーを、ほいほい着れるような身分でもない公務員。
 もしかしたら、コイツは研究目的云々で買えちゃうのかもしれないが、趣味と性格てきに、ありえないことは理解。
「お前なら買う?」
「悩まない」
「だろうな」
 まさか10万を超える鞄に目が行くとは思わなかった。
 もともとは、カットソー目的だったのに、入口すぐに置かれていた牛革のバッグが目に入って「うわ」と思わず声が出たほど。
 見た目が抜群。シンプルかつスマート。
 ブランドのロゴが目立たず、パッと見た印象がそもそも“どストライク”。
 はーーー欲しい。これ、やばい。なんだよ、すげぇかっこいいじゃん。
 腕組みもせずまじまじ見ていたからか、店員がすぐさま寄ってきて「ただでさえ6割引きなんですけれど、この連休割引きでさらに2割お引きします」と電卓をはじいた。
 もともとは60万越えのバッグ。それがこんな額で買えるなんて、ありえないと思わせるマジック。
 視覚情報のインパクトってのは思った以上にでかくて、到着早々にふらりと見かけてしまって以降、比較対象の礎になってしまい結局ほかのすべてのものが褪せて見えた。
 結果的に戻ってきて、数時間前に初めましてをした店員ににっこり微笑まれ、してやられた次第。
 200ページを超える書類は持ち歩けずとも、水筒や弁当箱なんてハナから入れるつもりのないからこそ、迷わなかった。
 欲しい。どうしても欲しい。その一択。
「買わない理由は? 値段じゃねーだろ?」
「本が入らないだろ」
「あー、そっちか」
「何が」
「そりゃそうだよな。お前は水筒だの弁当だの言わないだろうなと思って」
「いや、それは別で持てばいいだけの話で」
「は?」
 かっちりしたロゴの分厚い紙袋を片手に、さっき素通りしたチョコレート専門店へ足を向ける。
 今日は日差しもあたたかく、風がないから穏やかな小春日和。
 季節限定ほうじ茶ビターのホイップましましを飲む気満々だった気が、少しだけ落ちる。
「かわいい彼女が、トートバッグに詰めてくれるんで」
「…………」
「お前、その顔本当によくないよ?」
「素だ」
 舌打ちしなかっただけマシだと思え。
 ああ、こいつの頭の中のほうがよほど春爛漫だった。
2025.02.25 07:31 | 固定リンク | 小話

- CafeLog -