「……こんなもんか」
我ながら、上出来だろう。
腰に両手を当てたまま見下ろしているのは、旅館らしい真っ白なシーツと綿毛布の布団。
若干いびつな感じがしないでもないが、しっかりシーツの端も折ったし、悪いがこれ以上ビシッとした布団は敷けないと思う。
「ありがとうございます」
風呂上がり。
すぐに彼女を涼しい窓辺に座らせてから、冷たいお茶を渡した。
だが、そんなモンですぐに治るとは当然思えず、だったら……というワケで、布団を敷いたのだ。
「ほら、おいで」
「え?」
理由は簡単。
椅子よりも、こっちのほうが楽になると思ったから。
つらければ横になれるし、足を伸ばしていたほうがいいんじゃないか……とまぁ、そんなところだ。
「休むなら、布団のほうがいいだろ?」
丸くした瞳のままの彼女を迎えに行き、手を引いてゆっくりと立たせてやる。
「あ、でも……」
「いいから。……ほら」
「……う……うん」
なぜだかしらないが、どこか緊張しているように思える彼女。
俺と目を合わせないし、何かを気にするようにしきりに落ち着かない様子だし。
「……ありがとうございます」
「いいえ」
布団に座らせると、足を崩した。
少し肌蹴た浴衣を気にするように裾に手を伸ばし、軽く寄せる。
……そんな顔されると、気になるだろ。
いや、むしろならないほうがおかしい。
「何をそんな緊張してるの?」
「え!? べ……別に、そういうわけじゃ……」
「そういうわけあるだろ? いかにも意識して――……ふぅん? 意識してるんだ。俺のこと」
「っ……違います」
「じゃあ、どうしてそんな図星って顔してるんだよ」
「う。そ……それは……」
まるで、これから初夜を迎えるかのような新婦の如き恥じらいの顔を見せられると、構わず押し倒したくなる。
……つーか、初夜って。
思った俺も、どうかと思うが。
「なんか、浴衣でこうしてお布団に座ってると……思い出しちゃうなぁって」
「……何を?」
ワザと意地悪い笑みを浮かべて訊ねると、言葉を詰まらせて瞳を伏せた。
我ながら意地が悪いのはわかっている。
ついそうしてしまうのも、彼女が自分と同じことを考えていたのが嬉しかったせい。
「海、楽しかったですね」
「……そうだね」
望んでいた言葉を彼女が嬉しそうに言ってくれたのは、幸せだと思う。
初めて彼女を抱くことができた、あの夏の夜。
それまでは、謀ってるんじゃないかというくらい何かに邪魔されていたからか、誰にも邪魔されなかったのが本当に幸いだった。
思い出すまでもなく、まだ記憶に新しいつい先日のこと。
飽きるどころか、どんどんともっと欲しいという欲求が生まれてくる、彼女との付き合い。
会うのを重ねるごとにそう思うのは、毎回彼女が違った顔を見せてくれるからだろうと思う。
「……ん?」
壁にもたれて彼女を見ると、視線を落とし、手をついてからこちらへ身体を寄せた。
「……なんか、こうしたいなぁって」
崩していた足を直して、目の前に正座した彼女。
はにかんだようにかわいらしく笑う顔に、ついつい見入る。
「……え」
だが、もっと見入る結果になった。
そのまま、彼女がぎゅっと抱きついてきたから。
珍しいというか……意外というか。
思わず瞳を丸くして彼女を見るが、すでに、頬を胸元に寄せて瞳を閉じている。
「…………」
そっと髪へ触れるように手を伸ばすと、一層彼女がもたれてくれたように思えた。
……あー、ヤバい。
ホントに、かわいいんだけど。
思わずニヤけるのは、当然だし仕方がない。
まさか、嬉しさで顔がほころぶとはね。
すっかり変わったな、と自分でも思う。
それこそ、1年前の自分はこんなことするようなヤツじゃなかったのに。
「……はー……」
壁に頭をもたげると、自然に息が漏れた。
幸せそうな顔をまざまざと見せつけられると、なんていうか、胸いっぱいご馳走さまという感じになる。
……幸せってこういうことだよな。
音のない静かな空間でこうしていられることが、無性に嬉しくてたまらない。
「…………」
ふと、もたげていた頭を戻してから彼女を見ると、肌蹴た浴衣から覗く胸元が目に入った。
当然、俺のほうが目線が上だから、どうしても覗ける形になる。
「……っ」
視線を感じてか、それまでべったりと抱きついてくれていた彼女が、身体を離してしまった。
と同時に、ぱっと浴衣のあわせを直し、頬を染めて視線を落とす。
「……っせんせ……」
つい、そんな彼女に手が伸びる。
逸れてしまった視線が惜しかった。
離れてしまった温もりが、恋しい。
だから、せめてその視線だけでも取り戻せればと、頬に手を当ててまっすぐに見つめる。
「……なんか、喉……渇きません? お茶――」
「どこ行くの?」
「っ……どこも……行かない、ですけどっ」
立ち上がろうとした彼女を、表情変えずに手を引く。
……行かせたくない。
これまでずっと、俺のそばにいてくれたのに。
彼女から、来てくれたのに。
なのに――……今さらダメだと言われても、止まれるはずがない。
「っ……あ……」
きゅ、と腕を回して半ば無理矢理に抱き寄せると、気まずそうに俯いてしまった。
そんなことしたら余計に、意識してるってわかるのに。
無意識に見せられる顔だからこそ、つい……欲が表に現れる。
「……ん……くすぐったい、ですよ……っ」
「また……いろいろと俺が教えてあげるよ」
「っ……! な、ななっ……!?」
「あのときみたいに」
にっと笑みを浮かべて顔を覗きこむと、困ったように瞳を揺らした。
掴んだ手首を流れる脈が、やけに速い。
「あっ……」
「……こんなにドキドキして、どうした……?」
「別に……ん、何も……っ」
顎に手を当てて視線を合わせてやると、瞳を伏せがちに視線を逸らす。
それこそが、明らかに意識している証拠。
うっすらと開かれた唇が、やけに艶っぽく見える。
「…………」
撫でるように髪を弄っていた手を頬に滑らせると、ようやく視線を合わせてくれた。
それだけで、満たされたような気分になる。
……幸せモノ、ね。
確かに、今の俺になら遣ってもらっても構わない言葉だ。
「イチから教えてあげようか?」
「……祐恭さん……」
少し掠れた声で名前を呼ばれることほど、甘く感じさせられるものはないだろう。
ゆっくりと唇を合わせて口づけると、彼女の手が自然に胸元を滑った。
歯列をなぞってやってから舌を絡めるたびに、手がわずかに反応を見せる。
きゅっと握られる浴衣を通して感じる温もりに、たまらず体重をかけて押し倒してしまいそうになる。
「……ふ……」
ときおり漏れる声でさらに責めやると、あっさり力を抜いてしなだれかかってきた。
帯を解き、浴衣を脱がせる。
肩を滑るように手を這わせると、温泉の効果も多少あるのか、いつもと少し違った淑やかさがあった。
「んっ……」
耳元に唇を寄せると、それだけでくすぐったそうに顔を逸らす。
……耳、弱いからな。
小さく笑いながら甘噛みし、胸に当てられた手が彷徨うように背中を撫でたのを感じてから、顔を覗きこむ。
「……何?」
「っ……灯り……消してください……」
「今まで、そんなこと言わなかったろ?」
「ん……だってぇ……」
すがるように見つめられると、どんな願いだろうと聞きたくなってしまうのだが……こういうときは、別。
せっかくあの夜を思い出してくれたんだし、どうせだったら同じようなシチュエーションで抱いてやりたいワケで。
……自己満足。
間違いなく、それ以外の何ものでもないが。
「……もっと自信持てばいいのに」
「ん、……自信……ですか?」
「そ。若いんだし……きれいなんだから」
「……そんなっ……!」
困ったように俯いてしまいながらも、それ以上は抵抗を見せなかった。
してやったり。
ほくそ笑みながらゆっくり布団に倒すと、まだ少し湿り気の残る髪が広がった。
恥ずかしそうに胸の合わせを掴む姿は、なんともしおらしい。
メガネを外して枕元に置いてから、そのまま首筋へ。
「っ……ぁ」
舌で撫でてやりながら、軽くついばむように跡を残す。
白い肌に残る、自分の証拠。
……これがやっぱり、イイ。
「あ、んんっ……」
胸に手を伸ばしながら鎖骨を舌で撫でると、ぴくっと反応を見せていい顔を見せる。
何度見ても飽きることのない表情。
指先で胸の先をなぞるようにしてやると、伸ばされた手が浴衣を掴んだ。
「や……んっ、ぁ……」
「嫌じゃないだろ?」
「……だって……」
「ホントに、やめていいの?」
「…………いじわる」
「じゃあ嫌とか言わない。わかった? ……禁句だから」
「……う」
不満げながらもうなずいた彼女に笑みを見せてから、浴衣を開いて肌を露わにする。
恥ずかしそうに閉じられた足……は、まぁ、もう少しあとにするとして。
今は、形よく整った胸にどうしたって目が行く。
「んっ……んぁ……」
柔らかい感触。
手に張り付いてくるようなしっとりとした感じは、つい唇で確かめたくなってしまう。
「っ! あ、んんっ……!」
舌で触れてから、先を舐めあげる。
滑らかな肌は、やっぱり心地いい。
と同時に、反応のいい彼女の身体に触れていると、気分もいい。
濡れたそこを指でなぞりながらもう片方を含むと、首に腕が回された。
ときおり震える、か細い手。
……自分とは大違いだな。
だからこそ、一層彼女が華奢だと実感する。
「んんっ……は……ぁん!」
ショーツ越しに秘部へ触れると、しっとりとした感触があった。
……身体は正直だな。
いつもながら、つい笑みが漏れる。
「やぅっ……!」
ショーツをずらして指を入れると、途端に濡れた感触が指先に纏わりついた。
「んっ、ん……っくぅ……ぁ」
くちゅっと音を立てながら、指を飲み込んでくれるソコ。
ぬるりとした感触に、もっと奥へ這入りたくなる。
「やぅっ……ん! だ……めっ……」
「ダメ? それは抵抗じゃないの?」
「っだっ……てぇ、んっ! ん、あ……」
つ、と指を這わせて茂みを探ると、ぴくんと彼女が背中を反らせた。
途端に漏れた声。
恐らく自然に出ているであろうその言葉に意地悪く笑みを見せると、困ったように眉を寄せる。
「はっ……ぁ、あん……」
だが、何度か往復してやるように蜜を絡めると、次第に抵抗は示さずに甘い喘ぎを漏らした。
「……んん……もぅ、だめっ…」
「何がダメ?」
「……もぉ……やっ、んやぁ!?」
「嫌、は禁句って言ったよね?」
『イヤ』という言葉で花芽をつまむと、いやいやと首を振りながら腕に力を込めた。
「ちがっ……ん、もぅ、ダメですってば……!」
「誰? 約束破ったの。……え?」
「ごめ……なさっ……んっく……!」
するりとショーツを脱がせてから指を沈めてやると、抵抗なくあっさりと飲み込んでくれた。
奥まで指を突き立てるように探り、卑猥な音をさらに響かせるべく指も増やす。
「あ、ダ……メぇっ……ん! 祐恭さっ……や……だっ」
「ヤダって言ったよね? 今。確かに」
「だって、そこっ! ……んんっ……はぁん!」
「……どうしてくれようかな」
「っ……いじわる……」
泣きそうな瞳で見上げられ、思わず笑みが漏れる。
欲しがっている顔。
それくらい見ればわかるのだが、あえて――……ここはお預けといくか。
「じゃ、おしまい」
「なっ……!? え、や……そんなっ……」
すっと指を引き抜いてから、肩をすくめて舐める。
すると、驚いたように瞳を丸くして、慌てたように浴衣を掴んだ。
「だって……」
「だって、じゃないだろ。約束違反」
「……祐恭さぁん……」
「ンな声出してもダメ」
「そんな……!」
声色が変わって彼女を見ると、瞳に涙を溜めていた。
思わず、喉が鳴る。
……そんな顔するな。
無意識に髪を撫でると、すがるように手を絡めてきた。
愛しげに腕を撫でる、手のひら。
そのまま浴衣の袖を通って首に回し、鎖骨を指でなぞってやる。
「……教えてくれるんじゃ……なかったんですか?」
「教えてほしいの?」
「うん」
……へぇ。これはこれは。
まさか、これほどまであっさりと彼女がうなずくなど思いもしなかった。
真剣というよりは、なんだかひどく切なげに見つめてくる眼差し。
潤んだ瞳に映る自分を見て、つい口角が上がる。
「…………」
頬に手を滑らせると、嬉しそうに瞳を閉じた。
……ったく。
そんなふうにされたら、否定なんてできるわけないじゃないか。
俺よりもずっと、彼女のほうがズルく思える。
……が、まぁ……かわいいから、許してしまう自分がいるのも確かだが。
「ヤダとか言うから悪いんだろ?」
「……クセなんだもん……」
「じゃあ、イヤじゃないワケ?」
「……うん」
「ふぅん。それを聞いて安心した」
ぴたり、と手のひらを止めて瞳を細めると、しまった、とばかりに口を開いた。
が、今さら遅い。
ここからが――……本当の始まり、なんだから。
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