「どうしたんですか?」
「ん?」
「……なんか、嬉しそうだから」
「そりゃあね」
花火の余韻もまだ残る身体で部屋に戻ったのは、21時少し前だった。
ひとりでに出てしまう、笑み。
噛み締めるように味わいながら座椅子にもたれて彼女を見ると、同じように笑っていた。
……あー。
やっぱ、ふたりきりって重要だな。
「羽織ちゃん」
「はい?」
テレビをつけてそちらを向こうとする彼女に、座椅子へ座ったまま声をかける。
素直にこちらを向いてくれる反応。
そんな彼女に、手のひらを上に向けたまま瞳を細める。
「おいで」
「……っ……はい」
決して、強制ではなく。
むしろ、どちらかというと俺の懇願のような。
そんな口調で微笑むと、一瞬瞳を丸くしたものの、立ち上がってからおずおずと隣ヘ腰を下ろした。
瞬間、当然のようにスカートが円を描いて広がる。
……だが、目線はそことは少し違う場所へ向かう。
「っ……くすぐっ……たい」
「くすぐってないだろ? ……ほら、もっとこっちに来る」
スカートから覗いている白い足に触れながら、彼女の腰を抱き寄せるように手を伸ばす。
普段、それはもういろいろと抑圧されているせいか、ふたりきりのときはなるべくこうして彼女を側に置いておきたくなるんだよな。
彼女に触れて、その存在を確かめるように。
「……あ……」
身体の向きを少し変えて、彼女を収めるように抱きしめる。
これ、結構好きなんだよな。
落ち着くというのが、恐らく第一の理由。
もうひとつは……まぁ、同等の位置だとは思うが、やはり彼女に触れていたいという欲求が満たされるからだろう。
「っん!」
腕を回して彼女の肩に顎を乗せると、ちょうどいい高さに耳がきた。
どうしたって手が出るのは、仕方がない。
「もぅっ! くすぐったいですってば!」
「くすぐってないだろ? ……心外だな」
「だ、だって……くす……ぐったいぃ……」
別に、まだ何もしちゃいない。
それは本当のことだぞ?
手も出してなければ、舌も唇も吐息でさえもまだ触れさせてなかった。
……なのに、コレほどの反応をするとはね。
さすがと言っていいものか。
「ほら、じっとして」
「……だって……くすぐるんですもん……」
「ンなことしないって」
相変わらず人を疑い深く見つめてくるので、思わず笑っていた。
そんなに信用ないモンかね。
まぁ、普段の彼女に対する俺を考えれば、正当な判断だとは思うが。
「…………」
さらりと指を通る髪。
うん。やっぱり、いい。
感触を確かめ味わうように何度か髪に触れていると、彼女がこちらを気にするようにしているのがわかった。
「テレビ見てていいよ?」
「……だって……。気になるもん」
「気にしないで」
「でも……」
テレビに顎を向けるものの、苦笑を浮かべて首を振った。
……そんな顔されるとな。
そこまで信用がおけないのか、はたまた……違う方向へいかないようにお目付けを兼ねてか。
どっちも同じ意味だな。
考えてから、苦笑が浮かんだ。
「風呂入るか」
「……あ、そうですね」
部屋に置かれた時計に目をやると、同じようにそちらを見てから口元に手をやった。
顎に、というか……唇にというか。
妙に色っぽい感じがして、アルコールが入っているワケではないのだが、そういう仕草をされると結構クル。
「ん……くすぐった……ぃ」
「風呂。入るよ」
「わ、かりましたっ」
首筋に唇を這わせながら呟くと、慌てたようにうんうんと首を振ってから立ち上がった。
わずかに染めた頬に手を当ててから、備え付けのクロゼットに向かう。
そこから取り出したのは――……浴衣か。
白地に紺の柄が入っているのを見たら、なんともいえない気持ちになる。
「…………」
久しぶりだ。
こういう、旅館の浴衣を見るたびに、どうしても思い出してしまう。
それが――……初めて彼女を抱くことができた、あの夜。
もう刷り込み式なんだよな。
だからこそ、今となっては……そうだな。
これまでも、そしてこれからもずっと、この図式を撤廃することなどできない。
「祐恭さんも……ですよね?」
「もちろん。入るよ」
ちらり、と両手で浴衣を抱えた彼女に見られ、当然のようにうなずく。
だが、途端になぜだか苦笑を返された。
「……やっぱり……」
「なんだよ、その顔は。え? 不満?」
「ち、ちがっ……! けど、あの、外だし……」
慌てて手を振る彼女に眉を寄せると、少し俯き加減に言葉を続ける。
その顔、あまりよく思ってない証拠だろう。
そういうのを、『不満』って言うんだぞ。
小さくため息をついてから立ち上がり、彼女の元へ足を向ける。
すると、目の前まで行った瞬間、おずおずとした視線が向けられた。
「……手……出さないでくださいね?」
「どうして?」
「だって! 外に……いろいろと……その……」
「羽織ちゃんが、がんばればイイだけの話だろ。ほら、行くよ」
「あ、ちょっ……! 待って!」
なぜ照れる。
じぃっと目だけで『ヤラシイこと考えてるんだろ』と告げてやってから、ぐいっと手を引いて露天風呂に向かう。
ガラスの引き戸を開けた途端、むっとするような空気を想像していたのだが、それよりもずっと涼しくて心地いいものが肌に触れた。
同時に、耳へは水音が心地よく届く。
……癒しだな。
ダブル効果で。
「あっ!?」
そんなことを考えながら、とっとと彼女の服に手をかける。
目の前に風呂があれば誰だって入ろうと思うのと同じで、目の前に彼女がいれば――……誰だって手を出したくなるじゃないか。
それが、道理ってモンだと俺は思う。
「っ! 自分で脱げますっ!」
「いいから。ほら、早く脱ぐ」
「ぅーっ!」
不満げに唸る彼女に動じることなくシャツを脱がすと、下着だけをつけた白い肌が目に入った。
少し恥ずかしそうな顔をしながらも、素直に従ってくれる彼女。
「やっ……ん!」
だからこそ、ついつい手が出る。
反応と感触が、心底心地いい。
「……祐恭さっ……ん」
ぞくりとしたいい表情を見せる彼女の腰に腕を回して支えてやりながら、再び首筋へ。
……が。
「だっ、ダメですってばぁ!」
「……ち」
ぐいっと押しのけられてしまった。
……せっかく、いいトコだったのに。
渋々彼女を離してやると、まるで警戒するかのように俺を見ながら、スカートに手をかけた。
まぁいい。
どっちみち、誰だって風呂には裸で入るんだから。
妙な納得の仕方だとは思うが、ここはひとつ大人しくしておくか。
「じゃ、先に入ってキレイにしててね」
「……なんかその言い方って……すごくヤラシイんですけど」
「何を想像してるんだよ。……えっち」
「っ……! もぅっ」
軽く睨んだ彼女が、風呂場へ入ってからドアを閉めた。
ほどなくして響く、水の音。
すりガラスになっているので姿をハッキリ見ることはできないが、むしろこのほうがいろいろと想像を掻き立てられて……。
「…………」
……って、いろいろ考えてる場合じゃないか。
ふと我に返ってから服を脱ぎ、彼女のあとを追う。
「……寒いな」
「あ、私も思いました」
「ね。夏とは思えない冷たい風だ」
外からは見えない工夫が成されているとはいえ、風を防いでくれるかどうかは別問題らしい。
冬瀬ではまずありえない涼しさの風に、思わず呟く。
「あー……温かいな」
気持ちよさそうに、湯船に浸かる彼女を見てから自分も身体を流し、早々に隣へ入る。
熱くもなく、ぬるくもないちょうどいい温度の湯。
貸切露天風呂というのは、やっぱり贅沢だ。
かけ流しの温泉で、部屋に備え付けとはいえ割と広めの風呂。
手足も伸ばせるし、これはいいな。
しかも、すぐ隣には彼女がいるわけで。
「……いいね。言うことなし」
にっと笑みを浮かべると、こちらを向いた彼女もうなずいて笑った。
……恐らく、君が考えていることとは多少の相違点があると思うけど。
そんな意味をこめつつも、もちろんあえて口に出したりはしない。
「……気持ちいい……」
「だね」
縁に寄りかかるようにしているので、あっさりと肩を抱くことにも成功。
……いいね。
これで酒があれば、言うことなし。
瞳を閉じて縁に頭を乗せると、小さく水音が響いた。
「…………」
目を向けると、両手で湯をすくうようにしている彼女のうなじが目に入る。
髪をまとめられているお陰で、ちょうどいい具合に見え隠れしているのだが、それがかえってソソられる要因にもなるワケで。
「っ……なんですか?」
「いや、細い首だなーって」
「もぅ。……変わってませんよ?」
「そりゃそうだ。そんな簡単に首のサイズなんて変わったら困る」
苦笑を浮かべてから指でなぞってみると、くすぐったそうに瞳を伏せた。
動きを見せるたびに湯が揺れ、小さく水音が響く。
大浴場と違ってふたりきりというこの閉鎖的な空間は、やっぱり……むくむくと欲が出るワケで。
「っ!?」
「……冬なら、雪見れたかもね」
「ん……」
彼女を背中越しに抱き寄せると、前に回した腕に手を寄せてくれた。
滑らかな湯越しに感じる肌は、そこはかとなくヤラシク感じる。
湯に、少しとろみがついてるからかも。
温泉独特の、肌にしっとりと絡むような感触は、悪くない。
「美人湯らしいよ」
「そうなんですか?」
「うん。肌にいいアルカリ性」
「へぇ……」
改めて、両手で湯をすくって見る彼女。
そうなると、当然首筋が再び無防備になる。
「や……ダメですってば……」
見つめていたら、いつしか唇を寄せていた。
「なんで?」
「だって……外だし……」
「誰が見るんだよ」
「……と、隣の人とかに聞こえちゃう」
手で遮られて瞳を細めるものの、困ったような顔を見せる割には許してくれない。
……手ごわいな。
普段ならば、それなりに文句を言っても大抵許してくれる彼女。
なのに、こうも頑なに拒むとなると……。
「…………」
やはり、外という環境のせいか。
だが、それならそれで、俺にも手段がある。
「んっ……!」
頬に手のひらを寄せて顔を上げさせ、唇を塞ぐ。
こうすれば彼女が文句を言わないことくらい、わかっているから。
……ズルい、って言われそうだけどな。
でも、目の前にオイシソウな彼女を置かれたままお預けを食らいっぱなしってのは、精神的にも良くないに違いない。
怒られたら、それを口実にしよう。
「……は……ぁ」
上顎をなぞってから再び舌を絡め、味わうよう丹念に口付ける。
すると、まったく抵抗の素振りは見せず、ときおり声を漏らしながら応えた。
耳に届くのは、甘い声と湯の流れる音だけ。
……と、川の流れか。
余計な声が聞こえないこの状況は、結構オイシイ。
ある種の密室とも呼べる空間、だしな。
「……もぉ……」
名残惜しい唇を離して彼女を見ると、湯のせいか俺のせいかはわからないが、しっかりと頬が染まっていた。
思わず口角を上げながら瞳を細め、唇を指でなぞる。
「何? 嫌なの?」
「……そうじゃ……ないですけど」
「じゃあいいじゃない」
「そういう問題でもないんですっ」
「あ」
一瞬の出来事だった。
一瞬の隙をつかれて、彼女が湯から上がってしまった。
「え? 羽織さん?」
「……なんですか?」
「何? もう出るの?」
こちらに背中を向けてタオルを前身に当てている彼女は、ちょっとだけ呆れたような顔で振り返った。
これじゃ、俺の懇願にも似た願いは聞き入れられそうにない。
「……怒った?」
「そうじゃない……んですけど」
「けど?」
「……ちょっと……のぼせました」
「え」
そう言って浮かべたその苦笑は、なんだかとても儚く見えた。
というか、むしろ……今にもその場に崩れそうな。
「ちょっ……大丈夫?」
「……もぅ……先生が、意地悪するから……」
「いや、そんな……」
「ホントですよぉ……約束したのに……」
思わず彼女の手首を掴むと、緩く首を振りながら、そこにあった椅子に腰かけた。
だが、相変わらず表情は、あまり……よくない気がする。
「ごめん。いや、まさかこんなことになるとは……」
「ん……だいじょぶです。ちょっとだけ、なんか……立ちくらみみたいな」
「……ごめん」
ぱたぱたと手のひらで扇ぎながら弱く笑った彼女に、自然と眉が寄った。
……反省しよう。
ホントに。
相変わらず『大丈夫』を連呼するもののまったく大丈夫そうには見えない彼女を見ながら、胸にしっかりと刻んだ。
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