「さて。どうする? もう少し見る?」
「んー……。どうしましょうね。お土産結構買っちゃったし、宿戻ります?」
「羽織ちゃんがいいなら、それでいいよ。そろそろ晩メシだし」
「あ、そうですね」
無事に菓子メインの土産類を買い込んで、片手いっぱいの荷物を得た。
店の壁にあった時計を見てから声をかけると、何やら嬉しそうに笑みを見せる。
……さては『夕飯』に反応したな。
嬉しそうに足取り軽く向かう彼女の反応から予測できるあたり、彼女もまた孝之の妹ということか。
「じゃ、帰りましょう?」
「はいはい」
手を引かれながら先を歩く彼女に苦笑し、あとをついていくように進む。
多くの人がこの土産通りにいる中、我々は流れに逆らう形だ。
「……なんか、水の音っていいですよね」
ようやく辿り着いたあじさい橋を渡りながら、彼女が笑みを浮かべた。
確かに、耳に届く心地よい音。
せせらぎというよりは結構な流れがある、この早川。
川に段が付けられて流れが変わっているせいか、余計に音が響いているような気がした。
「確かに、気分いいね」
すっかり暗くなってしまったために川の様子はよく伺えないが、光を反射している部分は結構流れが速かった。
「そういえば、今日は花火大会があるって知ってた?」
「えっ! 本当ですか?」
「うん。ここじゃなくて、随分上のほうでだけど。話によると、この橋からでも見えるとかなんとか……」
これは、フロントで聞いた話。
といっても、直接言われたんじゃなくて、隣の人がフロントの人と話しているのを聞いてしまったというヤツだが。
別に、聞き耳を立てていたワケじゃないんだけどな。
でもまぁ、ここの人間が言うんだし、嘘とかってワケでもないだろう。
「見に……行きます?」
「ん? うん、まぁ……せっかく見えるんだしね」
おずおずと俺を見上げた彼女は、恐らく反応を気にしていたんだろう。
別に、そんなことで怒ったりしないけど。
まぁ、そんな控えめなところも彼女らしいと言っておこう。
「さ。メシ行こうか」
「はぁい」
繋いだ手をそのままに、見えてきた宿の入り口へと向かう。
自動ドアをくぐって中へ。
「っ……わ!」
隣を歩いていた彼女のスカートが、風で揺れた。
彼女にしては、少し珍しい感じのする黒のフレアスカート。
軽い素材だからこそ、風の流れに敏感に動きを見せる。
……これはなかなかいい眺めかも。
って、オッサンか俺は。
危うく、彼女に知られたら誤解を与えそうな考えに頭を軽く振ると、途端に目が合う。
「どうしたんですか?」
「いや。別に」
あえて何も言わず、笑みを浮かべて首を振る。
……知られるワケにはいかない。
いろいろな名誉のためにも。
「いっぱい買っちゃいましたね」
「まぁ、たまにはいいんじゃない? それに、ほとんどは俺の土産だし」
気にしないで、と続けてからエレベーターホールに向かい、そのまま8階へ上がる。
ほどなくして開いたドアから1歩出ると、そこはやはりどう見ても『高級割烹』めいた光景で。
……赤い絨毯だからってのもあるが、何度見ても落ち着かない廊下だ。
まぁ、タマにしか味わえないだろうし、楽しむ方向でいければそれに越したことはないんだがな。
むしろ、俺よりもずっと彼女のほうが馴染んでいるらしく、にこやかな笑みを浮かべて歩いている。
これはやっぱり、若さの差なんだろうか。
それとも、育ちの違いか。
などと考えていたら、とっくに部屋へついていた。
そこまで真剣に考え込むことでもないんだが……性分か。これも。
カードキーを取り出してドアに差し込んでから、彼女を先に通す。
「…………」
再び、揺れるスカート。
丈がさほど長いわけではないので、ついつい目が行ってしまう。
これは、それこそ男のサガなワケで仕方がない。
ましてや、自分の彼女となると………。
「? なんですか?」
「え? いや、何も」
不思議そうな顔をした彼女に、首を振ってからあとに続く。
……なんか、さっきからこんな返事しかしてないな。
そのうち、いろいろまとめて問いただされるような気もする。
「ごはん、どこ行きます?」
「そうだな……。どこでもいいけど」
ひと息つくべく、縁側のほうへ荷物を置いてから座椅子にもたれる。
……むしろ、部屋食のほうがいいんだが、今回のプランは『選べるレストラン』とやらで。
宿側の大いなる配慮のもとにプランが施行されているので、恐らく、ほとんどの人間にとっては喜ばしいものなんだろう。
だが、不精な俺にはむしろ逆か。
食事に対してそこまでの意欲を持ち合わせていないためか、ついつい億劫さが先に立つ。
こういうところ、損してるとは昔から言われたものだが、だからといって簡単に直せるものでもない。
「いつも私が食べたいものを選ばせてくれるんですから、今日は祐恭さんが決めてくださいね」
「……そう言われてもな……」
なぜか真剣そうな顔でレストラン一覧表を差し出され、素直に困る。
別に『どうしてもこれが食べたい』という欲求もないし、適当に、食べれればなんでもイイというのが本音。
…………。
まぁ、そんなこと言っても、彼女が許してくれるとはこれっぽっちも思わないが。
「じゃあ、羽織ちゃん」
「え?」
「目の前の彼女が食べたい」
「……ぅ。それは……とっても困るんですけど」
「えー」
「っ……うぅ」
両手を頭の後ろで組みながら彼女を見ると、パラパラと旅館案内みたいなものをめくっていた手を止めた。
どうやら、そこにも館内の食事処が記載されているらしく、写真と店名が並んで印刷されているのが見える。
「……だって……」
「決めていいって言ったのは、羽織ちゃんだろ?」
「で、でもっ! それとこれとは別なんです!」
「……注文が多いな」
「そんなことっ……うぅ」
あー、困ってる困ってる。
頬杖をつきながらにっこり笑い、改めてレストラン一覧に視線を落とす。
さすがは、一流旅館とでも言うべきか。
載っているどの店もうまそうに見えた。
――……とはいえ。
せっかく、わざわざ旅館を選んで泊まりに来たのに、ここでイタリアンを食べるようなことはしたくないのが本音。
だとすると、やっぱり……旅館らしくここか。
「懐石でも行こうか」
「……かっ……懐石料理、ですか?」
「ほら、和食も好きだろ? 刺身とか、天ぷらとか」
「それは、そうですけど……でも、こんな格好でいいのかな……」
「こんな格好って……別に、平気だと思うよ。ほら、ここにも『浴衣以外でお越しください』ってあるだけだし」
不安げに自分の服を見直した彼女に、指で注意書きを弾く。
それに、彼女の格好がダメだと言うならば、それこそ『店で断られる服装』の代名詞でもあるジーパン姿の俺は、どうすれば。
「だから、大丈夫」
若干、まだ不安そうな彼女に笑ってから首を振り、立ち上がって隣へ回りこむ。
「ほら、行くよ?」
「……あ、はい」
差し出した手を、躊躇なく掴んでくれるというのは……やっぱり嬉しいモノで。
ぎゅっと握ってから立ち上がらせ、久しぶりの“和風割烹”へと向かうべく戸口へ向かう。
食事。
それを摂ったあとは――……もちろん、風呂。
……楽しみだな。
背中のほうにある部屋の隅に視線を向けてから彼女の手を引くと、自然に笑みが漏れた。
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